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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌⑲ ~苦心惨憺~」

 それから半年ののち。ルシールはイアゼルを(ともな)い一路ウィステリアへ馬車を進め、まだ陽のあるうちに町長エンゾの邸の門前に降り立った。


「ご足労いただきまして誠にありがとうございます。お荷物はこちらでお預かりいたします」


 まだ敷地に足を踏み入れる前に、執事が慇懃(いんぎん)に礼をする。ルシールは馬車に置いたままの小ぶりの旅行鞄を無言で示した。すると執事は(よど)みない動きで鞄を引っ張り出す。そう持ち重りのするものではない。荷台に(くく)られた四つの長方形の木箱を見上げて、「あちらの箱も運びますので、少々お待ちを」と言った彼を、ルシールは手で制す。その荷物の処置は馭者(ぎょしゃ)に頼んである。邸に運び入れる予定はない。


 敷地の内側ではメイドが(すそ)(つま)んで挨拶をし、「再びお目にかかれて光栄です。ご案内いたしますので、どうぞ、お足元にご注意くださいませ」なんて言っている。


 隣できょとんとしているイアゼルの手を取り、ルシールは彼に微笑みかけた。それでは参りましょうか、と言い添えて。


 かつて訪れた応接間に通されると、老人が二人を出迎えた。今朝からずっと応接間にいたのだろう。ソファにはくっきりと尻の跡が残っている。(つい)のソファに挟まれたテーブルには紅茶が湯気を立てており、色鮮やかな焼き菓子が皿を彩っていた。


「大変お待ちしておりました……。どうぞお座りになってくださいませ……」


 エンゾの疲れ切った顔は、予定の刻限より二人が二時間も遅れたせいばかりではないだろう。ここ半年の苦吟(くぎん)憤懣(ふんまん)が老人の総身から漂ってきている。


 一年前の冷遇ぶりと一転した態度は、(おもね)りなのか嘆願なのか。どちらでもかまわない。ルシールはイアゼルの手を引いてさっさとソファに腰かけると、まごついている町長に対面のソファを手で示した。


「貴方もお座りになったら?」




 半年前に(さかのぼ)る。上納品収奪事件で、エンゾは当然のごとく激怒した。領主への上納品が襲撃されるなど前代未聞である。領地経営者だけではなく、領主そのものへの反逆の意を示すような愚行だ。ゆえにこれまで誰もしようとはしなかった。確かに馬車を襲う賊はときおり出現する。しかし彼らも馬鹿ではない。上納品を載せた荷馬車は特別(あつら)えで、遠目からも漆黒の車体は判別出来るだろう。加えて、上納品積載(せきさい)の旨を示す文言が車体の前後に刻まれている。凡百(ぼんぴゃく)の賊ならば、黒馬車に手を出そうものなら領主の私兵に追われ、命を落とす羽目になると知っているはずだ。


 しかし馬車は襲撃されたのである。その時点でエンゾは早急にアルブルへ書簡(しょかん)を送ったのだが、(かんば)しい返事はなかった。賊は追いつめて処刑するが、上納品の(せき)()うのはウィステリアであり、これは契約通りだとの(よし)。加えて、新米領主を厳密に取り調べたがなんら怪しい点はないとのことである。


 実際、賊の処刑はおこなわれた。フラティリアの私兵――つまるところやくざ者の手によって、実行犯と(もく)される一党が処断され、物騒なことに(さら)し首となったのだ。アルブルとしては上納品襲撃を黙認することは出来ない。ゆえに晒し首という恐喝(きょうかつ)めいた沙汰(さた)となったのだが、それらの首がフラティリアの賭場でどうにもならない負債を(かか)えた者であるとは、エンゾの知らぬところである。フラティリアには、死んでもかまわない者がいくらでも転がっているのだ。


 長らくアルブルと領地経営の交渉に()いていたエンゾは、底抜けの馬鹿ではない。この一件の背後にルシールがいることはすぐに察した。彼女がひよっ子を装ってウィステリアに入り、こちらの油断を突いたのだと。


 エンゾはすぐに次の手を考えた。二ヶ月ほどの期間を(よう)したが、厳重に警護した馬車――それも貴族御用達といった風合いに仕立てた大型馬車三台に上納品を分譲して出発させたのである。ウィステリアからフラティリアへのルートは迂路(うろ)も含めて三つ。それらすべての道に馬車を放った。それぞれ一日程度の誤差でフラティリアに入り、官吏(かんり)に上納品が届けられる計算である。ウィステリアからの上納品は換算すると、年平均で金貨五千枚。その三分の一を割りさえしなければ直轄地(ちょっかつち)となる憂いは()けられる。エンゾは豪気(ごうき)なことに、各馬車に金貨二千枚弱の上納品を詰めて送り出したのだ。一台でも到着すれば領地経営に差し(さわ)ることはない。すべて到着すれば金貨六千枚近くになってしまうが、過分に支払うのはエンゾも良しとしておらず、一台到着した時点で残りはウィステリアにとんぼ返りする算段だった。


 結果的にエンゾの送り出した馬車は一台も帰ることなく、すべて賊の襲撃に()ったのである。それを知り、老人は青褪(あおざ)めるどころか癇癪(かんしゃく)を起こした。ルシールの例の訪問から()を置かずにフラティリアからやってきた移住者を締め上げたのだが、甲斐(かい)はない。半年がかりで貧民(くつ)である東区域を牛耳(ぎゅうじ)ったこの男は、もとよりやくざ者。それも頭領の(きも)いりの人材とあって、なかば拷問じみた尋問であっても口を割る手合いではない。手懐(てなづ)けた貧民をあらゆる路地に潜ませ、町長が秘密裏(ひみつり)に放った三台の馬車の特徴とルートをフラティリアの頭領に横流しするのは楽な仕事だったろう。


