表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
1542/1573

Side Paul.「次女マヤの帰還と冷遇」

※ポール視点の三人称です。

 ラニが消えて()もなく、ヴィハーンがハリッシュを連れて路地へと去っていった。ちょっとした用事でも出来たかのように、一言の挨拶もなく。彼の(おもね)りなどポールには不要だが、ごく自然に路地へと足を向けた理由は嫌でも察しがつく。


 これから査定とやらがはじまるに違いない。


 煙宿の構造はよく理解している。クマールやラニ、そしてヴィハーンが入った路地を左に折れれば、青の巨人の足元付近へと至るのだ。


 ポールは密集した人垣を縫い、大通りを巨人の足元のほうへと進んでいく。自分に出来ることなどほぼなにもないと分かっていても――(いな)、だからこそ、なにも見逃してはいけない。


 隙に乗じてラニを始末するつもりであろうロットのことも気がかりのひとつだった。誰よりも早く(こと)の起こりを見抜き、軌道修正が必要ならばする。それが可能であれば。


 やがてポールは最前列にほど近い場所にたどり着いた。大通りを右手に曲がり、湿原へと至る末端付近。青の巨人――ルドラの足まで数メートルのところである。ルドラが立っているのは湿原の先端部分で、そこまでの道には家屋が無く、木板が張られているだけのちょっとした広場になっていた。本来は家屋の建て増しのために拡張された部分だが、戦時下に入り、一旦放置されたエリアである。


 木板の上には鎧の血族が扇状に広がり、隊列の前には四人の血族の姿があった。台座の上で胡座(あぐら)をかいたクマール。同型の台座上で足を崩したラニ。手を後ろに組んだヴィハーンと、彼の斜め後ろに控えるハリッシュ。


 ラニの台座にはロットの姿があった。すると、彼女のお手付きは不問にされたのだろう。


 査定とやらの準備は整っているように見えるが、どうにも様子がおかしい。天を突く巨人が湿原のほうへと身を(よじ)っているのである。湿原上のなにかを、じっと目で追っているような具合に。


 やがて血族の隊列が割れ、広場に女性の血族が駆け込んだ。明らかに事切(ことき)れている男の血族を両腕で抱えて。


 男性の首は切断されており、彼の胴の上に立てられていた。抱える女性も、抱えられる男性も、純白だったであろう装束(しょうぞく)を血族特有の黒い血で染めている。そしてどちらも、壮麗な装飾品を身に着けていた。


 女性の充血した目と涙の(あと)看取(かんしゅ)し、ポールは眉をひそめる。鎧の血族たちはもちろんのこと、クマールやラニ、ヴィハーンさえ目を丸くしていた。


 やがて彼女は広場の中央でこちらに背を向け、亡骸をその場にそっと横たえた。その動きの流れで正座をする。後ろで結んだ濃い茶褐色の髪が風に揺れた。


「……マヤ。なにがあったか説明せよ」


 天上から声が降り注ぐ。ルドラである。


 マヤと呼ばれた女性は一礼し、顔を上げた。


「ヴラド様はわたくしどもをお受け取りになりませんでした。蝙蝠(こうもり)も含め、煙宿への干渉はしないが、この件を……この件を、不問とするつもりはないと言付(ことづ)かっております。……お兄様……アビシェクお兄様だけが殺され、わたくしは、生かされました」


 凛とした声には、隠しようもない怒りと屈辱が(にじ)み出ている。


「命乞いをしたのか?」


「そのような真似はいたしません! お父様のご命令通り、お兄様がヴラド――ヴラド様に一切をお伝えしたのち、首を()ねられました」


 マヤの表情こそポールには見えなかったものの、彼女に対面する血族たちの顔は確認出来た。クマールはいかにも不服そうであり、ラニは見下すような目付きと薄笑い、ヴィハーンは瞑目(めいもく)していた。ハリッシュはひどく沈痛な面持(おもも)ちである。


 天から不満気な吐息が漏れる音が鳴り響いた。


「やむをえん。ヴラド氏との復縁はおいおい考える。マヤよ、大義(たいぎ)であった。これより査定をはじめるが、お前も列席するか?」


「いいえ。遠慮いたします。それより、アビシェクお兄様を(とむら)わせてください」


「どこへなりと埋めるがいい。宝飾はすべて外しておけ」


 ルドラの返事を聞くや(いな)や、マヤは亡骸から丁重に装飾品を外し、自分の身に着けていた華美なそれらも、その場に置いた。そして遺体を(かか)えて無言で湿原へと歩を進める。


