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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「急襲と献上品」

 血族のグレキランス侵攻から七日目の晩。煙宿の兵士たちがまず感知した異常は地鳴りだった。一定間隔で鳴るその音は、正体を分厚い霧の先に隠しながらも、徐々にこちらへと接近していることを示している。また、地鳴りに(まぎ)れるようにして、いくつもの爆音が轟き、閃光が夜霧を白く染めた。煙宿近辺に重点配備された白銀猟兵(ホワイトゴーレム)が次々に破壊されていることは明白である。爆音と地鳴りは北方からはじまり、次第に羽を広げるように東西へと展開しているようだった。


 息せき切った斥候(せっこう)が戻り、その報告するところによると『霧の先に巨大な影がいくつも見えた』とのこと。血族の襲来であることは誰の頭にも理解出来たろう。連中の従えている魔物の正体を察し、頭を(かか)えた者も少なくない。


 単眼の巨人の魔物、キュクロプス。本来は単体で出現する大型魔物である。それらが整然と行進するさまは、想像するだに絶望的だ。ただ、おぞましい状況が訪れることは戦争が周知されてから()り込み済みである。異様な事態にいつまでも尻込みしている兵士は(かえ)って少ない。北方を中心に、東西にも尖兵(せんぺい)を送ったのは煙宿の表向きの指揮官であり、この地の支配者であるポールだ。


 尖兵は敵の隊伍(たいご)とぶつかる予定ではあったが、その役務をまっとう出来た部隊はいなかった。キュクロプスを先行させつつ、白銀猟兵(ホワイトゴーレム)は後方の血族たちの遠距離攻撃で始末される。血族のなかには接近戦しか出来ない者もいただろうが、煙宿の尖兵が彼らと相まみえることはなく、(いや)(おう)にもキュクロプスの相手をしなければならなくなる。まともに対峙すれば十数人がかりでも苦戦は必至。加えて霧に(まぎ)れた遠距離攻撃が待っているとなれば、撤退に()る状況と言えよう。事実、尖兵たちは煙宿に次々と引き返すこととなった。ひとりの犠牲者も出ていないものの、敵を目減りさせることも出来ていない。


 交信魔術師が慌ただしく右往左往する不夜城の頂上にあって、ヨハンは一切を眺めていた。霧の先から展開する巨大な影が、徐々に煙宿を包囲していく。彼は遥か下方の喧騒を薄っすらと聞きながら、手元の共益紙(きょうえきし)に素早く書き込んだ。


『煙宿急襲。ヨハンより』


 王都からの援軍は来ないだろう。交信魔術師たちは各地に交信を試みており、なかには援軍要請も含まれているが、王都へのそれはオブライエンによって握り潰されると読んでいた。煙宿が落ちれば次の標的は王都と見るのが必定(ひつじょう)。下手に援軍を送って王都側の防備を薄くするはずがない。


 ヨハンは尾根(おね)の様子を思い浮かべた。共益紙越しの(しら)せを受け取った他種族連合は、(すみ)やかに行動を開始するだろう。彼らの行動の第一段階は、煙宿に血族の部隊が到達した時点で()されるよう取り計らってある。共益紙の内容は危機を伝えるためではなく、行動開始の合図だ。尾根から一路、蓮池(はすいけ)の周辺――『夢の管理者』を名乗る案内人の掌中(しょうちゅう)へと向かう手はずになっている。


 巨人の影は次第に輪郭を濃くしていった。いずれも不夜城にはおよばない体長であるが、たったひとつ例外がいる。


 すっかりキュクロプスに包囲された布陣を縫って、ひときわ巨大な影が進み出た。その大きさは、天を突く不夜城を頭ひとつぶん(しの)いでいる。なにより、霧の先の輪郭が(いびつ)だった。二本の足で立っており、頭部はひとつきりだと分かるが、腕が判然としない。妙な武器でも背負っているのか、肩から腰にかけてのシルエットがひどく曖昧だった。が、それもやがて明瞭となる。


 ヨハンが目にしたのは無数の腕だった。余計な(うごめ)きはないものの、それぞれが微妙に動いているあたり、飾りではない。


 不夜城へと接近する巨大な姿が、変異したキュクロプスでないことは察しがついた。身にまとった膨大な魔力と、特徴的な気配で分かる。


 あれは黒の血族だ。しかし、このような巨体はお目にかかったことがない。それに、皮膚の色も紫ではなく青だった。その巨人は長髪を頭頂部でまとめ上げ、額には宝玉らしき輝きが見える。くっきりした両の目に、高い鼻梁(びりょう)、厚い唇。首元からは華美な装飾品がいくつも下がっており、裸の上半身をなかば覆っていた。下は腰布であるが、みすぼらしい印象はない。黄金色の地に黒の斑点が散りばめられており、それだけなら獣人を想起させる野性味があるものの、腰回りの宝飾が粗野な印象を打ち消している。


 やがて青の巨人は不夜城の一歩手前で歩みを止めた。遥か下では喧騒が悲鳴へと変わっている。煙宿内部まで踏み()った巨人は眼前の一体のみで、残りのキュクロプスは大人しく町の周囲を覆って微動だにしない。


 こちらを見下ろす巨人に、ヨハンは両手を上げて降参の意を示した。交信魔術師たちはすっかり怯えきって、屋内に()もるかその場にひれ伏すかしている。頂上に両の足で立っているのはヨハンだけである。


「お初にお目にかかります。もしかするとご存知かもしれませんが、私はメフィストと申します。貴方は――」


 不意に巨人の腕が一本動き、ヨハンの真横に振り下ろされた。が、破壊的な衝撃は訪れない。猛烈な風圧を感じただけだ。振り返ると同時に巨人の腕が引かれ、そこに真っ赤な旗――制圧旗(せいあつき)が出現したところだった。


 青の巨人はヨハンを無視し、声を張り上げる。煙宿のどこにいても聴こえるであろう、耳を(ろう)せんばかりの声だった。


「この地は(わし)が制圧した。全員降伏せよ。無闇な殺生はしないが、町の外へ逃げようとした者はその限りではない。大人しくしていれば悪いようにはせん。新たな支配者の名を心に刻め。儂はルドラ。爵位は伯爵である」


 地上では彼の配下の血族により、人間たちの拘束が()されていることだろう。


 それにしても、とヨハンは思う。ルドラと言ったか。その名は覚えがあるものの、この姿(・・・)は記憶にない。


「どうも、ルドラ閣下。随分とお姿が違うのでまったく気付きませんでした」


 彼はヨハンの声をしっかり耳で拾っているらしく、小さく鼻息を漏らした。そして腕が次々と伸び、家屋に隠れた交信魔術師を捉えると、身を屈める。次に背を伸ばしたときには、手のなかの交信魔術師たちはどこにもいなかった。地上の部下に引き渡したのだろう。今、不夜城の頂点にいるのはヨハンただひとりである。


「裏切り者め。貴様の言葉に耳を貸すつもりはない」


 ルドラは憮然(ぶぜん)と言い放つ。その声は最前(さいぜん)よりも遥かに小さく、ヨハンにしか届かない程度の声量であった。


「人間に(くみ)している点を裏切りと解釈するのであれば、そう捉えていただいて結構です。しかし、私も微妙な立場なのですよ。人間には(けむ)たがられ、血族からは裏切り者呼ばわり。世知辛(せちがら)いものです」


「貴様の境遇に興味はない。身柄を押さえて、ヴラド氏に渡すとしよう」


「夜会卿はすぐそこまで来ているのですか?」


「その通りだ。儂とヴラド氏の仲は知っておろう? この地の反乱分子をことごとく拘束したのち、彼の部隊にくつろいでもらう。貴様は八つ裂きにされるだろうな」


 縫合伯爵と夜会卿が昵懇(じっこん)であるのは有名だ。もちろんヨハンも知り抜いている。ゆえに、ルドラの言葉に嘘は感じられない。


 夜会卿のオークションの常連であり、珍品に目がない老翁(ろうおう)。それが縫合伯爵ルドラである。金鉱を持つがゆえ、その(ぜい)には限りがない。ただ、審美眼が備わっているかというとそうでもないのだ。誰もが欲しがるものに価値の比重を置いている。


「閣下に提案がございます。貴方にとって望外の逸品(いっぴん)をご用意しますので、私のお願いを聞いていただきたい」


 提案という語には顔をしかめたが、逸品と聞いて眉を吊り上げたルドラは、実に分かりやすい。


「言ってみよ」


「まずお願いですが……私はここで死ぬのはどうしても()けたいのです。我が身が一番ですから。もうひとり、貴方の部下が地上で拘束しているであろう女性をひとり解放していただきたい。二人分の身の安全と自由を約束して欲しいのです」


 ルドラは失笑した。


「馬鹿げた話だ。ここに来る予定のヴラド氏から貴様が逃げおおせるのは不可能。仮に儂が自由を約束したとしても、八つ裂きになる運命は変わらん」


「ところが、そうでもないのです。貴方にお渡ししたい品は、夜会卿にとっても垂涎(すいぜん)の品……もし彼がここに来るとなれば、必ず横取りされますよ。夜会卿が規律を重んじる性格なのは重々承知しておりますが、それを差し引いてもなお、貴方の獲物を横取りします。誓ってもいい」


「すると、なにか? 儂がヴラド氏をこの町に入れぬようせねばならんと?」


「ええ。多少の軋轢(あつれき)(しょう)じるでしょうが、私が献上する品に比べれば些末(さまつ)なものです。血族の誰もが欲する極上の逸品ですから」


 ルドラはヨハンを睨んではいたが、瞳に宿(やど)る好奇の光を隠せていない。


「その品とはなんだ」


「品物にご納得いただければ、是非とも契約を結んでいただきたい。私の異能による、命を担保にした契約です。私は安全と自由の保証が欲しい。ついでに私の指名する女性も、です。私も男ですからね。そして、貴方は品物を(とどこお)りなく手にしたい。双方の利益は合致しております」


「さっさと品物を言え。話はそれからだ」


 苛々(いらいら)と先を促すルドラに、ヨハンは(うつ)ろな笑みを送った。


「勇者の花嫁、クロエです」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。破壊時に自爆する。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『ポール』→『煙宿』の創始者。水蜜香の中毒者であり、娘を溺愛していた。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夢の管理者』→人々の夢を管理する老人。実は『気化アルテゴ』の影響で異能を得た人物。あえて分類すると他種族にあたる。彼が仕事場にしている睡蓮の塊根から、別の場所へ人々を送り込むことも可能。詳しくは『第三章 第二話「妖精王と渡し守」』『897.「夢のはじまり」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『制圧旗(せいあつき)』→旗状の魔道具。血族に配されたグレキランスの地図と連動しており、旗が刺された地点が地図にマークされる。制圧旗は通常の手段では破壊出来ず、各軍の指揮官が死亡した場合に消滅する。その際、地図のマークは髑髏に変化する。諸侯同士による獲物の横取りを防ぐために開発された。血族の部隊長クラスがそれぞれ所有しており、旗を突き立てる仕草を行うことで出現し、効力を発揮する。詳しくは『幕間「落人の賭け」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて

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