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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌⑪ ~ウィステリア訪問~」

 ウィステリアへの道中、馬車の座席に揺られながらイアゼルは窓枠から身を乗り出さんばかりに景色を眺めていた。ルシールは彼の腰に腕を回して落ちないようにしているものの、車体が大きく揺れるたびに心臓がひやりとする。


「イアゼル様。ご気分が悪くなったら早めにおっしゃってくださいね」


「大丈夫。ルシールも気分が悪くなったら言って」


 体調不良を訴えたところでなにも出来ないだろうにと思いつつ「お優しいですね、イアゼル様は」なんて具合にルシールは微笑んだ。


 イアゼルにとってははじめて邸の敷地から出たのだから、興奮は一入(ひとしお)だろう。彼は自分の住まう港街フラティリアすら闊歩(かっぽ)したことがないのだ。これまでの人生のほとんどを離れのそばで過ごした彼にとって、流れゆく景色の一切が新鮮な刺激に違いない。代わり映えのしない平野の風景さえ、どれほど色鮮やかに映っていることか。


 早駆けの魔術を(ほどこ)した二頭立ての馬車でおよそ半日。峠を越えたときに、馭者台(ぎょしゃだい)越しにウィステリアの全貌が見渡せた。広大な盆地の中央に、石垣に覆われた町がある。農地も牧場も内側にあるせいか、石垣は歪な凹凸のある円形を()していた。垣根が町の境であり、上納品の多寡(たか)を決める面積とでも言いたいのだろう。ルシールの当初の見立て通り、いくらでも拡張可能な土地と見受けられた。


 町の南の石門を通過し、馬車は真っ直ぐに町長の邸へと進んでいく。峠を越えてからは石畳の道となり、蹄鉄(ていてつ)の音がリズミカルに鳴っていた。イアゼルは相変わらず窓外をきょろきょろ見やっている。活気溢れる市場。瀟洒(しょうしゃ)な専門店街。門から中心までの街路はことごとく、なんらかの商店だった。南門からの道に限らず、東西南北の門から町の中心までの街路はいずれも(あきな)いの家々で埋め尽くされていることだろう。ちらと見た路地にも露天商の姿がある。住宅地は町を十字に区切る大通りから外れた場所にあるに違いない。町の中央にたどり着くと、そこは噴水広場になっており、役所や図書館、高級宿、レストランといった施設が取り巻いていた。


「イアゼル様?」


 道中は興奮し通しだった彼が、町に入ってからずっと沈黙している。どうしたのだろうかと(いぶか)ったが、イアゼルはきょとんとした顔で振り返るばかり。


「お静かでしたので、どうかなさったのかと。ご気分が悪くなってしまいましたか?」


「ううん」


 短い返事ののち、イアゼルは再び窓外に顔を向ける。どうにも様子がおかしい気はしたが、半日も馬車に揺られていれば疲れるだろう。大人しくなっても不思議ではない。そんなふうにルシールは結論付けた。


 やがて馬車は北の街区の一角にある、豪壮な邸の前で停まった。馭者に長くとも二時間程度で戻ってくる旨を告げ、ルシールは先んじて馬車を降り、イアゼルが降りるのを手伝った。相変わらず彼はきょろきょろしている。顔や目ばかりが落ち着かない。どうも、道行く人々に視線をやっているようだった。


「イアゼル様。あまりひとを見過ぎては失礼ですよ」と(たしな)めると殊勝(しゅしょう)に頷くものの、すぐに視線がひとを追ってしまうようである。仕方なしにルシールは彼の手を引いて邸宅へと先導した。


 暮れ方の茜が敷地の芝を彩り、貴族趣味な邸も等しく照らし出している。玄関ポーチに執事とメイドが立っているのは気付いていた。あちらも当然、こちらの存在には気付いているだろう。そもそも今日訪問する旨を書簡(しょかん)で告げており、先方からの返事にも歓待します云々(うんぬん)と記されていた。執事もメイドも彫像のごとく動かず、出迎えに来ないのは、町長エンゾの指示であろう。文面上は丁重を装っても、領地を分与されたばかりのガキと乳母なんぞ相手にする価値もない。そういうわけだ。


