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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Alice.「死なば糧となりて」

※アリス視点の三人称です。

 踊り子めいた装束(しょうぞく)は、黒の血がなければ純白だったろう。よく見れば膝は土に汚れている。なにより異常なのは口元だ。吐血したわけでもあるまいに、血に染まっている。一見しただけでも只事(ただごと)ではない。


 女性が桟橋に差しかかると、大通りに面した方角からいくつものまとまった木靴の音が整然と鳴った。例の女性は桟橋の末端から数歩のところで足を止め、大通りのほうを――迫る靴音の持ち主たちをじっと見やっている。やけに鋭い眼差しで。


 やがて靴音が止まり、汚れた装束の女性の前に別の血族が颯爽(さっそう)と降り立った。鎧の血族が抱える台座から跳躍したことまではアリスの視界には映らなかったが。


 濃い茶褐色の髪色こそ二人に共通していたが、ほかはなにからなにまで違う。降り立った女性は緻密(ちみつ)な刺繍の(ほどこ)された黄金色の装束をまとい、あちこちに嫌味なほど大量の装飾を着けている。ちらと映った横顔には、獲物を見つけた喜びが確かに浮かんでいた。弱者をいたぶって(えつ)(ひた)るタイプだと一目で分かる。


 なかでもアリスが注視したのは、その女性が手にした槍と、銀色の指輪だった。


 どちらも魔具だ。


「そこに座りなさいよ、ゴミ虫。()が高い」


 降り立った女性が威圧的な声で言う。若干声に怪訝(けげん)な調子が混じっているように聴こえた。


 命じられた女性のほうは口を引き結んで正座する。その仕草には慣れたものが感じられたが、しかし目付きは穏やかではない。


「なにかご用ですか、ラニ姉様」


「ご用もなにも、アビシェクはちゃんと埋めたんでしょうねぇ? マヤ。まさかどこかに死体を隠してるなんて――」


「湿原に安置しました」


「安置って……捨てたの!? 実の兄でしょ!?」


 マヤと呼ばれた女性は追想するように目を(つむ)り、自分の胸を手を当てた。


「お兄様は生前、遺棄葬(いきそう)を望んでおられました。野の獣や虫と同様、死なば肉体を他の生命の(かて)とするのを良しとしておられたのです」


「最低の考え方ね。気持ち悪い」


 マヤの目が細く開かれ、自分を見下ろすラニへと視線が(そそ)がれた。


 隠れた傍観者(ぼうかんしゃ)であるアリスにも、なんとなく二人の関係性やひととなりは(うかが)い知れた。


 他者を見下してやまない姉のラニと、表向き従いつつも反感を内側で燃やしている妹マヤ。マヤはアビシェクとかいう兄を(した)っていたのだろう。しばしの瞑目(めいもく)と口調でそれと分かる。死者となった彼を、生前の望み通り遺棄したと。ラニの反応から察するに、血族の社会においても遺棄葬は通常おこなわれないらしい。人間の尺度で置き換えるなら倫理や衛生の問題がある。それをあえてしたのなら、マヤは狂気的だ。生前、兄との間にどんな約束事が交わされようと、さすがに遺棄は度外れに思える。どのような感情も過ぎれば狂気だ。親愛の情も例外ではない。


「……その口の血、なに」


「お兄様の心臓をいただきました。獣や虫だけがお兄様の恩恵を預かるのは悔しかったものですから」


 ラニが一歩引いたのは当然だ。実の兄の臓器を喰って、端然と姿勢を(たも)っているマヤの姿には鬼気迫るものがある。とはいえ、アリスはそう驚きはしなかった。遺棄という言葉を耳にした時点で、口の血がなにに由来(ゆらい)しているのか想像出来たからだ。


 こうして息を殺していなければならない状況でもなければ、溜め息のひとつも吐きたいものだった。たとえ彼女が人間だとしても理解がおよばない。とはいえマヤの行為をラニのように切って捨てる気は毛頭ない。分水嶺(ぶんすいれい)を越えた感情に対し、部外者が言えることなんてないのだ。せいぜい溜め息をこぼすくらいのもの。


