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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Paul.「格付けと指名と密談と」

※ポール視点の三人称です。

 ヨハンの勝手気ままな査定開始宣言に異を唱えたのは、ルドラではなくラニだった。


 後ろを振り返った彼女の顔は、ポールの位置からは見えない。いかにも優雅な(つや)めく髪と、目を刺激するきらびやかな金色の装飾。その一方で、顔面は高慢に満ちた不服一色に染まっていることだろう。見ずとも分かる。


「なんであんたが仕切ってんの! さっさとどっかに消えなさいよ、鬱陶しい!」


 甲高い声が耳を刺激する。間近で聞かされているヨハンはさぞ、やかましく思っているだろうが、表情は冷めきっていた。


「先ほどルドラさんがおっしゃった通り、私は捕虜のうち、ひとりだけ自由にする権利があるんですよ。査定に立ち会うのが手っ取り早い」


「査定のあとで、その誰かさんを勝手に自由にすればいいじゃない」


「無駄な労力は使いたくないんでね、この場を利用させていただきます」


「ああ、もう、鬱陶しい! なら隅っこで見れば!? あたくしの後ろにこんな気色悪い男がいるなんて耐えられない!」


 ヨハンの指がゆらりと一点を示す。傷だらけのロットを。


「ですから、その子供の監視ですよ。私なりの善意だとご理解ください」


 ラニの手が素早くロットの頭を鷲掴みにした。視線はヨハンではなく少年に向けられている。ようやく横顔を(おが)めたわけだが、随分と邪悪な表情だ。顔立ちは悪くないどころか整っているほうなのに、(ねば)っこい薄笑いと恫喝(どうかつ)じみた目の見開きようで台無しだ。


「あたくしの奴隷になったのよねぇ、坊や。裏切ったりしないわよねぇ!?」


「……しません」


「そうよねぇ、痛いのは嫌だものねぇ!」


 ロットの顔が歪み、短い悲鳴が上がった。ラニが真新しい傷口を平手で打ったのだ。


 不愉快な女だ、とポールは心底軽蔑した。サディストなんてありふれてるが、その現場はいつ見たって気持ちのいいもんじゃない。この場に密集してる煙宿の面々が非難の声を上げないでいるのは殊勝(しゅしょう)だが、表情までは取り(つくろ)えないだろう。現に、ポールは隣の男が歯噛みしてラニを睨みつけているのを知っていた。


「ラニよ」天上からルドラの声が降る。青の巨人の姿勢は膝立ちから胡座(あぐら)に移行していたが、それでも頭は遥か上空にあった。「いい加減大人しくせよ。この人数の査定は難儀だ。余計な時間を使うでない」


 さすがのラニも父親に面と向かって逆らうことは出来ないのか、不承不承、口を閉じて座を正した。ロットが解放されてひとまずは安心したが、先が思いやられる。


「ヴィハーン。ひとりずつ檻から出せ。査定をはじめる」


 ヴィハーンはルドラに一礼し、大股で檻へと歩んだ。そしてロットを引き抜いたときと同様、最前列のひとりの腕を掴んで解放する。といっても周囲は血族だらけで、逃げおおせるなど不可能。抵抗しようにも状況が悪すぎる。とはいえ、暴れる者も出るはずだ。この町の生粋(きっすい)の住人なら特に。


 ヴィハーンが引き抜いた男に、妙な魔力が即座にまとわりついた。天から降った蛇が絡みついたような具合だったが、もちろんそんなことはない。ルドラが男を拘束したのである。なんらかの魔術のようだったが、ポールには見抜けなかった。ただ、男の腕ごと胴に巻き付いたそれは、檻と同じ具合の透明度である。すると、拘束されている者には魔術が使えないのだろう。力を入れたところで(いまし)めを()くのも不可能。となれば、暴れようにも暴れられない。


 男はヴィハーンに背を押され、扇状の広場の真ん中に立たされた。


 それからヴィハーンは平板な声で男の名前と年齢、魔術師か(いな)か、特技やら職能やらを質問していく。クマールとラニは退屈そうに眺めるばかりで、ヨハンはぼうっと空を見上げている。


 やがてルドラが「四等」と告げると、平服の血族が無言で男を木板の外に引っ張っていった。湿原に捨てるわけではあるまい。だが、不安は靄のようにポールの胸に立ち込めた。実の家族にさえ血も涙もない仕打ちをする手合いだ。無価値と判断すれば殺されるかもしれない。悲鳴も届かないほど遠くに連行し、そこで首を()ねる様子が脳裏に浮かんだ。


 不穏な空想に神経を逆撫でされながらも、ポールは査定の成り行きを見守った。


 ヴィハーンは無表情のまま、ひとりずつ檻から引き抜いては簡単な質問を浴びせる。最初の男にしたように。魔術師であれば、使用可能な魔術のレパートリーも答えさせていた。それ以外は定型の質問ばかり。


 十数名の査定が終わり、大体が四等か三等、ときどき二等や五等がいた。いずれも湿原へ連れられる点には変わりない。五等の老人さえ同じ処遇だった。


 一等から五等までの五段階で格付けしているのは明白だ。かつて煙宿で(さら)われた人々も同じように、ランク別に監禁されていたと聞く。ひとの価値を簡単な質問だけで決めてしまうのが血族のやり口なのか、はたまた人身売買に(いそ)しむ者の習いなのか。どちらであっても良い気分にはならない。王都に水蜜香(すいみつこう)を裏で流している自分も大概悪党だが。


