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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」
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993.「真っ赤な盗聴者」

 ユランの突然の転心にデミアンは当惑したのか、口をもごもごさせていた。以前のわたしなら大なり小なり彼と同じ戸惑いを感じたことだろう。今はただ、王様の演技が剥がれかけてるな、としか思わない。


 ヨハンが手話によってどのような説得をおこなったのかは知りようがない以上、考えるだけ無駄だ。ともかく表面上は交渉に成功したのだろう。今後ユランがどのような振る舞いをするかは不明だが、この場で敵となることはない。聞き耳を立てているであろうオブライエンにとっても同じはずだ。彼としても、あえてユランを排除する理由は消えただろう。


 ヨハンはいまだに納得のいかない様子のデミアンに(ひざまず)き、わたしにとっては見慣れた不敵な笑みを浮かべた。どうやらまだ王様の演技は継続させるらしい。


「現王様。ご覧の通り、ユラン公爵はもう敵ではございません。ラガニア独自の言語を(もち)いて、私が説得いたしました。彼の言葉に嘘はないのでご安心を」


「ほ、本当なのか?」


「ええ」


 二人にユランが割って入る。「俺はお前らを尊敬してる。勇敢だ。命を差し出す覚悟のある奴を無下(むげ)には出来ない」


 振り返り、ナルシスと視線を()わす。彼は短く頷いた。真実ということだろう。その隣でスピネルが随分と居心地悪そうにしていたけれど、知ったことではない。


「ひとつ、お伝えしなければならないことがございます」


 ヨハンは少しばかり声を張って、立ち上がった。そしてノックスを手招きする。少年王は一瞬の躊躇(ちゅうちょ)もなく、ヨハンの隣に並び立った。


「ノックス坊ちゃんは」ヨハンの骨ばかりの手がノックスの肩に添えられる。「我々の大切な友人です。クロエお嬢さんにとっては、なによりかけがえのない存在でしょう。ゆえに、彼には今後手出ししないと誓っていただきましょうか」


「ち、誓う。無論だ!」


 デミアンが青褪(あおざ)めているのも無理はない。ノックスを殴ったのは彼なのだろう、おそらく。玉座を奪って身代わりになるべく、大罪を覚悟で演技した、といったところか。共感すべき犠牲精神だが、生憎(あいにく)わたしに共感能力は失われている。


「もし」とヨハンが続ける。顔も身体も視線もデミアンに向けていたが、やけに大きな声だった。「ノックス坊ちゃんが傷つくようなことがあれば――それも人間の(・・・)作為(さくい)によって傷つくことがあれば、我々は王都を灰に変えます。血族に寝返ってでも」


 ヨハンにとってノックスがそんなに大事なのだろうか。一度は殺そうとしたくせに。まあ、過去と現在とでは立場がまったく違うし、なにより彼の本心なんて知りようがない。


『結構』


 異質な声が玉座に響く。軽薄で、けれどどこか威圧的な声。この場の誰のものでもない。なのにそれは、ノックスのほうから聴こえる。


 ぎょっとした顔で、ノックスが一歩退()いた。彼の立っていた場所には、先ほどまで握りしめていた一本の薔薇が落ちている。丁寧に棘を抜いた真っ赤な薔薇。今、その花はわさわさと(うごめ)いていた。それぞれの花弁が唇であるかのように。


『彼には手出ししないと誓おう。ただね、吾輩は一方的な約束が嫌いな性格なのだよ。ヨハン氏。いや、メフィスト氏かね? 君にも誓っていただこうか。吾輩が約束を守っている限り、王都は決して血族に蹂躙(じゅうりん)させないと』


 薔薇から聴こえる声は知っている。オブライエンだ。


「私は血族の指揮官ではありません。私がどう頑張ったところで、王都が陥落(かんらく)するかは両陣営の戦力次第でしょうなあ」


迂遠(うえん)な物言いだったかな? 吾輩が要求しているのはヨハン氏、そしてメフィスト氏の行動に関してだ。君は目的を達成するためなら手段を選ばない。そうだろう? キュラスでの(じつ)に見事な活躍ぶりで実感出来た。君の目的がどこにあるかは知らないが、そのためなら王都を差し出す真似だってするはずじゃないかね? 吾輩にとっては望ましくないような真似を』


「では、利害が一致していますね。私も王都が陥落するのは望んでいません。そのような作戦は取らないと誓いましょう」


 薔薇――オブライエンはしばし沈黙していたが、やがて再び蠢いた。


『結構結構。ところで先ほどはどのような手管(てくだ)でユラン氏を――』


 ヨハンは靴裏で薔薇を踏みつけ、花弁をひとつ残らず()り潰した。あまり意味のある行為には見えない。薔薇に限らず、どこにオブライエンの器官があるのか分かったものではないから。




 それから()もなくして、わたしたちは玉座裏の廊下を歩いていた。ゲストルームやら使用人部屋が並んだ豪奢(ごうしゃ)な廊下である。階上には王の私室がある。


「広い廊下っすね」とスピネルは元気を取り戻した調子で言う。よく分からないが、先ほどユランと拳を突き合わせていた。ユラン(いわ)く、竜人は『かっけえ』からみんな親友らしい。安い連帯だ。かく言うわたしたちもユランの求めるままに拳を突き合わせたわけだけど。玉座に残ったノックスとデミアンとも、同じようなことをしていた。彼のなかで親友の定義はどうなっているのやら、皆目(かいもく)見当がつかない。