「「お待ちしておりました、イアゼル様、ルシール様」」


 ようよう玄関ポーチにたどり着くと、示し合わせたように執事とメイドが声を揃え、同じタイミングで一礼した。


「ご機嫌よう。エンゾ殿はいらっしゃいますか?」


「「ご案内いたします」」


 またも声を揃え、両開きの玄関を揃って開ける。きらびやかなエントランスが目にうるさい。前方をメイド、後方を執事に挟まれつつ邸内を歩く間、ルシールはイアゼルの手を離していた。実際は魔術で常に手を握り、背をさすったり、声なき声で安心するよう言い聞かせ続けていたわけだが。


 やがて通された応接間には案の定、誰の姿もなかった。(つい)のソファを示し、お座りになってお待ちくださいと、執事とメイドが声を揃える。


 ルシールは粛然(しゅくぜん)と腰かけ、お待ちくださいときたか、と内心で苦笑した。刻限(こくげん)通りに訪れた領主をお待たせする程度には礼儀正しい(・・・・・)のだろう、エンゾは。前情報では(よわい)百五十。血族としては初老だ。アルブルより少しばかり若い。ここまで非礼を通すような男だ、相当の自信家なのだろう。


 ルシールの横にちょこんと座ったイアゼルは、居残った執事をじっと見ている。そしてときどき、持て余した足をぶらぶらさせた。そのたびに交信魔術で注意するのだが、少しするとまた再開してしまう。離れではこんな態度は一度も見せなかったというのに。彼なりに緊張しているのだろうか。そのあたりはなんとも分かりかねたが、侯爵の子供として相応(ふさわ)しい態度を取ってほしいものである。


 エンゾが姿を見せたのは、それから三十分もしてからだった。


「これはこれは、お忙しいところ足を運んでいただきまして誠にありがとうございます」


 真紅の絹の上着を()した初老の男は、知己(ちき)にでも再会したかのように両腕を広げてソファまでやってくると、触れる程度の握手をルシールとイアゼルに交わし、深く背をもたれた。傲岸不遜(ごうがんふそん)を絵に()いたような態度である。装飾品の(たぐい)は身に着けていなかったが、肥えた指には十指すべて指輪の痕跡があった。抜けたか欠けたかした歯の一本は(きん)で埋められている。


「こちらこそ、お時間を()いていただきまして、恐悦至極に存じます」


「そちらが例の第二子でございますか」


「ええ。イアゼル様です。イアゼル様、ご挨拶を」


 イアゼルがエンゾを眺めて呆然と「イアゼルです」と呟くと、老人は「ご丁寧にどうも」とニヤついた。


 他愛ない世間話を挟んだのち、ルシールは本題へと切り込んだ。


「ウィステリアをより豊かにするための提案があるのですが、お聞きいただいてもよろしいでしょうか?」


 エンゾは目の色ひとつ変えず沈黙している。しばしの間を置いて、彼は軽く手を差し出した。聞いているから続けてみよ、と。ルシールは少しばかりまごついてみせつつ、早口に喋った。


「ウィステリアの周囲は開墾(かいこん)可能な土地が有り余っております。畜産に向いた箇所も複数見受けられました。町の規模を拡大してはいかがでしょう。ウィステリアでは人口増でほかの町へ移住する者も多いと聞きます。それらの人材を開墾ならびに生産者に回せば、(いたずら)な人口流出も抑えられますし生産力も上がります。加えて交易の(かなめ)となる土地柄、余った生産品の売却に困ることもないでしょう。ウィステリアの生産力増加はほかの貧しい町村への助けにもなるはずです。つまりは侯爵領全土への多大なる貢献となります。いかがでしょう」


