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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌㉓ ~ウィステリア動乱 承~」

 エンゾの提案した協定は主に三つである。


 ひとつ。夏期と秋期はそれぞれ金貨千枚で足並みを揃えること。東区域はもはや脱落しているので実質三区域で納めることとなり、秋期には総額で金貨一万一千枚となる。冬期も最低限、金貨千枚を納めることとする。これで一万四千枚。


 ふたつ。冬期の上納締め切り時刻まで平和的に交渉をおこない、次期町長と決まった者は残りの千枚を負担する。西区域は現時点で金貨千枚分遅れているが、少し()ぎ足せばトップになれるので、さしたる問題にはならない。もし締め切り日までに交渉がまとまらなければ、やむを得ないが、上納品の積み上げ合戦になる。


 みっつ。上納品を箱に納めるのは区域の代表者のみとする。これは自分の区域を勝たせようとする勢力を(おさ)え込み、余計な過熱を防ぐ目的だ。


 エンゾの見立て通り、南の豪族も西のダンテも、この協定に合意を示した。豪族としても余計な出費は抑えたいだろう。西の若造は金銭面で北と南に劣っている以上、この提案に食いつくしかない。交渉次第では町長になれるチャンスがあるのだから。もっとも、エンゾとしては譲るつもりなど一切なかったが。


 そして情報もきっちり撒いておいた。


「協定を結んでくれたからこそ教えておくのだが、乳母の設置した木箱は壊さぬように。壊した際の罰金は金貨千枚だそうだ。例の新契約が締結されたときに釘を刺されたのだよ。あんたがたは知らんだろう。なにせ、交信魔術を切ったあとに、脅しみたいに言われたからな。それだけワシが物騒に見えたんだろう」




 かくして、一同は散会した。


 やがてめぐってきた夏期の締め切り時刻、三方の金額はエンゾの協定通り、それぞれ金貨千枚だった。そして誰ひとり協定を破っていないこともエンゾは知っている。配下の者に町の中心の木箱を常時見張らせたのだ。代表者以外には上納箱に触れていない。ただ、エンゾの預かり知らぬところで暗躍していた人物がいる。


 西のダンテだ。




 ダンテは今回の競争に関して、ルシールから事前になにも知らされていなかった。この点は東の代表者と同様である。何年も潜伏して彼女の目と耳になったというのに、この仕打ちを物悲しく感じたものだ。契約締結の前日にも交信したというのに。


『ご機嫌よう、ダンテ。今大丈夫?』


『ルシールさん! ええ、もちろん大丈夫です。直轄地(ちょっかつち)化のことですよね? ウィステリアの上納品をゼロにした以上――』


『ふふ』


『……おれ、なにかおかしなこと言いましたか?』


『いいえ。でも伝えたいのはそのことじゃないの』


『なんでしょう』


『今後一年は交信しないで頂戴。ウィステリアにも魔術師がいるでしょう? いくら隠蔽(いんぺい)しているといっても、交信している事実までは隠せないわ。余計な疑いの芽は()んでおかなくちゃ』


『それは今にはじまったことではないと思いますが……。なんでこの先一年なんです?』


『内緒』


『ルシールさんはそればっかりだ……。まあ、分かりました』


『それじゃ、おやすみ。ひとつ忠告を。……死ぬ気で生き残りなさい。知恵を振り絞って』


『それはどういう――』


 そこで交信が遮断され、それきりになっている。彼女の思惑は翌日明らかになった。領地経営者交代制度。交信魔術の内容は傍受(ぼうじゅ)されずとも、交信している痕跡があれば()らぬ疑いをかけられる。あくまでもウィステリアの各区域に対して中立を(たも)つなら、前夜におこなわれた彼女の交信内容も頷けるものだった。それでも、と思わずにはいられない。せめて事前にこうなることを教えてくれても良かったんじゃないかと。


 期待されていないのかもしれない。でも、思い直せばあの忠告はメッセージとも受け取れる。自力で領地経営権を勝ち取れと。ウィステリアの開墾(かいこん)は、なにもこの土地だけを潤すわけではない。ほかの町村への助けにもなる。今後飢饉(ききん)(おちい)った町村を救える。彼女の一家が破滅した直接の原因は自分の祖父の非道にあるが、もとをたどれば不作が影響しているのだ。ウィステリアの開墾が罪滅ぼしになるわけではないとは分かっている。しかし、自分は絶対にそれを()さなければならないという強い自覚があった。


