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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌㉕ ~ウィステリア動乱 結~」

「――それが事の顛末(てんまつ)か」


 アルブルの書斎で例のソファに腰かけたルシールは、ウィステリアの領地経営者交代について大筋(おおすじ)を語り終えたところだった。部屋には西陽が射し込んでいる。冬の夕陽は(こと)に鮮やかで、室内を濃い橙色(だいだいいろ)に染め上げていた。


 ルシールが淡々と報告する間、アルブルが退屈した様子はなかった。興味津々というわけではないが、顔色ひとつ変えず、しかし眼光だけは鋭利。


「それで、エンゾが失脚し、フラティリアから移住させたやくざ者が町を仕切ることになった、と」


「ええ。しかしエンゾさんが失脚したわけではございません」


蓄財(ちくざい)をやくざ者に根こそぎ持っていかれたのだろう? ならば再起不能だ」


 昨日のエンゾの取り乱しようといったら、随分とみっともないものだったとルシールは思い出す。イカサマだなんだと騒ぎ立て、声の限り力の限り暴れたのだ。当然、東の男の忠実な部下と化した貧農に取り押さえられたが。


「いいえ。再起の道は残されたのです。ダンテの取り計らいで」


 それは『取り計らい』と呼ぶにはあまりに不器用なものだったが。


「お前が何年もかけて仕込んだ西の若造か。財産を失ったエンゾに手を差し伸べるなど、どうかしている」


「ごもっともです」


 ――エンゾさんの財産を全部奪うのは道義に(もと)る! 彼はずっとこの町を支えて来たんだ! 全部を奪うなんて横暴が過ぎる。


 ダンテの言葉だ。エンゾの財産をすべて没収すると宣告した東の男に対し、ダンテは一歩も引かなかった。愚直そのもの。だがしかし、次の主張はそれなりに住民の心に響いたことだろう。


 ――エンゾさんは最後の最後まで、金貨を最低限しか積まなかった。上納箱に関して、次期町長になるための策略があったとしても、彼がやったことはウィステリアの上納額を最小限に、つまり、この町の損失を可能な限り抑える行為でもあったんだ。だから、彼にはちゃんと相応の金貨を残してやってほしい。


 エンゾの強欲さは住民の知るところだろう。その富豪趣味も。彼が自分の利益ばかりを考えていたなんて見え透いているわけだが、あの日あのときあの場において、ダンテの言葉は説得力を持った。頭上にはルシールの表示した最終的な金額が誰の目にも映っている。東の男が納めた一万枚を除けば、総額は金貨一万六千一枚。ウィステリアが年度ごとに支払わねばならない額は一万五千。熾烈(しれつ)な競争を余儀なくされたこの一年において、エンゾがコントロールしなければ上納額は二倍や三倍では済まなかったろう。それらの損失がめぐりめぐって自分たちの生活を苦しめることにもなり得たのだと、町の人々は察したに違いない。代表者同士の私財の積み合いとはいっても、それらは最初からエンゾや豪族が所持していたわけではないのだ。もとをたどれば、ひとりひとりの労働の産物である。


 東の男はさして()を置かずダンテの()を認め、エンゾが再起可能な財産を残したのである。隠し金庫の(たぐい)がないかを厳密に(あらた)める前提ではあるが、邸の接収もしなかった。そしてエンゾを北区域の代表者として続投させると、東の男はその場で明言したのである。


「なるほど。牽制(けんせい)か」


「おっしゃる通り」


 東の男はエンゾに対して恩義など欠片もない。元町長を引き続き代表としたのは、北区域をエンゾから乗っ取ろうとする富豪たちへの抑止力となる。事実、エンゾの敗退が決定するや(いな)や、北の有力者は彼を冷笑したのだ。東の男の決定がなければ、すぐにも富豪たちは秘密の会合を開き、裏で結託し、三年後の町長の座を狙うべく行動したに違いない。ダンテの提案は東の男にとっても好都合。北の肥えたネズミを追い払うには悪くない材料だったろう。


「しかし、若造の工面(くめん)した金貨十万枚を奪い取ったのだろう、東のやくざ者は。それに加えてエンゾの財産があれば牽制など不要に思えるが」


「その十万枚ですが、やくざ者の(ふところ)には入りませんでしたよ」


「……若造の(つか)わした使用人が持ち去ったわけか」


「いいえ。強奪は確かにおこなわれました。東の男の忠実な手下によって」


「ならば、手下どもが大金を持って逃げたと」


「それも違います。十万枚は確かに東の男の手に渡りました」


「……すると、やくざ者の頭領に上納したのか」


「いいえ。そんなことが露見(ろけん)したなら、東の男は新町長としての立場を失うでしょう。いかに大金があろうとも人望なくしてウィステリアは立ちゆかない。なにせ交易の町ですから。信用あっての商売。それに、東の男は部下を動員するにあたって、金に訴えることはしませんでした。飢えた者には食事を提供し、貧農には格差是正(ぜせい)を約束して手駒にしたのです。未来を賭け金にしたとでも言いましょうか」


