Side Alice.「弾丸と稲妻」
※アリス視点の三人称です。
対面のマヤを見据えて、アリスは銃口を彼女に向けた。凶器を向けられているというのに目の色ひとつ変えず微動だにしない。腕は身体の横に垂らしたまま。ラニに踏まれて乱れた髪を直そうともしない。
アリスは躊躇なくトリガーを引き、無音の弾丸を放った。被虐者だろうと相手は敵方。それに、半端な仕掛けで太刀打ち出来ないのはおぼろげながら察している。ゆえに、今しも放った魔弾で討ち取ろうなんてまったく思っていない。
弾丸はマヤの手前五メートルの位置から鋭角な蛇行をはじめ、明後日の方角に飛び去り、急転換して彼女の後頭部を貫く軌道をみせた。
彼女の背後一メートルに迫った時点で、一条の光が弾丸に迸り、無力化された。この間、マヤはアリスを見つめたまま身じろぎひとつしていない。
一瞬だけ必要最低限の魔力を放出するさまは、最前マヤが無数の弾丸に対しておこなったのと変わらない。が、この一発で得られた情報は多い。まず、彼女は確実に魔力を察知出来る。でなければ背後の弾丸を一瞥もせずにピンポイントで打ち落とすことなど不可能。
次に、魔術の実態を見抜く力と計算力の高さも備わっている。アリスの弾丸は威力や速度、軌道制御も、先ほどの追尾の魔弾とは質を異にしていた。無力化するために必要な魔力はもちろん変わる。アリスの見る限り、マヤの魔術は過不足なかった。つまりは弾丸が射出されてから無力化するまでの数秒で、応分の魔力を算出して放ったと言える。
最後に、魔術の行使に際して予備動作が一切ない。魔力が魔術に結実するまでは一瞬だった。それらしい肉体の動きひとつなし。
身体の奥底でふつふつと沸騰するなにかがあった。こいつは間違いなく強い。しかも、とんでもなく気丈だ。ラニには平伏の態度を見せているくせに、こっちを屈服させる意気を隠そうともしない。攻撃に動じることなく対応したのは、魔術師としての格の違いを明かしているとも捉えられるのだ。
「アンタくらいの実力があれば、そこの女王様気取りなんて一蹴出来るだろうに。なんで大人しく従ってるのさ」
アリスの挑発に、マヤの背後に回ったラニが不快そうに眉根を寄せたが、そんなことはどうでも良かった。マヤの表情の変化のほうが雄弁である。彼女はこめかみに青筋を立て、獰猛にアリスを睨んだ。
そんなに悔しいなら姉貴の頬を張ってやりゃいいのに。
「怒りの矛先を間違えるんじゃ――」
アリスの言葉の中途で、視界が白光に焼かれた。マヤの頭上に展開された魔力が魔術となり、光を放ったのである。一瞬のことだった。
そして次の行動も一瞬のうちに為された。
今やアリスの魔力察知は視覚に依存していない。ゆえに目潰しなど効果は持たないが、上等な魔術師が相手となれば話は別。アリスは四種の魔力を感知していた。ひとつ目はマヤの頭上の光。ふたつ目はマヤ当人を覆う薄い魔力。みっつ目は、マヤと自分との直線上に展開された一条の雷らしき魔力。最後に、雷と同じ速度で、こちらの右側面へと宙を駆ける人型の魔力。
アリスは迷いなく右へとステップした。そして極限まで弾速を高めた魔弾を、先ほどまで自分の立っていた左側――なんの魔力も感じられなかった箇所へと撃ち込む。
アリスとしては論理にもとづき、確かな勝算を持って打って出た。まず、マヤの頭上の魔力は単なる閃光。目潰しの意味しかない。こちらの視界を奪って攻撃するなら、雷ひとつで事足りる。それをわざわざ人型の魔力を走らせた意味は明白だ。先ほどこちらが仕掛けた弾丸のテストの意趣返し。となると人型は十中八九フェイク。ただ、雷が本命かというと違う。速さはあるが、この距離なら回避出来る。で、相手がこっちの魔力察知の能力を買っているなら、なんの魔力もない左側に回避するのが当然とみる。罠を張るならそこ以外にない。マヤが魔力の隠蔽に長けているのは見通している。でなければ魔力を実際より過小に見せるなんて真似は出来ない。閃光の真下にあるマヤの魔力は、人型と同じくフェイクだ。魔力の操作さえ出来れば、あたかもそこに留まっているように見せかけるのも可能。右の人型と同様に、左側に隠蔽した本体が迫っている。それが結論。
アリスの見立て通りなら、銃弾は巧妙に隠蔽されたマヤを射抜いたことだろう。意想外の状況に即座に対処出来る者は、魔術師に限らずひと握り。ラニのような危機察知能力を持っているなら別だが。
無音の弾丸が白光を裂く。フェイクの人型がアリスの目前に迫り――。
「指図しないでくれる?」
アリスの耳元に囁きが訪れたときには、もう遅かった。フェイクのはずの人型魔力が拳を振るい、アリスは防御も回避も叶わず、頬を殴られたのである。
白光に焼かれた視界が徐々に正常な視力を取り戻す。
フェイクだったはずの人型がマヤの実体であるのをあらためて視認し、アリスは苛立ちと昂りの両方を感じた。それらは強烈に自分の内部で暴れている。
こいつは全部読んだうえで仕掛けてきた?
