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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Paul.「長兄クマールの怒髪天」

※ポール視点の三人称です。

 レオンが檻までやってくるのを、ポールはじっと佇んで待つほかなかった。レオンの目に焦点を絞り、ビスク人形をまともに捉えないように。ただ、レオンの呟きは明確な言葉として耳に届いた。


「大丈夫。大丈夫だ。落ち着くんだ、ビスク。誰も君や私を傷付けたりしない」


 花嫁衣装のビスク人形へと呼びかけ続けるレオンを哀れだとは思わない。病的だとも。程度の違いはあれど、誰しも物体への思い入れはある。ただ、レオンの(なだ)めすかす人形が自分の娘と(うり)ふたつであり、そこに彼女の骨が(うず)まっている事実はポールの感情を掻き乱し、どうにも整理のつかない状態にしてしまう。人形が二本の刃を腰に()びているのも困惑の要因である。


 レオンが近付くにつれ、水蜜香(すいみつこう)への欲望が高まった。が、ここで吸うつもりはない。過剰摂取しなければ現実逃避出来ない程度には中毒になっており、それだけの量は(ふところ)になかった。忘我へと導いてくれない量のドラッグは渇きを余計に強くするだけだ。


「失礼、そこで足を止めてください」レオンが檻から二メートルまで接近したところで、ヴィハーンの声が飛んだ。「腕に抱えておられる映し人形(ソーマ・ドール)はこちらに」


 言って、片眼鏡の血族は武具が山積みになった箇所を示す。


 レオンとヴィハーンは数秒間、黙して視線をぶつけ合っていたが、やがてレオンは指示された通りにした。ビスク人形を小山の脇にそっと――ちょうど足を崩して座し、背後の家屋にもたれるよう安置したのである。「少しの間だけ離れ離れになってしまうが、大丈夫だ。大丈夫」と囁いて。


 ヴィハーンとハリッシュを除く血族たちは、薄気味悪いものでも見るような表情を隠さない。こそこそと不快感を囁き交わす声もあった。


 レオンは血族たちの反応など無視してスタスタと檻に入り、すぐに振り返った。その目がビスク人形のみを捉えているであろうことは手に取るように分かる。人形は山を()す武具の横で、ちょこんと座っていた。目が薄く開かれ、心持ち(うつむ)いているような具合はいかにも所在無げな雰囲気である。ポールは直視こそしなかったものの、相変わらずビスク人形を周辺視野で捉え続けていた。


 不意に、レオンが格子に手をかける。腕にはやけに力が入っており、顔には焦りが表れていた。やがて、檻をこじ開けようとする動きへと推移していく。


「どうした?」


 ポールがレオンの肩に手を置いても動きは止まらなかった。目はこれ以上ないほど見開かれている。人形のほうに変化はないのに。


「私とビスクとの魔力の繋がりが切れた」


 レオンの素早い返答に、動揺の理由が察せられた。妻を模した人形との紐帯(ちゅうたい)が切れるのは、檻に隔てられるよりもずっと精神的に耐えがたいのだろう。


 そのようにポールは理解したが、内実は異なる。


「そこの片眼鏡の血族!」レオンがほとんど怒鳴るように発した。「貴方が映し人形(ソーマ・ドール)と呼ぶ彼女は、通常ではない! 私との繋がりが切れたら貴方がたを襲いかねない! 後生(ごしょう)だ! ビスクを檻に入れてくれ!」


 叫ぶレオンに、ヴィハーンはゆっくりと首を横に振った。


「ご心配にはおよびません。貴方は理解しておられないようだが、映し人形(ソーマ・ドール)は自律する道具ではございませんので。ご承知の通り、檻に入った時点で魔力の繋がりも断たれます。貴方は動揺しておられるだけでしょう。肩の力を抜いて、お静かになさってください。我々のなかには喧騒を嫌う者もおりますので」


 レオンは唇を噛み、格子の先のヴィハーンを睨んだ。


「……もしビスクを傷付けたら、八つ裂きにする」


 低い声音で言い捨てると、それきりレオンは黙った。格子を掴み、ビスクを見つめる姿勢は変わらないが。


 ヴィハーンはというと、軽く肩を(すく)めただけである。どうしようもない変質者だとでも思っているのだろう。実際、ポールの目にも今のレオンは狂気的な執念の塊として映った。娘を愛してくれるのはありがたい。しかし彼女はとうに死んでいて、あれは人形でしかないのだ。娘の想い出に溺れ、煙宿で人買いの跋扈(ばっこ)を許した罪がある以上、レオンを異常だと見做(みな)す資格は自分にはないが。


 そのとき、不夜城方面の道が(にわ)かに静まり返った。先のほうで音がしている。いくつもの金属質な音と、木靴の律動。


 やがて姿を見せたのは、槍を手にした血族の隊列である。穂先付近にはいずれも青の布が巻かれており、刃は夜目にも煌めいている。そして、どの血族も簡易的だが鎧をまとっていた。


