Side Paul.「官吏ヴィハーンと四腕のハリッシュ」
※ポール視点の三人称です。
やがてポールの姿を見咎めた血族の男たちが近寄ってきた。身体付きは屈強そのもの。顔立ちも粗野。髪型に違いはあれど、どの血族も髪色は濃い茶褐色である。ポールの知るところではないが、ルドラの領内で産まれた者にはそうした特徴があった。むろん、移住者や余所の血を引く者は例外だが。
ポールは両手を軽く持ち上げ、無抵抗の意を示した。それでも男たちは乱暴な手付きで拘束しようとしたが、不意に彼らの動きが止まる。そしておずおずと手を離して数歩の距離を置いた。
「俺を捕まえるんじゃねえのか?」
そう問うたが、男たちは黙している。しばしののち、二人の男が不夜城へと――つまりはポールのもとへと迷いなく歩んできた。
ひとりは痩せた片眼鏡の男で、長い黒髪を後ろで束ねており、三日月を模した飾りを両耳から垂らしている。濃紺の長衣に、同系色の先細った木靴。衣にも靴にも月の意匠が散りばめられている。なよやかな顔立ちだが、切れ長の目の奥には油断のならない光が宿っているよう見受けられた。
ポールはこれまで取引してきた相手を想起する。直近では王都の歓楽街の支配者ルカーニアが似た気配を醸していた。奸智に長けた厄介な奴は大抵、一目で分かる。
一方で、もうひとりの男は異様だった。恵まれた体躯に素朴な顔立ち。それはいい。問題は腕だ。どう見ても四本ある。筋肉の具合からして、飾りでないのは確かだった。痩せ男と違って服も――四腕に適した改造がされている点は抜きにして――木靴も平凡そのもの。ポールのそばにいる粗野な男たちと変わらない。装飾品の類はひとつも身につけていないあたり、痩せ男の用心棒のような輩だろう。
痩せ男はポールの一メートル先まで来ると、軽くお辞儀をした。
「ごきげんよう。私はルドラ伯爵の領地で官吏をしております、ヴィハーンと申します。先程はこの連中が手荒い真似をいたしまして、失礼をお許しください」
「かまわねえよ。どうせ捕まえるんだろ?」
ポールの言葉に、ヴィハーンの眉が僅かに持ち上がった。
「……貴方は、この町の上層部の方で間違いありませんか?」
「上層部もクソも、俺が町の創始者でボスだ。名はポール。疑ってんなら、取っ捕まえた奴らにでも聞け」
ヴィハーンの表情は柔和だったが、気配に微妙な変化があった。軽蔑。侮り。人畜無害を装った仮面の下にそのような感情がある。ポールが長年培ってきた観察眼による勘だが、間違えた例はない。
「結構です。貴方は我々がご案内いたしましょう。捕縛など本望ではございませんが、このご時世ですから。特製の檻に入っていただきます。ご寛恕を」
言って、ヴィハーンは自分の来た道を手で示す。ポールは無言でそれに従い、歩んだ。ヴィハーンは付かず離れず、隣を歩む。例の四腕の男は一歩引いて付き従っていた。
「彼は」と後ろの四腕に視線を流し、ポールへと呼びかけた。「ハリッシュという名で、普段は鉱山で働いております。さぞ驚いたことと思いますが、生まれながら四本腕なのですよ」
「そうかい。血族は畸形が多いのか?」と皮肉ったが、ヴィハーンは涼しい顔で答える。
「いいえ。貴方がたと変わりません。異なるのは肌の色、生命力、寿命、異能の有無……そんなところです。ハリッシュの場合は異能や魔術の産物ではなく、天然の、持って生まれた性質。むしろ美点と言っていい」
「腕が四本もありゃ、便利だろうな。その点」ポールは宙の一点を見上げる。視線の先には青い肌の巨人。「あんだけ腕が多いと却って邪魔だろうに」
青の巨人の腕は、ざっと見るだけでも数百本、びっしりと生え広がっている。
ヴィハーンは微かに口を歪め、指を一本立てた。
「ルドラ様への言及はお控えください。お耳に入ればどうなることやら……」
推察通り、あれが煙宿を襲撃した血族の大将か、とポールは納得した。ほかの血族と異なる肌の色や、異様な巨体や腕に関しては奇妙に思うものの、このヴィハーンとやらに聞いてもろくな答えは返ってこないだろう。なにより捕虜の身だ。軽率な質問は身を滅ぼす。それは我が身に限ったことではないと、ポールはよく理解していた。
「オーケー、分かった。口は慎む」
「ご理解いただけてなによりです。そう、ハリッシュですが、決して乱暴者ではございません。実直な性格ですのでご安心を」
ヴィハーンの言葉の直後、張りのある瑞々しい声が飛んだ。ハリッシュである。
「ヴィハーンさん。俺は実直なんですか?」
「ええ」とヴィハーンは歩調を緩めることも振り向くこともせずに返す。
「実直って、どんなものですか?」
「正直者という意味です」
「そうですか、正直者ですか」