 またひとり引き抜かれ――。


「その女性は解放してもらいましょう。私と同じく、自由と安全を保証してください」


 ヨハンの声が飛ぶ。空中に伸びた半透明の魔術が、するすると天上のルドラのほうへと戻っていった。


「よかろう。その者の自由と安全は保証する。ただし、そいつひとりだけだ」


「ええ、かまいません」


 言って、ヨハンは立ち上がった。そして自分が指名した女性のもとへと歩む。(とう)の女はきょとんと目を丸くしていた。


 ポールにも見覚えのある女だったが、どうにも名前が出てこない。煙宿に昔からいるような奴は自然とこの町に溶け込んで、名前も過去も必要のない、ただの誰かさんになる。ジークムントやロットのような新人は別だ。彼らも町の馴染みになれば、誰でもない人間になっていくのだろう。この町はそういうふうに出来ている。


 それにしても、とポールは眉根を寄せた。なんであの女なんだ。反撃に出るつもりなら、もっと有力な人間はいるだろうに。カシミールやレオンがその筆頭だ。なのに、よりにもよって華奢(きゃしゃ)な小娘を選ぶとは。それとも、あいつじゃなきゃいけない理由でもあるのか。


 ヴィハーンはヨハンと女に歩み寄り、粛然(しゅくぜん)とした表情で言い放つ。


「査定はさせていただきます。その者、名前を――」


「いいえ、許可しません。貴方がたのやっておられる査定は、いわば捕虜の人選。彼女はもはや捕虜の身ではなくなったのです。したがって査定などもってのほか。彼女の自由を束縛する前提である以上、あってはならないことです。それとも、ヴィハーンさんはルドラさんの命令にあえて背きたいのですか?」


 ヨハンの反論に、ヴィハーンは少しも言い(よど)むことなく「では結構。査定はなしだ」と返した。


 最終決定権はルドラにあるが、ヴィハーンがこうも颯爽(さっそう)と引くのが妙に見える。あれだけヨハンを警戒していたのだから、女の情報は握っておきたいだろうに。即断が過ぎる。


 ポールが怪訝(けげん)に思ったのも不思議ではない。ヴィハーンは何事につけ判断が早いのだ。なにをどうすべきか、次の瞬間には知っているような風情(ふぜい)なのである。しかし、実情はそうではない。彼は相応(そうおう)の思考をじっくりと積み重ねた上で、己の振る舞いを決めていた。第三者から即断即決に見えようとも、実際はまったく異なる。これは彼にしか知り得ぬ事実だが。


 不意に、ヨハンと女性を薄い衣のような魔術が覆った。


 音吸い絹(カルム・シルク)。内部から外へと漏れる音を遮断する、密談用の魔術である。


 ヴィハーン含め、ルドラやクマール、ラニといった厄介な血族たちを前に堂々と密談とは。ポールはますますヨハンの行動を(いぶか)しんだ。


 二人はそう長い(あいだ)会話をしていたわけではない。ほとんど一方的にヨハンが口を開き、女性が短く返事をする。内容までは分からないが、女性の表情がどんどん(ほころ)んで見え――。


「自由だー!」


 音吸い絹(カルム・シルク)が解除されると、彼女は両手を挙げてぴょんぴょんと跳ねた。いかにも、ヨハンによって与えられた立場を享受(きょうじゅ)しているように見受けられる。


 それを眺めてポールは、これは、と思う。


 これは、どっちもあるな。反撃するつもりがあると思わせてこっちの安心を買っておく。密談現場を見せたのは、むしろ煙宿側への安心材料かもしれない。


 すると、ヨハンには反撃の意志がないのか。考えれば考えるほど、そっちの可能性のほうが肥大(ひだい)してやまない。


 ポールは我知らず苦々しい顔をした。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『水蜜香(すいみつこう)』→微睡草(まどろみそう)と呼ばれる、麻痺毒を持つ植物を刻んで干したもの。燻した煙を吸引することで、酩酊状態に誘う。中毒性が強く、量を誤れば廃人となる場合も。『煙宿』で生産された水蜜香が、王都の歓楽街に密輸されている。詳しくは『393.「甘き煙の宿場町」』にて


・『ジークムント』→初老の真偽師(トラスター)。王への謁見前に、クロエを真偽判定にかけた。謁見中の事件により、王都追放の処分を下された。詳しくは『261.「真偽判定」』『幕間.「王都グレキランス ~追放処分~」』にて


・『カシミール』→マダムの養子であり、レオンの兄。血の繋がりはない。粗暴な性格だが、料理の話になると打ち解ける。人形術により自身の肉体を強化する技を得意とする。現在は『煙宿』で料理人をしている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『レオン』→ビスクの夫。人形術を得意とする魔術師。独り言が多く、コミュニケーションに難がある。カシミールの弟であり、マダムの息子。三人とも血の繋がりはない。『黒の血族』のオークションでマダムに落札された。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『音吸い絹(カルム・シルク)』→音を遮断する布状の魔術。密談に適している。詳しくは『216.「音吸い絹」』にて

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