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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Paul.「官吏ヴィハーンと四腕のハリッシュ」

※ポール視点の三人称です。

 やがてポールの姿を見咎(みとが)めた血族の男たちが近寄ってきた。身体付きは屈強そのもの。顔立ちも粗野。髪型に違いはあれど、どの血族も髪色は濃い茶褐色である。ポールの知るところではないが、ルドラの領内で産まれた者にはそうした特徴があった。むろん、移住者や余所(よそ)の血を引く者は例外だが。


 ポールは両手を軽く持ち上げ、無抵抗の意を示した。それでも男たちは乱暴な手付きで拘束しようとしたが、不意に彼らの動きが止まる。そしておずおずと手を離して数歩の距離を置いた。


「俺を捕まえるんじゃねえのか?」


 そう問うたが、男たちは黙している。しばしののち、二人の男が不夜城へと――つまりはポールのもとへと迷いなく歩んできた。


 ひとりは痩せた片眼鏡の男で、長い黒髪を後ろで束ねており、三日月を()した飾りを両耳から垂らしている。濃紺の長衣(ながぎぬ)に、同系色の先細った木靴。衣にも靴にも月の意匠(いしょう)が散りばめられている。なよやかな顔立ちだが、切れ長の目の奥には油断のならない光が宿(やど)っているよう見受けられた。


 ポールはこれまで取引してきた相手を想起する。直近では王都の歓楽街の支配者ルカーニアが似た気配を(かも)していた。奸智(かんち)()けた厄介な奴は大抵、一目で分かる。


 一方で、もうひとりの男は異様だった。恵まれた体躯に素朴な顔立ち。それはいい。問題は腕だ。どう見ても四本ある。筋肉の具合からして、飾りでないのは確かだった。痩せ男と違って服も――四腕(よつうで)に適した改造がされている点は抜きにして――木靴も平凡そのもの。ポールのそばにいる粗野な男たちと変わらない。装飾品の(たぐい)はひとつも身につけていないあたり、痩せ男の用心棒のような(やから)だろう。


 痩せ男はポールの一メートル先まで来ると、軽くお辞儀をした。


「ごきげんよう。私はルドラ伯爵の領地で官吏(かんり)をしております、ヴィハーンと申します。先程はこの連中が手荒い真似をいたしまして、失礼をお許しください」


「かまわねえよ。どうせ捕まえるんだろ?」


 ポールの言葉に、ヴィハーンの眉が僅かに持ち上がった。


「……貴方は、この町の上層部の方で間違いありませんか?」


「上層部もクソも、俺が町の創始者でボスだ。名はポール。疑ってんなら、取っ捕まえた奴らにでも聞け」


 ヴィハーンの表情は柔和だったが、気配に微妙な変化があった。軽蔑。(あなど)り。人畜無害を(よそお)った仮面の下にそのような感情がある。ポールが長年(つちか)ってきた観察眼による勘だが、間違えた(ためし)はない。


「結構です。貴方は我々がご案内いたしましょう。捕縛など本望ではございませんが、このご時世ですから。特製の檻に入っていただきます。ご寛恕(かんじょ)を」


 言って、ヴィハーンは自分の来た道を手で示す。ポールは無言でそれに従い、歩んだ。ヴィハーンは付かず離れず、隣を歩む。例の四腕の男は一歩引いて付き従っていた。


「彼は」と後ろの四腕に視線を流し、ポールへと呼びかけた。「ハリッシュという名で、普段は鉱山で働いております。さぞ驚いたことと思いますが、生まれながら四本腕なのですよ」


「そうかい。血族は畸形(きけい)が多いのか?」と皮肉ったが、ヴィハーンは涼しい顔で答える。


「いいえ。貴方がたと変わりません。異なるのは肌の色、生命力、寿命、異能の有無……そんなところです。ハリッシュの場合は異能や魔術の産物ではなく、天然の、持って生まれた性質。むしろ美点と言っていい」


「腕が四本もありゃ、便利だろうな。その点」ポールは宙の一点を見上げる。視線の先には青い肌の巨人。「あんだけ腕が多いと(かえ)って邪魔だろうに」


 青の巨人の腕は、ざっと見るだけでも数百本、びっしりと生え広がっている。


 ヴィハーンは微かに口を歪め、指を一本立てた。


「ルドラ様への言及(げんきゅう)はお控えください。お耳に入ればどうなることやら……」


 推察通り、あれが煙宿を襲撃した血族の大将か、とポールは納得した。ほかの血族と異なる肌の色や、異様な巨体や腕に関しては奇妙に思うものの、このヴィハーンとやらに聞いてもろくな答えは返ってこないだろう。なにより捕虜の身だ。軽率な質問は身を滅ぼす。それは我が身に限ったことではないと、ポールはよく理解していた。


