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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Vihaan.「すべての出来事には理由がある」

※ヴィハーン視点の三人称です。

 下降する昇降機のなかで、メフィストとポールに挟まれる位置取りになったヴィハーンは、(つね)のごとく頭をめぐらしていた。彼にとって思考という営みは常態化している。癖というより、彼が彼として生きるための戦略にほかならなかった。


 先ほど決裂し、一旦は保留した取引――ルドラ一族ならびにその腹心の殺害――で、ヴィハーンはあえて交渉材料をひとつ残した。それはメフィストも察しがついているだろう。相手方にこちらの手札が残っていると示すのがなによりも重要だった。そうでなければ場所を変えて再度交渉を、という提案も(みの)らない。


 ヴィハーンはルドラ一党を除くすべての人員の目と耳を共有している。そして彼らに交信魔術で命令を下すことも出来た。その結果として得られた情報でもっとも都合の良いものは『戦略的降伏』である。煙宿の人間たちは反撃に備えて、今は従順な素振(そぶ)りを見せているに過ぎない。これは捕らえた複数人の口から得られた言質(げんち)であり、ヴィハーンの耳に入る段階で看破魔術により真実と知れている。少なくとも煙宿のリーダー、つまりポールがそれを命じた点まで明らかになっていた。そしてもうひとつ、煙宿の人間のほとんどが肉体のどこかしらに魔力を固着させている点も、ルドラやその側近どもには伏せてある。反撃の糸口を残す意味もあり、また、メフィストに対して交渉の余地を示す役割も大いに果たしたことだろう。


 こちらがそれらの情報を握っていることくらい、メフィストは看破(かんぱ)しているに違いない。それは問題ではなかった。ほんの少しでも秘密を握っていると悟れば、もっと重大な情報を知られているのではないかと(いぶか)る。智者(ちしゃ)ほど、その傾向が強い。ヴィハーンの知る限りにおいてメフィストは愚物とは程遠い存在だった。知恵をめぐらせなければ他者を罠にかけるなど不可能。口先で世渡りするような(やから)は、それだけの知能と抜け目のなさを(ゆう)していると言える。


 メフィストはこちらを訝った。より多くの交渉材料があるのではと疑った。それが今現在の、昇降機での降下に繋がっている。ヴィハーンはそう確信していた。


「ポール。一旦昇降機を止めてください。少しだけ二人で話がしたいのです」


 ポールはこちらを不審げに見やったが、やがて昇降機の速度が緩まり、軽い揺れを残して止まった。ガラス張りの部屋を回廊が囲っているという珍奇な空間が視界に入る。ヴィハーンは昇降機を降り、ポールを手招いた。


「なんだ? 話があるのはヨハンのほうじゃねえのか?」と彼はいかにも(わけ)が分からないといった顔で口にする。


「貴方に話があるのです。申し訳ございませんが、昇降機は階下のバーまで降ろしておいてください。内緒話ですから。といっても、そう重大な話でもありません。メフィストは先にバーで待つように」


 ヴィハーンはじっとメフィストを見やって言った。相手は肩を(すく)めてみせる。お好きにどうぞ、と。ポールが昇降機の端に触れると、メフィストの姿はすぐに階下へと消えていった。


「ポール。メフィストをバーまで降ろしましたか?」


「ああ。まだ途中だが」


 返事に(いつわ)りはない。しかし、信じてもいない。ヴィハーンは壁に寄りかかり、今や奈落と化した箱型の穴と、ポールとの両方を見やった。


 ポールに妙な動きはない。こちらを突き落とすような挙動は皆無。そしてメフィストの魔力は遥か階下に向かっている。


 メフィストが査定の場に姿を見せた次の瞬間には、ヴィハーンは彼と不夜城頂点との繋がりを見抜いていた。魔力の繋がりを巧妙に隠蔽(いんぺい)した二重歩行者(ドッペルゲンガー)だ。


 二重歩行者(ドッペルゲンガー)と本体とは魔力の(かたよ)りがある。通常、本体のほうが多くの魔力を(ゆう)するものだ。二重歩行者(ドッペルゲンガー)が始末された場合には、分身側の魔力の分だけ本体に負担がかかるのだから。


 査定の場に現れたメフィストには過分なほどの魔力が感じられた。ゆえにこれが本体――と思わせたかったのだろう。ルドラによって彼の身の安全が保証されている以上、二重歩行者(ドッペルゲンガー)であろうと手出しは出来ない。とはいえ、ルドラの軍勢にどのような手合いがいるのか把握しているわけでもあるまい。当然警戒する。したがってメフィストは本体を(よそお)った二重歩行者(ドッペルゲンガー)を査定の場に送り込んだと見るのが妥当。


 この結論に至るまで、ヴィハーンが要した時間は実時間に換算して数秒程度だった。むろん、異能を充分に活用して思考に思考を重ねた結果であるが。


 煙宿における最大の厄介者がメフィストであると判断したのも、その思考の過程においてである。奴は自分のことを『風見鶏(かざみどり)』と認めた。本来ならば看破魔術で見抜けるものだが、それが虚実不明だったことは、()る事実を示している。


 看破魔術への対策のひとつ、二重思考(ダブル・シンク)。これを突破する方法はヴィハーンの引き出しにはなかったが、奴の言葉が真偽不明であるというだけでもなんらかの(くわだ)てがあると考えてしかるべき。その企図(きと)はこちらにとって望ましいものではあるまい。仮にルドラへの反転攻勢を仕組んでいたとしても、完全な意味でそれが達成されるのはヴィハーンとしては防ぎたかった。


