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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
1556/1573

Side Lot.「恐怖の楔」

※ロット視点の三人称です。

 血族に囲まれて査定の場へと引かれていくアリスを一瞥(いちべつ)し、元騎士見習いの少年――ロットは沈鬱な思いに駆られた。果敢に立ち向かった結果がこれだなんて、割に合わない。そう仕向けたのが煙宿の参謀、(いな)、裏切り者のヨハンだという点も屈辱を(あお)り立てる要因になっている。


 そもそも、煙宿の表向きの指揮官であるポールから戦略的降伏の指示があったのも気に食わない。死を()して煙宿を守るのが――ひとりでも多くの血族、一体でも多くの魔物を討つのが、戦場における正しい姿だと強く感じていた。煙宿の振る舞いはグレキランス全土の平穏にも繋がる問題だ。


 それについて、元騎士見習いの仲間たちであるエデンらと何度議論を重ねたことか。結論は最後の最後まで出なかったけれど、命令に(そむ)いてでも戦うべきだと一貫して主張し続けたのはロットだけである。騎士の誇りを日頃から口にしていたミルファでさえ、エデンに同調して慎重論を唱えていた。ダニーはそもそも勇気が足りていないし、シルビアはどっちつかず。四人への苛立ちはあれど、(たもと)を分かつことにならなかったのは、強固な紐帯(ちゅうたい)があったからだ。全員がトリクシィに拝跪(はいき)し、煙宿を(おびや)かした過去を持つ。そしてこの町に受け入れられ、守り手となるべく克己(こっき)した。罪悪感と表裏一体の使命感が五人を固く結びつけていたと言えよう。


 戦場で命を散らすと言い張っていたロットが翻意(ほんい)したのは、進軍するキュクロプスの群れを目にして、しばらくのちである。巨人の足元に群れるグールを倒すのなら出来るが、それがなんの役に立つというのか。血族の隊伍(たいご)は魔物の背後に隠れており、したがって巨人を突破しないと勇姿を見せることすら叶わない。ただ蹴散らされ、潰され、小指の先ほどの痛みさえ感じる前に死ぬ。それが理解出来てしまった。迫りくる巨兵を前に、命の恩人である騎士団ナンバー5のシーモアならどうするだろうかとロットは考え、結果的にエデンたちとともに煙宿に帰還したのである。


 ロットはシーモアがどういうひとなのか、本当のところは知らない。だが、彼と晩年を過ごしたジークムントや、元騎士のクロエから聞いた話では、誰かを生かすために全力を尽くす者だという印象がある。ほかならぬロットが命を救われたように。自分のような小さな命を繋いだ結果、シーモアは落命した。自分がトリクシィに従っていなければ死ななかったという後悔の念は今でもある。ただ、それは別の意志へと結実していた。


 自分の命で誰かの命を繋ぐ。それはきっと力の大小にかかわらず、意志ひとつで可能だ。だからこそ命の使い道を誤ってはいけない。ロットが昨晩降伏を選んだのは、この点に尽きる。ただし、単なる降伏は良しとしなかった。反撃の機会を待つだけでは駄目だと思ったのは、やはり使命感ゆえである。


 機会を待つ。もし機会が片鱗(へんりん)見出(みいだ)せなければ、自分がその契機となる。そんな意志を伝えたのは、五人の仲間と、シーモアの旧友であるジークムントだけだ。それも煙宿に帰還して、目前に敵が迫っているさなかでの表明である。全員からやめるよう言われたが、決意は揺るがなかった。


 ラニはロットにとって絶好の相手だった。トリクシィによく似ている。こういう奴がなにを喜び、なにに(いきどお)るのか知っていた。だからこそロットは賭けに出て、ひとり隷属(れいぞく)の身となったのである。すべては計画通り――のはずだった。


