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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」
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Side Carol.「紫の賓客と隠し事」

※キャロル視点の三人称です。

 町長の邸から幾人(いくにん)かのメイドたちが走り去っていく。いずれも凶器と呼べるものを手にして。キャロルは彼女らを目の端に捉えながらも、決して視界の中心には収めなかった。この身に溢れる至福を曇らす要因だと直観したから。


 一方で、イアゼルは悠々と彼女らを見送った。手を振りさえして。


「この町の長は居るだろうか」


 邸を見据えてイアゼルがこぼす。誰にともなく放たれた独り言の(たぐい)だったが、キャロルは即座に返答していた。「きっと()ります。ここまでの道で姿を見ませんでしたので」


 キャロルは戦いに(おもむ)く人々をひとり残らず視認していた。意識の外側に追いやってはいたが、ちゃんと把握していたのである。自分の言葉によってそれに気付かされた。


 人々の流れのなかに、マグオートの町長であるラクローはいなかった。確信を持って断言出来る自分は、いったいなにを見て、なにを見ていないのだろう。ふとそんな疑問が頭に浮かんだ。


 イアゼルはというと、短く「そう」と返事をして、邸の玄関口へと()を進めた。それにやや遅れるかたちでキャロルが随伴する。彼がどうして町長に会いたがっているのか分からなかったが、幸福に溺れる彼女にとって、あえて問うほどの問題には思えなかった。イアゼル様が会いたがっている。それがすべてで、背景にある物事に思考がおよばない。


「おや。あれが長かな」


「ええ、そうです」


 庭のなかほどまで歩を進めたところで、玄関が開き、六十がらみの老人が姿を見せた。仕立ての良い外套(がいとう)の下は寝間着である。起き抜けなのだろう。


 その顔を見て、キャロルは安堵した。幸福そのものだったからだ。町長が異常者だったならイアゼル様の機嫌を損ねてしまいかねない。


 ただ、ラクローは武器を()びていなかった。幸福の使者を傷付けた不届き者の排除に向かう素振(そぶ)りもない。賓客(ひんきゃく)を出迎えるように、ニコニコと玄関先へと踏み出す。


「ご機嫌(うるわ)しゅう、天使様。私はこの町の長をやっているラクローと申します。以後、お見知りおきを」


 天使という語はキャロルも内心でイアゼルに対して(もち)いていたものの、直接口に出してはいない。先ほど彼の開陳(かいちん)した無神論に爪を立てるような単語ではないかとひやひやしたが、イアゼルはいたって平静だった。


「ご機嫌よう、ラクロー。ぼくはイアゼル。きみは、ぼくを襲撃した異常者を退治しようとは思わないんだね」


「ええ……まあ、そうですね。憎いですが、老体ですし、なにより町長の責務ではありません」


「そう。なら、町長の責務ってなんだい?」


「この邸で安穏(あんのん)と、幸福に過ごすことです」


 ラクローの言葉に(よど)みはなかった。普段ならば恥も外聞(がいぶん)もない直截(ちょくせつ)な表現である。ただ、幸福な洗脳に耽溺(たんでき)している状態においては、発言の歯止めがほとんど効かなくなるのだ。あるのは自分の幸福と、それをもたらしてくれた者への配慮のみ。


 イアゼルはラクローの返事に満足した様子で頷く。キャロルのときのような高笑いがなかったのは、町長と戦士という立場の違いによるものだろう。戦えない戦士は笑うに()るが、統治者であれば前線に立たないのは道理である。


「ぼくはこの町を幸せによって治める。ラクローの立場を乗っ取るわけじゃないから、安心しておくれ。ただ、この町の領主が名目上ぼくになるだけ。それでいいかい?」


「ええ。異論などございません」


 町長の返答から()もなく、イアゼルは庭になにかを突き刺すような仕草を見せた。と、次の瞬間にはそこに真っ赤な旗が(ひるがえ)っている。


「これでマグオートはぼくの支配地になった。ほかの貴族たちに襲われる心配はないよ」


 ぬるい風を受けてはためく制圧旗(せいあつき)の意味を、ラクローもキャロルも知りようがない。が、二人とも同じことを考えたろう。イアゼル様のおっしゃる通り、マグオートは恒久的な平和と幸福が約束されたと。




 朝陽の射す応接間。ふっくらしたソファの端に、キャロルは腰かけていた。隣にはイアゼルが足を組んでもたれている。ラクローが邸に招き入れ、イアゼルがそれに応じたのだ。ラクローは紅茶と菓子の準備にと下がってしまい、今は二人きりである。


 こういうとき、気の()いた話のひとつでも出来ればと思うのだが、キャロルには世間話の引き出しが皆無だった。そんな生き方しかしてこなかった自分を恨めしく思いつつ、けれども幸福感は少しも目減りしない。退屈してはいないかと、ときおりイアゼルを盗み見るのだが、彼はじっとローテーブルに視線を落としていた。口元に微笑を浮かべて。愉快な考え事をしているようにも、愉しい出来事の到来を無心で待っているようにも見える。いずれにせよ、余計な口を利いて彼の表情を崩してしまうのはあまりに勿体なく思えた。


「お待たせして申し訳ございません。なにぶん、メイドがすべて出払っているもので……」


 言い訳しいしい、ラクローが盆を手にして現れた。そして各人の前にカップとソーサーを置き、紅茶を注ぎ入れる。砂糖をまぶした豆菓子が盛られた大皿を、心持ちイアゼルのそばに配置した。


