表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
1512/1573

幕間.「徒花の蹉跌⑳ ~地獄の幕開け~」

 しきりに顔を(こす)ったり、空咳(からぜき)をしたりと、エンゾは(せわ)しなかった。顔も落ち着きがない。(うつむ)いて(しか)め面をしたかと思えば上目遣いにこちらへとぎこちなく微笑み、次の瞬間には歯噛みし、またたく()に瞳に哀訴を浮かべる。これらすべてが芝居ではないからこそ、ルシールは鼻で笑いたい思いに駆られた。だが生憎(あいにく)と、エンゾの反応をいつまでも眺める趣味はないし、なにより時間は常に有限だ。


 イアゼルはルシールの隣に座り、膝のあたりで拳をきゅっと握っている。口を尖らせているあたり、乳母が再びいじめられないように威嚇でもしているつもりなのかもしれない。ウィステリアへの道中で、彼にはちゃんと今後の見通しを伝えてある。もっとも、ごくごく簡素な言葉で。『いじめっ子に仕返しをします』と。それでもまたいじめられやしないかと懸念したのか、馬車のなかで彼はずっとルシールの右手を握りしめていた。火傷によって(ただ)れた手を。


「エンゾさん」ルシールが口を開くと、対面の老人はびくりと身体を震わせた。「ウィステリアの本年度の上納品が無かったのは、いったいどういう料簡(りょうけん)でしょう」


 瞬間、エンゾの瞳に怒りが(とも)るのがはっきりと分かった。どういう料簡もなにも、全部貴様の仕業だと、内心では非難の嵐が吹き荒れているだろう。が、それが言葉になることはなかった。表情もすぐに苦々しいものへと変わる。


「上納品の馬車がことごとく襲撃に()いまして……なんとか工夫したのですが……アスターの紙幣が使えないとは思わなかったので……。賊の襲撃も、紙幣の一件も、ウィステリア側に――つまりワシにキチンと税を収める意志があったことを示しております。どうか意を()んで、お目(こぼ)しを……いただけないでしょうか?」


 お目溢し。要するに、直轄地(ちょっかつち)となるのだけは避けたいというわけだ。それも当然の話で、町長の地位を失うとなれば、財産のほぼすべて没収されるのが目に見えている。領地経営者の財産は町の経営資金とイコールであるとする見方が一般的だ。それこそ例外的な契約でも()わしていない限りは。そしてウィステリアはその例外にはあたらない。


 一年前の冷遇からは考えられないほど手厚い出迎えも、ひとえに、エンゾが万策尽きたことを示している。ご機嫌取り以外出来ないというわけだ。


 ルシールは思案顔で口元に指の背を添え、企みを含んだ笑みを口の端に浮かべた。そして囁くような声音(こわね)で呼びかける。


「エンゾさん。貴方の手元にある資産の多寡(たか)を教えていただけますか?」


「ほとんどございません。せいぜい金貨七千枚程度です」


 エンゾのいかにも『ご勘弁を!』といった困り顔を眺めて、ルシールは微笑した。この老人の目の奥に希望の光が灯ったのを見逃す彼女ではない。


 エンゾはルシールの問いかけをこのように受け取ったはずだ。応分の金貨を払えば見逃してやる、と。しかるに金貨七千枚との返答は、それだけの金をすぐに用立ててお渡しします、と換言(かんげん)出来る。ウィステリアの例年の上納品が金貨五千枚であることを考慮すれば悪くない金額だろう。


 窓へと視線を向け、ルシールは指を鳴らした。瞬間、外が夜よりも暗い漆黒に覆われる。怪訝(けげん)そうに外を見やるエンゾに、ルシールは淡々と告げた。


「ご心配なく。人払いの一環です。実態は単なる色付きの防御魔術で、邸を目隠ししているだけ」


「はあ、なるほど」


 エンゾはいまひとつ釈然としない様子だったが、それ以上、窓外の暗がりを気にすることはなかった。彼の関心は目下(もっか)、金貨七千枚で一切を丸く収めることにある。それを確かめる意味でも「七千枚ですか」とルシールは話を戻した。


「ええ、ええ。それでもう――」


「四万」


「はい?」


「金貨四万枚。手元にございますか?」


 エンゾが立ち上がったのも無理はない。いきなり法外な大金を吹っかけられて黙っていられる男ではないだろう。彼は奥歯をきつく噛んでルシールを見下ろしている。仇敵(きゅうてき)を前にしているかのごとく目を吊り上げて。


「いくらなんでも横暴だ、それは」


「なにが横暴なのですか? わたくしはただ、手元の資産を(たず)ねただけです。まさか、金貨四万枚程度の持ち合わせもないのですか? この町の経営資金と直結しているのに?」


