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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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幕間.「徒花の蹉跌② ~正妻競争~」

 家族を(うしな)って三年ばかりを無為に過ごしたルシールだったが、町長の息子夫婦とその子供の幸福な姿を見て、人生が一変した。地位さえあれば家族は揺らがない。家族がいれば幸福でいられる。この日を境に、彼女は知恵を絞り、策を(ろう)し、倫理も道徳もかなぐり捨てて、たったひとつの道を猛進した。それがフラティリアの領主アルブル侯爵の妻である。故郷の町長――(いな)、領地経営者など眼中になかった。侯爵の支配地において、その地位は盤石とは言いがたい。それこそアルブルの心ひとつで消し飛ぶようなものだと彼女には思えた。


 両親の財産の一部がフラティリアの(かて)となった事実に、ルシールは一度も葛藤を覚えたことはない。昔から、これと決めた物事にはとことん夢中になり、視野狭窄(きょうさく)に陥る性格だった。魔術学校で好成績を修めたのも、彼女のそんな性質に由来している。


 七十五年。アルブル侯爵の邸に侍女として()し抱えられるまでに費やした時間である。あまりにも長い年月が必要だったのは、邸の持つ特異な閉鎖性が大いに影響していた。侍女とアルブルのみが抱える秘密のことだ。その(かん)、ルシールはフラティリアのやくざ者との折衝(せっしょう)など、何度も危ない橋を渡っている。苦々しい思いは数え切れない。たとえば、故郷の町長の孫――ダンテという名である――とばったり出くわし、深々と謝意を示されたのには閉口した。祖父の罪を自覚した義理堅い若者に育っており、『貴女のために出来ることはないか』などと言われて、どうにも返答に困ったので『思いついたら連絡する』と返して以来、それきりになっている。


 アルブルが実子に飢えていたのは、血の継承に尽きる。代々侯爵家は血を絶やすことなく継がれていた。アルブルの家系に特別なものなどなにもない。一部の血族が(ゆう)する異能もなければ、魔術の才もなかった。受け継がれる品――貴品(ギフト)こそ存在したものの、多幸の喇叭(カタルシス)と名付けられたその道具は、魔術を拡散させるだけの代物である。持たざる者には置き物程度の価値しかない。


 なにもないからこそ、血だけには固執した。なんとしてでも絶やしてはならないと。彼が侍女と夜毎(よごと)(まじ)わるようになったのは、なにも好色だからではなく、誰でもいいから子を産んでほしかったからだ。愛や恋にはなんの興味もない。正室や側室といった表向きの体裁(ていさい)には目もくれず、産めば妻、産まねば侍女、そのような関係性を望んでいたのだ。(よわい)百五十まで続いている夜伽(よとぎ)で、ただのひとりも産まれないなかったのはアルブルの誤算だろう。


 ルシールが侍女として邸に入り込んで一年弱の(あいだ)、夜伽の秘密は伏せられていた。アルブル当人と侍女頭により、厳しく見定められていたのである。この女に見込みはあるか、と。


 はたして、ルシールは認められた。アルブル自身の年齢のために回数は数週間に一度の頻度まで減少していたが、侍女の間で持ち回りとなっている秘密の仕事――またの名を競争――への参加を許された。


 かくしてルシールは厳冬の晩、最初の仕事を遂げたのである。




「なに浮かれてんのよ、オバサン」


 アルブルとの情事があった翌朝、床掃除に専念していると、そんな声が頭上から降ってきた。見ると、侍女のなかではもっとも若い――といっても四十代の――レベッカが廊下の窓枠に背をもたれて、口に嘲笑を浮かべている。