 配膳を終えると、ラクローは会釈して対面のソファに腰を下ろすや(いな)や、口を開いた。


「イアゼル様がマグオートにお越しいただき、私は大変嬉しく感じております。こうして面会出来たのも光栄でございます」


 まるで以前からイアゼルのことを知っていたような口振りだが、なんのことはない。至福充溢(ユーフォリア)にかかった者にとって、術者であるイアゼルは自然と身近で、なおかつ崇高な存在となるのだ。なにしろ、自分の幸福の源なのだから。


 イアゼルはというと、右手でソファの地を、ピアノでも奏でるように音もなく叩いている。喇叭(らっぱ)状の貴品(ギフト)は、持ち手のところを腰紐に()わえ付けてあった。


「ラクロー」イアゼルは愉しげな口調で呼びかける。「この町に魔術に(るい)する品や、魔術師が常駐(じょうちゅう)していないのはなぜだい?」


「昔からの風習なのです。魔術も魔術師も、魔物を余計に呼び寄せる要因になりますから。この町が魔術的に発展していたなら、戦士だけでは立ち行かないでしょう」


 キャロルは、おや、と思った。もしかすると、それが顔に出たかもしれない。ラクローが一瞬見咎(みとが)めるような目でこちらを睨んだ気がしたから。


 イアゼルは意に(かい)していないのか気付いていないのか、相変わらず優雅な声で対話を続けた。


「マドレーヌは? あれは魔術師だけど」


「……あれは旅の者です。本来なら門前払いするところですが、マグオートの防衛のために居残らせたのです」


「なるほどね。じゃあ、普段は一切魔術とは無縁の町なんだ」


「ええ」


「例外なく」


「はい」


「ぼくらみたいなラガニア人――黒の血族だっけ? 彼らとも一切関わってないんだね」


「もちろんです」


 もう、キャロルは口を(つぐ)んでいることなど出来なかった。これではあまりにイアゼル様に失礼だと。


 立ち上がった拍子に足がテーブルに触れ、紅茶が波打った。そのうち、キャロルのカップだけ橙色の液体がソーサーへと溢れていく。


「町長は嘘を言ってます! イアゼル様! この町は――」


「キャロル! 黙れ!」


 ラクローに一喝(いっかつ)されてもキャロルは動じなかった。この場の誰よりも重んじなければならない相手はたったひとりなのだ。


「この町は血族の地下都市ヘイズと繋がっております! 邸の地下に転移魔術の紋があって、そこから――」


「キャロル、貴様!」


「そこからベアトリスの領地と自由に行き来できるのです! 町長は、いえ、ラクローは嘘つきです! 異常者です!」


 一気呵成(いっきかせい)(まく)し立てると、キャロルは心臓の高鳴りを自覚した。町長を指さして異常者だなどと告発する日が来るなんて、以前の彼女なら受け入れがたい未来だったろう。けれども今の彼女は満足だった。幸せだった。愛するイアゼルに真実を伝えることが出来たのだから。


 ラクローはというと、顔を隠すように(うつむ)いてしまっている。


 どのくらい()ったろうか。イアゼルの声が室内を流れた。怒りの影すら感じられない声音(こわね)


「キャロル、座って。ラクローは顔を上げて。そうそう、二人ともいい子だ。大丈夫、ラクローは異常者じゃない。ちゃんと幸せだ。ぼくに嘘をついたのは仕方ないことだよ。ぼくに余計な苦労をかけたくなかったんだろう?」


「……左様でございます。ベアトリスのことを知れば、きっとお優しい貴方は黙っていないだろうと……」


 キャロルはソファに座り直し、きゅっと膝を掴んだ。先走ってしまった自分を恥じたのだ。そんな彼女の背を、細い手のひらが上下した。イアゼルに背を撫でられていると分かり、ますます顔が赤くなる。


 キャロルの少女じみた反応を愉しむように、イアゼルは町長との一連の問答も愉快に思っていたのだろう。そうでなければ、彼はこんなこと口にしないはずだ。


「大丈夫。マグオートとラガニアの流刑地が地下で繋がってることは知ってたから」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『キャロル』→マグオートの戦士。気だるげな女性。運河を越えるために砂漠の廃墟の掘削事業に従事していた。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『ラクロー』→マグオートの現町長。邸の地下にヘイズと接続した転送魔道具がある。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『制圧旗(せいあつき)』→旗状の魔道具。血族に配されたグレキランスの地図と連動しており、旗が刺された地点が地図にマークされる。制圧旗は通常の手段では破壊出来ず、各軍の指揮官が死亡した場合に消滅する。その際、地図のマークは髑髏に変化する。諸侯同士による獲物の横取りを防ぐために開発された。血族の部隊長クラスがそれぞれ所有しており、旗を突き立てる仕草を行うことで出現し、効力を発揮する。詳しくは『幕間「落人の賭け」』にて


・『マドレーヌ』→炎の魔術を得意とする、『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れていたが、彼に敗北。テレジアの死によって、彼女の教義を伝える旅に出た。現在はマグオートに滞在。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『ヘイズ』→ラガニアの辺境に存在する地下都市。夜会卿の町を追放されたバーンズが先頭に立って開拓した、流刑者たちの町。地下を貫く巨樹から恵みを得ている。夜間防衛のために『守護隊』と呼ばれる自警団がある。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『ベアトリス』→ラガニアの地下都市ヘイズの長であり、バーンズの子孫。黒の血族で、ラガニアの男爵。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。戦争にて竜人と組んで人間側につくことを誓った。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて

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