 エンゾは乱暴にソファに尻を落とすと腕組みした。一歩も譲らないとでも言いたげに。


「金貨四万枚はある。ただ、あんたに四万枚も渡す道理はない。せめて一万枚だ」


 強気に出ているのはエンゾの手管(てくだ)に違いない。金額云々(うんぬん)など、彼にとっては実のところ些細な問題だろう。吹っかけられた金額の何倍もの資産を所有していることくらい、年度ごとにフラティリアに提出される経営状況の報告書を(さかのぼ)れば計算出来る。エンゾが金貨四万枚ごときで憤慨(ふんがい)してみせている理由は二点。これ以上金額を吊り上げさせないため。そして金額交渉に入ることで、根本の問題をすり替えるため。つまり直轄地化はすでに回避が決定しており、あとは金の折り合いだけなのだと暗黙裡(あんもくり)に話を進展させてしまう目的だ。


 それらすべてをルシールは見抜いている。金貨四万枚という額はただの確認でしかない。彼女は旅行鞄から紙を三枚取り出し、テーブルに置いた。内容は三枚とも同じである。


 エンゾは紙面を凝視し、顔を上げようとはしない。


「それはウィステリアとフラティリアが新たに結ぶ契約です。ご覧の通り、すべてに領主の押印とサインがございます。エンゾさん。貴方はこれら三枚すべてに署名いただければ、引き続き領地経営者としてこの地に君臨出来るのですよ」


 三枚のうち、一枚は領地経営者に、一枚は領主の手元に、そして最後の一枚は首都ラガニアへの提出用である。


 契約の一点目は、町の境界線の引き直し。開墾(かいこん)可能な土地を含んだ新たな境界線が裏面に図示(ずし)されている。おおむね現在の町の規模の三倍。むろん上納品の額は新たな境界線に(もと)づく総面積から算出する。つまりは町の規模が三倍になるので三倍の税を納めよ、というわけだ。


 二点目は、開墾は東西南北の各区域の代表が主導して速やかにおこなうこと。開墾は町の事業であるため、費用は領地経営者により負担される。


「開墾に必要な資金は区域ごとに金貨一万枚程度と見積もっております。合計四万枚。エンゾさんのお手元にある資金で(まかな)えますね。ひと安心です」


 ルシールの声がエンゾの頭に入ったか定かではない。彼は書類を持ち上げ、手を震わせて凝視していたのだから。諸々(もろもろ)の算段が脳内で渦を巻いていることだろう。


 三点目。これがもっとも重要な決め事である。今後ウィステリアの町は東西南北の区域ごとに上納品をそれぞれ納めることとなる。これまでのように半年ごとではなく、四半期で算出し、各区域の上納額を公表する。要は、今までエンゾが一本化して支払っていた税を区域ごとに負担させるわけで、それらを合算した値がウィステリアの総面積分の租税(そぜい)をクリアしていればなんの問題もない。手続きが多少煩雑(はんざつ)になるとはいえ、区域間で意思統一すれば過分な税を払うこともなかろう。


 重要なのは、なぜ区域ごとに分割するのかだ。その理由もきっちり書面に書かれている。


「ふざけてる……ウィステリアを破壊するつもりなのか……?」


 エンゾの呟きを拾い、ルシールは「とんでもない」とにこやかに返した。


「領地経営を活性化させるためですよ。すべての区域に平等にチャンスが与えられるべき。わたくしはそう考えております」


 平等なチャンスとは、三年間の上納品の合算金額がもっとも高い区域の代表が、次の三年間の領地経営者となるという新たなルールを指している。それが区域を分割して上納する理由だ。そして、この契約が締結された時点――つまりエンゾが署名した時点――を三年目と見做(みな)す。つまりはこの一年間の上納品の多寡で、翌年から三年の支配者が決定する。


 エンゾは射殺すような眼差しをルシールに向けた。


「……この一年間のように、貴様が横槍を入れて上納品を破棄するようなことはないのだな?」


「なんのことやら。しかし、お約束しますよ。契約書に書かれている通り、領主による上納品への干渉が()された場合、応分(おうぶん)の上納品が支払われたものと見做します。仮に北区域の納める予定だった金貨千枚を積んだ馬車をイアゼル様がとおせんぼした場合は、千枚分をきちんと払ったことになります」


 急に自分の名前が出てきたので、イアゼルはルシールの顔を見上げた。そんな彼に、彼女はにっこり微笑む。


 それからルシールは真面目な顔でエンゾを見やった。


「妨害対策の仕掛けはきちんと用意しておりますので、その点はご安心を。のちほど確認いただければと思いますが、今、町の中心部に四つ、木箱を設置してあります。東西南北それぞれの上納箱とでも言いましょうか。上部の蓋を開けて上納品を入れたのち、蓋を閉じれば内部の品はフラティリアの官吏(かんり)のもとへ転送されます。官吏による計算ののち、木箱の前面に金貨換算の上納額が表示される簡単な仕組み。どの区域でどの程度の額を納めたのか一目で分かります」


 木箱の設置は馭者(ぎょしゃ)に依頼済みだ。今頃町の中心の四方にそれぞれ、東西南北と明記された箱が鎮座(ちんざ)していることだろう。この程度の代物であればルシールにも製作出来る。扱っているのは転移魔術と映写魔術。座標を(さだ)めた魔紋(まもん)を刻むだけの簡単な仕事だった。魔道具とすら呼べない。