「オーケー、分かった。口は慎む」


「ご理解いただけてなによりです。そう、ハリッシュですが、決して乱暴者ではございません。実直な性格ですのでご安心を」


 ヴィハーンの言葉の直後、張りのある瑞々(みずみず)しい声が飛んだ。ハリッシュである。


「ヴィハーンさん。俺は実直なんですか?」


「ええ」とヴィハーンは歩調を緩めることも振り向くこともせずに返す。


「実直って、どんなものですか?」


「正直者という意味です」


「そうですか、正直者ですか」


 ヴィハーンは愉快そうに小さく笑いを漏らし、ポールを横目に囁いた。「ご覧の通りです」と。


 ポールがちらと振り返ると、ハリッシュと目が合った。ほんの一秒にも満たない時間だったが、その(かん)、決して目を()らすことなく真面目そのものの表情だったハリッシュは、なるほど確かに実直に見える。


「ときに、この町の()は貴方の製作物ですか?」


 ヴィハーンの問いかけに一瞬だけ迷ったが、ポールは隠し立て無用と判断した。


「そうだ。といっても、力仕事は部下に任せたが。俺がやったのは塔の接合とバランス調整だ」


「魔術で?」


「ああ」


 ヴィハーンが魔術に知見のある者だというのは、初見で把握していた。魔術師とそうじゃない手合いは気配が違う。特に、詐欺師じみた魔術師は独特の気配があるものだ。その意味ではヨハンも同類と言っていい。


「魔術を応用した建築としては、実に見事でした。塔の膝下の増築部も魔術の産物ですね。少々アンバランスですが、物理法則を逸脱(いつだつ)しない範囲の建て増しに(とど)めて、魔術での接合は最低限で済ましてあるあたり、()(かな)っている」


「そりゃどうも。お前さんも魔術建築家なのか?」


 ポールの言葉にヴィハーンは首を傾げた。


「魔術建築家なる職種は聞いたことがございません。魔術の応用としての建築はラガニアでもおこなわれておりますが、その(すじ)の専門家は私の知る限り皆無です」


「それじゃ、俺は初の専門家かもな。建築に役立つ魔術くらいしか(のう)がねえ」


 ヴィハーンの横顔に浮かんだ微笑には、やはり例の侮りの雰囲気があった。魔術師として格下だと思っているのだろう。


 訂正する気はない。事実その通りだからだ。魔術を本職としていない以上、魔術師に劣るのは至極当然である。


 だが、こいつは本音を口にしない。


 ポールの読み通り、ヴィハーンは謙遜(けんそん)を示した。


「いえ、実に優秀ですよ。ひとつの魔術を(きわ)めるのは、雑多な魔術を手広く扱うよりも遥かに困難なものです。その点、私は器用貧乏だ。貴方には到底およびません。所詮は一介の官吏ですから、利便性の高い魔術を浅く習得しているに過ぎません。ルドラ様の勢力に席をいただけたのも、交信魔術に多少の心得があったからです」


 おや、とポールは思った。口を滑らせた様子はないが、明らかに失言だ。


「立派なモンじゃねえか。この部隊はお前さんの交信がなけりゃ、右往左往しちまうわけだろう?」


「右往左往とまでは申しませんが、交信魔術を使えるのは私ただひとりです。その意味では、情報網の(かなめ)とも言えますね。私ごときにはもったいない立場です」


 なるほど、とポールは納得した。


 こいつは絶対に討たれない自信を持っている。暗にそれを誇示しているわけだ。髪の毛一本の油断もないと釘を刺しているとも言える。


「おや」とヴィハーンが声を上げる。


 道はすでに『ほろ酔い桟橋(さんばし)』に差しかかっており、大通りの先でなにやら喧騒が聞こえた。


 やがてポールの目に映ったのは、宙へ投げ飛ばされた血族の男たちと、渦中(かちゅう)で暴れまわるオレンジの髪の人間――カシミールだった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ルカーニア』→王都の歓楽街を取り仕切る老人。斜視。王都襲撃の日、武器を手に魔物と戦うことを呑み、引き替えにアリスを永久に雇用することになった。詳しくは『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『ほろ酔い桟橋(さんばし)』→『煙宿』のなかで、一般的な住民の住むエリア。『不夜城』以外の部分はすべて『ほろ酔い桟橋』にあたる。居住区よりも娼館や酒場、賭博場といった広義の娯楽施設のほうが多い。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『カシミール』→マダムの養子であり、レオンの兄。血の繋がりはない。粗暴な性格だが、料理の話になると打ち解ける。人形術により自身の肉体を強化する技を得意とする。現在は『煙宿』で料理人をしている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて

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