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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌㉔ ~ウィステリア動乱 転~」

 ウィステリアに冬が訪れ、深まっていく。雪がちらつく日がちらほらあったが、街路に積もることはなく、舗装されていない農地や家々の庭先が薄っすらと雪化粧をする程度。


 秋期にも冬期にもエンゾの協定が破られることはなかった。予定通り、上納品は金貨一万四千枚に達している。


 この(かん)、北のエンゾ、南の豪族、西のダンテは幾度(いくど)となく密会し次期町長の交渉をおこなったわけだが、誰ひとり折れない。冬期の上納額決定日――つまり年度の上納額が決する日を明日に控えた晩も同じだった。


「何度言ったら分かる!? 貴様らに勝ち目はない! ここで折れれば、町は余計な出費をせずに済むのだ!」とエンゾ。


 対する豪族は一歩も譲らない。


「金ならこっちにもたっぷりある。それに、次期町長になれば(ふところ)はすぐに温まるだろうな。領地経営者の資産は町の経営資金。つまりはエンゾ、お前の財産はそっくりそのままこっちのものになるのだ」


「ふん。ならば、そのたっぷりある金を吐き出すといい。貴様がその気なら町の資産をすべてぶち込んでやる。仮に貴様が上納額で勝利したところで、そうなれば得る資産はない。結局のところ、あの憎たらしい乳母の総取りだ」


 この金満家たちのやり取りにも慣れたつもりだったが、ダンテはいつものごとく溜め息をついてしまった。


「そんな破滅的なことはやめにしましょう。どうか冷静に。お二方は開墾(かいこん)を進めておられますか? まったくおこなっていないじゃありませんか! 誰よりも町のことを考えているのはおれです」


 開墾に関しては事実である。東の男とフラティリアで接触してから、ダンテは開墾費用を惜しみなく使って農地を広げていた。西に割り当てられた境界線全域までの開墾には道のりが遠いが。また、実際にやってみて分かったのだが、金貨一万枚は過剰だ。人件費はもちろん、治水(ちすい)を含めた整地、肥料やら作物の(たね)や苗といった諸々(もろもろ)の経費を合算しても金貨千枚で事足りる。一万枚というのは単に吹っかけただけなのだろうか。それともエンゾの懐から過剰な資金を放出させて、上納競争を過激にするためだろうか。ダンテにはどうにも後者が正しいように思えた。


「西の若造よ。我々は真面目な金の話をしているのだ。土いじりの自慢は西の者どもとやればいい」


 豪族はまったく相手にしていない。これもいつものことである。エンゾは言うまでもない。両者ともに、一次産業への意識は希薄なのだ。仲買いから受け取るマージンを増やせばいいだとか、峠に関所を(もう)けて通行料を取るだとか、交易人に交易税を課すだとか、そんなことばかり考えている。


 ダンテは彼らの態度に辟易(へきえき)していたのだが、それでも交渉のテーブルに着く意味はあった。彼らを牛耳(ぎゅうじ)れなければ、仮に町長になれたとしても領地経営はままならない。妨害工作は目に見えている。三年間、二人が虎視眈々と次の町長を狙うのは明白だ。そのためには手を尽くして金を掻き集めることだろう。領地経営で疲弊した自分に彼らを退ける力はきっとない。


 開墾なんてろくに進まないまま、目先の金策に走り、結果としてこれまで町を支えてきた交易そのものも目減りするだろう。新たな交易地点が作られれば町全体が一気に痩せ衰えていく。あとに残るのは廃墟だ。


 ダンテは奥歯を噛みしめ、拳を握った。そうして内心で呼びかける。


 ――ルシールさん。貴女はおれに復讐するために町ひとつを潰すつもりなのですか? 金と、おれの命だけでは満足していただけないのですか?




