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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
1535/1573

幕間.「純白の使者」

 靄に覆われた真夜中の湿原で、ヴラドの本隊は行軍を一旦停止していた。煙宿まで一キロといった地点で総員に待機を命じたのである。流刑地のベアトリスや小隊で構成された弱小貴族も同じく足を止めていた。


 ナーサの妄想の産物である巨象の魔物――ガジャラの背に配した椅子に座し、ヴラドはグレキランス一帯の地図に目を落とした。煙宿に旗のマークが立ってから()もなく三十分になろうとしている。じきにルドラの配下の者が訪れ、制圧地へと(うやうや)しく案内することだろう。ルドラとの仲を想えば、使者が訪れずとも煙宿へ進軍してもさして問題はないものの、制圧旗(せいあつき)のルールを定めたのはほかならぬヴラドである。いかに蜜月(みつげつ)であれ、余所(よそ)の貴族が落とした土地に軍を差し向けるのは体裁(ていさい)が悪い。


 制圧旗が立った以上もはや必要ないが、ルドラが手こずるようなら援軍を送る心算だった。ゆえに煙宿にほど近い位置で待機したのである。


 ともかくも、ここしばらく続いていた野営から解放されるだけで、本隊の者は多少なりとも羽根を休めることが出来るだろう。本隊に軟弱な手合いなど皆無だが、鬱気(うっき)に満ち満ちた湿原に布を敷き、天幕を張っての休息は気が塞ぐことくらいヴラドも理解している。ただ、煙宿を(おとな)うのは整った休憩場所を得るのが主目的ではない。ヴラドの関心事はグレキランス地方には過ぎた兵器――白銀猟兵(ホワイトゴーレム)や壁上の砲台――の製作者を問いただすことにある。何者であろうとも今後の行程にさしたる変化はないだろうが、グレキランス制圧に焦点を絞っているヴラドにとっては重要度の高い情報だった。製作者を生きて捕らえることが出来れば、今後の(かて)になるのは間違いない。


 尋問すべき相手も定めてある。裏切りの血族メフィスト。煙宿に配した蝙蝠(こうもり)の目から、彼が摩天楼(まてんろう)の頂上にいるのは知れていた。今もその場所から動いていない。


 退屈に任せて、ヴラドは地図とは別の紙片へと目を移す。ルーカスから得た共益紙(きょうえきし)だ。そこには『煙宿急襲。ヨハンより』と記されている。配下の魔術師が傍受(ぼうじゅ)した交信魔術の内容とも齟齬(そご)はない。しかし、圧倒的に情報が不足している。傍受した交信では、連中が王都と呼んでやまないグレキランスや、各地への援護要請も含まれていた。ルドラの引き連れたキュクロプスの進行速度まで逐次(ちくじ)垂れ流されたのである。


 あまりに情報の欠落した言葉は、なにかの符牒(ふちょう)と読むべきか。だとしたらなんの合図なのか。メフィストがグレキランス地方においてヨハンと名乗っていることはヴラドも耳に挟んでいる。行方(ゆくえ)知れずのユランが関係しているとするのは勘繰(かんぐ)りが過ぎるだろうか。なんにせよ、真相はメフィスト本人の口から確かめれば済む。


 斜め後ろでナーサが欠伸(あくび)をするのが、蝙蝠の目を通して見えた。アスターに帰還したら礼儀を叩き込んでやらねば。どこの誰が巨象を見上げているかも定かではない。主人の後ろで欠伸をする従者など愚物にもほどがある。


 いや、とヴラドは思い直した。今すぐ矯正(きょうせい)せねば。このままでは自分はもとより、本隊の人員すべての品格が疑われる。


 ヴラドが振り向きかけたところで、巨像の足元から声がした。


「ルドラ卿からの使者が参りました! お目通りを願いたいと!」


 部下の声に、ヴラドはナーサへと頷きを送る。先ほどの欠伸などなかったかのように、彼女は険しい顔を(つくろ)っていた。


 象の長鼻が下りる。そして慎重な動作で鼻先が持ち上がり、ヴラドの数メートル先に到達した。男女の血族が鼻から背へと移り、すぐに(ひざまず)く。ルドラの支配地の装束(しょうぞく)は独特だ。男は一枚布を器用に折り畳んで膝下程度の長さの下穿(したば)きをし、上は(ゆる)いシャツ。女は、上はへそが出るほど短い半袖の肌着に、下は紐で締めた薄手のスカート、それでいて下品でないのは、刺繍をあしらった長い一枚布でスカートの上を覆い、さらに余った布地を左肩に垂らして肌の露出を抑えつつ優美な着姿を演出するからである。跪く男も女も、ルドラ領の伝統的な衣装をまとっていた。ただ、どちらも純白である。加えて、あまりに豪壮な装飾を全身にあしらっていた。装飾品だけで相当な額の金貨になるのは一目瞭然。


拝謁(はいえつ)の機会をいただきまして、誠にありがたく。私はアビシェクと申します。こちらは妹のマヤでございます」


 アビシェクと名乗った男が紹介すると、女は深々と礼をした。続けて彼は言う。


「久しく無沙汰(ぶさた)いたしまして、申し訳ございません」


 大仰(おおぎょう)な態度の二人に、ヴラドは鷹揚(おうよう)に頷いた。「ルドラ卿の次男と次女だな。覚えている」


 ヴラドの返答に対し、アビシェクとマヤは同時に一礼した。


 妙なことだ、とヴラドは思う。わざわざ使者として出す身分ではない。違和感はすぐに不快へと結びついた。が、ヴラドからは口を開かない。


 やがてアビシェクがヴラドを見つめ、朗々(ろうろう)と言い放った。


「父上より言伝がございます。非礼は重々承知しておりますが、煙宿への干渉はお控えください、と」


「……ルドラとは約定(やくじょう)を交わしてある。なぜ反故(ほご)にする」


「制圧のルールに(のっと)って、煙宿の一切に手出し無用との(よし)。また、煙宿一帯の蝙蝠も下げていただきたいとの申し出でございます。監視も干渉にあたりますゆえ。むろんながら、ヴラド様のご厚情に背き、当初の約定を(ひるがえ)すなどあってはならぬことと理解しております。なにゆえ翻意(ほんい)したかは、どうか詮議(せんぎ)なさらないでいただきたい。我欲ゆえとお考えいただいて結構でございます」


