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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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1000.「縫合伯爵の欲望」

 半透明の糸に捕縛されて身動きひとつ取れない状況のなか、ルドラがひび割れた笑いを間歇的(かんけつてき)に漏らしている。よほどわたしを手に入れたかったのだろう。


 ヨハンがわたしに水蜜香(すいみつこう)を吸わせた理由は、事ここに至っては抵抗力を奪うためと分かる。もしも正常な状態でルドラの前に出ることとなれば、身を(いまし)める糸は簡単に回避出来ただろうから。制圧された煙宿で彼ひとりが安全なのも、固有の異能――契約の力によるものと自ら暴露した。


 それにしても妙な糸だ。拘束された瞬間から、サーベルがただの刃物でしかなくなったのが理解出来た。柄に触れても魔具として行使出来る感覚がない。もとより水蜜香で正常な行動は不可能だけれど。


「クロエよ。お前はいつもそうだな。ニコルに騙され、メフィストに騙され。救いがたい。しかし、なによりも価値が高い」


 ルドラの(えつ)(ひた)った声が耳に入る。肉体の支配権はいまだに取り戻せていないので、滅茶苦茶に暴れては、糸の食い()る感触のせいで(とろ)けるように脱力して、を繰り返していた。もちろん、視線ひとつわたしの自由にはならない。それでもルドラの異常な肉体は分かる。単に巨大なだけではない。その肌の色は青で、血族とは明らかに異なる。加えて全身に満遍なく魔力が固着しているあたり、この巨体はルドラの実体ではないはずだ。魔術か、あるいは貴品(ギフト)の産物とみるべきだろう。


 密集した血族から、不意に声が上がった。


「ルドラ様! 閣下はクロエを手に入れるために、メフィストに自由をお与えになったのですか!?」


「……なにか問題があるか? 前へ出ろ。話を聞いてやる」


 十数秒の()を置いて、おずおずと男の血族が歩み出る。平服であるあたり、大した身分ではないのだろう。顔は固く引き締まり、意を決したのか頭上へ――ルドラへ鋭い視線を向けている。


「メフィストは人間に(くみ)する裏切り者です。今は我々の邪魔立てをしておりませんが、いつ背後を取られるか知れたものではございません。それを、女ひとりのために……」


「お前は分かっていないな。クロエが(わし)の手にあれば、ニコルの支配するラガニア城に対して有利に事を運べる。それこそ公爵位を得るのも可能だ」


 例の巨体こそ老いの影もないが、声でおおよその年齢は分かる。爵位。そんな飾りがほしくてたまらないのか、この老人は。


 地位やら権力やら、そんなものはまったくの虚飾だと思う。かつてのわたしもそれは感じていたはずだ。騎士団の序列への誇りはあれど、それは実力の賜物(たまもの)である。


 血族の男はしばしルドラを見据えていたが、やがて意を決したように口を開く。


「ヴラド様との約定(やくじょう)を破ったのも、クロエが理由ですか」


「そうだが?」


「それほどの価値が……いえ、価値についてはもう結構。わたしが申し上げたいのは、この女を得るためにアビシェク様とマヤ様を捧げたのは――」


 腕が伸び、あっという間に血族の身体が宙へと持ち上がった。無数の腕のうち一本が彼を握り込んだのである。


()だと言いたいのだな、貴様は。釣り合わんと。結構。結構な考えだ。儂が儂の子供をどうしようと貴様に指弾(しだん)される(いわ)れはない。が、その勇気に免じて許しを与えよう」


 柔らかいものの潰れる音と、なにかが折れる音が同時に響いた。そののち、水滴が降り注ぐ。


 わたしの目は、ルドラに異を唱えた男の顛末(てんまつ)をしっかり捉えていた。彼はルドラの手で潰され、血を吹き、絶命したのである。


 ルドラは男の亡骸を背後の湿原へと放り投げた。一瞥(いちべつ)もせずに。


 身体が暴れようとして、(しず)まる。無力を悟ったというより、肉体の制御が上手くいっていないようだ。試しに指先を動かして、視線を変えてみる。快楽の波が押し寄せて無意識に震えてしまうが、おおむね身体の支配権は今のわたし――感情の()せたわたしのものになったようだ。だからといって状況が好転するわけではないが。


 以前のわたしなら、ルドラのおこないに激怒したろう。背景を知らずとも、爵位のためにたったひとりの人間を得て、自分の子供を犠牲にしたのなら許しがたいと。なにより、(すじ)の通った意見を口にした味方を握り潰すなど言語道断だと。


 どうでもいい事柄だ。敵同士で潰し合ってなにが悪いというのか。()しかないだろうに。やっぱり昔のわたしは愚かしい。わたしの内部から完全に消しされるといいのだが、その方法は謎だ。分からないことをいつまでも考えたって詮無(せんな)いこと。


