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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌㉒ ~ウィステリア動乱 起~」

 新領主イアゼルの乳母であり、実質的な領地管理者であるルシールが突きつけた契約により、ウィステリアは(にわか)に混乱に(おちい)った。治安の悪化を恐れて怯える者、身の振り方が定まらず右往左往する者、騒擾(そうじょう)の渦中で呆然とする者、各区域の代表に取り()って今後の商売の安定化を図る者、動乱から目を()らし黙々と農業に勤しむ者。そのなかで誰よりも動揺し、苦杯を舐め、しかし計算高く振る舞ったのは現町長のエンゾだった。


 四半期最初の上納額決定日にあたる晩春。上納品の受け付けが終了する十七時を前に、エンゾは町の中心である噴水広場のベンチでこれまでの日々を振り返った。


 ルシールが契約内容をリアルタイムで暴露して去って数時間後、南、西、東区域の代表が次々とエンゾの邸を訪れ、開墾(かいこん)費用の金貨一万枚を要求したのである。ルシールとの会話内容が誰の耳にも入っている以上、出さねばならない。最終的に耳を揃えて(ほどこ)したわけだが、そうすんなりとは渡さなかった。いずれの区域の代表者にも、いくつかの提案を持ちかけたのである。この馬鹿げた競争から降りてくれれば、それなりの見返りを渡すと。南の豪族には一蹴された。金の積み合いになれば北区域に軍配が上がると散々()いたのだが、豪族は次期町長を担うのは自分であると息巻いて譲らなかったのだ。西区域の代表である若造――ダンテにも提案を退けられた。(へだ)てなくチャンスがあるのだからフェアにいこうではないかと、穏やかに、しかし決然と宣告されたのである。東の代表は考えておくなんてはぐらかして、のらりくらりと金貨一万枚をせしめて去っていった。そもそも東区域なんぞ貧民(くつ)であり、はじめから勝負の相手にはならない以上、見返り云々(うんぬん)の交渉も必要なかったのだが、代表者が一年前にフラティリアから移住した者であるという一点において、警戒すべき存在には違いない。ルシールは表向き干渉(かんしょう)しないようなことを言っていたが、裏で糸を引いているならば東の代表がもっとも危険な人物と言えよう。


 しかし、杞憂(きゆう)だったとエンゾは悟ったものだ。開墾費用を支払った数日後、邸に届け物があったのである。差出人はルシールとイアゼルの連名。宛先は東区域代表者。大型の封筒はしっかりと封蝋(ふうろう)で封じられていた。配達人は北区域の住民で、中身は知らないがお役に立つかと思いまして、なんて手柄顔で差し出してきたのである。エンゾは配達人に金を握らせ、配達間違えはよくあることだ、特にフラティリアからの郵便物はすべてこの邸に来るなんてこともありうるかもしれない、なんてあからさまな台詞を口にした。


 封筒の中身が東の代表とルシールの結託を証明する代物であると確信し、先頃(さきごろ)結んだばかりの契約の見直しを迫る決定的な材料になると期待したのだったが、あにはからんや、そのような物品ではなかった。今回の競争のルールに関し、東の代表者からのあまりに細かい質問に律儀に答えた書類の数々である。一瞬がっかりしたエンゾだったが、すぐに彼の頭は回転した。本来ならばこの書類は東の代表者に届けられるべき物である。裏で結託しているのならば、ルールの細目(さいもく)について(たず)ねる必要などないのだ。つまりは事前に競争について知らされていなかったことの証とも言える。


 エンゾは念を入れて配達人に、ほかの区域の代表者にフラティリアからの同様の郵送物がないかどうか確かめたが、ないとの返事である。つまりは東の代表からの手紙に対し、ルシールが応答した流れだ。北区域だけ()け者にされて、仔細(しさい)を確認しなければ分からないようなルールが周知されたわけではないと示している。エンゾは試しにルシールに宛てて、例の書類に列挙された質疑の一部を抽出(ちゅうしゅつ)し、おおむね同様の問いを送付した。ルシールからの返事は翌々日には届き、回答も東宛ての書類と齟齬(そご)はなかった。ルシールはあくまで競争に関して公平中立であると、なかば以上証明されたのはエンゾにとって大きな収穫である。あの女が暗躍しなければ、北区域は俄然(がぜん)有利。なにせ、これまで貯め込んだ蓄財(ちくざい)があるのだから。加えて、向こう一年郵送物の収奪をすれば情報の独占が出来る。これがなによりも重要だとエンゾはほくそ笑んだ。