 鎧の隊列のなかほどに、真紅のビロードを垂らした台座を神輿(みこし)のごとく担いでいる者がいる。台座は横並びにふたつ。そのどちらにも血族が腰かけていた。ひとりは滑らかな髪を真っ直ぐ垂らした、いかにも勝ち気な顔立ちの女性。装束(しょうぞく)から装飾品から木靴に至るまで金色(こんじき)が眩しい。もうひとりは碧色(へきしょく)(こん)を肩にかけ、頭を純白の布でざっくばらんに覆った怠惰(たいだ)そうな男が胡座(あぐら)をかいている。こちらも装飾品はほかの血族と比較にならないほど多く、質も高いよう見受けられた。


 いつの間にか粗野(そや)な血族は道の両端で(ひざまず)いている。ヴィハーンやハリッシュも例外ではない。


 やがて隊列は檻の前で歩を止めた。


 ヴィハーンが顔を上げ、(うやうや)しさと親密さの絶妙な距離感を確保した、実に官吏(かんり)じみた笑みを送る。


「ごきげん(うるわ)しゅう、クマール様、ラニ様。人間の捕縛はおおむね完了しました。武具の押収も、この通りです」


 ヴィハーンのへつらい具合を見るに、これがルドラの息子と娘なのだろう。ヴィハーンの目線の動きで、男がクマール、女がラニと知れた。どら息子に我儘(わがまま)娘。そんな印象である。


 どちらもヴィハーンへの(ねぎら)いの言葉ひとつなく、台座から身軽に飛び降りると武具の山を物色しはじめた。


 当然、()の一番に目につくのは知れている。


「おいおい、なんだこの映し人形(ソーマ・ドール)はよぉ。どこの変態の持ち物だ?」


 クマールが軽薄な声で言うと、ラニは人形に軽蔑の眼差しを向けた。


 レオンの肩に置いた手に、ポールは力を込める。落ち着け、と。


 しかし、黙っていられる状況ではなくなってしまった。クマールがビスク人形の頭を鷲掴みにし、ドレスの(すそ)をめくろうと手をかけたのである。


「やめろ!!」


 レオンが叫んだのは当然だ。ポールも瞬間的に頭に血が昇るのを感じたが、次の瞬間にはあり得ない事態が起こったのである。


 ビスク人形がクマールの手を振り払い、突き飛ばしたように見えたのだ。目の錯覚――にしては説明がつかない。数歩よろめいたクマールも、彼の後ろのラニも、ヴィハーンでさえ唖然(あぜん)としている。


 それも当然で、一般的な映し人形(ソーマ・ドール)は術者の魔力を介して操作される道具でしかない。それが、あたかも意志を持っているかのように動けば驚くのも当然だろう。


 クマールの顔面に怒気(どき)(みなぎ)るよりも早く、ヴィハーンがビスク人形を抱えて檻のなかのレオンへと引き渡していた。これまで平然としていたヴィハーンに明らかな動揺が見て取れたのは初である。そして彼の対処の異様な(・・・)素早さにも目を見張るものがあった。


「この映し人形(ソーマ・ドール)はそちらで管理を」とヴィハーンが口早に言う。レオンはすでにビスク人形を抱きしめ、安心するよう言い聞かせていた。


 これで場が収まったわけではない。ヴィハーンがクマールに襟首を掴まれた。


「おい、ヴィハーン。なに勝手なことしてんだよ」


「クマール様、どうかお許しください。あの映し人形(ソーマ・ドール)は異常だと判断したまでのことです。檻の内部であればこちらに手出しすることはあり得ませんので」


「それじゃなにか? あの人形に突き飛ばされたオレは我慢しなきゃならねえのか? 我慢なんて一度だってしたことがねえオレが?」


「……どうか、お怒りを(しず)めてください」


 クマールはヴィハーンを投げ捨てると、レオンに向かって唾を吐きかけた。


「その人形の持ち主はオマエだな? オレをナメたことを一生後悔させてやるよ。オマエの人形はオレが買う。で、オマエの目の前で玩具(おもちゃ)にして、最後は粉々になるまでブチ壊してやるから覚えとけ」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『レオン』→ビスクの夫。人形術を得意とする魔術師。独り言が多く、コミュニケーションに難がある。カシミールの弟であり、マダムの息子。三人とも血の繋がりはない。『黒の血族』のオークションでマダムに落札された。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ビスク』→レオンの妻であり、ポールの娘。故人。ポール曰く、控えめで優しい性格とのこと。彼女の死後、レオンはその姿を模した人形を所持するようになった。彼は人形もまたビスクと呼び、大切にしている。レオンが傷付くと、人形は彼の魔力を吸い上げて駆動する。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『水蜜香(すいみつこう)』→微睡草(まどろみそう)と呼ばれる、麻痺毒を持つ植物を刻んで干したもの。燻した煙を吸引することで、酩酊状態に誘う。中毒性が強く、量を誤れば廃人となる場合も。『煙宿』で生産された水蜜香が、王都の歓楽街に密輸されている。詳しくは『393.「甘き煙の宿場町」』にて


・『映し人形(ソーマ・ドール)』→死者の魂を記憶し、再現する魔道具。通常、『映し人形』は魔力の糸を接続して人形術として扱う。『映し人形』を完成させるためには、再現する相手の骨などが必要となる。詳しくは『463.「映し人形」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて

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