こっちの魔力察知が視覚依存じゃないと踏んで?
正確なところは分からない。どんなパターンであっても、マヤ本人が雷の魔術をまとって飛び込んで来るのは有効。ただ、人型がフェイクだと思い込んでもらえるのがベストだったろう。でなければ防御魔術で邪魔されていた懸念がある。奴としては、魔力の欠片もない左側に意識と攻撃を割かせられれば、もっとも安全かつ確実に一撃を入れられる。
立ち上がると、自然に広角が持ち上がった。
読み切ったかどうかはどうでもいい。せっかく殺すチャンスを、こいつは単なる囁きと殴打に留めやがった。どうあれ、一発は一発だ。お返ししなきゃ気が済まない。それに、こっちだってまだ見せてない手札がある。そいつを一枚切って、手痛い反撃を食らってもらおうじゃないか。そうでなきゃ――。
アリスの思考はそこで歩みを止めた。
おかしい。全身が動かない。厳密には、動きがやけに遅すぎる。
彼女の真横を、薄汚いコートの男が通り過ぎた。
「なにをしているかと思えば、ルドラ卿のご息女お二人で人間狩りですか。感心しませんね」
助けに来たのであれば、遅延魔術なんてかけない。スローになった動きのなかで、アリスはヨハンを睨みつけた。
クソが。邪魔しやがって。
「ルドラさん! この女を拘束してください!」
ヨハンの張り上げた声ののち、半透明の縄がアリスに巻きついた。直後、魔力が外へ放出出来ないことに気付く。アリスに施された遅延魔術が解除されたのは、数瞬後のことだった。
「ヨハン……アンタ、なんのつもりだい」
「なにって、いつものことですよ」不吉そのものの顔が冷ややかな笑みを作る。「裏切りは私の十八番です。ご承知の通り」
それから間もなくアリスは青の巨人――ルドラの膝下に連行され、簡単な査定ののち、一等の檻に入ることとなった。ちょうど昼過ぎの時刻である。
さして広くもない家屋全体が半透明の檻で囲われていた。すでに縄からは解放されており、魔力も自由に操れはするが、檻の外へは伸ばせない。そして檻の内部では魔術の行使が出来ないこともすぐに知れた。魔術師としてはお手上げの状態である。
檻の格子に手をかけて戸外の景色を眺めても仕方がない。
室内に目を向けると、いつの間にやら上がり框に紫の髪の男と、花嫁衣装の女性が腰かけていた。レオンとビスク。人形使いと人形。煙宿に配置されることになり、何度か夜間防衛をともにしたことがある。
「君も捕まったのか、アリス。しかし今までどこに? 室内に隠れていた……いや、それは薄い。血族が家探ししているはずだ。そもそもここ数日姿を見せていなかった。逃亡ならばこの状況で帰還する道理がない。一時的に別拠点にいた……誰の指示で、なんのためだ……」
自分の世界に没入してぶつぶつと独り言を繰り出すのは彼の癖だ。あまり快いものではないが、どうこう言うつもりはない。アリス自身、悪癖の塊だという自覚はある。
「どこだっていいじゃないか。結局アンタらと同じように囚われた。で、どうにも出る手段がない。おまけにヨハンは裏切者ときた」
肩を竦めたところで、外から騒々しい駆け足と「自由万歳!」という嬉しげな声が弾けた。見ると、小柄な女性が通りを駆け去っていく。
「君は勘違いしている」レオンが小声で呟いた。「反撃の準備を整えておきたまえ」
「チャンスが来るって?」
レオンは薄く頷き、傍らのビスクの髪を撫でた。そして微かな声で呟く。
「ヨハンは裏切っていない」
「どうしてそう言い切れる?」
レオンは戸口を軽く指差した。
「反撃の意志がなければ彼女を解放しない」
先ほど自由を快哉して通り過ぎた女性の顔を思い浮かべる。夜間防衛で目にした記憶はなかった。面識もない。
「反撃ねぇ……あの娘は何者なんだい」
「針屋で居候をしているデザイナーだ」
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入り。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて
・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『魔弾』→魔銃によって放たれる弾丸を指す。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて
・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『遅延魔術』→ヨハンの使用する魔術。対象の動きをゆるやかにさせる。ヨハン曰く、生体や魔術には有効だが、無機物には使えないらしい。正式名称は遅延領域。詳しくは『69.「漆黒の小箱と手紙」』にて
・『レオン』→ビスクの夫。人形術を得意とする魔術師。独り言が多く、コミュニケーションに難がある。カシミールの弟であり、マダムの息子。三人とも血の繋がりはない。『黒の血族』のオークションでマダムに落札された。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて
・『ビスク』→レオンの妻であり、ポールの娘。故人。ポール曰く、控えめで優しい性格とのこと。彼女の死後、レオンはその姿を模した人形を所持するようになった。彼は人形もまたビスクと呼び、大切にしている。レオンが傷付くと、人形は彼の魔力を吸い上げて駆動する。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて
・『煙宿』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『針屋』→『針姐』が『煙宿』で営む針治療の店。刺青を彫り込む仕事も請け負っている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて




