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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌㉗ ~不穏な昼食会~」

 窓辺の黒百合が三輪となり、春が来た。イアゼルはあと数ヶ月で十一歳になる。ウィステリアでは東の男が町長を続投することとなった。さしたる上納額の上昇もなく次の三年間を手にしたあたり、上手く立ち回ったのだろう。開墾(かいこん)はあらかた済んでおり、ルシールの読み通り収穫も上々との話。ウィステリアは安泰(あんたい)だろう。()の地を(なら)って、これまで面積を(おさ)えて減税に励んでいた町村も開墾のために動き出している。殊勝(しゅしょう)なことだ。


 そんな(うら)らかな春の一日。昼食の席では重苦しい空気が場を支配していた。上座のアルブルは黙って腕組みをしたまま、料理に口をつけようとしない。レベッカは伏し目がちで、時折困ったようにルシールに視線を投げる。どうにかしてよ、とでも言いたげに。ブラン少年はただでさえ醜い顔を歪めて末席を睨んでいた。周囲に(はべ)る侍女たちは緊張を隠さない。


 そんななか、イアゼルだけは頑張って笑顔を作っていた。




 一週間ほど前、イアゼルが兄に会いたいと切望したのである。何度も、何度も。ルシールは(なだ)めすかそうとしたものの、折悪(おりあ)しくレベッカが離れの戸を叩いたのだ。独特なリズムの扉の叩き方は彼女の来訪を告げるものである。


 ルシールはイアゼルに大人しくしているよう言い聞かせ、戸外(こがい)で面会した。随分とばつの悪そうな顔をしているレベッカと。彼女としては、いつものごとく愚痴でも吐き出しに来たつもりが、イアゼルの主張を耳に入れてしまったらしい。


『ねえ、ルシール。アタシとしてはイアゼルをブランに会わせるのは反対よ。二人きりにするわけにもいかないし、アタシも同席しなきゃいけない。正直、気詰まりだわ』


『ええ。分かってる。あの子の我儘(わがまま)を叶える必要はない』


『うん……でも、アンタに返さなきゃならない恩がある。なんとかするわ。いつかは会わなきゃならないんだもの。遅すぎるくらいよ』


 このレベッカの態度には、ルシールのほうが(かえ)って当惑した。明るい見通しがないのだ。そもそもレベッカが離れに(しげ)く通っているのは、もはや侍女たちには公然の秘密だろう。そこに家督(かとく)()ぐ定めにあるブランが(おもむ)くとあれば、こっそりというわけにはいかない。当然ながら事前にアルブルの耳に入る。彼の内心は知る(よし)もないが、いまだに離れに留めているあたり、イアゼルの存在を(うと)ましく思っているのは想像に(かた)くない。ブランが太平無事に育っているならなおのこと。


『いいアイデアだとは思わないわ。それに、ブラン様はイアゼル様のことをちゃんと知ってるの?』


『それも説明するわ』


『まさか……弟の存在を知らないなんてあるわけないわよね?』


『……ごめんなさい』


 きまり悪そうに呟くレベッカに、ルシールは閉口してしまった。臭いものに蓋をする心理は理解しているが、いつかは露見(ろけん)するわけで、不用意にもほどがある。とはいえレベッカを責めたところで(えき)もない。


『とにかく、イアゼル様のことはブラン様に伝えておくべきね。その反応次第じゃないかしら』


 その場はそれで解散となったのだが、数日後にヨームを(かい)して昼食会の招待状が届いたのである。場所は本邸。不穏な予感を覚えつつ、イアゼルに委細(いさい)を話したところ、彼は嬉々としていた。ルシールの憂いなど(つゆ)知らず。


 かくして剣呑(けんのん)な昼食会が(もよお)されたわけである。




 沈黙の領する一場で、ルシールは仕方なしに口火を切った。


「こちらがイアゼル様です。ご承知の通り、アルブル様の実子であり、ブラン様の弟君(おとうとぎみ)でございます。わたくしは乳母のルシールと申します。この日までの無沙汰(ぶさた)を何卒ご容赦くださいませ」