 ルドラ一族と腹心――鎧の血族――の始末。それだけがこちらの願いだ。あとの者に手出しされるのは困る。


 ヴィハーンは先ほど不夜城の頂点で、核心を()けての交渉におよんだ。嘘はひとつも口にしていない。ただし、本当の狙いも告げてはいない。人間とルドラどもをぶつけて、両者疲弊したところに残りの血族を(そそ)ぎ込んで一網打尽にするのが真の策略だった。そして血族だけではない別の力もある。魔物の支配権はルドラ、クマール、ラニ、アビシェク、マヤの順に所有していた。しかし、それだけではない。この四名が死に絶えたあかつきには、ヴィハーンが支配権を持つ。ルドラに懇願(こんがん)し、重用(ちょうよう)されているという(ほま)れをかたちだけでも得たいのだと虚栄心を演出して、なんとかその権利を得たのである。


 ルドラ一族さえ消えれば、人間ごときキュクロプスで薙ぎ払える。加えて、ラガニアへの帰路の安全を確保するためにも必要な力だった。明確な抑止力がなければ、どこぞの貴族に背後を狙われかねない。その意味でも巨人の軍勢は申し分なかろう。


 ヴィハーンの耳が、昇降機が最下部――つまりバーで停止するのを捉えた。


 数分の沈黙ののち、ポールがガラス張りの部屋で入っていくのを横目で追う。


「話なら、この部屋で聞く。防音室みたいなモンだからな」


 ヴィハーンは奈落の底をちらと見やり、それからポールの申し出通り、その部屋に足を踏み入れるとガラスの扉を閉ざした。


「で、話ってのはなんだ?」


些細(ささい)な話です」


 勿体(もったい)をつけるように、ゆっくりと部屋の左右を往復した。自然と微笑が浮かぶ。


 ポールを査定の最後に回したのも、不夜城の構造を聞いたのも、二重歩行者(ドッペルゲンガー)の本体――今しもバーにいるメフィストの実体へ迫るためだった。一連の査定で得られた副産物の情報も望ましい。そしてメフィストのやり口が垣間見れたのも得難(えがた)い収穫である。


 欺瞞の鏡面(ブループリント)。対象の視界を(あざむ)く魔術だ。


 ポールへの尋問の最後で、ヴィハーンはそれを(ほどこ)されたのを自覚した。欺瞞の鏡面(ブループリント)には特徴がある。視界に一瞬、暗闇が訪れるのだ。それを知っているからこそ、あえて欺瞞の鏡面(ブループリント)にかかったふりをした。ヴィハーンの欺かれた視界のなかで、メフィストは目の前に突っ立っていたのだが、魔力を読めば相手が本当はどのような動きをしているかは分かる。魔力上、メフィストは凶器らしきものをかまえてこちらを襲撃したのだが――これもまたフェイクだとヴィハーンは見抜いていた。棒立ちになってもいないし、襲撃してもいない。こちらの鼻先を撫で、ポールと密談し、彼に妙な魔術を(ほどこ)しただけである。


 これらの真実は、ヴィハーンだけでは把握出来なかった。幾多(いくた)の血族に施した視覚共有により、実際に起こっている物事を知ったのである。そのうえで、あえて魔力による襲撃を回避している演技をした。こちらには魔力を読むだけの才覚も、偽りの視覚に頼らない知恵もあるのだと知らしめておきたかったのである。それでいて、実際に起きている事柄にはまったく気付いていない隙を見せておく。それなりに鋭いが、メフィストにおよぶだけの狡智(こうち)さはないと思わせておくのが肝要(かんよう)だった。彼がポールにかけた魔術は不明であり、こちらの鼻先を撫でた理由も定かではない。それが重大事(じゅうだいじ)だったとして、奴はすでにこちらの術中に()まっている。


 メフィストは鋭い。不夜城頂点でこちらが施した欺瞞の鏡面(ブループリント)も、ポールに視覚および聴覚の共有を施している点も看破(かんぱ)した。前者は解除され、後者は現在も健在ではあるものの、信は置けない。ポールに目を閉じさせ、耳を塞がれた時点で、メフィストがなんらかの布石を打った可能性は大いにある。こちらがポールの状態を疑い、彼と二人きりになって仔細(しさい)に検分するのを狙ったとみえた。その段階で、おそらくは査定の場でポールに施した謎の魔術が炸裂すると読み、あえて乗ったのである。しかし、上手(うわて)だったのはこちらだ。


 奴はバーへ降下したのだ。


 ヴィハーンが遅効性の魔術で発火させた水蜜香(すいみつこう)()えざる毒霧が充満するバーへと。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『二重歩行者(ドッペルゲンガー)』→ヨハンの得意とする分身の魔術。影に入り込んで移動することが可能。詳しくは『12.「二重歩行者」』にて


・『二重思考(ダブル・シンク)』→魔具職人のコーティング技術が外部に出回らないように使用されている魔術。あくまでも噂であり、全貌は不明。実態は記憶の一部を思い出せなくする魔術。詳しくは『26.「アカツキの見る世界」』『257.「すべては因果の糸に」』『271.「二重思考」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『アビシェク』→縫合伯爵ルドラの次男。ルドラの指示で夜会卿に捧げられ、殺害された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『欺瞞の鏡面(ブループリント)』→対象の視界を欺く魔術。詳しくは『533.「欺瞞の鏡面」』にて


・『水蜜香(すいみつこう)』→微睡草(まどろみそう)と呼ばれる、麻痺毒を持つ植物を刻んで干したもの。燻した煙を吸引することで、酩酊状態に誘う。中毒性が強く、量を誤れば廃人となる場合も。『煙宿』で生産された水蜜香が、王都の歓楽街に密輸されている。詳しくは『393.「甘き煙の宿場町」』にて

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