表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
1482/1573

Side Laurent.「無能な夢想家」

※ローラン視点の三人称です。

「ルシールルシールルシール、ルシールルシール、ルシール! ルシールルシール! ルシール!! ルシール、ルシールルシール」


「大丈夫ですよ、イアゼル様。貴方はなにも悪くありません。なんの失敗もしておりません。大丈夫。大丈夫ですからね」


「ルシールルシールルシールルシール」


 間歇的(かんけつてき)に寄せては返す名前。この地に決して望ましくない安寧(あんねい)をもたらした血族――イアゼルの声や、ルシールの慰めは、ローランの耳には届かなかった。(いな)、音としては拾っていたろう。しかし、意識するような余裕などどこにもない。


 騎士。戦士。非戦闘民。マグオートのほぼすべての人間を相手に、騎士団ナンバー6、不滅のローランは後退しつつの防戦を()いられていた。マドレーヌがしたように、幸福の狂信者を次々に気絶させれば、このような窮状(きゅうじょう)はなかっただろう。ローランはそれを採用しなかっただけの話だ。どれだけの負担になるか計り知れないことなど織り込み済みで決断したのである。


「目を覚ましさない! 貴方がたの敵は私ではありません! どうか己に打ち()って、戦うべき相手を正視するのです!」


 ローランの声は(かす)れていた。似たような叱咤(しった)を何度飛ばしたか知れない。それでも喉が潰れるまで説得をやめるつもりはなかった。気絶させるという、ある意味で楽な道を選ばなかった理由もそこにある。もしこの洗脳から覚めたとき、戦える人員を減らすのは悪手だ。しかし良手でもないことは、ローランが全身に()った傷の数からも明らかである。身体のあちこちに(しょう)じた切り傷や裂き傷、あるいは打撲で、傍目(はため)にも痛々しい。


 ローランの懐刀(ふところがたな)を自称していた騎士の刺突をすんでのところで回避し、横合いから迫る槍を盾で受け流す。囲まれる状況だけは絶対に()けるよう退路を常に確保していたが、自身の動きが徐々に鈍っていることも分かっていた。


 ――マドレーヌ。貴女は勇敢でした。


 内心で溢れた呟きは、自覚的なものではなかった。心の声に導かれるようにして、火炎の魔術師の最期を追想する。


 彼女は最期の最期まで、敵である血族を(さと)そうとしていた。殺すまいとしていた。結果的に軍勢の三分の一を葬ることとなったが、それは彼女の望みではなかったろう。そこまでローランは正確に読み取っていた。自分には決して真似の出来ない生き方だったし、彼の意志にも沿わない姿勢である。それでも、並々ならぬ敬意を払った。血族に一矢(いっし)(むく)いたようにみえる顛末(てんまつ)に対してではなく、己をまっとうしようとした態度に対して。ゆえに、血族が目減りした事実を純粋に喜ぶ気にはなれない。そうはいっても、ローランの意志が別のところにあるのも確かだ。マグオートに降りかかる火の粉を消散させる。すなわち、血族に(やいば)を向ける。


 ただ、揺らいでしまったのも事実だった。ローランは(まぎ)れもなくイアゼルの洗脳によって至福を享受(きょうじゅ)したのだ。それがたった数分間であろうと、なかったことには出来ない。脳の中心が(はじ)け、視界が柔らかな光に埋め尽くされる感覚。目に映るなにもかもが美しく、祝福に満ちているように感じたのである。幸福をもたらしたイアゼルへの崇敬(すうけい)さえ(いだ)いたのだ。あのときには。


 本来の自分に回帰出来た理由は、ローランにもはっきりしない。ただ、少年の頃の自分が叫んでいた気がする。『俺は戦士になるんだ!』と。




 ローランの父は大臣で、母は近衛兵の令嬢だった。王都の富裕街区に生まれ、豪壮な邸宅に育ち、一流の家庭教師に教わった彼は、紛れもなく貴人(きじん)だったろう。しかしどうにも夢見がちな少年だった。無害な夢ならまだしも、彼の(えが)いた未来図は無謀そのものである。怪物と戦い、ひとを助ける将来を夢想したのだ。きっかけは本である。文字が少なく、絵図の多い子供向けの冒険譚。幼な()の勇敢さに寄与すべく書かれたような代物である。幼いローランは夢中になり、戦士になると言って(はばか)らなかった。父も母も真面目に取り合うことはなく、微笑んでいたのを覚えている。


 そんな彼が魔具訓練校に入学したのは、至極当然の流れだったろう。父母の反対もなかった。彼らはローラン少年が近衛兵に()(かか)えられるのを期待していたのである。大臣であった父のほうはいくらか渋面(じゅうめん)を作ったものだが。