「死に損ない」というラニの声に一瞬硬直したが、すぐに歩みが再開され、やがて彼女の姿は湿原に消えた。


 穏やかとは言いがたい一場(いちじょう)に残された装飾品が、委細(いさい)を心得ているであろう鎧の血族たちに回収される。


 ポールは、自由の身であったなら地面に(つば)でも吐きたいような気分になった。詳細は定かでないものの、おおよその事態を察したのである。


 まず、ルドラと夜会卿ヴラドとの(あいだ)にいざこざが(しょう)じた。ルドラは復縁のために娘と息子を飾り立て、生贄として差し出したが突き返されたのだ。ひとりは生きて、ひとりは殺されて。二人――マヤとアビシェクが納得して志願したのか、それとも父に()いられて犠牲になる羽目になったのかは分からないが、生き残ったマヤに関しては父に冷遇されている。クマールの態度やラニの嫌味からも、不仲は明白だ。声から、なんとなくマヤが気丈(きじょう)で負けん気の強い性格であるようには思えたが、立場の悪さを自覚して忍従(にんじゅう)しているようである。


 どうあれ、不愉快だ。息子と娘を捧げ物にして(いた)む様子など一切ないルドラは無論のこと、クマールとラニも悪質。人情ってものがない。言葉こそないものの、一同のなかで一番マシなのはハリッシュくらいだ。彼の顔には確かな憐憫(れんびん)と悲哀があった。


 こんな連中に売られるのかと思うと反吐(へど)が出る。ヨハンの言う反撃の機会とやらが訪れればいいが、そうならなければ自決するほうがよほどさっぱりしているとまで思えた。


 そういえば、彼は今頃どこでなにをしているのやら。密集した捕虜の一群に混じっているのだろうか。


 ポールはそのような、皮肉めいた自嘲を内心で呟いた。もしかすると、とっくに煙宿を抜け出して、ひとり雲隠れしているのではないかとも考えたが、その予想はすぐに否定されることとなる。


「それでは査定を開始する。その前に――」


 ルドラがゆっくりと立て膝になり、無数の腕の一本を地面へと下ろした。その手のひらの上に、馴染みの姿がある。


「この男には手を出すな。(わし)が自由と安全を約束してある。それと、査定において彼の指名する者にも同様、手出しは禁ずる。厳守せよ」


 手のひらから降り立ったヨハンは、ひどく冷めた表情で周囲を見やった。


 どういうことかとポールは目を見開いたが、それ以上に驚きを強くしたのはヴィハーンである。


「ルドラ様! なにゆえメフィストを自由にするのですか!? そもそも、なぜ彼がここにいるとお伝えいただけなかったのでしょう!? この男の性質は――」


「ヴィハーン。黙れ。儂がお前にいちいち相談せねばならん道理などない。メフィストのことは万事知っておる。アスターでヴラド氏の転覆に失敗し投獄され、ニコルと交渉して手先になった挙げ句、此度(こたび)は人間に加担している。こやつはただの功利主義者。旗色の良い勢力になびく風見鶏(かざみどり)だ」


 ヴィハーンは何事か反論しようと口を開いたようだが、結局は口を結び、ヨハンを睨みつけるばかり。


 対するヨハンは、口元だけ弛緩(しかん)させて肩を(すく)めた。


「どうやら貴方は私が気に食わないようですが、過大評価でさぁ。今さっきルドラさんがおっしゃった通り、私は単なる功利主義者です。そもそも貴方と面識はありませんし、どうしてそう警戒なさるのかさっぱりですね」


「聞き知った噂だけでも充分。それに、貴様の悪質さは見れば分かる」とヴィハーンは(まく)し立てた。


 ヨハンはヴィハーンを無視し、あろうことかラニとクマールのやや後ろに陣取って胡座をかいた。そしてはっきりと釘を刺したのである。ロットに対して。


「そこの子供が下手な動きをしないよう、ここで見張っておきます。さてさて、それでは査定をはじめましょうか」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『アビシェク』→縫合伯爵ルドラの次男。ルドラの指示で夜会卿に捧げられ、殺害された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。金貨に代わる貨幣制度として、ドラクル紙幣が使用されている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