 それゆえダンテは慎重に、なにも見逃すまいとして過ごしてきた。ところが春期に異常が起きていたのだ。春期、ダンテは金貨千枚を上納箱に入れた。しかしなぜか端数(はすう)が加算されていたのである。何者かが西の木箱にこっそり上納品を入れたのかと(いぶか)ったものだが、そうしたところでなんの得もない。ほかの区域の者が入れるのは敵に塩を送るようなものだし、西区域の支援者によるものだとしても金貨一枚に満たない端数が助けにならないことくらい明白。


 初夏の時点でダンテは行動を起こした。事の次第を(あらた)めるためである。得意とする風の魔術で一路フラティリアに移動し、役所へと(おもむ)いた。


『ウィステリアの西区域の代表、ダンテです。代表の証書はこちらに』


『確かに、西の代表者ですね。今日はどういったご要件で?』


『春期の西区域の上納品の細目(さいもく)と、上納日時が確認出来る書類を見せていただけますか』


 官吏(かんり)が面倒臭そうな顔をして奥へと引っ込んで十分後、ダンテは望みの書類を確認した。金貨千枚は確かに計上されている。しかしそれだけではない。春期の上納額が確定する十七時の数分前に、芋やら小麦、塩や砂糖、干し肉などなど、種々雑多な食料品が上納品として計上されていたのである。


『誰がこれを上納したか、分かりますか?』


『いいえ。ただ、上納者がフラティリアの居住者でないことはお約束します』


 淡々と告げる官吏に、ダンテはなにも言えなかった。フラティリアの者ではない旨があえて告げられたのは、ルシールの根回しだとすぐに悟ったのである。官吏と厳密に決め事をしてあるのだろう。上納者を(たず)ねる者がいればこう言えと。そして言葉ばかりではない。事実として、フラティリアの者がウィステリアへ上納することは(げん)に禁じられていた。要求されたならば、官吏はその(しゅ)の契約書さえ見せたことだろう。渋面(じゅうめん)を作りながら。だが、ダンテはそこまで要求せず、すごすごと役所を出たのである。


 そこでばったりと、()る人物と出くわした。


『貴方は……』


『どうも、西の代表さん』


 痩身で長髪。垂れ目。折り目正しいグレーのスーツに砂色のコート。東区域の代表者だった。名前は知らない。


『ウィステリアを離れて、ここでなにを?』


『一年ばかりバカンスでも、と思ってね。この街は遊び場に事欠かない。せっかくプレゼントしてもらった金貨一万枚だ。しばらくは愉しめる』


 ダンテは軽蔑を(あら)わにしたが、東の男は飄々(ひょうひょう)としている。むしろダンテのウブな反応を面白がっているようですらあった。


『……その金貨は開墾資金だ』


『ごもっとも。で、誰が開墾に着手してるんだ? 北も南も、あんたの治める西も、ちっとも開墾なんてしてる様子がない。まあ、そんな困った顔すんなって。いじめたいわけじゃねえんだ。あんたがたの事情も分かる。開墾どころじゃねえってな』


 不快感からつい黙ってしまったダンテに、男は気安く肩を組んだ。思わず振り払おうとしたが、その前に届いた囁き声によって、ダンテの反感は丸ごと吹き飛んでしまった。


『いいこと教えてやるよ。西区域に上納したのは俺だ。フラティリアの知人(・・)から備蓄の作物やらを譲ってもらって、たまたま余所の町から来てた遊び人を経由して上納した。自分で運ぶのは面倒だからな。なに、感謝は()らねえよ。せいぜい頑張んな』


 男はそう言い残して去っていった。ダンテはその場に棒立ちになり、曇天を(あお)ぐ。


 なぜ余所(よそ)の区域に上納したのかなんて、この際どうでもいい。


 ダンテはその足で故郷に向かい、数日の間、家族との時間を過ごした。牧歌的とは言えない時間を。そこでダンテはふたつの依頼をしたのである。仕込みと言っていいかもしれない。ひとつはすぐに結果の分かる仕込み。もうひとつは、時間が経過してから発動する仕込み。


 ウィステリアに戻って数日後、ダンテは厳密に時刻を計測したのち、一枚の金貨を上納箱に入れ、蓋を閉じた。その結果、どうなったか。上納箱に計上された金貨は二枚。


 仕組みは簡単だ。故郷の使用人を使って、上納箱とフラティリアの役場で同時刻に上納をおこなった。ただそれだけの話だ。エンゾとの協定にも抵触していない。代表者が上納するという縛りは、あくまでも上納箱に限定されていたからだ。


 ともかく、ダンテとしては東の男の言葉が真実であると確かめる必要があった。この競争を決するかもしれない重要な情報だったからである。


 ウィステリアと縁故(えんこ)のない土地からも、ウィステリアの特定の区域に上納出来る。


 この事実はエンゾも関知していなかった。

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