「金より情か。くだらん。それで、結局十万枚は誰の物になったのだ」


「ダンテです」


 エンゾの再起を約束させるだけではなく、ダンテは東の男に追加の要求をしたのだ。新町長として開墾(かいこん)を進めるようにと。


 ――全区域で開墾を進めれば、この町はもっと豊かになる。安定して上納品を納めることも出来る。全員が豊かになれるとまでは言わないが、少なくとも、路地で物乞(ものご)いをしなくちゃならないひとはいなくなる! 十年後、二十年後、ウィステリアはどの町よりも発展しているはずだ! そうなれば、侯爵領で不作になった土地を救うことだって出来る! 救われた土地が富めば、余剰分の食料が別の土地にめぐる。その食料で誰かが救われる。ウィステリアは良き循環の(かなめ)になるんだ! 恩を売るわけじゃない。侯爵領全体で恩をめぐらせることで、結果的に全体が豊かさを享受(きょうじゅ)する。その第一歩がウィステリアの開墾なんだ!


 この大演説に、ルシールは一ミリも心を動かされなかった。イアゼルの寝息のほうが聴きごたえがある。


 一方で町の人々はダンテに呼応(こおう)し、賛同の声を張り上げた。そこで東の男はダンテを開墾責任者に任命し、金貨十万枚の予算を与えると宣言したのだ。期限の(もう)けは無し。


 むろん、十万枚がダンテの懐に入ったとは言えない。あくまでも予算。必要に応じて領地経営者に申請して金貨を引き出すという仕組みなので、ルシールの仕掛けた上納競争に使うことは出来ないわけだ。ダンテがそれを嬉々として受け入れ、新町長と握手まで交わしたのは、なんとも奇妙な光景である。(つど)った人々は盛り上がっていたが。


「ルシール。お前としては業腹(ごうはら)だろう? 仮に若造が金貨十万枚を納めていれば、手柄は領地管理者のお前のものと認められただろうに」


 アルブルの試すような物言いに、ルシールは思わず微笑んだ。


「いいえ。不満などありません。むしろダンテの詰めが甘くて助かりました。十万枚はやり過ぎです」


「なぜだ? お前は恐怖政治がしたかったのだろう? 十万枚の上納額は侯爵領全体を震え上がらせたはずだ」


「滅相もございません。わたくしは、イアゼル様が(あなど)られない程度の脅しに済ませておきたかったのです。薬も過ぎれば毒。過度の恐怖は反乱の種になります。それにダンテと新町長の平和的な結託は、ウィステリアの安定を願う交易人にとって望ましいものです」


 東の男の狙いもそのあたりにあったのだろう。()の地はほかの町村との物品の架け橋になっているからこそ成り立っている側面がある。内憂(ないゆう)が消えたと示すには絶好の機会だった。


 とはいえ、それは表向きの話。今後ダンテも新町長も、北と南の富豪どもを黙らせなければならない。そのあたりの物騒な駆け引きはやくざ者の得意領域だ。


 アルブルは長いまばたきをして、チェス盤のキングを転がした。彼の側にあるキングだ。


「三年間。お前に課した領地管理の期間だが、これを反故(ほご)にする」


「……と、おっしゃいますと?」


「今後、イアゼルの領地はお前が管理しろ。期間の定めはない」


 きっぱりと言い切って、アルブルは鷹揚(おうよう)に笑った。この男のこんな態度はなかなか珍しい。ルシールも口元に手を添えて目を細めた。


 安定。彼女にとって目指すべきはそこだった。最初から。アルブルもまた同様だったのだろう。当然の話だ。


 ダンテの大演説は、言葉の熱量や『恩をめぐらせる』といった表現こそルシールに呆れをもたらしたものだが、言っていることは彼女の想いとそう変わらない。


 ウィステリアからの去り際、ダンテに声をかけられたときのことを思い出す。


乳母様(・・・)!』


『ルシールでいいわ。なにかしら、西の代表さん』


『おれは本気でこの町を、ひいては領地全体を救うつもりです』


『分かったから、早く開墾なさいな。全然進んでないじゃない』


『はい、頑張ります!』


 目を輝かせる開墾責任者に、ルシールは図らずも笑ってしまった。自分でも久しく耳にしていなかった、打算のない晴れた声で。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて

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