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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌㉛ ~幸せの真円~」

 それからの日々で、イアゼルの口から母についてなにひとつ語られはしなかった。ルシールもあえて刺激するつもりはない。ただ、これまで以上に魔術と脳科学の分野に傾注(けいちゅう)していくさまは異様といえば異様だった。机に向かっていない時間は朗らかそのものであるが、いざ書物に向き合うと射るような眼差しに変わる。流刑地への来訪前後で明確な違いのあった点といえば、このくらいだ。


 ロゼッタについて、イアゼルがどう考えているか分からない。ただ、ルシールは疑念を抱いてはいた。流刑地で出会ったあの男の言葉にも態度にも含みがある。おそらくロゼッタは生きているのだろう。それはいい。問題は、イアゼルがどう解釈しているかだ。死を受け入れて嘆いてくれればと願ったものの、そのような兆候(ちょうこう)は一切ない。したがって、彼もまた実母の生存を信じているのだろう。それを想うにつけ、ルシールは落胆した。流刑地まで足を運んだ甲斐はなかったわけだ。


 流刑地からの帰りの馬車で彼が口にしたいくつかの言葉を繋ぎ合わせると、ぼんやりとした思考の輪郭が見えてくる。イアゼルは流刑地の森の地下に空間があると察した。そこに母がいることも。ルシールには視えない魔力の糸が母とイアゼルとを繋いでおり、糸の先が森の地面に繋がっていたなら、そのような空想も頷ける。加えて彼は、転移魔術の魔紋(まもん)について言及していた。例の地下に、別の場所と通じる魔紋があると思っているのだろう。ルシールの感知する限りにおいてそのような魔術は読み取れなかったが、自分も万能ではない。イアゼルのほうがよほど鋭敏に魔力を感じ取れたとしても不思議はないのだ。そして、流刑地からは入れないという言葉。これは森で出会った男の拒絶によるものだろう。総合すると、流刑地の地下には隠された空間があり、それは別の場所と転移魔術で繋がっているが、流刑者以外の者には秘匿(ひとく)されている。


 妄想にもほどがあるとは思うものの、否定材料に欠けているのも事実であり、ルシールとしては黙殺するほかなかった。


 事の顛末(てんまつ)――といっても、流刑地では九年で実質的な処刑がおこなわれており、ロゼッタの姿はなく、彼女の行方を知る者もいなかったという報告はアルブルを安堵させたようだった。とはいえ家庭内では暴君の側面しか持たない男である、イアゼルを侯爵の次男として恥じぬよう徹底的に教育しなければ張り手では済まないなどと脅しつけられたものだ。この手の脅し文句に慣れたルシール相手ではまったく意味を持たないが。


 こうして流刑地の一件は収まり、季節は過ぎていく。仲買いに加え、農業、畜産、林業と、幅広く商売の手を広げたウィステリアは上納額こそ一定だったが、町としての収益は上昇の一途だ。三年に一度の町長交代制度も安定したもので、エンゾが敗北したのちは東の男が牛耳(ぎゅうじ)ったままである。おそらくはダンテの提案だろうが、不作の土地への無条件の食料提供という、エンゾ時代からは考えられない出来事も起きた。ウィステリアに感化されたのか、ほかの町村でも上納額の増加に目を(つむ)り、数年間の赤字は覚悟で開墾(かいこん)に着手した土地もある。ダンテの大演説の通り、侯爵領全体が富を循環させ、より豊かになりつつあった。


 そんな高調子に影が差したのは、イアゼルが十五歳になってしばらく経過した頃である。不穏な影は、あろうことかアルブル侯爵の直轄地(ちょっかつち)であるフラティリアに落ちた。




 一面ガラス張りの殺風景な部屋に、数人の黒服が立っている。ルシールの座るソファの向かいには、やくざ者の頭領が、相も変わらず感情の読めない顔をしていた。


 頭領に呼び出されたルシールは、単身で彼の邸に出向いたのだ。イアゼルは留守番である。この頃、彼はルシールを少しだけ煙たがっている様子があった。ちょっとした反抗期というやつだろう。少しばかり心配ではあるものの、もう十五歳なのだから物事の分別はつくし、危険な真似はしない。だからこそ四六時中一緒にいようとはしなかったし、彼の自由にさせておいた。


「この頃、街がおかしい」


 頭領が窓に視線を向けて切り出す。窓外から一望する街の景観は、以前と違いないように見えた。ただ、異変は確かにルシールも感じ取っている。厳密に言うと、彼に呼び出されて邸に向かうまでの道中で、おや、と思ったのだ。


「おかしいとおっしゃいますと?」


「賭場も花街も活気がない。商売にならねえ」


 彼らとしては商売がなくとも食っていけるだろう。上納品の五割は彼らやくざ者の手元に入り、好きなように住民に分配出来るのだから。金額を誤魔化す程度のこと造作もない。


 ルシールの考えを察したのか、頭領が続けて言う。


「上納品だけでも充分だが、こちとら賭場と花街は長年の商売だ。アガりがなくなったからお役御免(ごめん)ってワケにはいかねえ」


心中(しんちゅう)お察ししますが……わたくしを呼び出した理由が見えません」


「客が減った理由ははっきりしてんだ。お前さんもここまでの道中で見なかったか? 頭のネジがトんだ奴を」


 ルシールは頭領の目を見て頷いた。抽象的な言葉ではあるが、あの人々はそう評されるだけの存在だろう。


 頭領の邸へと向かうなかで、路地や道の端に座り込んでいる者が散見されたのだ。それだけなら浮浪者が増えただけと考えられそうだが、どうにも様子が違った。彼らは一様に恍惚とした表情を浮かべ、目にはなにも映っていないようだったのだ。怪しげな薬物によるものではなかろう。ルシールは彼らの頭部に、まとまった魔力の点を見出したのである。


「妙なクスリでも出回ってるのかと勘繰(かんぐ)って調査したが、どうもそのスジじゃねえ。クスリ以外でひとの頭をおかしくさせちまうモンがなにかは、おおかた推測出来た」頭領はルシールを睨む。「余所(よそ)の魔術師を雇って調べさせたら、ブッ飛んだ連中は全員、洗脳魔術にかかってるって話だ。ただ、人数がおかしい。その魔術師が言うにはだな、洗脳魔術には面倒な手続きが必要らしいじゃねえか。それを大人数にやれるか? 仮にひとりひとり洗脳したとしよう。何度も怪しい動きをしてる奴がいりゃあ、(めん)は割れる。ところが、そいつの尻尾が掴めねえ。そこで、魔術師に徹底的に街を調べてもらった。かなりの金を積んでな」


 頭領の話は(すじ)が通っている。魔術的にも正しい。洗脳魔術には一定の手続きが必須。大勢に(ほどこ)すのは困難だ。


「……それで、なにか見つかりましたか」


「魔紋って知ってるよな? お前さんは魔術師だ」


「ええ。存じております」


 心臓が鼓動している。痛いくらい。


「この街の要所要所に、洗脳魔術の魔紋が仕掛けられてた。魔術師も驚いてたなあ。前代未聞だ、って。そりゃそうだ。手続きありきの魔術が、魔紋ひとつで拡散出来ちまうんだから。踏むだけでイカれちまうなんて最悪だと思うだろ。悪戯(いたずら)にしちゃタチが悪い」


 洗脳魔術の魔紋。しかも条件は踏むだけ。


 どれだけの知見があれば実現出来るだろう。少なくとも、首都ラガニアをはじめとする各地の魔術学校で勉学を積んだ者には出来ない。洗脳魔術がいかにおぞましい代物か教え込まれているはずだから。


 膨大な知識を溜め込み、なおかつ独学で研鑽(けんさん)した者の仕業(しわざ)であると考えるべきだろう。


「魔術師に街中(まちじゅう)の魔紋を消させて、洗脳にかかった連中ももとに戻してもらった。するとどうなったと思う?」


 全員戻したわけではないのだろう。でなければ、路上で(ほう)けている人々が残っているはずもない。一部の者だけ解除したというわけだ。


「いえ、想像もつきません」


「数日後に自殺した。遺書はない。ただ、死に目に居合わせた奴の話が聞けた」


「なんとおっしゃってましたか?」


「幸せを返してくれ」


 ルシールはしばし目を瞑った。


 幸福の追求が呪いに化けるという皮肉に言葉もない。


「で、お前さんを呼び出した理由だが」


 ルシールは目を開け、頭領の視線を受け止める。そこに怒りは見受けられない。底知れない、冷えた光が宿っていた。


「魔紋を作った犯人を捕まえて差し出せ。また魔紋を描かれちゃかなわん。それに、落とし前をつけさせなきゃいけねえ」


「……善処(ぜんしょ)します」


「自殺した奴はオレの古くからの友人だ。相手が誰であろうと容赦はしねえ。……半年。半年以内にそいつをここに連れてきて、正式に詫びを入れてもらう。なに、命までは奪わねえよ」


 ルシールは粛然(しゅくぜん)と一礼し、その場を去った。


 頭領にはもう分かっているんだろう。この街はどこもかしこも彼の手下の目がある。イアゼルが魔紋を描いたことを突き止めたうえでの要求だ。命以外のあらゆるものを根こそぎ奪われる羽目になる。もし今日イアゼルをここに連れてきていたのなら、どうなったことやら。


 帰路、ルシールは呆れと喜びと怒りで胸がはち切れそうだった。


 イアゼルは天才だと証明された。ただし、一般的な倫理観を持ち合わせていないことも同時に証明されたのだから。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『魔紋(まもん)』→魔術の応用技術のひとつ。壁や地面に紋を描き、そこを介して魔術を使用する方法。高度とされている。消費魔力は術者本人か、紋を描いた者の持つ魔力に依存する。詳しくは『186.「夜明け前の魔女」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『洗脳魔術』→魔術の分類のひとつ。読んで字のごとく、対象を洗脳するための魔術


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より

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