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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Alice.「加虐者の油断と第六感」

※アリス視点の三人称です。

 平気で他人の人生を踏みつけて己の利益しか考えないような女王。そいつに故郷を滅茶苦茶にされた記憶は消えない。そんな過去に立脚(りっきゃく)して戦い続けたアリスは、闘争や反抗をアイデンティティとしていた。知恵をつけて柔軟になっても、芯まで変えることは出来ない。ラニを放置出来なかった理由はそれに尽きる。


「あんた、口の()き方が――」


 魔銃から放たれた弾丸が言葉を()き消す。脳を狙った無音の一撃が咄嗟(とっさ)に回避され、さすが厄介者のひとりといったところかとアリスは納得した。


 二発、三発と着弾箇所を変えて撃ったが、いずれも寸前で避けられる。弾丸はすべて湿原の(もや)の先へと消えた。それでもアリスは発砲をやめない。合計七発――鎧の血族に放ったものも含めれば十二発を放ったが、いずれもかすりさえしなかった。


 銃口を下げると、ラニの嘲笑が(はじ)けた。


「それでおしまいかしら? 随分と生意気な台詞を吐いた割には芸がないわねぇ。その魔銃、どっちも魔弾の装填数は六つだけ。全部撃ち尽くしたのは知ってるわぁ。威勢がいいのは言葉だけ。どっちが格上か分からせてあげなきゃ」


 槍を身構えるラニに、アリスは鼻白(はなじろ)んだ。装填数は敵の見立て通りだが、見誤っている。なまじ魔具の知識があるから目が曇るのか、それとももともと魔力を()る力を持っていないのか。


 行方不明の魔具職人――カルマンの改造で、アリスの魔銃は装填時間なしに魔弾を連射出来る仕様に変わっている。この程度は見抜いてくるかと思ったが、買いかぶり過ぎだったか。


 ラニが槍を振る。アリスとの距離は十メートル近くあるので当然空振(からぶ)りに終わるが、無意味な挙動ではないことは見抜いていた。案の定、刃の軌跡(きせき)が魔術の塊となってアリスへと迫る。


 水の魔術が()もった魔具か、と避けざまに観察した。


 次々と放たれる水の斬撃を回避し、ちらと後ろを振り返る。刃はいずれも直線的な軌道。大通りに達する前に霧散している。頭を射抜かれて死亡した血族の身が刻まれているあたり、それなりに威力はあるようだ。台座を支える血族が息絶えてもロットが道の真ん中で縮こまっているのは腹立たしいが、それに意識を()くだけの余裕はない。厳密には、避けるだけなら造作もないが、ヘルメスとの修行の賜物(たまもの)である『魔力で魔力を捕捉する』状態を維持するには無駄な感情の揺らぎは禁物だった。


 斬撃を回避しつつ、いくつかは局所的な防御魔術で(はじ)く。もちろん気まぐれな防御ではない。後方のロットが餌食(えじき)になってしまうものだけ防いだ。


「防戦一方じゃない! どうしたのぉ!? 反撃してみなさいよぉ!」


 嬉々とした表情で槍を振るうラニを眺めて、多少の苛立ちを覚えた。


 こいつは槍を使い慣れていない。太刀筋(たちすじ)から明らかだ。そのくせ、魔具の出力だけは卓越している。煙宿の誰かから奪った品なのだろう。つまりは試し切りしているわけだ。本命は指輪の魔具だろうが、どうも使う気配がない。


 それならそれでいい。(えつ)(ひた)って油断しているうちに始末すれば終わりだ。


 このとき、湿原の先へ消えた七発の弾丸は急カーブを描いて煙宿へと猛進していた。それらの魔弾には標的に命中するまで推進力を失わない特性と追尾性能を持たせてある。ラニが油断まみれの状態になるまで追尾能力を停止させるくらいなら以前のアリスにも出来た芸当だ。ヘルメスとの修行で精度は格段に上昇したが。


 水の斬撃を回避するアリスの目に、回帰する魔弾が映った。ラニの頭、心臓、腹、胸、喉を満遍(まんべん)なく撃ち抜く軌道である。あと一秒もしないうちに穴だらけになるはず。