 しかしながら、そこで屈するエンゾではない。私財もまだまだある。ただ、馬車という手段では見込みがないのは痛いほど理解していた。ならば金貨自体を旅行鞄に詰めて輸送するか? 手のうちの者を使って旅人と装って? しかし二千枚の金貨は重すぎる。フラティリアは往来の多い町だが、さすがに目立つ。移住者として余所(よそ)の地へ向かうよう偽装すれば自然かもしれない。別の領地への移住を実際におこなわせ、その地を経由し、最終的にフラティリアに入り込んでウィステリア名義で金貨を収めるのは悪くないアイデアに思えた。しかし、いかんせん時間が足りない。上納の刻限は残り三ヶ月と少し。それまで東区域の連中が目を光らせているのは明らかだ。


 ところで、ラガニアで唯一硬貨を(もち)いない領地がある。ヴラド公爵領。その直轄地であるアスターでは、ドラクル紙幣なる紙切れで経済が循環している。ヴラド公爵領とは縁遠いアルブル侯爵領ではあまり知られていない事柄だ。しかしながら、どこにも旅好き、遊び好きの連中がいる。


 エンゾがその紙幣を発見したのは、ほんの偶然である。余所の土地からの交易人夫(にんぷ)が例の紙幣を一枚落とし、それを仲買人が拾ったところをエンゾが見咎(みとが)めたのだ。これはなにかと問いただすと、交易人夫はアスターのことを洗いざらい吐いた。ドラクル紙幣は当時金貨二枚分の価値があり、応分(おうぶん)の金貨をアスターに持ち寄れば簡単に紙幣へと交換してもらえるのだと。エンゾはドラクル紙幣一枚を金貨二枚で交易人夫から買い取った。そしてすぐに行動に出たのである。信頼のおける部下を一路フラティリアに走らせ、ドラクル紙幣が使用可能か確かめたのだ。それと同時並行で、ヴラド公爵の領地に書簡を送り、アスター行きの護衛馬車を手配させたのである。賊がフラティリアの回し者だと確信していたエンゾとしては、さすがに余所の公爵領からの馬車を襲うはずがないとの見立てだった。


 事実、賊はアスター行きの馬車を襲撃しなかった。そしてエンゾにとっては幸運なことに、ドラクル紙幣はフラティリアで使用出来たとの(しら)せも届いたのである。アルブルのお膝元の街で使えたとなれば、もう憂いはない。上納品として受領する品目のうちにドラクル紙幣は明記されていないが、宝飾品など、換金可能な金品ならば硬貨相当として扱われるのは事実である。エンゾは部下を使って、嬉々としてアスターへ向かわせた。そして金貨二千枚をドラクル紙幣千枚に変換したのである。これなら持ち重りはしないし、手提げ鞄ひとつに収まる。


 アスターを出た部下をすぐにフラティリアへと直行させたなら、賊の襲撃もありえたことだろう。その点、エンゾは抜かりなかった。手下を幾人(いくにん)も動員し、アスターからアルブル侯爵領に足を踏み入れたばかりの部下と合流させ、フラティリアに順次潜り込ませたのである。どの部下も同型の手提げ鞄を手にしており、たったひとつの本命の鞄を除き、中身は適当な紙切れが詰めてある。馬車のルートを外れた細道を選び、数十人もの人員がフラティリアに流れ込んだ。賊も足取りを掴めなかったわけである。そしてタイムリミットの数日前に、ドラクル紙幣は官吏へと無事手渡された。


 それで、どうなったか。


 受取不可の書面とともに、紙幣の詰まった旅行鞄がエンゾのもとへと帰還したのである。かくして、その年のウィステリアの上納品は皆無となった。


 ときに、エンゾの部下はどこでドラクル紙幣を使ったか。それはルシールの知るところではないが、おおよそのアタリはついている。そしてドラクル紙幣が拒否された理由は明白だ。没交渉にあるヴラド公爵領で横行(おうこう)している紙幣を、アルブル侯爵は認めていない。ゆえに換金可能な代物とは見做(みな)されない。が、荒れた市井(しせい)の一部はそうでもないのだ。賭場では小指だって賭けの金になる。


 エンゾは部下を通じて官吏にドラクル紙幣が上納可能か事前に確認すれば良かったのだ。あるいはアルブルに書簡ひとつ出せば即答が返っただろう。だが、そうはしなかった。エンゾはそれらの選択肢を選べなかったのだ。冷静さを欠いていたのもあるだろう。それ以上に、配下の者以外は信じられなくなっていた。無理もない。アルブルへの詰問の手紙はフイにされ、ウィステリア内にはスパイが蔓延(はびこ)っている。そんなところに転がり込んだ偶然を後生(ごしょう)大事に扱ってしまうのは自然だ。偶然という言葉は、簡単に『運命』やら『(おぼ)()し』やら『奇跡』に置き換わってしまう。


 首都ラガニアに留学した経験のある者であれば、ドラクル紙幣の存在は知っている。休暇を利用してアスターのカジノで遊ぶような道楽者は、どの学年にも必ずひとりはいるものだから。首都の魔術学校で学んだルシールは当然その紙幣を知っていた。そしてもうひとり、首都への留学経験のある者がいる。ルシールが(えが)いた()の通りにすべてを仕込み、動かした、義理堅い男。


 交易人夫と仲買人をダンテが()き込んでいたなんて、エンゾは知りもしないだろう。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『アスター』→夜会卿ヴラドの統べる街。グレキランスよりも広く、発展している。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて

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