 エンゾはルシールを睨み、執事に命じてペンを用意させた。


 紙面にペン先が触れるか(いな)かといったところで、老人が手を止める。


「この契約が交わされたことや、例の箱の仕組みは一切口外しないと誓え。そうすれば署名する」


「署名いただけた時点で、わたくしは口を(つぐ)みます。イアゼル様も、内緒ですよ。書面で問い合わせがあった際には律儀にお答えするほかありませんが」


 指を立てて、イアゼルにウインクする。すると少年は嬉しそうに頷いた。ここで交わされた会話のほぼすべてを理解していないだろう、彼は。でも、ルシールのちょっとした仕草で簡単に喜んでくれる。


 一方、エンゾは息を荒くしてしばし逡巡(しゅんじゅん)したのち、三つの書類にサインした。そして無言で、そのうち二枚をルシールに寄越す。それを受け取り、指を鳴らすと窓外の景色は光を取り戻した。茜色が応接間のテーブルに反射し、(つか)の間の幻覚が()けたような風合いを(かも)している。ルシールは受け取った書類を旅行鞄に仕舞い込むと、今度は別の品を取り出した。金色の喇叭(らっぱ)。それを見て、エンゾは首を(かし)げている。領主の貴品(ギフト)を知らずとも、なんら不思議ではない。


「解除」


 はっきりとそう口にして、ルシールは取り出したばかりの貴品(ギフト)――多幸の喇叭(カタルシス)を大事に仕舞った。


「その喇叭は?」


 不満げに問うエンゾに、ルシールは何事もなく言ってのけた。


「侯爵家に代々伝わる貴品(ギフト)です。魔術を拡散する道具と言えば、イメージ出来ますか?」


 エンゾは「はあ。それがどうした」と苛立ちを隠さない。もはや契約は交わされたのだ。普段通りの傲岸不遜(ごうがんふそん)(おさ)え込む必要などない。


 エンゾが書類を目にし、なにを考えるか、ルシールはおおかたの予測をしていた。契約内容を握り潰してしまえば区域ごとの上納品競争などという馬鹿げたアイデアを封殺出来ると、そう考えるであろうことを。むしろ、そうでなければ決してサインしなかったとも思っている。


「わたくしが指を鳴らしたとき、防御以外の魔術をふたつ、展開しました。ひとつは映写魔術。わたくしの視界をウィステリアの空に映し出したのです」


 エンゾが凝然(ぎょうぜん)と目を見開く。それも当然だ。契約内容が露見(ろけん)していたわけだから。空を見上げるすべての人々に。


 ルシールが色付きの防御魔術を張ったのも、応接間からスクリーンが見えないよう遮断する目的と、北区域にいるエンゾの腹心(ふくしん)どもが邸に乗り込んで契約締結を阻止するのを邪魔立てするためである。


「もうひとつは交信魔術です。ここで交わされた言葉のすべては、先ほどお見せした貴品(ギフト)を経由してウィステリアのすべての人々の耳に届いております」


 エンゾが立ち上がってルシールに詰め寄り「先ほどの約束を破ったな!! 誰にも口外しないと誓ったではないか!!」と怒鳴った。


 彼にしてみれば裏切られた気持ちだろう。ただ、ルシールはなにひとつ誓いを破っていない。


「わたくしがお約束したのは、署名いただけた時点で口を噤むことだけです。現に、もう交信魔術も映写魔術も解除してあります」


 それでもエンゾは何事か文句を言いたげだったが、ルシールはイアゼルの手を取って立ち上がる。そしてエンゾに対し、額と額が触れ合うほどの距離まで顔を寄せた。


「こっちが上手(うわて)だってことにいい加減気付けよ。ジ、ジ、イ」


 イアゼルに聴こえないような囁きだったが、エンゾの耳には届いたことだろう。ルシールは(きびす)を返し、応接間の扉へと歩む。入り口で足を止めて振り返ると、ソファに座って頭を(かか)えているエンゾが見えた。


「開墾費用の金貨を出し渋らないでくださいね。きっとすぐにでも北以外の区域の代表者が要求するでしょうから。それではエンゾさん。お元気で。来年も町長でいられるよう、一生懸命頑張ってくださいませ」


 応接間を閉めて邸の玄関口まで歩む間に、絶叫に似た怒声が後方から聴こえ、ルシールは軽快な音楽でも愉しむかのように、長いまばたきをして微笑んだ。


 かくして、ウィステリアの地獄の一年が幕を開ける。


 ルシールとイアゼルはその日のうちにフラティリアへと凱旋した。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『映写魔術』→映像を空中に投影する魔術。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔紋(まもん)』→魔術の応用技術のひとつ。壁や地面に紋を描き、そこを介して魔術を使用する方法。高度とされている。消費魔力は術者本人か、紋を描いた者の持つ魔力に依存する。詳しくは『186.「夜明け前の魔女」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