 書類の質問のほぼすべてが、例の上納箱の利用法に関するものだった。そのなかでエンゾが(こと)に注目したのは二点である。


 まず、上納箱が破壊された場合、ルシールによって再設置がおこなわれる。その間は上納箱を使用しての上納は物理的に不可能。再設置までの期間は最短で丸一日、長くとも一週間以内となる。


 次に、上納箱が故意に破壊された場合の責任の所在はどうなるか。ルシールの返答はこうだ。誰にも(せき)は問わない。要は、好き勝手に妨害しなさいな、ということである。こうして明文化されなければ、なんらかのペナルティを恐れて手出しは出来ない。その意味でエンゾは明らかに優位に立ったのである。


 ほかにも、ほかの区域の上納品を略奪して自分の区域の品として上納した場合は不正と見做(みな)され、上納分はそっくりそのまま当初の区域の上納品として扱われるなど、物騒な行動を抑止するようなルールも含まれていた。領主側としては健全に平等に競えという姿勢である。


 なかには、四半期の上納額は送付されるか、というどうでもいい質問もあった。年度の上納額は送付するが、四半期の額は送付されないとの返答である。ただし、求めがあれば送付するとのことである。フラティリアに来れば官吏(かんり)から直接書類を受け取れるとの文言(もんごん)も添えられていた。


 ベンチに腰かけ、エンゾは四方の木箱を見やる。上納額は木箱に表示されているわけで、わざわざ書面で(あらた)める必要などない。箱に表示されている額に偽りがない点は、例の書類でも念押しするように確かめられていた。


 東の木箱は、今季の上納額はゼロである。そもそも競争に参加する意欲もないのだろう。無駄金は払わないという意志が透けて見える。それも当然で、彼らに払える上納品などたかが知れている。


 一方で、西の木箱は千という数字と小数点以下に細かい数列が並んでいる。金貨換算で千枚と少し、というわけだ。ダンテとかいう余所(よそ)の領地経営者の孫は、健気(けなげ)にも競争に参加する気構えなのだろう。今のところ金額面では食らいついている印象であるが、さて、どこまでついていけるものやら。


 南と北の木箱の数値は拮抗している。お互い金貨二千枚。あの豪族は意外にも慎重で、こちらが上納品を箱に入れて金額が算出されたのち、追いかけるように同じだけの品を積み上げたのである。早々に競争が過熱しなかったのはエンゾにとっては喜ばしい。勝利のためとはいえ過分な額を納めるのは業腹(ごうはら)だ。なにより、ご満悦なルシールの顔を想像すると(はらわた)が煮えくり返る。


 十七時を回ったところで、ベンチのエンゾのもとへと二人の影が落ちた。南の豪族と西のダンテである。


 おおむね約束通りの時間に来てくれたのは良いが、現町長を待たせるとは無礼な、と内心で毒づく。とはいえ、今は町長の権勢を誇れる状況ではない。


「集まってくれて感謝する。……東の代表者も呼んだのだが、姿がないな」


 周囲を見やる三人のところへ、いかにも貧民といった格好の少年が走ってきた。一直線に。


 こんなガキを寄越すなんて、とエンゾは(いきどお)る。そもそも当人に来いと厳命したはずだが。エンゾは少年がなにか言う前に、早口で問いを投げつけた。


「おい。東の代表者は来ないのか?」


「たぶん来ないよ」と少年。


「どういう料簡(りょうけん)だ、いったい」


 呆れたエンゾに少年は呆気(あっけ)なく答えた。


「だって、どこにもいないんだもん。住んでた部屋も空っぽだった」


「は?」


「夜逃げでしょ。よくあることじゃん」


 それだけ言って少年は去っていった。


 東の代表者は金貨一万枚をせしめて消え去ったわけである。競争相手がひとり減ったのは明白だった。


 エンゾは咳払いをして、南と西の代表者を見やり、静かに切り出した。


「この町の平年の上納額は金貨五千枚。しかし今は町の境界線が引き直され、総面積は三倍になった。上納品も三倍納める必要がある。一万五千枚だ。しかし、あの強欲な乳母の持ち込んだ制度のせいで、見ての通り四半期で金貨の総額は五千枚ときた」


 木箱を見れば一目瞭然である。


「このままのペースで上納したら、ノルマ以上の過剰な額を納める羽目になる。誰が次期町長になるにせよ望ましくないだろう。そこで、だ」


 協定を結ぼう。


 エンゾは(おごそ)かに持ちかけた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて

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