 次男次女がわざわざ姿を見せた理由が予測通りだったことに、ヴラドは内心で苛立ちを覚えた。表情には決して出さないが。


「アビシェクに、マヤよ」ヴラドは淡々と問う。「ほかに伝えたい事柄はあるか」


 今度も答えたのはアビシェクだった。


「お詫びにもならないと承知しておりますが、何卒(なにとぞ)、我々の首をお受け取りください」


 それも不愉快なのだ、とヴラドは内心で唾棄(だき)した。死装束に過剰な宝飾。これで此度(こたび)の非礼をご寛恕(かんじょ)ください、と哀願しているわけだ。ここで二人の首を()ねれば、事実上ルドラの要求をすべて呑み、これまで通りの関係を維持すると認めるようなものである。前者はともかく、後者は業腹(ごうはら)だ。


 それゆえ――。


「ナーサ。アビシェクの首を刎ねよ」


 ナーサが拝跪(はいき)する二人とヴラドとの間に割って入り、(いびつ)な刃物へと変形させた腕で次男の首を刎ねたのは一瞬のことである。返り血はすべて、ナーサとマヤのみに(ほとばし)り、ヴラドには一滴もかからなかった。


 ナーサが刎ねた首を掴むのと、ヴラドが口を開いたのは同時だった。


「マヤ。アビシェクの亡骸を持って煙宿へ戻れ。そしてルドラ卿に伝えよ。蝙蝠も含め、煙宿への干渉はしない。しかし、この件を不問とするつもりもない。以上だ」


 長いことマヤは絶句し、青褪(あおざ)めた顔をしていたが、やがて兄の亡骸を抱えて再び地上へと戻っていった。巨像の背へ訪れたときと同じ方法で。


 ヴラドはひと仕事終えたナーサに、淡白に命じた。


「血を拭いたのち、本隊に伝えろ。すぐに南進するように。魔物が消えたのち、野営の運びとなったことも(あわ)せてだ。ルドラの裏切りに関しては他言するな」


 恭しく礼をするナーサを見て、彼女を(しつ)けるのは時機を待とうと決めた。血を浴びたナーサは、途端に粛然(しゅくぜん)とした態度になったのだ。(ぼう)への飢渇(きかつ)が彼女から礼節を剥ぎ取っていたのだと得心したのである。


 かくしてヴラドはルドラの要求通り煙宿を離れ、監視の目である蝙蝠さえも一匹残らず回収した。


 死装束を黒い血で染めたマヤが、愛する兄の亡骸を抱きながら、泥に足を取られつつ、涙を()めて一路(いちろ)煙宿へ向かったことなどヴラドの関心の埒外(らちがい)である。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『ナーサ』→人間と血族のハーフ。ダスラとは双子。夜会卿の手下。ダスラと粘膜を接触させることで、巨大な怪物『ガジャラ』を顕現させられる。片腕を弓に変化させることが可能。死亡したダスラの肉を体内に摂り込み、粘膜を接触させることなく『ガジャラ』を創り出す力を得た。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて


・『ガジャラ』→双子の血族であるナーサとダスラが粘膜を接触させることによって姿を現す怪物。死亡したダスラの肉を体内に摂り込んだナーサにより、粘膜の接触の制約は取り払われた。見た目は三つ目のマンモス。詳しくは『第二章 第八話「騒乱の都~①亡霊と巨象~」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『制圧旗(せいあつき)』→旗状の魔道具。血族に配されたグレキランスの地図と連動しており、旗が刺された地点が地図にマークされる。制圧旗は通常の手段では破壊出来ず、各軍の指揮官が死亡した場合に消滅する。その際、地図のマークは髑髏に変化する。諸侯同士による獲物の横取りを防ぐために開発された。血族の部隊長クラスがそれぞれ所有しており、旗を突き立てる仕草を行うことで出現し、効力を発揮する。詳しくは『幕間「落人の賭け」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『ルーカス』→『魔女の湿原』の北に広がる高原に住む『黒の血族』。銀色の梟面を身に着けた小太りの男。父である『巌窟王』と一緒に暮らしている。同じ血族であるマダムに攫った人間を提供していた。血族のみ参加出来るオークションで司会をしていたが、クビになった過去を持つ。クロエをオークションに出品する優先権を持っている。ハルピュイアを使役する権能を有し、特殊な個体である赤髪のハルピュイアとは独自な契約関係にある。マゾヒスト。詳しくは『472.「ほんの少し先に」』『609.「垂涎の商品」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的で正義感の強い青年だがセンスは壊滅的。代々ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。実態は使役というより、ドラゴンと一体化している。肌はドラゴンのそれと同等の堅固さを持つ。身体状況により形状が変化する貴品(ギフト)貴人の礼装(ミランドラ)』を所持。グレキランスがラガニアの領地であると認めさせるために単身で戦争に参加した。王城にてヨハンに説得され、オブライエン討伐部隊に加わることに。ゾラやニコルとは友人関係にある。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて

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