 翌日は町の上空を分厚い雲が覆っており、気温も今年一番の低さだった。にもかかわらず、町にはひとが(ひし)めいている。中心地へ至る四方の街路は身動きが取れないほどの状態だった。肝心の中央広場――四つの木箱が存在する場所だけは閑散としている。噴水を(へだ)てて立つのは三人だけ。北のエンゾ。南の豪族。そして西のダンテ。エンゾも豪族も、木箱の周囲にずらりと鞄やら長持(ながもち)を並べている。なかにはぎっしり金貨が詰まっているに違いない。それに比べるとダンテは貧相なものである。旅行鞄ひとつきりだ。


 早朝からずっと睨み合いが続いており、昼過ぎになろうとしていた。この間、上納は一切おこなわれていない。意志を確かめ合う言葉さえろくに交わされなかった。


 不意に、人垣を割ってひとりの男が現れた。特徴的な垂れ目の男は丸パンを片手に悠々と歩み、やがて噴水に設置されたベンチに腰かけて、もそもそと食べはじめた。


 あちこちでざわめきが起こっている。それも当然だ。


「今更なにをしに来た!」


 エンゾが怒鳴ったのも無理はない。これまでずっと姿を見せなかった東区域の代表者が、ここ一番という場面で現れたのだから。


「なにって見物だよ、見物。安心しろよ。俺は木箱に指一本触れない。あんたらの喧嘩を最前列で見たいだけだ。こんな機会滅多にない」


 へらへらと言ってのけた男に、ここぞとばかりにエンゾと豪族が罵倒を浴びせる。お互い、はけ口が欲しかったのだろう。しかし甲斐(かい)はない。男は罵詈雑言すら愉快そうに聞き流しているのだから。


 時間は刻一刻と過ぎていく。


 締め切り時刻まで一時間を切ったところで、ようやく動きがあった。南の豪族が木箱の蓋を開け、口の開いた手提げ鞄を持ち上げると、中身を一気に投入したのだ。黒の鞄から吐き出された金色(こんじき)の濁流が人目を奪う。蓋を閉めると、しばしの()を置いて金貨千枚分が箱に計上された。


 エンゾが呼応するように金貨を(なげう)ち、金積み合戦になるかと思われたが、豪族の資金投入に対して現町長は動じなかった。


 エンゾが深い溜め息をつき、両手を上げたのは締め切り時刻まで残り十分となってからである。


「降参だ。ワシはもう引退する。長らく町長を務めてきたが――」


 エンゾの足がゆっくりと噴水へと運ばれ、水煙の向こうで豪族と相対(あいたい)す。その顔には、ある(しゅ)爽快な疲労が(にじ)んでいた。


「もうたくさんなのだよ。豊かさなど仮初(かりそめ)だ。おい!」


 振り返ったエンゾの呼びかけに、武装した男たちが現れる。彼らは北の木箱のそばに(はい)された長持のいくつかを開けて見せた。ものの見事に(から)である。


「見ての通り。ワシはもうほとんど文無しだ。実のところ、昨年の族の襲撃で資産のほとんどを使い果たしたようなものなのだよ。それに加えて開墾費用まで支払った。余力はない」


 誰もがエンゾか、あるいは空っぽの長持に目を向けていたことだろう。現にダンテがそうだった。豪族も同様。ゆえに、気付かない。


 生木(なまき)を裂くような音が三方で上がった。南、西、東の木箱が同時に破壊されたのである。いつの間にか木箱に寄っていたエンゾの手下によって。


 エンゾは俊敏に(きびす)を返すと、手提げ鞄をひとつ、蓋を開けた北の木箱に放り込んですぐさま閉じた。締め切り時刻まで残り五分といったところである。


 やや間を置いて、表示された額は六千一という数字。南の豪族を金貨一枚だけ上回っていた。


 呆気に取られていた豪族だったが、やがて喜色満面へと推移する。


「馬鹿め! お前は木箱の賠償金ひとつにつき金貨千枚と自分で言ったのを忘れたのか? 木箱みっつを破壊したことで、お前の積んだ金額は合計で金貨三千一枚になる!」


 エンゾはいかにも慌てた様子で手提げ鞄を持ち上げたが、今度は豪族の配下の者に羽交い締めにされた。


「やめろ! 離せ!」


 エンゾがいかにも必死に叫ぶ。残り三分。


 そのとき、群衆のなかから放物線を描いて飛翔した影があった。それは噴水の上空数メートルの地点で(とど)まる。重たい黒のワンピースを()した女性と、彼女に手を引かれた金髪の少年。


