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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌㉚ ~流刑地訪問~」

 馬車の窓外には色気のない砂地が広がっており、遠くの緑も目を癒やす材料にはならない。平凡で退屈な旅だったが、イアゼルは終始嬉しさを隠さなかった。


「見て、ルシール! 壁だよ!」


 窓外に顔を突き出してみると、遥か遠くに壁が屹立(きつりつ)している一角が確かにあった。


 あれが流刑地。あのなかにロゼッタはいるのだ。帰ることを許されない身で。


 濃く深い息が、自然とルシールの口から漏れ出す。


 流刑地への訪問にあたり、()の地の運用について詳細を調べるところから今回の旅がはじまったと言っていい。流刑地は首都ラガニアの管轄地(かんかつち)だが、実質的に放置されており、それをヴラド公爵が追放者の行き先として――文字通り流刑地として――運用するようになったのは遥か昔のことだ。流刑地内は『毒色(どくいろ)原野(げんや)』に接する森林地帯を除き、魔術を通さない壁で囲い込まれている。ならば原野を経由して潜入することも出来るのではないかと思われたが、あまり現実的ではない。ラガニアの一般的な土地と原野とは壁で(さえぎ)られている。流刑地から離れた壁ならば特に細工はないものの、流刑地付近の土地と原野とを(へだ)てる壁には同種の魔術壁があった。細工なしの壁を登って原野経由で流刑地に入るなど、危険極まりない。万が一にもイアゼルに毒霧を吸わせるわけにはいかないのだ。


 流刑地への入り口はたったひとつの門であり、常に複数人の門番が常駐しているとの話だ。壁の建設から門番の配置に至るまで、すべてヴラド公爵が首都ラガニアに代わって実施している。土地の権利こそ持たないものの、実質的にヴラド公爵の領地と言えるだろう。


 流刑地へ入る方法はふたつ。


 ひとつは運用の目的通り、流刑者となること。ヴラド公爵に一定の金を納めることで流刑者を放り込める。表向きは貴族の証書が必要とされていたが、実際のところは謎だ。それなりの金を積めば誰であれ流刑地の利用は可能だろう。アルブル侯爵は正当な手続きと応分の支払いで、ロゼッタを()の地に幽閉したわけだ。


 流刑地へ入るもうひとつの方法は『慰問(いもん)』と呼ばれている。貴族の証書と身分証、そして金を渡せば出入りが許可されるのだ。もちろん、流刑地に足を踏み入れてからの身の安全は保証されない。内部に警備兵がいるわけでもない。入ったときと同じ身分証を見せれば出ていけるし、入ったものが二度と門をくぐることがなくとも知らぬ存ぜぬだ。事前にその旨の書類に署名が必要となる。


 今回の流刑地への慰問にあたり、ルシールは一ヶ月かけてアルブルの書斎に日参(にっさん)した。証書には侯爵の(いん)と署名が必要となる。領地管理の()ね合いでイアゼルの印はルシールが所持していたし、署名だって誤魔化しが効く。領地の査察という名目で十日ほど留守にしたところで問題にはならないが、それでも彼女は正攻法を選んだ。露見(ろけん)する可能性がいくらでもある以上、真っ向勝負以外は悪手と考えたのである。


 当然のごとく強烈な反発にあったのだが、最終的にアルブルは渋い顔で印を叩きつけるように()し、署名し、身分証の用意までしてくれた。このままではイアゼルが精神的に崩壊しかねないとまでルシールが口にしたのが効いたのだろう。大袈裟な表現ではない。イアゼルの執着を解決しない限り、彼の心に安寧(あんねい)は訪れないと判断したのだ。


 かくして流刑地への慰問が決定したのである。フラティリアからは直線距離でそう離れてはいないものの、間に急峻(きゅうしゅん)な山脈があり、迂路(うろ)をたどる必要がある。その過程でヴラド公爵領に入り、最終的には流刑地へ。往路(おうろ)だけで五日間を要する旅だった。