「ほらぁ! 油断すると真っ二つにぃっ!?」


 アリスの口が思わず薄く開いた。


 どうみてもラニは追尾の魔弾を感知していなかった。魔力察知が不得手であることは、魔銃の弱点を看破(かんぱ)した気になっている点からも察せられる。にもかかわらず、彼女は間一髪のところで弾丸を回避したのである。


 再び敵を追尾する弾丸も、ラニはことごとく避ける。不愉快そうな渋面(じゅうめん)を作りつつ。


「不意打ち、なんて、小癪(こしゃく)で、下品な、真似をっ!」


 回避のまにまに、切れ切れの言葉が放たれる。


 そう、不意打ちだ。ラニ自身も不意を突かれたと認めているようなもの。つまり彼女は依然(いぜん)として魔力を感知していない。にもかかわらず、一発たりとも命中しないのが不思議でならなかった。例の指輪の魔具も沈黙している。誰かが交信魔術で伝えたとしても、こうも紙一重で避けられるようなものではないだろう。


 まったく論理的でない(かい)が、アリスの脳にひとつの泡のように浮かんだ。


 第六感。霊感。あるいは本能。


 なんと呼んでもかまわないが、こいつは(かん)で察知したんじゃないか?


 もし仮にそれが備わっているとして、身に迫る危機すべてを感知出来るとなれば厄介どころの話ではない。


 アリスは銃口を再びラニへと向け、トリガーを引いた。何発も。


 追加された追尾の魔弾。その物量で始末する。それがもっとも妥当な方法だったのは確かだ。異様な危機察知能力の前では、小手先の魔術なんて通用しない。


 回避の負担は急増したわけだが、しかし敵の反応も早かった。


 ラニは避けざまにマヤの首根っこを掴み、次々と迫る弾丸の盾にしようと(かか)げたのである。


 とことんまでクズだ――と思えたのは(つか)()だった。閃光が視界を白く焼き、すべての弾丸が地に落ちる。


 ラニが首を離し、マヤの身体が崩れた。転びそうなところで踏みとどまったが。


「マヤ。あんたが戦いなさいな。あたくし、面倒になったわ。大丈夫よぉ。死ぬところは見ててあげる」


 多少息を切らしながらも発せられたラニの声は、まるで妹ではなく下僕(げぼく)に対する冷徹さを(はら)んでいた。


 ラニの態度は腹立たしかったが、それよりも疑問がアリスの頭を()めている。一瞬の閃光で全弾を無力化したのはラニではない。それは分かる。なら答えはひとつだ。


「……分かりました、姉様」


「おおせの通りにいたします、でしょ? あんたも口の利き方が妙ねぇ。本当に貴族なのかしら?」


「……おおせの通りにいたします」


 返事のあとに唇を噛んだマヤの目に、憎悪に似た炎が揺れていた。対面するアリスへと向いているものの、本当の矛先(ほこさき)は真後ろのラニだろう。


 姉妹の(いびつ)な主従関係はともかく、問題ははっきりしている。唇を噛みたいのはこっちのほうだ。


 見誤っていた。眼前の(しいた)げられた女性から些少(さしょう)な魔力しか感じられないのは事実だが、それだけで物事を判断していた自分が腹立たしい。


 先ほど魔弾を打ち落とした閃光は(まぎ)れもなく魔術で、発動の瞬間だけマヤから応分(おうぶん)の魔力が(ほとばし)ったのをアリスは捉えていた。おそらくは雷の魔術。一瞬だけしか魔力を()せず、魔弾から推進力と追尾能力の魔術を剥離(はくり)させるなんて、一朝一夕で出来ることではない。ラニが魔弾と格闘している(あいだ)にじっくり観察出来たとしてもだ。


 ルドラの実子は厄介者。ヘルメスの助言が耳に(こだま)する。


 先生は正しかったわけだ。


 どうやら出征(しゅっせい)した実子はひとりの例外もなく猛者に違いない。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入り。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔弾』→魔銃によって放たれる弾丸を指す。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『カルマン』→魔具職人。魔力写刀(スプリッター)の製作者。アリスに乞われ、魔銃を強化した。初出は『Side Alice.「姉弟の情とアリス』


・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて

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