ヴィハーンは愉快そうに小さく笑いを漏らし、ポールを横目に囁いた。「ご覧の通りです」と。
ポールがちらと振り返ると、ハリッシュと目が合った。ほんの一秒にも満たない時間だったが、その間、決して目を逸らすことなく真面目そのものの表情だったハリッシュは、なるほど確かに実直に見える。
「ときに、この町の塔は貴方の製作物ですか?」
ヴィハーンの問いかけに一瞬だけ迷ったが、ポールは隠し立て無用と判断した。
「そうだ。といっても、力仕事は部下に任せたが。俺がやったのは塔の接合とバランス調整だ」
「魔術で?」
「ああ」
ヴィハーンが魔術に知見のある者だというのは、初見で把握していた。魔術師とそうじゃない手合いは気配が違う。特に、詐欺師じみた魔術師は独特の気配があるものだ。その意味ではヨハンも同類と言っていい。
「魔術を応用した建築としては、実に見事でした。塔の膝下の増築部も魔術の産物ですね。少々アンバランスですが、物理法則を逸脱しない範囲の建て増しに留めて、魔術での接合は最低限で済ましてあるあたり、理に適っている」
「そりゃどうも。お前さんも魔術建築家なのか?」
ポールの言葉にヴィハーンは首を傾げた。
「魔術建築家なる職種は聞いたことがございません。魔術の応用としての建築はラガニアでもおこなわれておりますが、その筋の専門家は私の知る限り皆無です」
「それじゃ、俺は初の専門家かもな。建築に役立つ魔術くらいしか能がねえ」
ヴィハーンの横顔に浮かんだ微笑には、やはり例の侮りの雰囲気があった。魔術師として格下だと思っているのだろう。
訂正する気はない。事実その通りだからだ。魔術を本職としていない以上、魔術師に劣るのは至極当然である。
だが、こいつは本音を口にしない。
ポールの読み通り、ヴィハーンは謙遜を示した。
「いえ、実に優秀ですよ。ひとつの魔術を究めるのは、雑多な魔術を手広く扱うよりも遥かに困難なものです。その点、私は器用貧乏だ。貴方には到底およびません。所詮は一介の官吏ですから、利便性の高い魔術を浅く習得しているに過ぎません。ルドラ様の勢力に席をいただけたのも、交信魔術に多少の心得があったからです」
おや、とポールは思った。口を滑らせた様子はないが、明らかに失言だ。
「立派なモンじゃねえか。この部隊はお前さんの交信がなけりゃ、右往左往しちまうわけだろう?」
「右往左往とまでは申しませんが、交信魔術を使えるのは私ただひとりです。その意味では、情報網の要とも言えますね。私ごときにはもったいない立場です」
なるほど、とポールは納得した。
こいつは絶対に討たれない自信を持っている。暗にそれを誇示しているわけだ。髪の毛一本の油断もないと釘を刺しているとも言える。
「おや」とヴィハーンが声を上げる。
道はすでに『ほろ酔い桟橋』に差しかかっており、大通りの先でなにやら喧騒が聞こえた。
やがてポールの目に映ったのは、宙へ投げ飛ばされた血族の男たちと、渦中で暴れまわるオレンジの髪の人間――カシミールだった。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて
・『不夜城』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて
・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『ルカーニア』→王都の歓楽街を取り仕切る老人。斜視。王都襲撃の日、武器を手に魔物と戦うことを呑み、引き替えにアリスを永久に雇用することになった。詳しくは『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて
・『煙宿』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて
・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より
・『ほろ酔い桟橋』→『煙宿』のなかで、一般的な住民の住むエリア。『不夜城』以外の部分はすべて『ほろ酔い桟橋』にあたる。居住区よりも娼館や酒場、賭博場といった広義の娯楽施設のほうが多い。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて
・『カシミール』→マダムの養子であり、レオンの兄。血の繋がりはない。粗暴な性格だが、料理の話になると打ち解ける。人形術により自身の肉体を強化する技を得意とする。現在は『煙宿』で料理人をしている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて




