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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Paul.「魔封じの檻」

※ポール視点の三人称です。

 血の繋がりこそないがレオンの兄であり、不夜城膝下(しっか)の大衆食堂『名無亭(ななしてい)』で料理人を勤める男、カシミール。彼の性格はポールも知っていた。煙宿では新参者にあたるが、何度か料理を振る舞ってもらい、舌鼓(したづつみ)を打ち、会話に興じたことがある。そんな短い時間のなかでも、どうにも拭えない暴力の気配を覚えたものだ。加えて、カシミールが魔術師であることもポールは見抜いている。


 今回の戦略的降伏を受け入れない(やから)が出ることは想定済みだ。それがカシミールであることになんの違和感もない。あれは大人しく捕まるのを良しとしない男だと納得さえしていた。


 足を止めたヴィハーンが、じっと血族とカシミールの戦闘模様を眺めている。一方的だ。何人もの血族の男が入れ替わり立ち替わり彼を襲撃するのだが、一撃で吹き飛ばされる。


「俺を殺したきゃ、もっとマシな奴を連れてこい! 俺は死ぬまで戦うぞ! テメェらに好きにされるくらいなら思う存分暴れて死ぬほうが百倍気分がいい」


 カシミールの張り上げる声に、ポールは(いく)らか胸がすく思いだった。本来ならば皆がこうなるはずだったのだから。武を振るう機会を奪われ、捕虜に甘んじた者たちがどれほどの屈辱を抱えているかなんて分かっている。カシミールは果たされなかった勇姿すべての体現だった。


「あの男は凡夫(ぼんぷ)では手に余りますね」ヴィハーンが振り返る。「ハリッシュ。彼を気絶させなさい。殺さないように……半分くらいの力でいいでしょう」


「分かりました」


 返事ののち、四腕(よつうで)がカシミールへと駆ける。木靴が一定のリズムで桟橋と打ち合い、軽い音色を響かせた。


 カシミール相手に『半分の力でいい』などと評されるのは、ポールとしては不快だった。彼の夜間戦闘での活躍は聞きおよんでいる。魔術で強化していることだろうが、腕っぷしひとつで大型魔物を討ち取れるほど強い。


 カシミールは接近するハリッシュを見やり、目を丸くし、それから獰猛(どうもう)な表情を浮かべた。


「次はテメェか、四本腕! 来いよ! ぶっ潰してやる!」


 拳を構えるカシミールへと、ハリッシュは愚直に疾駆していた。なんの細工も感じられない猪突猛進である。


 互いの間合いが接した瞬間、カシミールの拳が先に振るわれた。ハリッシュとは真逆の方向に。


「背後を取るなんざ、浅い芸だな四本腕ェ!」


 意気揚々(ようよう)と言い放つカシミールだが、ハリッシュは回り込んでなどいない。ただ真っ直ぐカシミールへと向かい――。


 二本の左腕がカシミールの両肩を掴み、引き絞った一本の右腕が彼の心臓の真裏に打ち込まれた。猛烈な打撃音は一発きり。しかし肉に食い込んだ拳は、その一発で充分であることを傍目(はため)にも示していた。


 カシミールは衝撃のまま身体を()()らせ、()を置かず崩れ落ちる。倒れたきり、彼はピクリともしなかった。


 気絶では済まないだろうと思ったが、ハリッシュが膝を折って心音と呼吸を確認し、「ヴィハーンさん、生きてます」と息切れひとつなく告げたとき、ポールは安堵と悔しさの入り混じった感情を覚えた。


「ご苦労様。彼を抱えて連れて行こう」とヴィハーンも平然としたものである。わずか一撃で決着がつくのを見越していた風情(ふぜい)だった。


 歩みを再開しながら、ポールは少しばかり冷静に考える。どうにもおかしい。ハリッシュの身体能力はともかくとして、彼がなにか仕掛けたとは思えなかった。にもかかわらず、カシミールは背後へと拳を振るい、空振りしたはずなのに意気(ほとばし)る声を発したのだ。あたかも敵の狙いを読み切って上手く対処出来たといった具合に。


 カシミールには見えていたのだろう。回り込んだハリッシュを殴り飛ばす光景が。それが現実とかけ離れていることなど気付かずに。


 十中八九、幻覚の(たぐい)だ。それを仕組んだのはまず間違いなく自分の隣を悠々と歩む痩せ男。


 実際、ポールは推察は正しい。ヴィハーンの行使した魔術が欺瞞の鏡面(ブループリント)という名であり、対象の視界を(あざむ)くものであることまでは知識の外だったが。


 魔術には予備動作や適切な()、そして魔力の残滓(ざんし)といったものがあるが、ポールはそれを読み取れなかった。隣を歩むヴィハーンは表情も足取りも気配も、最前(さいぜん)となにひとつ変わらない。あたかも魔術なんて使っていないと言わんばかりの余裕ぶり。ルドラの軍勢の全容は知らないが、ヴィハーンが指折りの厄介者であるのはもはや明白だった。


 やがて『ほろ酔い桟橋』のなかほどまで来ると、人いきれが強くなった。道の中央で人間が肩擦れ合うほど密集している。


 密集地帯を覆うように、半透明の緻密(ちみつ)な格子が見えた。ヴィハーンの言っていた特別製の檻とはこれのことだろう。檻からやや距離を置いた場所に、武具などが山積みになっていた。


「さて、申し訳ないですが貴方にはここに入っていただきます。しばしの(あいだ)、我慢なさってください。仕分けが済みましたら、もっと(くつろ)げる檻に移されますので」


「仕分け?」


「格付けですよ。ルドラ様がおこないます。ルドラ様のご令息やご息女に加え、僭越(せんえつ)ながら私も列席させていただきますが、かたちだけです。(くちばし)を挟むことなどございません」


 青の巨人の足元に近いこの場所で、人身売買の査定をするというわけか。


 密集した人々は大通りを埋め、先が見通せない。これだけの大人数をいちいち精査するというのだろうか。ご苦労な話だが、それでひと財産築こうというのなら必要な仕事だろう。売られる身としてはたまったものではないが。


 ヴィハーンは指を鳴らし、ハリッシュに頷きを送る。するとハリッシュは担いだカシミールを透明な檻へと投げ込んだ。


 まばたきひとつせず見ていたのだが、檻は(かすみ)かなにかのようにするりとカシミールを通過させた。


「ポールさん!」


 檻の内部で見知った部下が声を上げた。彼は人波を押しのけて檻の末端まで来ると、格子を掴んだ。目には不安がありありと浮かんでいる。どこか責めるような雰囲気も見受けられた。無理もない。降伏命令に従うのと、実際にこうして捕虜としての扱いを味わうのとではまるきり別物だ。言葉で理解し、想像を(たくま)しくさせても、現実の体験には遠くおよばない。


「落ち着け。なるようにしかならねえからな。大人しくしてりゃ悪いようにはされねえよ。そうだろう、ヴィハーン?」


 隣の血族へと矛先(ほこさき)を向けると、ヴィハーンは微笑して頷いた。


「ええ。暴れたり騒いだりしなければ痛い目に()うことはないでしょう。それでは――」


 声を止め、ヴィハーンが振り返る。ポールも自然とそちらへ視線を向けていた。


 目を()らしたい想いと、逸らしてはいけないという衝動がせめぎ合い、結局ポールは彼らの歩みを見守った。血族の男どもに囲まれて歩を進めるレオンと、彼の腕に抱えられたビスク人形を。


 レオンは真っ直ぐ前だけを向いて歩いている。が、ときおり人形に視線を落とし、何事か呟いていた。


「ポールさんは先に檻へどうぞ。窮屈な思いをさせるようで申し訳ございませんが」とヴィハーンが促す。


「あいつが何者かは聞かねえのか」


 ヴィハーンは微笑を崩すことなく、小さく首を横に振り、檻を手で示した。


 大人しくしているのが身のためだと重々承知してはいるが、自制心が働くより前に口が開いていた。


「あいつの名はカシミール。腕に抱いてるのは妹。身なりはいいが、この町じゃ下っ端だ」


 表情も姿勢も変えなかったが、ヴィハーンの気配は露骨に変化した。冷たく、射抜くような、そんな気配。


「悪いな。興味のない話をして。約束通り、大人しく檻に入る」


 檻に入る瞬間、透明な薄い膜を突き破るような感触があった。振り返って格子に手を伸ばすと、頑強(がんきょう)な感触がある。外からは自由に入り込めて、しかし決して出られない檻。魔術の一種だろうが、見たことも聞いたこともない。


 そしてひとつ、想定外の事柄もあった。檻に入った瞬間に直感し、実際確かめもした()る事実。


 檻の内部では魔術が一切使えない。


 考えてみれば妥当だ。単なる檻で魔術師を封殺するのは不可能。魔術そのものを封じる細工があって当然。


 それはいい。問題は先ほどのヴィハーンの態度だ。奴は明らかにこちらの嘘を見抜いていた。真偽師(トラスター)と同等の魔術を扱っていてもおかしくはないが、もっとシンプルな回答がある。自分が不夜城で血族に捕縛される寸前――ヴィハーンが現れるより前に男たちが行動を止めた事実。加えてレオンに関して、こちらに問いただす様子が一切ない。それらを(かんが)みて、ポールは深い霧に浮かぶ無数の目と耳を空想した。


 ヴィハーンは配下の血族の耳目(じもく)を共有し、煙宿のあらゆる情報を掌握(しょうあく)している。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『レオン』→ビスクの夫。人形術を得意とする魔術師。独り言が多く、コミュニケーションに難がある。カシミールの弟であり、マダムの息子。三人とも血の繋がりはない。『黒の血族』のオークションでマダムに落札された。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『名無亭』→『煙宿』に存在する、銅貨一枚で一食分を提供する激安食堂。詳しくは『397.「名無しの朝餉 ~ようこそ『煙宿』へ~」』にて


・『カシミール』→マダムの養子であり、レオンの兄。血の繋がりはない。粗暴な性格だが、料理の話になると打ち解ける。人形術により自身の肉体を強化する技を得意とする。現在は『煙宿』で料理人をしている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『欺瞞の鏡面(ブループリント)』→対象の視界を欺く魔術。詳しくは『533.「欺瞞の鏡面」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『ほろ酔い桟橋(さんばし)』→『煙宿』のなかで、一般的な住民の住むエリア。『不夜城』以外の部分はすべて『ほろ酔い桟橋』にあたる。居住区よりも娼館や酒場、賭博場といった広義の娯楽施設のほうが多い。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『ビスク』→レオンの妻であり、ポールの娘。故人。ポール曰く、控えめで優しい性格とのこと。彼女の死後、レオンはその姿を模した人形を所持するようになった。彼は人形もまたビスクと呼び、大切にしている。レオンが傷付くと、人形は彼の魔力を吸い上げて駆動する。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『真偽師(トラスター)』→魔術を用いて虚実を見抜く専門家。王都の自治を担う重要な役職。王への謁見前には必ず真偽師から真偽の判定をもらわねばならない。ある事件により、真偽師の重要度は地に落ちた。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『261.「真偽判定」』『第九話「王都グレキランス」』にて

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