 アリスが去ったあとの桟橋で、ロットは台座に正座し、ラニの後ろ姿を伏し目がちに眺めていた。


「あんた、なんであたくしが戦ってるときに加勢しなかったのぉ?」


 鋭い打擲(ちょうちゃく)の音が鳴り響く。立ち尽くすマヤをラニが平手打ちしたのだ。


「あたくしが死ねばいいと思ったんでしょう? 違う?」


 またぞろ同じ音が(くう)を裂く。


「これ見よがしに魔術をひけらかして、本当に小生意気」


 まただ。


「あたくしじゃ勝てなかったとか思ってなぁい?」


 また。


「あの女、あたくし相手に消耗してたのよ」


 また。


「でなきゃ、あんたなんかが殴れるわけないじゃない」


 また。


「金輪際、調子に乗らないことね」


 ロットは無意識に耳を塞ぎ、目を(つむ)っていた。演技でなく。


 自分は勇敢な人間で、シーモアの意志を継いでいる。何度心のなかで唱えても、膨らんでいく感情を抑えることが出来ない。


 恐怖心。


 トリクシィに隷属していた頃の二の舞いになりつつある自分がいる。どれだけ心を奮い立たせようとしても、身体が言うことを聞いてくれない。ラニの一挙一動はロットの心の傷を開き、塩を塗り込むようなものだった。精神が震え、(おのの)き、叫んでいる。


 本当ならアリスに加勢すべきだった。大した力にはなれないにせよ、倒れた血族の持っていた槍は武器として充分。なのに動けなかったのだ。今もそう。こちらに背を向けて妹を(なぶ)っているラニに刃を突き立てる機会だ。まだ槍はそこに転がっているのだから。けれどもロットは膝のうえで拳を握りしめたまま、なにも出来ずにいた。


 ひとしきりマヤを打ち()えると、ラニが(きびす)を返した。こちらへと歩む彼女に、ロットは自然と身が硬くなるのを感じる。


「ねぇ、ロット」


 呼びかけられて、身体がびくりと震えた。それを恥じ入る気持ちよりも恐れが(まさ)っている。


「は、い」


 なんとか返事をした直後、いくつも指輪の()まった細い指で顎を持ち上げられ、視界が上へと――ラニの目へと持ち上げられた。その瞳に宿(やど)った色を()っている。その微笑みの意味を識っている。


「あんた、裏切るつもりでしょう? あたくしを殺そうと思ってる。違う?」


「いえ! 全然そんなこと思ってないですっ!」


 ラニの舌が(うごめ)き、(べに)で彩られた唇を舐める。そして彼女はこれ見よがしに槍の魔具――蒼天閃槍(シエロ・ピック)を片手で(ひるがえ)し、穂先(ほさき)を台座付近の木板に突き立てた。


「そう。……ところであんた、この槍の持ち主なんでしょう?」


「そう、でした。でも、今は、ラニ、様の、持ち物です」


 視界が熱く潤む。涙の先走りが屈辱の結晶であればいいとロットは願った。たぶん、そうじゃないことを自分自身よく分かっていたから。


「いいわぁ、良く分かってるじゃない。……それじゃ、ロット。この槍を使ってあたくしを攻撃してご覧なさいな。遠慮せず」


 槍から手を離し、ラニは一歩引いた。そして煽るように両手を広げてみせる。


 望外(ぼうがい)の申し出である。敵の方から身を差し出してきているなんて。だが、ロットはどうすればいいのか分からず、呼吸さえ整えられなかった。自分の気持ちの()()さえ見失った状態である。


「早くなさいな。命令に従えない愚図は嫌いよぉ」


 奥歯を噛み締め、蒼天閃槍(シエロ・ピック)を掴んで立ち上がる。木板から穂先を引き抜くと、先端が冗談のように震えた。


「構えなさい」


 言われてようやく、構えを取る。槍全体が生き物のように蠕動(ぜんどう)していた。そして、重い。こんなに重く感じたことなんてなかった。


 シーモアの後継者を自認して蒼天閃槍(シエロ・ピック)で魔物と対峙(たいじ)した日々を思い出す。どの夜も、この槍は身体の一部のように動いてくれた。それなのに今は、まるではじめて扱う武器のように他人行儀に思える。


「早く攻撃しなさいな。突きでも薙ぎでも。もちろん魔具としてちゃんと使うこと」


 ロットの繰り出した突きは勢いに欠け、袈裟(けさ)斬りは軌道が蛇行し、横薙ぎは(かえ)って身体が槍に引っ張られた。そしていずれの攻撃も、まるで素人丸出しである。ラニは繰り出される刃を呆れ顔で避けた。


「本気でやらないと今すぐ殺すわよぉ?」


 呼吸が乱れる。鼓動が早鐘のように打つ。滅茶苦茶に槍を振り回している状態だったが、それでも多少は鋭さが増した。


 ちゃんとしなきゃ殺される。


 その一心で刃を振るう。震えは徐々に取れた。単調ではあるものの、それらしい攻撃になりつつある。しかしラニは退屈そうに避けるばかり。


「魔具の力を使ってご覧」


 命じられて魔力を籠めたが、穂先からちょろちょろと水が溢れただけ。


 心が折れそうだった。いや、もう折れているのかもしれない。とっくに。


 ロットの手から蒼天閃槍(シエロ・ピック)が落ち、叱咤(しった)するような音が鳴った。


「もう、限界、です。許して、ください」


 それを聞いてラニは目を丸くした。次の瞬間には、甲高い嘲笑が響き渡る。


 ひとしきり笑うと、彼女は肩を落とした少年に囁きかけた。


「この魔具はあたくしの物だけれど、あんたが持ってていいわぁ。片手が塞がるのは好きじゃないの。だからあんたが代わりに持ちなさいな。本当にどうしようもなく弱いのねぇ、ロット坊やは」


 ロットは無心で蒼天閃槍(シエロ・ピック)を拾い上げた。先ほどよりもずっとずっと重く感じる。


 決壊した涙が、頬を伝って落ちるのが分かった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入り。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『エデン』→かつてトリクシィと行動をともにしていた見習い騎士。水の魔術を得意とする少年。トリクシィによる『煙宿』襲撃後、クロエの導きで『煙宿』に残ることになった。詳しくは『幕間.「追放行路 ~落涙~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『ミルファ』→トリクシィと行動をともにしていた見習い騎士。軟化の魔術が施された鉄製の鞭の魔具を所有する少女。トリクシィによる『煙宿』襲撃後、クロエの導きで『煙宿』に残ることになった。詳しくは『幕間.「追放行路 ~落涙~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『ダニー』→かつてトリクシィと行動をともにしていた見習い騎士。風の魔術を扱える少年。トリクシィによる『煙宿』襲撃後、クロエの導きで『煙宿』に残ることになった。詳しくは『幕間.「追放行路 ~落涙~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『シルビア』→かつてトリクシィと行動をともにしていた見習い騎士。火の魔術を扱える少女。トリクシィによる『煙宿』襲撃後、クロエの導きで『煙宿』に残ることになった。詳しくは『幕間.「追放行路 ~落涙~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。大量の魔物による王都襲撃以降、生死不明。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『五月雨のシーモア』→騎士団ナンバー5の男。槍の魔具使い。魔術師であるが、同時に魔具使いでもある。普段は魔力を身体の奥に隠しておき、魔具の暴発を防いでいる。トリクシィに敗北し、死亡した。詳しくは『366.「落下流水」』『幕間.「王都グレキランス ~騎士と真偽師~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『ジークムント』→初老の真偽師(トラスター)。王への謁見前に、クロエを真偽判定にかけた。謁見中の事件により、王都追放の処分を下された。詳しくは『261.「真偽判定」』『幕間.「王都グレキランス ~追放処分~」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』→水の魔術が籠められた魔具。今は亡き騎士団ナンバー5シーモアが使用していた。詳しくは『Side Seymour.「たかがヒールを折っただけ」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて

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