「気持ち悪い! あんたもアビシェクと死ねば良かったのに!」


 甲高い声の直後、ラニの右足が大きく引かれ、金の(ころも)が宙を踊った。そして一気に蹴撃(しゅうげき)が放たれる。正座したマヤの側頭を木靴が(したた)かに打った。


 アリスはその一場(いちじょう)を目にして、ラニへの嫌悪感以上に、マヤへの驚きに目を丸くしていた。


 兄の心臓を喰らった血族は、避ける素振(そぶ)りひとつせず蹴りを受けたのだ。微動だにせず。


 魔術を使っていないことは見通している。


 顔が切れたのか、新鮮な黒い血が彼女の頬を流れ、顎を伝って点々と衣服に新たな血痕を残していく。


 足を引いたラニの横顔は軽蔑に歪んでいたが、目だけは(おそ)れを(たた)えている。目は雄弁だ。マヤのそれも同じ。瞳の奥に刃のような光が宿っていた。


「……土下座なさい」


 静かな命令に、今度もマヤは従った。桟橋に指を突き、額を木板に接する。そんな彼女の頭を踏みつけたのは、単なる嗜虐心(しぎゃくしん)ではないだろうとアリスは読み取った。嫌悪感や軽蔑はまだしも、この女性は恐怖心を看過(かんか)出来ない。胸の(うち)に芽生えたその感情を消すために踏みつけにしてるわけだ。


 そんなことをしても、怒りのように溜飲(りゅういん)が下がるわけでもあるまい。せめてマヤの視線の方角を変え、気分が収まるまで靴裏に封じておく。そんな魂胆だろう。


 皆の視線が二人に注視されているうちに、アリスは大通りの方角を見やった。簡易的な鎧の血族が五人。兜はしていない。四人が台座を抱えており、残るひとりは護衛といった風情(ふぜい)で槍の穂先(ほさき)を天に向けている。


 ここでまた、アリスは溜め息をつきそうになった。台座の端に少年がいたのだ。忘れもしない。煙宿が焼かれた晩に目にした騎士見習い。トリクシィとかいうサディストに引きずり回されていた子供だ。確か、名前はロット。


 てっきり人間は全員檻のなかかと思ったが、例外もいたわけだ。


 ありがたい、とは思えない。また加虐趣味の馬鹿女に捕まったか、という落胆が強かった。


 少年は不穏な一場を繰り広げる姉妹に唯一視線を向けていない。正座して悄然(しょうぜん)(うつむ)いているだけだ。


 さて、どうするか。アリスは小窓を覗いたまま、腰のホルスターから弐丁(にちょう)の魔銃を抜いた。


 ヘルメスからの前情報では、ルドラの軍で比較的厄介なのは彼の実子(じっし)たちと、あとは黒髪の魔術師に、四腕(よつうで)の男。実子のうち長男と長女には魔具が与えられている。血族はラガニアで作成された魔具のことを貴品と呼び、それを持つ者も基本的に貴族階級という話だが、ルドラ一派は例外らしい。夜会卿のオークションに流れたグレキランスの魔具を競り落とし、それを長男と次女に譲り渡したらしい。


 つまりは、ラニはルドラの長女というわけだ。マヤは次女。捕縛すれば情報を吐かせるなり、ルドラと交渉するなり、いくらでも使いようがある。ただ、この場で躍り出るのは悪手。見る限りマヤは魔術を行使出来るような魔力を持っていないが、あの(・・)ヘルメスが厄介者認定したのだ。護衛の血族五人はどうにでもなるとしても、ラニとマヤ両方を相手取るのは危険が高い。


 ラニが思うさま気晴らしをして去った段階で、マヤを生け捕りにする。それがベスト。労せずに完遂出来るはずだ。


「気色悪い!」


 ()り潰すように、ラニの靴裏がマヤを(なぶ)っている。


「あんたなんか死ねばいいのよ! あんたみたいなのが妹だなんて吐き気がする!」


 靴が持ち上がり、何度もマヤの頭部へ振り下ろされる。


 (かん)(さわ)る声のさなか、アリスはトリガーを引いた。発砲音はない。無音の弾丸はラニの護衛五人の額を次々と射抜いた。


 血族たちが崩折れる音で振り返ったラニの視線が、ちょうど家屋の戸口から飛び出したアリスと交差する。


「誰よ、あんた」


 息を荒くするラニに、アリスは両の銃口を向けた。


「女王様気取りのクズをぶち殺しに来た助っ人だよ」


 ヘルメスは今頃こっちの視界を見て呆れていることだろう。いくらでも罵倒するといい。悪趣味なサディストを放置するくらいなら、堂々と悪手を打ってやる。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入り。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『アビシェク』→縫合伯爵ルドラの次男。ルドラの指示で夜会卿に捧げられ、殺害された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。大量の魔物による王都襲撃以降、生死不明。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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