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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌⑩ ~黒百合と領地分与~」

 初夏に差しかかる頃、百合が咲いた。ルシールが注文したのは色とりどりの百合であるが、どこでミスがあったのか、咲いたのはどれも黒百合である。俯き加減に花弁を重ねて咲く濁った黒は、どうにも不吉で仕様がない。不潔な手洗い場のような悪臭にも辟易(へきえき)した。


 ところがイアゼルは気に入ったらしい。


「ルシール!」


 黒百合とルシールを交互に指さして笑っている。彼女が普段身につけている衣服と黒百合が似ていたのだろう。そう言われてみれば、なるほどと彼女も思った。だが、皮肉めいた感情を(きざ)してやまない。自分がずっと着ている黒のワンピースは侍女のお仕着せだ。必ずしも自分を示すものではない。侯爵の妻を相争(あいあらそ)った者の象徴である。正妻が決まった今、その服は敗北の証とも言えよう。そのなかで自分は特殊な立場にあるという自覚はあったが、奥方になれなかったという意味では敗者と見做(みな)して(しか)るべき。


 イアゼルは、実母も侍女服を着ていたことなど知りもしないだろう。


 そういえば、とルシールは思う。イアゼルは一度も母について(たず)ねたことがない。ルシール自身もそうした概念は教えなかった。彼はただただこちらをルシールと呼び、こっちはこっちでイアゼル様と応える。母親と勘違いしているのだろうか。それはそれでかまわない。イアゼルが明確にそれを問うまで、自分の立場を明確にするつもりはなかった。必要のない事柄で彼を煩悶(はんもん)させるより、好きなこと――もっぱら魔術について打ち込ませるほうが得策だ。


 ヨームが大鋏(おおばさみ)を手に番小屋から姿を見せ、こちらへ歩んできた。いかにも不器用にイアゼルへと笑いかけ、それからルシールを見上げる。


「注文の品を(たが)えたようで、申し訳ございません。すぐに仕入れの者を特定して――」


「いいのですよ、ヨームさん。ほら、イアゼル様をご覧になってください」


 イアゼルはヨームに教えてあげるように、黒百合とルシールを交互に指さして「ルシール!」と笑う。それで意が通じたのか、ヨームはゆったりと頷いた。


「坊ちゃんのおっしゃる通り、ルシールさんにそっくりです」


 そう言ってから、ヨームは失言を詫びるようにルシールに黙礼して去っていった。




 それから季節が流れ、黒百合が枯れるとイアゼルは悄然(しょうぜん)とした。


「来年また咲きますよ」


「……うん」


 地下にはまだ球根があるはずで、中秋あたりに肥料を与えてやれば春先に芽が出る。そのあたりの知識はヨームが教えてくれた。


 すっかり枯れた黒百合を見下ろして、ルシールはイアゼルの隣にしゃがみ、彼の頭を撫でた。すると彼はルシールの腕に、まだ短い両腕を絡ませる。


 黒百合はひとつも()をつけず、未来永劫、その花が離れで芽吹くことは無かった。




 レベッカの息子――ブランという名らしい――が産まれて一年後、アルブルは第二子イアゼルの存在を明らかにした。が、第一子のときのように貴賓(きひん)を招いたりといった祝賀はおこなわず、訪問者にもその姿を見せることはしなかった。病弱と(うそぶ)き、人目を遠ざけたのである。当然の判断だ。産まれたばかりのイアゼルが立って言葉を話すなど、あってはならない珍事である。ブランとイアゼル双方の外見の成長度が個人差の範疇(はんちゅう)に収まるまでは、衆目(しゅうもく)(さら)すわけにはいかない。そのあたりの事情はルシールも(わきま)えていたので、なにひとつ不満はなかった。そして当初の約束通り、首都ラガニアへ領地の分与に関する書状が送られ、認可する旨の返書をアルブルの手から拝受(はいじゅ)したのである。領地の分与は当然ながら、体裁上(ていさいじょう)の長男にあたるブランに対してもおこなわれた。イアゼルとは異なり、三分の二が譲与された事実にさしたる驚きはない。引退宣言とも受け取られかねない差配だが、領地経営者との折衝(せっしょう)直轄地(ちょっかつち)フラティリアの支配は依然(いぜん)としてアルブルがおこなう構えである。一歳の子供や、世間知らずの妻に政治を任せるつもりなどあろうはずがない。


