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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌⑭ ~異常者だから~」

 頭領の邸宅からの帰路、ルシールはイアゼルの手をしっかり掴んで、彼を先導するように()を進めていた。往路(おうろ)がそうであったように、頭領の敷地周辺は賭場が点々と軒を連ねている。飛び交うのは汚言やら金をせびる声ばかり。あまりイアゼルには経験させたくない道行きではあった。


 そして、相変わらずのきょろきょろである。ウィステリアのときと同じように、周囲の人々の顔を落ち着きなく眺めていた。なにがそんなにこの子の興味を惹くのだろうとルシールは(いぶか)ったものの、子供の心など分かりはしない。物騒な現実がトラウマにならないよう、注意を払っておくのがせいぜいだ。街への同道を許可したのは当の彼女であるが。


「イアゼル様、ご覧ください。不思議なかたちの雲ですね。なにに見えますか?」


「イアゼル様、鷹が飛んでおりますよ。優雅ですね」


「イアゼル様、もう星が見えますね。昼間に星が見えるのはなぜか、お分かりですか?」


 とかく、ルシールはイアゼルの目を地上から()らそうとした。しばらくは大人しく顔を上向けてくれるのだが、少しすると例のきょろきょろがはじまってしまう。


「イアゼル様。なにがそんなに気になるのですか?」


 賭場を抜けてすぐのところで、ルシールはやや声のトーンを落として(たず)ねた。ここから先の道に不貞な店や酒場はない。比較的富裕な住宅地が広がって、やがてはアルブルの邸に行き着くゆるやかな階段が続いている。


 イアゼルは足を止め、今しも通ってきた港街全体を示すように指を差す。自然、ルシールの視線もそちらに吸われた。


「ルシール。教えて。どうしてみんな――」


 可哀想な感じなの?


 確かにイアゼルはそう口にした。賭場で負けた者が哀れに見えるのは仕方ないとしても、この少年がそればかりを()して言っているわけではないことは、ルシールも瞬時に悟った。ウィステリアでもそう。このフラティリアでもそう。彼はあらゆる人々に哀れな印象を受けたのだろう。


 ルシールは返事をちゃんと用意していた。必死に生きている者は、傍目(はため)には可哀想に見えるものだと。それをいかなる言葉で表現するかも心得ていた。イアゼルの語彙(ごい)と理解力の範疇(はんちゅう)は承知している。しかし、返事の機会は失われた。


 路地の暗がりから汚れた手が伸び、イアゼルを強引に掴んだのである。問いへの返答間際だったルシールが、手を緩めてしまっていたのが災いした。イアゼルの身は薄暗がりに引き込まれ、どう見ても浮浪者としか映らない風体(ふうてい)の男に羽交い締めにされている。男は血走った目で、イアゼルの喉元にナイフを突きつけていた。


「ルシール!」


「黙れガキ! 暴れんな! 殺すぞ! ……そこの女も大人しくしやがれ。動いたらこいつを殺す」


 ルシールは無抵抗を示すように両手を上げ、手のひらを見せる。それに満足したのか、男は下卑(げび)た笑いを口元に浮かべた。


「金を出せ。有り金全部だ。ガキを殺されたくなきゃ、金を寄越せ」


「ルシール! ルシール!」


「うるせえぞガキ! 静かにしねえと殺すからな!」


 馬鹿な男だ、とルシールは内心で呆れ果てた。こいつは錯乱しているか、あるいは余所者だろう。侯爵の第二子と知っているなら、このような狼藉(ろうぜき)にはおよぶまい。どんなに知恵が浅くとも、自殺行為だと分かるだろう。


 イアゼルを救う手立てはいくらでもあった。魔術師が両手のひらを向けている意味は断じて無抵抗を示していない。むしろ、いつでも攻撃する心積もりであることを表明しているようなものだが、この男は魔術にも魔力にも(うと)いらしい。ルシールがイアゼルの首に薄い防御魔術を(ほどこ)し、決して傷付かぬよう細工したのにも気付いていない様子だ。