 ブランへと慇懃(いんぎん)に頭を下げたルシールと比して、イアゼルは呑気なものだった。「よろしく、お兄さん。パパ。レベッカさん」


 室内は水を打ったように静まり返った。ブランは一体なにを吹き込まれたのか、イアゼルを睨むばかり。


 しばしの時間が()ってから、アルブルが不意に立ち上がった。そしてイアゼルとともに末席に座すルシールの横までわざわざやってきて、無表情で見下ろす。


「ルシール。お前はどういう教育をしているのだ。口の()き方も知らんのか」


「……申し訳ございません」


「パパ! ルシールをいじめないで! ルシールは悪くない」


「黙れ! ……それに、実の母を名で呼ぶとは……どういう料簡(りょうけん)だ」


「アルブル様!! すべてわたくしの教育の――」


 ルシールは必死で(さえぎ)ったつもりだったが、甲斐(かい)はなかった。爆弾のごとき言葉がなんの(よど)みもなく、イアゼルの口から放たれてしまったのである。


「レベッカさんはママじゃないよ」


 まだ幼さの残るその声は、凛と食堂に染み渡る。訪れた静寂のなか、誰も口をつけていない料理の数々が、複雑に混じり合って匂いを充満させていた。香ばしく、刺激的な、爽やかで、脂っこい、整うことの決してない匂い。


 レベッカは苦々しい顔を浮かべ、ブランは今にも飛びかからんばかりに身を乗り出している。アルブルはというと、最前の無表情が嘘のように怒りを顔面全体に(みなぎ)らせていた。


 アルブルがいると分かっていれば、事前に口封じしたものを。ルシールは内心で溜め息をつく。これまでイアゼルと没交渉だったアルブルが、まさか昼餐(ちゅうさん)に姿を見せるとは思っていなかった。てっきりレベッカの計らいで、彼女とブラン、そしてイアゼルとルシールの四人だけになると予測していたのだ。


 冷静に考えてみれば迂闊(うかつ)そのもの。


「貴様……イアゼルになにを吹き込んだ!!」


 言葉の直後、頬を張られてもルシールは一切揺るがなかった。心は。


 身体はそのようには出来ていない。老人の張り手が思いのほか強くて、彼女は床に倒れた。


 自分とアルブルとの間に割って入り、(かば)うように両腕を広げるイアゼルの背が見える。今彼はどんな表情をしているのだろう。それだけが気がかりだった。


 兄に会えるのを彼がどんなに喜んだことか。きっと父親であるアルブルの同席も嬉しく感じたに違いない。それがこうして台無しになり、きっと傷付いている。この出来事を癒やしてやるのは相当な難事(なんじ)だ。


「その女のことを母親だとでも思ってるのか? そう教わったのか? ルシールは単なる乳母だ。貴様の母親ではない!」


「知ってる。ぼくのママはここにはいない」


「なら、誰が貴様の母だと言うのだ!」


「ここにはいない。この街にも、領地にもいない」


 アルブルが射殺すような目付きでルシールを見ていた。ロゼッタについて口を滑らしたのかと、言外(ごんがい)の問いである。ルシールは音を立てないように首を横に振った。これまでイアゼルの耳に実の母についての情報が入ったことなど一度もない。庭師のヨームだって迂闊ではないだろう。


 イアゼルの指先が宙の一点を()した。もうすっかり大人びた指が、真っ直ぐに()る方角を示している。


 そういえば、とルシールは不思議に思った。イアゼルには、彼が侯爵の息子である事実は教えているものの、当の侯爵の顔については一切見せていない。アルブルを描いた絵画なんてどこにもないのだ。つまり彼はアルブルとはこれが初対面のはず。なのにどうして、アルブルを『パパ』と呼べたのだろう。


「ママは遠くにいる」


「死んだとでも言うのか?」


 生きているか死んでいるかという意味なら、ルシールはもちろん、アルブルだって知らないだろう。この邸の誰も知らない。この街の誰も知らない。知るはずがないのだ。


「今も生きてるよ。流刑地っていう場所で」


 イアゼルの声に嘘や強がりはなかった。長年彼の世話をしてきたルシールだからこそ分かる。


 彼だけは知っているのだ。ロゼッタが今も流刑地で生き続けていると。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて

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