 言い切って、ルシールは肩を上下させ、何度か深呼吸した。


 エンゾはたっぷり数分かけて彼女のそうした様子を観察し、にっこりと微笑んだ。線状になった瞼の先で、瞳は冷たく暗い。


「それは大変結構な話です。領地拡大で当地の貧困層も大いに救われましょう。しかし、困ったことに町の面積拡大で上納品を増加せねばなりませんな。我々の労苦の結晶がフラティリアに吸い上げられてしまうとあらば、()とするわけにはいかない」


「で、ですが、上納品以上の利益が出ることは――」


「間違いないと確約出来ますか? いいや、出来ない。開墾した結果、その地が(みの)らぬ土だと判明するやもしれん。ましてや不作になれば大打撃。土地を広げた分だけ、あんたがたの課す税がのしかかってくる。それが何年も続けばウィステリアは地獄と化す。それともなにか? ここを領主の直轄地(ちょっかつち)にでもしてみるか? そ、れ、は、無理だ。公文書がある。領地経営の際の契約書のことだ。知らんようだから教えてやるが、この地の差配は町長たるワシに委ねるとある。例外はひとつ。フラティリアへの上納品が十年平均の三分の一未満になった場合のみ、直轄地として経営権剥奪の権限がそちらに与えられるわけだが、そのような事態は万が一にもありえない。ありえない。あ、り、え、な、い! 分かったか? 領地を分与されたばかりの新参がウィステリアに(てこ)入れしようだなどと、戯言(ざれごと)を。随分張り切っているようだが、あんたみたいな乳母様(・・・)に政治は不可能だ。金勘定も覚束(おぼつか)ないだろう? 金貨と銀貨の違いが分かるか?」


 この(かん)、ルシールはずっと俯いて膝を握りしめていた。隣にいるイアゼルにはあえてなにも交信しなかったので、彼女を心配そうに覗き込んでいる。腕や背中をさすったりしてくれている。


 惨めだろう。大層。


 エンゾは手を二度打ち鳴らすと「お帰りだ!」と叫んだ。それを契機に執事とメイドが応接間の扉を開け放つ。ルシールはエンゾの顔を一度も見ることなく、涙を散らして早足に邸を出ていった。


 そしてイアゼルの手を引き馬車に飛び乗ると、馭者に夜を徹しての行軍を命じる。万が一魔物が出てもルシールの魔術で進路を確保出来るのはすでに説明済みであり、今更馭者が渋ることなどなかった。


 エンゾの目には、みっともない敗走に見えたことだろう。


「ルシール、大丈夫? ルシール」


 身を揺するイアゼルを、ルシールは力なく抱きしめ、そっと囁いた。「いじめられてしまいました」


 すると、イアゼルが(いたわ)るように自分の背をさするのを感じ、ルシールは小さく嗚咽(おえつ)する。


「もう大丈夫です、イアゼル様」


 身を離したのは、馬車が峠に差しかかってからだ。ルシールはイアゼルが落ちないよう腰にきっちり手を回しつつ、自分は窓枠に肘を乗せ、決して彼に顔を見られないよう、窓外へと半身を()らした。


 ウィステリアの経営者エンゾとの面会。そしてイアゼルの同情心の買い入れ。どちらも想定通り(・・・・)に運び、ルシールは宵の口の林を眺めて邪悪な笑みを浮かべた。


 ただ、ルシールの意想外の出来事も進行していたのである。イアゼルがウィステリアのすべての人々に見出したものを見過ごしていた。路地に座り込む貧民。一見するとなんの憂いもなさそうな富豪。声を張り上げる露天商。商品棚で品を吟味する女性客。それら全員が、イアゼルの目には名状しがたい負の気配をまとっていたのである。端的にいうと、彼らに不幸を感じ取ったのだ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『早駆(はやが)けの魔術』→馬などの速度を上げる魔術。人にも応用可能。詳しくは『559.「隠し通路」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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