Side Paul.「奸邪の化かし合い」
※ポール視点の三人称です。
ヴィハーンの言葉に、ポールは耳を疑った。ルドラをはじめとした中心人物の殺害のために手を組むなんて、どういう料簡だと。
しかし、疑いは長く続かない。ヴィハーンの提案が本心からのものであれば、これまでの奇妙な行動のいくつかにも筋が通るのだ。ロットの裏切り。エデンの明らかな虚言。これらを知っていながら――厳密には見抜いているであろうに――看過した。そこに背信の意思があるならば、なるほどと頷ける。なにより不夜城内に部下を伴わなかった点も、裏切りを真実めいた輪郭に整えていた。たとえ口の固い部下であろうとも引き連れるわけにはいかない。道理だ。
提案を聞かされたヨハンはというと、じっとヴィハーンの目を見返している。微動だにしない。ただ、目を見開き、暗い瞳で射るように見つめるその姿は、ヴィハーンの言葉の奥の奥まで暴き立てようとする不気味な底意が窺われた。
「説得力に欠けると思っているのだろう。当然だ。この提案自体が罠と捉えられても無理はない」
ヴィハーンは淡々と言葉を重ねる。
「明かしてしまうと、私はルドラの領地を乗っ取る計画で動いているのだよ。奴が戦地に送り込んだ血統は長兄クマール、長女ラニ、次男アビシェク、次女マヤ。残りはきっちり領地に残している。奥方もだ。ただ、居残り組はさして戦力になる面子ではない。それどころか、血なまぐさい闘争とは縁のない貴人。むろんルドラの帰りを待つ彼ら彼女らを守護する部隊はいるが、グレキランス地方に引き連れてきた者どもの半分にも満たない数だ。貴様も見たろう。鎧の血族が貴族の守護隊だ。私は連中をこの戦地で散らせ、そののち、生き残った連中で領主なき領地を奪い取る。それも、簒奪卿のような強引なやり口ではなく、もっとスマートな方法でだ。いくらか血は流れるだろうが、表向きは穏便に済ます」
縷々語られる事柄は、どれもポールには縁のない遠い土地の習俗として耳に入った。領地だのなんだのといった権威には関心を抱けない。ともあれ、口先だけとは思えなかったのも事実だ。真偽を見抜く力こそポールにはないが、ある種の嘘は肌で分かる。少なくともここまでのヴィハーンの話に、ヨハンを騙そうとする意図は見出せなかった。
「それで、ルドラさんがたを殺したあと、貴方はどうするつもりで?」
相変わらずの目付きでヨハンが問う。地の底から響いてくるような低い声音だった。
「タイミングを見てラガニアに撤退する。私はこの地の制圧はもちろん、夜会卿のオークションにも興味はないのでね。ルドラが夜会卿と切れてくれて却って都合がいい」
「しかし貴方がたが消えても魔物は残る。連中の始末はどうつけるのです?」
「それは申し訳ないが、貴方がたでなんとかすべき問題だ。現時点で魔物がルドラの指揮下にある以上、彼を失えば本能のままに動くこととなる」
ヨハンの目付きから異様なものが消え去った。それでもヴィハーンを見つめたままであることに違いはないが、薄気味の悪さはなくなっている。
彼はポールへと視線を流し、手をかざした。
「ポールさん。数秒、目を閉じていてください。耳も塞ぐように」
躊躇はない。ポールは即座に両耳を押さえ、目を瞑った。この間、なにが起きていたかポールは知る由もない。なにが起きていても不思議ではなく、なにも起きていないと考えるほうがむしろ不自然だった。
とはいえ、数秒後に目を開けて耳を解放したとき、なにひとつ最前と変わったところはなかった。耳を打つ風の音。黙って向かい合う二人の男。朝から昼にかけて進んでいく時間がもたらす空気の微細な変化。なにもかも同じだ。
ヴィハーンはヨハンの与えた指示について、なにも口を挟もうとしない。
「……動機が知りたいですな。ルドラさんに恨みでも?」
「いいや、恨みなどない。単なる野心だ。意のままに出来る土地と権威を望むのは当然だろう?」
「共感はしませんが、理解は出来ます」
「では、私の計画に乗ってくれるということでいいな? そちらに損はない。むしろこの窮状で私と組むのは願ってもない話だろう。分かったら、契約を結んでくれ。疑っているわけではないが、口約束では駄目だ。貴方の契約の異能で、反故のないようにしておきたい。契約内容はこうだ。貴方と私とで手を組んでルドラ一党を始末する。ただし、保険として私の部下には手出し無用。貴方の受け取る報酬は、私を含めた一部の血族――私の部下の撤退」
ヴィハーンが手を差し伸べる。
傍観者と成り果てたポールは、息を呑んで行方を見守った。
提案は悪くないどころか、ヴィハーンの言う通り願ってもない好機だ。反撃の意志があるのなら乗らない手はないとすら言える。ヴィハーンをはじめとする一部の血族の遁走を許すことにはなれど、ルドラの支配を逃れるためなら合意すべきだ。
「お断りします」
ヨハンの言葉に、ポールは耳を疑った。ヴィハーンも眉間に皺を寄せる。
「なにが気に入らないのだ。貴様ら人間側にとっては利しかない」