 学校での日々のなか、少年は当然、魔物についても知ることとなる。これまで家庭教師から授けられた教育は、そのような血なまぐさいものではなく、語学や数学や作法一般といった実益に(きょう)するものばかりだった。


 魔物。


 この世界には魔物がいる。


 人々の夜を(おびや)かす存在が跋扈(ばっこ)している。


 ローラン少年の他愛ない夢想が、少しばかり輪郭を濃くした瞬間だ。倒すべき怪物とは、魔物のことだったのだとひとり納得する。


 学友も講師もローランにとっては慣れた存在だった。誰もが彼に(へりくだ)った態度で接するのである。家庭教師がそうしたように。ゆえに、特に違和感もなかった。座学の成績が並程度であろうとも些事(さじ)である。少年の心に(いく)ばくかの不満をもたらしたのは肉体鍛錬の実技だった。


『ローラン様はご見学なさっておられれば良いのです』


 一年次のことだ。ほかの学友よりも目に見えて体力に難のある彼に、講師がそう告げたのである。まだ頑張れるのに身体が言うことを()かない。自分の腕は、足は、どうしてほかの生徒と比べてこんなに細いのか。これまで意識してこなかった肉体の弱さをまざまざと見せつけられた。


 ローラン少年は当然のごとく落胆した。しかし、夢想に背を向けることはなかった。筋肉がなければつければいい。体力がなければ増やせばいい。誰よりも早く登校し、誰よりも遅く下校して肉体作りに励む少年の姿は、講師たちにとってどう映ったか。薄笑いを誘ったと述べれば充分だろう。


 もとよりローランの入学は両親の意を()んだものである。(いわ)く『この子を近衛兵にしてあげてください』。それに対し、学校側は最大限努力するが約束は出来ない(むね)の返答をした。いかに高貴な生まれであっても、軽々(けいけい)となれるものではないのだ。仮に学校側が王城へ推挙(すいきょ)したとして、過酷な入隊試験を突破出来なければ門扉(もんぴ)は閉ざされる。座学は平凡で、実技に関しては()の下。そんなローランが近衛兵になるなど不可能と思われた。かくして講師たちは早々に彼の教育を諦め、せいぜい貴族の坊ちゃんのお気に入りになれるよう(へつら)ったのである。学友は近衛兵云々(うんぬん)など知らなかったが、育ちの良さは分かるものだ。薄っぺらい敬意でもって応対したのは打算だったろう。あるいは父母から、ローランは貴族だから大切にしてあげなさいと言い含められていたのかもしれない。


 ローランの無能が完全に露呈(ろてい)し、学友の表面的な謙譲(けんじょう)をも失ったのは二年次のことだ。


 魔具の実技演習。といっても大層なものではない。修繕の魔術が(ほどこ)された魔具を取り扱ってみるだけのものだ。上手く修繕出来ずとも問題はない。砕けた木剣がちぐはぐに()ぎ合わさっても、それはそれで良しとされていた。


 魔具の取り扱いに関する座学はひと通り受けた(すえ)での演習である。誰しも、大なり小なり魔具の魔具たる力を経験する最初の機会だった。


 ローランは前代未聞の結果を叩き出したのである。


 三時間。


 演習に()てられたその時間のなかで、彼だけが魔具をまったく扱うことが出来なかった。理屈は理解しているのに、成果に結びついてくれない。退屈した生徒たちが、そこここで笑っているのが耳に(さわ)る。やがて講師は演習終了を告げ、なおも魔具にこだわるローランの肩に手を置いた。


『ローラン坊ちゃん。残念ながら、貴方様に魔具の素質はありません』


 酷薄(こくはく)な講師だろうか。否、このときローランに事実見たままを告げた講師は、誰より真摯(しんし)だった。ローランは近衛兵になれないだろう。かといって騎士や、内地の警備兵になる身分でもない。分相応の人生が別にある。魔具訓練校などさっさと退学して、王都の官吏(かんり)になる方途(ほうと)をつけるのが正道だと信じていた。ほかの講師もおおむねそのように思っていたが、表立って口にするような親切心は持ち合わせていなかったのである。


 講師の意図を理解し、諾々(だくだく)と従っていれば、その後の人生は違ったろう。


 ローランは数日間落ち込み続けたが、やがて再び木剣を取る日々に戻ったのである。夢想を諦めるつもりなど欠片もなかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『不滅のローラン』→紫の長髪の優男。騎士団ナンバー6。剣と盾で戦うスタイル。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』にて


・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『マドレーヌ』→炎の魔術を得意とする、『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れていたが、彼に敗北。テレジアの死によって、彼女の教義を伝える旅に出た。現在はマグオートに滞在。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『魔具訓練校』→魔術的な才能のない子供を鍛えるための学校。卒業生のほとんどは騎士や内地の兵士になる


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