「今一度確認するが……お前はどうするのだ、ルシール。これまで通り俺に一任するか?」


 暮れ方の書斎でルシールはソファに腰かけ、アルブルと正対(せいたい)していた。間のテーブルには、いつかのようにチェス盤が乗っており、駒は開戦に備えて整列している。


「乳母の立場で(おそ)れ多いことでございますが、わたくしめがイアゼル様の領地を担当させていただきたく」


 ルシールは駒に触れもせず、淡々と言い放った。不遜(ふそん)なまでに堂々たる(たたず)まいで。


 アルブルはしばしルシールの手元を眺めたが、まったく動く気配がないのを察したのか、ソファに深く身を預ける。


「結構。イアゼルに分与した土地はお前に任せよう。……退屈させるなよ」


「粉骨砕身、努力いたします」


 その日、お互い駒には一度も手を触れなかった。


 これは遊戯ではない。そのようなルシールの宣言を、アルブルは悠揚(ゆうよう)()れたのである。


 それからの離れでの日々は、イアゼルへの魔術教育も含み、なにくれとなく彼にかまいながらも、寸暇(すんか)を見つけて領地内の各町村への書簡(しょかん)をしたためた。領地の分与の話を切り口に、いずれイアゼルの紹介に伺う旨を告げる内容だ。アルブルより許しを得て、乳母ルシールの名のもとに書簡を送ったのである。使えるものはなんでも使う心算(しんさん)だった。アルブルの名を盾にする姿勢を恥などとは言っていられない。


 領地経営者からの返信はいずれも穏当なものだった。イアゼルの誕生をあらためて寿(ことほ)ぎ、ルシールへの歓待を示す、美辞麗句で彩られた定型文である。なかでも特に達筆で、修辞や文の構成に手慣れた一通をルシールは目に留めた。町の名はウィステリア。イアゼルに与えられた領地のなかで最も規模の大きい町である。周囲を山脈に挟まれた肥沃(ひよく)な盆地で、東西南北の山道は必ずこの町を通過することとなり、ほかの町村の間での交易の結節点となっていた。仲買いで利益を上げつつ、街道筋から外れた土地を畜産や耕作地として活用し、一次産業としても上々。余った土地を開墾(かいこん)せずに放置しているのは、充分に富んでいるからか。いや、そうではない。


 ウィステリアには、アルブルから直接指導を受けている間に、すでに目を付けていた。イアゼルに分与された侯爵領における最大の腫瘍(しゅよう)として。


 上納品の多寡(たか)は、おおむね居住地および農地の総面積で決めるのが伝統であるらしい。ウィステリアはそれを逆手に開墾可能な土地に手を出すことなく、町の規模を一定に(たも)ち、上納品の増加を抑え込んでいた。町全体が富裕層かというと決してそうではない。儲かっているのはもっぱら仲買いおよび、領地経営者――つまりは町長である。過分な利益は分配されることなく際限なしに積み上がっているという噂だ。


 ルシールはその後三年近くかけて、ウィステリアの町長との往信(おうしん)を続けた。その間、ウィステリアを含めた各町村からの上納品は横ばいである。アルブルの名が効力を発揮しているのだろうが、そのうちアレコレと理由をつけて図々しくも上納品の引き下げ交渉を仕掛けてくるだろう。まだその気配がないのは幸いだったが、もし交渉が発生したとしても、アルブルの逆鱗に触れるなどといった内容を迂遠(うえん)な言葉を(ろう)して伝えれば尻尾を巻いて前言撤回するに違いない。ただし、それも一時的な態度に過ぎないと読んでいた。いずれは腹をくくった交渉に出てくるはず。領地が分与された事実は、彼ら町村にとってはまたとない機会なのだから。


 イアゼルを(ともな)ってのウィステリア訪問がアルブルの許しを得たのは、イアゼルが五歳のときのことである。彼はすでに、ルシールの胸のあたりまでの身長になっていた。痩せっぽちなのが気がかりだったが、無理に食べさせても仕方がない。


「さ、イアゼル様。旅行に参りましょう」


 ヨームの用意した馬車へとイアゼルの手を引きながら、ルシールは自身の上唇を舐めた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より

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