Side Paul.「頂きの提案」
※ポール視点の三人称です。
不夜城にたどり着いたのは、すでに日が昇ってからだった。巨人の魔物キュクロプスはことごとく靄となって消失したが、それも一時的なことであり、夜には再び姿を見せるだろう。町を包囲する威圧的な象徴として。
不夜城内を登りつつ、ポールは道中で見た光景に思いを馳せる。比較的規模の大きい家屋が五つ、半透明の檻で丸ごと覆われていた。一等から五等まで、格付けの済んだ者たちがそれぞれ押し込まれているのだろう。査定の済んだ者は血族に引かれて一旦湿原を経由し、再び煙宿に戻ったわけだ。拡張予定の桟橋で査定がおこなわれ、唯一の出入り口を査定待ちの人間たちが塞いでいたのだから当然と言えば当然の成り行きだが、安堵した自分がいる。どこぞで始末されていなくて良かったと。
囚われ人と変わって、血族たちは煙宿のあちこちを闊歩していた。誰の目付きも家探しに飢えた者のそれで、大それた破壊行為こそないものの、鍵のかかった家はことごとく扉が壊されている。不夜城に向かうポールと入れ違いに、武具や宝物の類を抱えた血族が査定の場へと足を運ぶのも目に付いた。ルドラをはじめ、お偉方は居残って物品の査定までするということだろう。
物品は後回しにして人間の査定を朝までに終わらせたあたり、反撃の意志をことごとく潰す魂胆が見え透いている。血族だけでも厄介であることに違いはないものの、居並ぶ巨人がいるのといないのとでは雲泥の差だ。意気を挫くには分かりやすい暴力が一番効く。
ポールは薄暗い不夜城内の階段を歩みつつ、背後に意識を向けた。
「お前さんひとりで良かったのか?」
「ええ。問題ありません」
悠々とした声が、歪な階段に谺した。
査定後、ヴィハーンはポールに不夜城へ案内するよう言い渡したのである。てっきりハリッシュを筆頭とした部下を連れてくるかと思いきや、彼らは不夜城入り口での見張りを任され、内部へはポールと二人だけで入ったのである。どのみち昇降機に乗れる人数は限られているが、そこに至るまでは手下を同道させるのが自然に思える。入り口に留める理由がどこにあるのか、ポールには読めなかった。
やがてバーに入り、奥まった場所に設置してある昇降機の前でポールは足を止めた。傍目には箱型の窪みにしか見えないだろうが、これで上階に行ける。魔術製の縄で上に引っ張り上げるだけの簡単な機構だが、限られた人物しか扱えないという点に偽りはない。たとえ機構を把握していたとして、動力たる縄を作動させる前の段階で魔力による認証が必要となる。ひとの人相や手相がそうであるように、魔力も個々人により微細な違いがあるのだ。それを利用したセキュリティを施してある。
加えて、昇降機を経由して作動するものは、動力となる縄ばかりではない。
「ここが昇降機の最下層ですか?」
昇降機には目もくれず、ヴィハーンはバーのあちこちを検分している。扉を開けたり閉めたりと忙しない。
「そうだ」
「では、まず水蜜香をここに持ってきてください」
「俺だけでか? 結構な量だが。それに、俺をひとりにしていいのか?」
「おひとりで運んで来てください。信頼していますが、まあ、こちらも立場がございますので、下手な行動を起こせないように手は打たせていただきます」
「手?」
ポールの問いに、ヴィハーンは微笑した。
「貴方の目と耳をお借りします」
昇降機を三往復。等身大の麻袋が合計六つほど並ぶと、ヴィハーンは満足気に頷いた。麻袋の内部には密閉した個包装の水蜜香がぎっしり詰まっている。まだ在庫はたっぷりあるが、どうやらヴィハーンとしてはこれで充分らしく「ご苦労様です。とりあえず肉体労働はこのへんでいいでしょう」と言って、麻袋を昇降機付近の壁際に立てかけた。いかにも何気ない手付きではあったが、昇降機の左右に三つずつ接して並ぶそれらは、死体でも入っているかのような不穏な雰囲気がある。
ヴィハーンが麻袋を丹念に調べる様子にはいかにも自然なものがあったが、彼の触れた麻袋に魔力が固着しているのが気にかかった。が、強いて問いただす気にはなれない。それよりも気がかりなのは自分の目と耳だった。