 目的の部屋にたどり着くと、ヨハンはノックもなしに開け放った。


「少しぶりです、カエルくん」


 ベッドに腰かけているカエル頭の男は、ハルキゲニアから来た助っ人のケロくんだった。交信魔術師として王城に配置されているのは知っていたし、妥当(だとう)だとも思ったものだが、彼の悄然(しょうぜん)とした様子を見るに、なにかあったらしい。彼はスピネルとユランを見て少しだけ目を丸くしたものの、すぐに(うつむ)いた。


 そんなケロくんへと、なぜかナルシスが駆け寄る。


「どうしたのだ、ケラケルケイン・ケロケイン氏! なにか嫌なことでもあったのか? このナルシス、貴方の相談ならなんでも聞こう。私は貴方を心から尊敬しているからね。なにしろ、私よりも優秀な交信魔術の使い手なのだから! 嗚呼(ああ)! 貴方に王城付きの交信魔術師の座を譲ったのは私の望みでもあったのだ! もっとも優秀な者が王に(はべ)るのは当然だ!」


「……嫌味ケロ?」


「嗚呼! 嘆かわしい! 私は嫌味や皮肉は大嫌いだ! 全部本音だよ。いったいなにが貴方の自信を奪ってしまったのだ」


 二人の会話を聞きながら、ちらとヨハンを見た。ヨハンは口元に軽く手を当てて押し黙っている。ナルシスがケロくんの長ったらしい名前を記憶していることも、二人の関係性もどうでもいい。そして慰めに(つい)やす時間はない。さっさと目的を果たして出発したいのだ。ヨハンが静観するつもりなら、わたしが動こう。


 ケロくんの腰かけたベッドに並んで座った。


「ケロくん。疲れたの?」


「そうじゃないケロ」


「じゃあ大丈夫ね」


 本題を切り出そうとしたところ、ケロくんが顔を上げてわたしを見つめた。相変わらずのカエル顔だ。


「大丈夫じゃないケロ! 僕の交信が誰か(・・)に邪魔されてるケロ! 騎士団に援軍要請を送ったのに、誰も助けに来ないケロ!」


 なるほど。どうりで空中から見下ろした王都が静かだったわけだ。そして、邪魔者がいるとしたらひとり。


 ヨハンはケロくんの肩に手を置くと、ゆるゆると首を横に振った。


「誰にでもミスはあります。カエルくん。貴方も完璧というわけではない」


「なにを言う!」と反論したのはナルシスだった。「ケラケルケイン・ケロケイン氏に間違いなどあろうはずが――」


「いいえ、いかに優秀であろうともミスはするものです。私も彼の優秀さはよく知っていますが、それでも完璧ではない。完璧とは思わないほうがいい」


 ケロくんもナルシスも口を開いたが、結局言葉にはならなかった。押し問答にならなくて幸いである。これ以上、無駄な時間を使うつもりはない。そしてヨハンだって、ケロくんにミスがあったと本気で思っているわけじゃないだろう。


 ケロくん以上の存在が王都を支配しているのだ。とんでもなく優秀で、残虐な魔術師が。オブライエンにかかれば交信の傍受(ぼうじゅ)はもちろん、ケロくんの声に擬態(ぎたい)して(にせ)の情報を()くことだって容易に違いない。つまり、オブライエンの思惑(おもわく)に沿わない交信はすべて遮断されるか改変されるわけだ。王城に援軍を送らなかった理由は、壁外の戦力を目減りさせるわけにはいかないといったところか。あるいは、ユランを殺す手段を独自に持っていたのかもしれない。そのあたりは考えても分からない。思考するだけ無駄というものだ。


「さて、カエルくんにお願いがあります」とヨハンは一転して明るい口調で言った。


「なんだケロ……」


「ユランさんとスピネルさんをコーディネートしていただきたい。とびきり素敵で、なおかつ目立たないように」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『赤竜卿(せきりゅうきょう)ユラン』→黒の血族で、ラガニアの公爵。自称、ウルトラ・ドラゴン卿。情熱的な青年だが、センスは壊滅的。代々、ドラゴンを使役するとされているが実際に目にしたものはおらず、虚言卿や嘘つき公爵と囁かれているが本人は意に介していない。詳しくは『幕間「ウルトラ・ドラゴン卿」』にて


・『デミアン』→王都襲撃の日を生き残った小太りな大臣。偏狭な性格だが、献身的な面もある。現在はノックスの側近として働いている。詳しくは『590.「不思議な不思議な食事会」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。外界で活動しているのは彼の分身『二重歩行者』であり、本体は一切の魔術的干渉を受けない檻に閉じ込められている。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『ナルシス』→王都の騎士団に所属している交信魔術師。自信家で演技口調。しかし交信魔術の腕前は送受信ともに優秀。また、元真偽師。観察眼と魔力察知にも長けている。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『スピネル』→二度目の『霊山』来訪で出会った、薄黄色の鱗の竜人。臆病で、長いものに巻かれる性格。クロエが無理やり『霊山』に押し入ったことにより、門番をしていた彼も裁きを受ける手はずになっていた。クロエが竜人の族長となったことで無罪放免となり、それから彼女を「至高の星」と呼んで心酔し、自ら下僕関係を望んだ。「至高の星」とは、竜人を含めた世界全部を良くする存在なんだとか。詳しくは『第四章 第二話「幻の森」』にて


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。王都襲撃ののち、王位を継いだ


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている。詳しくは『第二章 第三話「フロントライン」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『ケロくん』→ハルキゲニアで魔術の講師をしているカエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて

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