「人間側」と呟き、ヨハンが短く笑った。「貴方は勘違いしておられる。私はルドラさんに付くと決めたんですよ。貴方ごときの力添えで始末出来る相手ではありません。したがって、提案は却下します」
湿った風が頬に張り付き、不快感を煽る。やはりヨハンには反撃の意志などない。自由と安全に飢えた功利主義者。戦争に参加したのも、いざというときに翻意して、敵方の懐で旨い汁を啜るためか。人間を裏切った功績があれば、大手を振ってラガニアに帰還出来るだろう。なんなら、オークションの利益を少しばかり拝借するつもりなのかもしれない。
そこまで考えて、ポールは自嘲した。
そんな安穏とした人生を送りたいなら、こいつは今ここにいない。ヨハンの意図がどこにあるにせよ、目先の利益と一時的な安全なんぞで満足する男ではないだろう。
「報酬や前提が気に入らなかったか?」
「いいえ。今の貴方と交渉するつもりがないだけでさあ。貴方と手を繋いでルドラさんに弓を引くなんて、馬鹿げた空論です。ああ、失敬。これでも褒めてるんですよ。貴方は知恵者だ。魔力も正確に読み取れる。でなければ私がいると分かって頂上に来るはずもないでしょうから。さぞルドラさんの信頼も買っているんでしょう。この日のために雌伏し、計画を温めてきた。違いますか?」
ヨハンの言葉に、ヴィハーンは微笑を消した。無表情ではあるが、こうも一転すると不機嫌が透けている。
何分経ったろう。やがてヴィハーンは息を漏らした。
「……じっくり話をしよう。場所を変えて。下のバーまで来てもらう」
「かまいません」
ヴィハーンは先立って昇降機へと歩む。ポールもそれに続いた。ふと振り返ると、ヨハンはまったく別の方角に足を運んでいる。塔の縁へと。あたかもそこに、目指す昇降機があるかのように。
思わず声を上げかけたところで、ヨハンが破滅への歩みを止めた。ヴィハーンへと顔を向け、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「勝手に落ちてくれればルドラさんの命に背くことなく私を始末出来る。そんな魂胆でしょうが、見え透いてますよ。視界を欺く魔術……欺瞞の鏡面は私も会得していますので」
「落ちなくて良かったよ。その程度の男なら交渉する甲斐もない。……今解除した。さあ、腰を落ち着けて交渉といこうじゃないか」
愉しげなヴィハーンの声に肩を竦め、ヨハンが昇降機へと進む。やがて三人が収まると、ポールは下へと移動させるべく、昇降機に魔力を流し込んだ。そうして思う。
――こいつらの化かし合いも一興だが、俺には俺の仕事がある。もう頃合いだ。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて
・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍』を所持している。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて
・『エデン』→かつてトリクシィと行動をともにしていた見習い騎士。水の魔術を得意とする少年。トリクシィによる『煙宿』襲撃後、クロエの導きで『煙宿』に残ることになった。詳しくは『幕間.「追放行路 ~落涙~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて
・『不夜城』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて
・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『アビシェク』→縫合伯爵ルドラの次男。ルドラの指示で夜会卿に捧げられ、殺害された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『簒奪卿シャンティ』→黒の血族で、ラガニアの子爵。過剰な装飾と肉体改造を施した、傲慢で残虐な女性。同族の土地へと侵略を繰り返す様から、簒奪卿の異名がつけられた。固有の異能である液体操作を持つが、有機物に限っては相手の意識がなければ操れないという制約がある。加えて、スライムを使役する。リクの腹違いの姉。戦争において前線基地を襲撃したが、シフォンの裏切りにより全軍壊滅。現在はシンクレールと行動をともにしている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』にて
・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて
・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より
・『欺瞞の鏡面』→対象の視界を欺く魔術。詳しくは『533.「欺瞞の鏡面」』にて