視覚共有。そして聴覚共有。ヴィハーンはそれらをポールに施したのである。魔術の名称は知らずとも、自分が見るもの聞くものを、ヴィハーンも同様に味わっているであろうことは最前のやり取りからも明らかだった。
「それでは、昇降機を動かしてください」
「また水蜜香を取ってくんのか?」
「いいえ。案内していただきたいのですよ」
頂上まで。
そう口にしたヴィハーンの瞳の奥には、広場で目にした獰猛な輝きが宿っている。
ポールは迷いなく頷き、昇降機にヴィハーンと同乗した。このとき、ポールはヨハンの指示――ヴィハーンに従うこと――を意識していない。もとよりヨハンは全幅の信頼を置けるかどうか怪しい男である。それがここにきて、敵とも味方ともつかない妙な動きをしているのだから、余計勘繰ってしまうというものだ。
ポールがヴィハーンの命令通りに昇降機を不夜城の頂上まで動かしたのは、別の理由があってのことである。まだ頃合いじゃなかっただけのことだ。
頂上にたどり着くと、ポールは顔をしかめた。どうなってやがんだ、と。
先ほど査定場所で別れたヨハンの姿があったのである。波打つ黒髪が風に嬲られ、目が見え隠れしていた。ぼんやりと所在無げな雰囲気を醸していたが、目だけはどうにも風合いが違う。なにも見通せない虚ろな穴。そんなイメージを抱いた。
参謀として認定されたヨハンも昇降機の認証が通るように細工していたが、彼がこの場にいること自体不自然である。ヴィハーンとともに一直線に不夜城へ向かったのだから、ヨハンが先に不夜城へ戻っているとは考えづらい。よしんばそうだとして、なんのために急いで戻る必要があったのか、皆目見当がつかなかった。
ところがヴィハーンはなんの驚きも表さず、悠然と昇降機を降りてヨハンへと歩み寄っていく。ポールもわだかまりを抱えたまま、あとを追った。
「頂上まで宝探しに来たんですか? 生憎ここにはなにもないし、私以外誰もおりませんよ」
放り捨てるような物言いのヨハンに対し、ヴィハーンは足を止めて両手を後ろで組んだ。
「メフィスト。貴方に話があって来た」
ポールは二人からやや離れた場所に佇み、じっと様子を窺った。なにも見逃すまい。なにも聞き逃すまい。今の自分がヴィハーンの目と耳になっていることは承知のうえで、血族どもにメフィストと呼ばれる参謀の一挙一動を細大漏らさず把握せねばならないと感じていた。
――死ぬ覚悟は出来てるってことでよろしいでしょうか。
ヨハンがわざわざ確認した言葉が脳裏に蘇る。今となっては、お前さんはどうなんだ、と聞きたいくらいだ。まともな答えが返ってくるとは思わないが。
生死はどうでもいい。お前は、この戦争になにもかも賭けてんのか。どうなんだ?
「話とは?」
ヨハンが促すと、ヴィハーンは不敵な笑みを浮かべた。
「端的に言おう。手を組まないか? 私はルドラの血統と、腹心の部下を皆殺しにしたい」
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて
・『不夜城』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて
・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『煙宿』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて
・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『水蜜香』→微睡草と呼ばれる、麻痺毒を持つ植物を刻んで干したもの。燻した煙を吸引することで、酩酊状態に誘う。中毒性が強く、量を誤れば廃人となる場合も。『煙宿』で生産された水蜜香が、王都の歓楽街に密輸されている。詳しくは『393.「甘き煙の宿場町」』にて
・『視覚共有』→その名の通り、視覚を共有する魔術。詳しくは『9.「視覚共有」』にて
・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』




