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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Lot.「勇姿は甘やかな幻」

※ロット視点の三人称です。

 不夜城内を上へと続く階段は、ひどく(いびつ)なものだった。最下部こそ真っ当な螺旋状の階段が続いていたものの、段々と石造りの段差や幅が不揃いになり、ロットの背丈ほどもある壁のごとき段も出現した。道幅も狭くなったり広くなったりと一定しない。いくつもの部屋があるらしく、階段のそこここに扉や引き戸が点在していた。


「なんて雑な造りなのかしら」とラニがこぼす。


 こうした愚痴はもう何度目か分からない。ロットはただただ槍を抱きしめてついていくのみである。隙だらけの背を前にしても、そこに刃を突き立てようという気にはなれない。一定しない階段を登り続けることで肉体の震えは収まっていたものの、心はままならないものだ。ほかの血族の目がない絶好の機会にさえ勇を奮えない己への嫌悪だけがあぶくのように、いくつもいくつも(しょう)じては(はじ)ける。いっときは自己嫌悪さえ(いだ)けないほど惑乱していた気持ちが多少落ち着いた結果、自傷めいた感情に沈んでいく。


 もう何十分登ったろうか。階段は最下部と同様の安定した螺旋階段に変わっていた。


 不意に前方のラニが足を止め、半身になる。


「ここから先はあんたが先に登りなさいな」


 ロットは薄く頷いて、命じられるがまま先に立った。なぜ、という疑問は一瞬も頭に浮かばない。嫌悪のあぶくが大きく膨らんだだけである。


 情けないと思う。それなのに刃向かえない自分は、きっと本当の意味での情けなさを感じていないのかもしれない。頭のなかだけで自分を非難して、けれどちっともそれに(むく)いる行動は出来やしないんだから。


 降伏を拒否して、戦場で雄々しく戦うなんて息巻いていた昨日までの自分が滑稽だ。本当に危ない目に()っていないから、恐い目に遭っていないから、安全だったから、言葉だけ勇敢でいられたんだ。


 昨日までの自分と今の自分は、なにも変わらない。化けの皮が剥がれただけで。


「ちょっと! 集中して進みなさいな!」


「……ごめんなさい」


 (つまず)きかけたロットの背をラニの手が支え、叱咤(しった)の声が飛んだ。行為だけなら多少の(いたわ)りは()み取れたかもしれない。が、刺すような声の調子やラニの性格からは、とてもじゃないが言葉のどこかに心配があるなんて思えない。緩やかな勾配(こうばい)とはいえ、転んだら彼女にも被害がおよぶ可能性はある。それを懸念しての叱責(しっせき)でしかなかった。


 しょんぼりと歩を進めるロットに比して、ラニの神経は徐々に張り詰めていた。上へ行くにつれて不吉な予感が強くなるのだ。ヴィハーンに接近している証拠だと感じながらも、不穏さは(ぬぐ)えない。ただ、あの男の奸計(かんけい)など退けられる自信はあった。根拠はない。勘だ。しかしこれまでの人生で決して彼女を裏切ることのなかった勘である。異常なまでに確かで強固な勘は、それ自体が根拠と言って差し(つか)えはない。あるいは根拠の意義自体を、突風にさらされた(かすみ)のごとく消し飛ばしてしまう。


 階段は途絶え、閉じた扉に行き当たっていた。一歩ごとに扉へと近付いていく。甘やかな香りが彼女の鼻をくすぐって――。


 ロットが扉に手をかけた瞬間、ラニはなかば無意識に叫んでいた。


「開けるな!!」


 彼女だったら決してそれを開けなかったろう。危険の度合いが頂点に達していたのだから。過信を()き消してしまうほど。


 急に呼びかけられたロットが扉を開いてしまったのは、反射的なものである。甲高い声に身を貫かれ、無意識に身体が動いていた。


 毒々しいまでの甘い香りが階段に押し寄せる。人体を狂わす水蜜香(すいみつこう)――ヴィハーンがヨハンを(おとしい)れるために焚きしめた毒牙が、視えざる凶器となって二人を襲った。




 バーからほど近い部屋へと逃げ込み、しっかりと扉を閉ざしたのは妥当な判断だったろう。ラニとしてはロットまで室内に引き入れるつもりはなかったのだが、どうにも頭がぼんやりとして身体が重たく、結果的に少年がなかに滑り込むまでの時間を与えてしまった。とはいえ、真正面で水蜜香の猛襲を受けた彼は無事ではなかったが。