「ルシールルシールルシール!!」


「うるせえな! 女! さっさと金を出せ!」


 イアゼルがパニックに(おちい)っているのはルシールの目にも明らかだった。呼吸を忘れて乳母の名を連呼している。


 それでもルシールが黙って様子を見ていたのは、期待からだ。


 これまでイアゼルは溢れる魔力を持て余すばかりで、それを魔術として結実させたことは一度もない。何度教えても、もっとも低級な魔術でさえかたちにならなかった。才がないのかもしれないが、もしもなにかのきっかけがあれば、彼の魔力は魔術として、奔流(ほんりゅう)のごとく(ほとばし)る可能性は捨てきれない。


 今、暴漢に襲われているイアゼルの魔力は加速度的に高まっていた。目も(くら)むほどの赤い輝きを放っている。路地を挟んだ隣家を覆い尽くしてしまうほど広大に。


 ルシールが一発の魔球で暴漢を気絶させたのは、それから数秒後のことである。イアゼルの魔力は魔術に至ることなく、街の半分を覆ってしまうほど成長していた。魔力は火薬に近い性質がある。もしこの状態で点火したならば、ルシールでも抑えきれない。抑えの効くギリギリの規模まで膨張を許し、分水嶺(ぶんすいれい)を越える寸前で諦めたのだ。


「ルシールシールシールシールシールシールシールシールシールシールシールシールシー!」


 壊れた機械のように声を上げる少年に駆け寄り、その手を取ると、()いた手で背中をさすった。


「大丈夫です。ルシールはここにおりますよ。なんにも心配はいりません。大丈夫。大丈夫」


 イアゼルの魔力が徐々に縮小していく。それがすっかり収まるまで、ルシールは路地に膝を突き、イアゼルに囁き続けた。『大丈夫』と。彼が怖い夢を見たときも、小さな失敗で落ち込んだときも、紙で指を切ってしまったときも、同じように落ち着かせてきた。それらと比較すると今回の事件はあまりに大きいが、それが小事(しょうじ)であると思い込ませるだけなら可能だ。心に傷を残すかもしれないが、傷の大小はコントロール出来る。確信はなかったが、ルシールはそのように考えていた。そして事実、この襲撃事件そのものが彼の人生を極端に左右することはなかっただろう。見方によっては火種のひとつと言えるかもしれないが。


 ルシールの失敗は、たったひとつの言葉だ。それがイアゼルにこびりついて離れず、彼の思想の芯を支えたのである。


「申し訳ございません、イアゼル様。わたくしがついていながらこのような目に()わせてしまうとは」


「ううん、平気」


 イアゼルはすっかり落ち着いた様子だった。彼は気絶した暴漢をじっと見つめる。薄闇のなか、ナイフの銀が微光を鈍く反射していた。


「このひとは、なんでぼくにあんなことをしたの?」


 ルシールはイアゼルの手を引き、路地から離れ、邸へと続く階段へと彼を導いた。しばし無言だったのは、イアゼルの言葉に胸を刺された感覚があったからだ。


 なんであんなことをしたのか。


 むろん、それは暴漢の行為に向けられた疑問だ。だが、ルシールはそれを我が事として受け取ってしまったのである。(つね)より、功利的で他者の情を顧慮(こりょ)しない彼女だったが、この日このときだけは別だった。


 なんでぼくをすぐに助けてくれなかったの?


 なんで危ないと分かってるのに街に連れてきたの?


 なんでやくざのいるところに同席させたの?


 なんでウィステリアでぼくを餌にしてエンゾと面会したの?


 なんでぼくの領地の管理をしているの?


 なんでぼくの乳母になったの?


 なんで侍女になったの?


 浅い階段のなかほどで足を止め、イアゼルを見下ろす。彼の位置からは、ルシールの顔は逆光でよく見えなかったろう。どんなにか(もろ)い笑顔だったか。次々と変換され、脳内に重奏となって響いた問いに、ルシールはようやく答えた。


「異常者だからですよ」


 ようやく得られた答えに、イアゼルは小さく頷いた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『魔球』→魔力球、魔力弾、魔力塊とも呼ぶ。初歩的な攻撃魔術

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