 馬車を降り、イアゼルを(ともな)って門へと向かう。砂混じりの風が鬱陶(うっとう)しかったが、イアゼルはスキップしていた。もうすぐ待望の母親に会えるのだから、心が弾むのも仕方ないことである。ルシールは門番に金貨百枚を渡し、ヴラド公爵直筆(じきひつ)――という名目の『この者の身の証だてをする』旨の身分証や、アルブル侯爵の証書を見せた。


「それじゃ、ここにサインをお願いします」


 ツンツンと髪を尖らせた、いかにも怠惰そうな門番が一枚の紙切れをルシールとイアゼルそれぞれに手渡す。イアゼルがろくに中身を読みもせずサインするのを横目に、まったくこの子は、とルシールは内心で呆れた。紙切れには、流刑地で起きた一切の不都合について首都ラガニアならびにヴラド公爵は(せき)()わない、とある。また、流刑地に関して首都ラガニアならびにヴラド公爵に不利益が生じた場合、本書に記名する者が一切の責任を負う、とまであった。要するに、お前たちになにがあっても責任は取らないが、こちらに被害が出たら容赦はしないというわけだ。アンフェアだとは思わない。契約書など大抵このような代物だ。


 ルシールが署名を終えると、重厚な鉄扉が開かれ、その先にもう一枚の鉄扉が見えた。ひとつめの鉄扉を抜けると門は閉じ、しばしの()を置いてもう一枚の鉄扉が開かれる。一瞬暗闇に閉ざされた目に、再び入り込んだ日光が眩しい。


 流刑地はそれまでの砂地とは違い、じめじめした土が広がっていた。原野の方面には鬱蒼(うっそう)とした森が広がり、反対側には小規模な村が見える。流刑地内に村があるとは思っていなかったが、考えてみれば自然なことだ。追放者たちが生きていくためには当然飲み食いが必要である。そしてそれは、個人で(まかな)うよりも集団でおこなうほうがよほど良い。


「イアゼル様。あの村に行ってみましょう」


「う、ん」


 イアゼルの返事は今ひとつ煮え切らなかったが、目は輝いている。彼の手を引き、早速村を目指した。


 流刑地内には村が三つあり、どの住民も二人を(なご)やかに迎え入れた。慰問の理由を口にして、イアゼルに似た者はいないかと問うて回ったのだが、誰ひとり心当たりはないという。午前に到着して、ほぼ半日を費やして村々をめぐったものの、成果は得られなかった。ロゼッタの姿は見ず、彼女とそっくりのイアゼルの顔にもピンとくる者は皆無。


 流刑者は老若男女様々だったが、ルシールがどうにも奇妙に感じたのも無理はない。ロゼッタが追放されたのは十数年前の話で、当時のことを覚えている者がいても不思議ではないのだ。しかし誰ひとり記憶していない。


「この土地に来て、十年以上暮らしている方はおられますか?」


 みっつめの村を訪問した際、農作業に精を出す老人にそう問いかけた。


 彼は身体を伸ばして汗を拭くと、何気ないように首を横に振って語った。


「いないねえ、そんな奴は。ここで九年暮らすと、森に連れてかれるんだ」


「……森に?」


「ああ。見ての通り、広い土地じゃない。食える人数も決まってる。だから森に住む奴が原野に放り出すのさ。口減らしだよ。大人も子供も関係なく、きっちり九年。それでおしまい。まあ、なんだ。追放されて九年も生き延びられたんだ。悔いはないよ」


 男は今年の暮れに九年目を迎えると付け加えて、農作業に戻った。


 彼の言葉が真実なら、ロゼッタはとうに毒霧のわだかまる原野に放り出されたのだろう。つまり死んだわけだ。


 イアゼルが母の生存を告げたのは彼が十一歳になる手前のことである。悲惨な昼食会で口にした『生きている』という言葉も、やはり思い込みだったのだろう。


「イアゼル様、残念ですが――」


「森に行こう。ねえ、お願い、ルシール。森に行こう」


 こちらの返事を聞く前に、イアゼルは森の方角へと歩みはじめていた。仕方ない。彼が納得するまでは付き合うべきだ。死を受け入れるのは簡単ではない。ルシール自身、よく分かっている。


 森林地帯は奥へ行くにつれ、原野が近くなる。森の末端は崖になっているようだが、それでも安全とは言えまい。ほどほどのところで引き返すべきだったが、イアゼルの歩みは止まらなかった。迷っている様子もない。目指すべきところをちゃんと知っている者の足取りだった。


 やがて巨木の根本でイアゼルは足を止めた。天を覆い尽くすほど枝葉を茂らせた巨木は、頂点がどこまで続いているのか定かではない。今は夕暮れ時のはずだが、周囲は夜さながらの暗さを(たた)えていた。


「イアゼル様?」


 呼びかけても返事はない。彼はじっと自分の足元を見つめている。視線の先を追ってもなにもない。表情は真剣そのもので、とてもじゃないが母の死を悟った者のそれではなかった。


 不意に枝葉を揺らす音がして、見ると、灌木(かんぼく)の影からひとりの男が姿を現した。平凡な顔立ちで体躯(たいく)にも優れたところは見出せないが、帯剣している。


「あんたら、そこでなにを――」イアゼルの顔を見て、男の声が詰まった。ハッしたような顔は、しかし一瞬で消え去る。「なんの用だ」


「わたくしたちは慰問に参ったのです。貴方こそ森でなにを?」


「獣狩りだ」


「そう……。ところで貴方は、この方のお母様をご存知ありませんか?」


 イアゼルを手で示すと、男は(いぶか)しげな顔をした。


「流刑者なのか? 何年前にここに来た?」


「十年と少し前かと」


「なら、原野に放り出されたろう。残念だが、もう死んでる。分かったら諦めて帰りな。ここいらは危ない。毒霧もそうだが、夜になりゃ魔物も出る」


 男はぞんざいに言い捨てた。


 彼の言う通り、いい加減潮時だろう。イアゼルの手を引いて帰ろうとしたのだが、それより先に、彼に動きがあった。


 イアゼルの指が自分の足元を()す。


「ねえ、おじさん。()に連れてって」


 沈黙を、虫の鳴き声や風にざわめく葉擦(はず)れの音が埋めている。


 やがて男は断固たる口調で言い放った。


「下がなんのことなのか、俺は知らねえ。仮に下ってモンがあっても、あんたらに入る資格はないだろうよ。流刑者でもないあんたらには。……もう帰れ。これ以上この土地に干渉(かんしょう)するな」


 その言葉を最後に、男は去っていった。


 イアゼルはしばし無言で地面を見つめていたものの、やがてルシールの手を取って帰路についた。なにも言わず。彼の目尻に涙が溜まっていることは分かったが、慰めの言葉は(かえ)って毒だと思った。


 帰りの馬車で、イアゼルは空中に絵を描いた。真円の内側に複雑な紋様(もんよう)()らした絵。魔力が知覚出来なければ決して()えない秘密の絵だ。


「ねえ、ルシール。これ、なんの魔紋(まもん)か分かる?」


「かなり複雑ですが、おそらく転移魔術の魔紋ですね」


「やっぱり、そうなんだ」


 イアゼルは遠く窓外を見つめていた。原野の方角を見ているようだが、視線は遥か先をたどっていたとしても別段不思議ではない。原野の先、グレキランス地方へと意識を集中させていたとして、誰がそれを分かってあげられただろう。


 イアゼルがぽつりと口にした呟きは、窓外から吹き込む風の(うな)りに遮られて、ほとんどルシールの耳に入らなかった。


 転移魔術。地下空間。流刑地からは入れない。


 かろうじて、その三つの言葉が聞き取れたくらいである。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『毒色(どくいろ)原野(げんや)』→人も血族も住まない荒廃した土地。グレキランスの人間は『中立地帯』と呼んでいる。夜会卿の統べる都市とキュラスとの中間に広がった荒野を指す。常に濃い靄に覆われており、毒霧が発生しているとの噂がある。霧は一定周期で晴れる。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』にて


・『魔紋(まもん)』→魔術の応用技術のひとつ。壁や地面に紋を描き、そこを介して魔術を使用する方法。高度とされている。消費魔力は術者本人か、紋を描いた者の持つ魔力に依存する。詳しくは『186.「夜明け前の魔女」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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