 その一室はどうも倉庫らしく、木箱が雑然と積み上げられ、入り口正面の壁に窓が(しつら)えてあった。足を踏み入れて早々、ラニは窓に近寄って開け放つ。


「換気しないと……」


 彼女はぼうっとした声で独り言を呟き、窓外へ身を乗り出して深呼吸した。階段では水蜜香が(わだかま)っているらしく、扉越しに独特な甘い香りが漂ってくる。


 ロットは甘い香りを危険だと思えなかった。頭がふわふわして気持ちがいい。さっきまで胸中(きょうちゅう)に渦巻いていた自己嫌悪はさっぱり消えてしまった。恐怖もない。脱力感はあったが、なにもかもどうでもいいという気にはならなかった。()いていえば、自分のこれまでの情けなさ全部が今だけ許されている感覚。


 ラニは力尽きたように上半身をぐったり窓の外に出していた。さながら豪奢な反物(たんもの)が窓枠に引っかかっているような具合である。


「ああ、もう、意味が分からない。なんでこう、頭がぽわぽわするのかしら」


 彼女も水蜜香の餌食になっているのは明らかだった。頭も口も緩んでいるようである。独り言は夕前の(もや)に吸収されながらも、ロットの耳に届く。


「全部全部、マヤが悪いのよ。ぜぇんぶ、あいつのせい」


 とろとろに溶けた怒りが風と(まじ)わって室内に流れる。


「あたくしはお父様に愛されてた。でも、魔術……なんで! なんであたくしに魔術が使えないの! なんだって手に入るのに、なんで、なんで、一番欲しいものは……」


 声に嗚咽(おえつ)()じる。


「ねえ、ロット。聞いてるんでしょ?」


 不意に呼びかけられて、ロットは窓際で答えた。「聞いてる」


「口の()き方……まあ、いいわ。聞いてるならそれで。あんたは知らないでしょうけど、夜会卿への生贄の話が出たときね、アビシェクが真っ先に志願したの。本当なら、あの子ひとりだけが生贄になるはずだった。なのにマヤったら、自分も捧げられますだなんて。お兄様と一緒に冥途(めいど)に渡りますだなんて。ねーぇ、なんでマヤがアビシェクにあんな執着してるのか教えてあげる」


 声は(つや)っぽい響きに変わった。窓外から入り込む風がロットの頬を撫で、我知らず少年は身震いする。寒さではない。身体はむしろ火照っていた。


「マヤはね、アビシェクを愛していたの。あたくし見ちゃったのよ、マヤがアビシェクにキスして、(いさ)められてるところを。アビシェクって度外れに真面目だから。そこで、あたくし思ったの。マヤがあたくしの一番欲しいものを持ってるなら、あいつの一番大切なものを奪ってやろうって。だからね、あたくし、アビシェクと寝たのよ。それを教えてやったときのマヤの顔ったら……。寝たって、意味分かる?」


「子供扱いすんなよ。分かる」


「子供でしょ。まあ、いっか。アビシェクって本当に真面目だったの。言う通りにしないとマヤを殺すって脅して、それでも首を縦に振らなかった。金輪際マヤをいじめないって約束しても駄目だった。だから縛り上げて、抵抗出来ないようにして、それでようやく。アビシェクは怒ってお父様に抗議したらしいけれど、逆効果だったわ。だってお父様はあたくしが大好きなんですもの。アビシェクに無理やりされたって嘘をついたら、それでおしまい。あはっ。でも、考えてみれば変ね。最愛の娘を(おか)されたのに、お父様はアビシェクを叱りもしなかったの、なんでかしら。ねーぇ、ロット。なんでか分かる? あ、ちょっと!! やめ――」


 今のラニを窓から落とすなんて簡単なことだった。足を持ち上げてやるだけ。その程度のことは、ほんの少しの勇気で可能である。恍惚(こうこつ)(おか)された脳内で、失った意志がかたちを()したのだ。自ら存在を否定した勇姿が、甘い毒の幻として束の間、顕現(けんげん)したのである。


 遥か下へと遠ざかるラニの叫び声が、ロットの獲得した現実の勝利だった。


 しかし、それも長続きはしない。彼は身体をぐったりと壁に預け、水蜜香の魔力に身を委ねたのである。太陽が落ち、夜がやってくるまで。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『水蜜香(すいみつこう)』→微睡草(まどろみそう)と呼ばれる、麻痺毒を持つ植物を刻んで干したもの。燻した煙を吸引することで、酩酊状態に誘う。中毒性が強く、量を誤れば廃人となる場合も。『煙宿』で生産された水蜜香が、王都の歓楽街に密輸されている。詳しくは『393.「甘き煙の宿場町」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『アビシェク』→縫合伯爵ルドラの次男。ルドラの指示で夜会卿に捧げられ、殺害された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて

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