 血族はすっかり静まり返っている。ルドラが「ほかに意見のある者がいるなら、聞こう。しかるのち、許しを与えよう」と言っても誰ひとり身じろぎしない。今しもおこなわれた殺戮劇は一定の効果を上げたというわけだ。圧倒的強者による恐怖政治ほど強固なものはない。たとえ内心に反感の芽が育とうとも、表沙汰にならなければ無いのと同じ。この巨体を相手に徒党(ととう)を組んで反旗を(ひるがえ)すような手合いもいないだろう。反乱分子をわざわざ戦場に連れてくる理由はないのだから。


 それから長いこと沈黙が続いていたが、誰も口を開かない。ルドラはわたしを眺めてご満悦な様子だ。ほとんど四つ這いになって、巨大な(まなこ)でじっと見つめている。彼の興味はわたし一点に絞られているようだ。


 ヨハンは血族からもルドラからも(へだ)たった位置で、無表情に(たたず)んでいる。今彼がなにを考えているのか、どう感じているのか知ったことではない。裏切り者だからというのではなく、もとより他人の心中を()(はか)って思考をめぐらす趣味は今のわたしに皆無なだけ。


 不意に彼が、血族たちの(わだかま)った箇所へと顔を()らしたので、横たわったわたしも自然とそちらへ顔を向けた。快楽の波は随分と小さくなっている。とっくにピークは過ぎていたのだろう。間もなく第二の症状――痛覚が鈍くなり、脳と身体が俊敏になる段階か。


 ざわめきが起こり、人波が割れた。


『お嬢さん、動けますか』


 ヨハンの耳打ちに、薄く頷く。


 たぶん、もう動ける。糸の拘束がなければだが。


 血族の(あいだ)から現れた女性を見て、そうか、と悟った。


 煙宿の人間はことごとく捕縛されているのだろう。そしてそれは単なる檻ではなく、魔術やそれに(るい)するもので成立している。であるなら、その解放が可能な人材は煙宿においてたったひとりだ。


「お嬢、やっほ~」


 栗色の髪をした小柄な女性――ココが血族の間を抜けて、ニコニコとわたしに笑いかける。片手を振って。もう片方の手には、今わたしを拘束しているものと同質と思われる魔力の糸が一本に()り合わさって握られていた。


「貴様――」


 ルドラも糸をはっきりと視認したのだろう。巨体が身を起こしかける。


 刹那、ココは手にした糸を宙に放った。それらは瞬時に(ほど)け、魔力の残滓(ざんし)となって漂う。


『お嬢さん、ご準備を』


 ヨハンの耳打ちとほとんど同時に、ココが駆け、わたしに触れた。厳密には、わたしを縛り付けた糸に。


 (さら)われた人々をラガニアのオークションに送り込んでいた人買いの血族――マダムの支配地ロンテルヌでのことを思い出す。彼女は魔力の糸で物体を操作する人形術に()けていた。ココは、そんなマダムの糸をことごとく無下(むか)したのである。糸を解くも繋ぐも自由自在の、デザイナー(けん)、魔術師。天才と呼んで(しか)るべき彼女の働きがなければ、わたしはロンテルヌを無事脱出できなかっただろう。


 わたしを拘束していた糸は崩壊した。立ち上がり、サーベルを抜き去ると涼やかな音色が霧の海に浸透する。


「お嬢!」ココはやけに張り切った調子で拳を握ってみせた。「反撃開始だよ! ブチかましてやろうぜ!」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『水蜜香(すいみつこう)』→微睡草(まどろみそう)と呼ばれる、麻痺毒を持つ植物を刻んで干したもの。燻した煙を吸引することで、酩酊状態に誘う。中毒性が強く、量を誤れば廃人となる場合も。『煙宿』で生産された水蜜香が、王都の歓楽街に密輸されている。詳しくは『393.「甘き煙の宿場町」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『アビシェク』→縫合伯爵ルドラの次男。ルドラの指示で夜会卿に捧げられ、殺害された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『ココ』→『煙宿』にある針治療の店『針屋』に居候する女性。気さくで明るく、演技が達者。魔術の才能があり、得意の裁縫と組み合わせ、魔力を織り込んだ衣服を作る。魔力の糸を断つのも結ぶのもお手の物。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』『450.「復路の梟」』にて


・『マダム』→本名不詳。人身売買で私腹を肥やしていた黒の血族。買い集めた奴隷たちに作らせた町ロンテルヌの支配者。血の繋がっていない二人の息子、レオンとカシミールによって命を絶たれた。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『ロンテルヌ』→『魔女の湿原』の先に広がる高原地帯に存在する町。『黒の血族』である『マダム』が作り出した、地図にない町。人身売買の温床となっていたが、クロエたちの活躍により『マダム』が討たれ、現在は無人の土地となっている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『人形術』→魔力製の糸で物体を操作する魔術。複雑な機構のものを操るのは不可能とされている

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