「ルシールさん……」


 ダンテは呆然と呟いていた。いつの間に来ていたのか分からないが、この群衆である。今朝は馬車がいくつも到着して、周囲の町村の富裕層まで見物に来ていたのだ。二人に気付かずとも不自然ではない。


 ルシールの姿に気付いた豪族は声を張り上げた。


「新領主殿! 奴は木箱を破壊しました! 賠償金は上納額から差し引かれる! そうですね!?」


「そんなルールありませんよ。誰の口から聞いたのですか。それより、暴力は看過(かんか)出来ません。エンゾさんを解放なさってください」


 エンゾがすぐに解放されたのは、なにもルシールが命じたからではないだろう。もう拘束する必要のないことが彼女の言葉で明らかになったのだ。


 顔面蒼白になった豪族は、なにやら言葉にならない言葉を呟いている。


 エンゾはというと、普段の傲慢(ごうまん)さを取り戻していた。


「大馬鹿者め。又聞きの情報を鵜呑みにするなど愚かしい。デマに踊らされる愚者に町長は務まらん! 頭の悪い奴に領地経営など百年早いわ! おっ! 時間だ! 時間になったぞ! ワシの勝ちだ! 勝ちだ!! 勝ちだ!!!」


 勝ってしまった。そうダンテは独白した。なにも進展しないままに勝ってしまった、と。


 ダンテが故郷で仕込んだのは、締め切り直前での金貨の大量投入である。むろん、木箱ではない。初夏に試した通り、使用人を利用しての、フラティリアへの直接上納である。孫を溺愛する祖父に頭を下げ、工面(くめん)してもらった額は金貨十万枚。あまりに過分な額だが、それはこの際、ダンテにはどうでもよかった。多くの金貨がルシールの手元に入るのなら悪いことではない。むしろ必要だと思っている。一家崩壊の賠償には充分だろうが、それで(あがな)いになると考えないあたりに、ダンテの屈曲した性質があった。


 やがてルシールは()いた片手で空を撫でた。そこに表れたのは各区域の上納額である。


「結果はご覧の通りです」


 北区域、六千一枚。


 南区域、六千枚。


 西区域、四千枚。


 東区域、一万枚。


 総額、金貨二万六千一枚。


「次期領地経営者は、今日このときをもって東区域の代表者といたします」


 空を見上げてダンテは呆然としていた。納められるはずの金貨がなぜ計上されていないのか。十万枚の金貨はどこに消えたのか。


 賊を操っての襲撃はフラティリアのやくざ者のお家芸(いえげい)だ。東区域の代表もその一派である。東区域の農民を武装させ、賊として利用するなんて造作もない。


 春期の奇妙な端数(はすう)はダンテをフラティリアの役場に呼び込むための罠であり、同時に、彼の頭に故郷からの直接上納というアイデアを植え付けるための戦略だったのだと、のちにダンテは悟った。


 エンゾもまた、冷静になった頃に思い知ったものである。契約締結からほどなく届いた書類こそが罠だったのだと。質問と応答。それらはすべて競争のルールを偽りなく明かすものだったが、問われていない問いこそ重要だったのだ。上納箱の活用法ばかりが質問されていたのは、エンゾをこの地に釘付けにするためだと気付くべきだった。そして木箱の破壊というルールを逆手にとって、無駄金の消費を(おさ)えるエンゾの性格まで読まれていたことにも。そして書類がエンゾのもとに届いたのも決して偶然ではない。郵便物の配達人が北区域の者だと知ったうえでのことだ。契約締結からほどなく封蝋(ふうろう)付きの重要な郵便が東の男に宛てられたとなれば、即刻エンゾのもとへと横流しされる。献上品としては充分過ぎる品なのだから。


 それらの策を張り巡らしたうえで、東の代表者はエンゾから(ほどこ)された金貨一万枚に一切手を付けず、東区域の部下を使って締め切り直前にフラティリアへ直接上納させただけのことだった。

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