 ルシールとしては浮かれたつもりなどなかったが、そう映ったとしても不思議ではない。きっと授かったと強く強く信じていたからだ。


「心外ね、レベッカ。浮かれているだなんて。貴女も、もっと頑張ったほうがいいんじゃないかしら?」


 レベッカがアルブルと同衾(どうきん)したのは約半年前。彼女は相変わらず痩せぎすだった。


 ルシールの明らかな嫌味に対して、レベッカは大きく舌打ちをし、捨て台詞を吐いて去っていった。「運命に選ばれるのはアタシだから」と。


 侍女の間で夜伽の話は禁じられている。ゆえに、遠回しな応酬がしばしば()された。これもそのひとつである。


 ルシールはレベッカの背を鼻で笑い、床掃除に戻った。


 はじめこそ平身低頭だったものの、ルシールは侍女の真の立場を知るや否や、化けの皮が剥がれるように、生来(せいらい)の勝ち気な態度を示すようになっていた。アルブルが侍女との関係をひた隠しにしている以上、秘密を知ったからにはそう易々(やすやす)と解雇されることはないと確信していたのである。実際、邸を去った侍女はひとりもいないと聞いている。解雇の憂いがないだけなら、敵意に敵意を返すような真似はしなかったろうが、侍女同士がライバルとなれば話は別。競争相手と仲良しこよしだなんて、足元を(すく)われる要因にしかならないとルシールは考えていた。腹の探り合いも結構だが、睨み合うほうが(しょう)に合っている。


「大丈夫ですか、ルシールさん」


 レベッカが去って少しもしないうちに現れた別の侍女に、ルシールは内心で舌打ちをした。この子の顔は見たくない。(あで)やかな黒髪に、整った目鼻立ち。侍女で一番の美人だ。だがそれはいい。いつだって同情に満ちた顔をして、口にするのは優しい言葉ばかり。そういう手合いは一番信用に足らない。今も、本当にこちらを心配しているような表情をしていた。それが手慣れた演技なのかどうか誰にも分からないあたり、恐ろしささえ覚える。


「ご心配どうも、ロゼッタ。貴女は貴女のお仕事をなさってはいかが? 失礼だけど、新入りのわたくしよりも働きが悪いのは不思議で仕方ないわ」


 このとき発した『仕事』とは夜のことではない。床拭きや炊事や洗い物といった百般の雑用を指している。実際、ロゼッタには鈍臭(どんくさ)いところがあった。失敗も数え切れない。昨日は花瓶を割って侍女頭に怒鳴られ、アルブルはいかにも不愉快そうに眉間に皺を寄せていた。


 ルシールの()しざまな言い草にも、ロゼッタは困った顔をして「そうですね、ルシールさんは優秀ですもの」なんて呟いている。いかにも殊勝(しゅしょう)そうにしているが、なにを考えているか分かったものではない。


「きっと授かりますよ」


 耳元で囁かれたとき、ルシールは頭が真っ白になった。我に返ると、もうロゼッタの姿はどこにもない。なんの心算があってそれを口にしたのか、ルシールにはちっとも分からなかった。


 ただ、このときのロゼッタの言葉は現実となった。四ヶ月もすると、傍目(はため)にもルシールの妊娠が分かるようになったのである。当人は二ヶ月目には察していたものの、侍女たちは口を揃えて『想像妊娠』の四文字を唱えるばかり。しかし、彼女が身重(みおも)であることがはっきりすると、扱いは一転した。邸の奥で、まるでこれまでの敵対関係などなかったかのような歓待ぶり。誰もが敬語を使い、丁重に接する。さながら貴族の奥方。実際ルシールはもう競争に勝利したも同然で、ゆえに貴族の奥方としての待遇は当然だと感じたが、油断はしなかった。料理は必ず毒味をさせ、誰であれ不用意に身辺に近寄らせない。子供になにかあっては事である。


 アルブルは涙して喜んだが、ルシールを人目に触れぬ奥の()に籠もらせたのは、やはり最後まで油断しないようにとの一念からだったろう。産めば妻。産まねば侍女。まだ産まれていない以上、ルシールを正式に妻とはしなかった。ただ、それも時間の問題である。アルブルは初夜での冷淡さとは打って変わって、なにくれとなくルシールの世話を焼いた。その多くは侍女への命令というかたちで為されたが、彼自身が身体を動かすこともときどきはあった。


 これで地位と家族を手に出来る。ルシールはそう確信していた。アルブルは控えめに言っても醜い男だが、上手くやっていけるだろう。


 なにより子供だ。娘か息子か分からないが、子供が希望になってくれる。決して崩れることのない地位の上で、家庭という幸福がようやく訪れるのだ。


 ルシールは臨月(りんげつ)を迎え、そして幸福な苦しみのなかで子を産んだ。


 侍女とアルブルが見守る奥の間で、息も絶え絶えに、ルシールは出産したのである。


 呼吸も心臓も止まった子供を。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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