127.「魔力写刀」
ナイフの魔具使い『黒兎』。ドレンテの情報によれば、ターゲットを徐々に弱らせつつ追い詰める嗜好があるとのことだ。ハルキゲニア騎士団における危険人物四人の内のひとり。
暗闇の先で靴音が響いた。余裕たっぷりに右往左往する様が想像出来る。
「オネーサンたち、魔具使いなんでしょ? 片方は魔銃で、片方はサーベル。僕と同じだね。……このナイフも魔具さ。魔力写刀っていうんだけどね、なかなか面白いでしょ?」
魔力写刀。今までの攻撃方法から考えて、全く同じナイフを複製出来る魔具であろう。放たれた分のナイフは消滅こそしていなかったが、魔力は消えていた。あくまでも射出されてから推進力を失うまでの間にのみ魔力が籠っているのだろう。
それにしても、こちらも魔具使いだと見抜かれているとは。
わたしは一度戦闘をじっくり見られているので彼に把握されていてもおかしくなかったが、アリスは初対面のはずだ。
「ねえ、坊や。どうして魔銃だって分かるのぉ? 魔球を撃っただけかもしれないわよ?」
アリスの問いかけはもっともなものだ。たとえ発砲音があったとしても、この暗闇でアリスの武器を特定するのは困難なはずだ。
『黒兎』はクスクスと嗤う。「魔銃のオネーサン、頭悪いんだね。さっきまで僕が闇雲にナイフを投げてたと思うの? 僕は凄く夜目が利くんだよ。これくらいの暗さなら昼間とあんまり変わらないね」
「覗き趣味のガキってことね」とアリスは返した。苛立ちを露わにしている――ように見えて彼女はそこまで安直なタイプではない。そう見せかけているだけだろう。
「口の悪いオネーサンは好きじゃないな」
「奇遇ね。あたしも小生意気なガキは大嫌いよ」
暗闇から、ナイフの魔力が接近した。「アリス!」
わたしが叫ぶより前に、彼女は回避行動に入っていた。身をかがめ、余裕をもってかわす。
「クロエお嬢ちゃん……ご親切な気持ちは尊重してあげるけど、余計な警告を言われると腹が立つわ。まるで、この程度の攻撃も避けられない間抜けだと思われてるみたいで心外よ」
声色こそ抑えていたが、本物の苛立ちが籠っていた。彼女にとって戦闘中の指示や注意は侮蔑と同義なのだろう。そんなことを言ってる場合じゃなくて協力しなきゃ、なんて主張したって無意味だ。こういう手合いはとことんまで人の話を聞かない。
「……悪かったわ。あなたは強いものね」
アリスは薄闇の中で上機嫌に短く笑った。
「無駄話して時間を稼ごうとしてるの?」と闇から響く。
『黒兎』の立場に立ってみれば、ヨハンとケロくんを先行させてしまったのは失態である。早急にわたしたちを無力化して逃げた二人を追いたいに違いない。
それにしても、なぜ『黒兎』がひとりでここにいるのだろう。双子は必ずしも行動を共にしないとドレンテから聞いていたが、それにしても妙だ。騎士団の四人が時計塔を日常的に警備しているという話はない。それに爆破があった以上、時計塔よりも重要な拠点に強者を置くのが道理ではないだろうか。
暗闇に魔力が閃く。一、二、三、四、五。
彼の動きに注意すると、その仕組みが理解出来た。奴の手元にあるナイフが振られるたび、その本体から魔力が分離するように、同じ形のナイフとなってこちらに飛んできているというわけだ。
速度は大したことない。魔具の放つ魔力から、奴の位置も把握出来ている。わたしとアリスは身をかわし、それぞれナイフを回避する。
わたしは避けた勢いそのままに本体のナイフ――魔力写刀を手にした『黒兎』へと駆けた。
こちらの接近を把握してか、『黒兎』は追加で三発分のナイフを放つ。多少距離が縮まろうとも回避に差し支える速度ではない。ステップを踏んで回避――。
びくり、と右腕が震えた。
咄嗟にサーベルを振るってナイフを弾き飛ばす。回避したはずのナイフが、わたしの身体を目指して曲がったのだ。
鋭い金属音が鳴り、ナイフは吹き飛んだ――はずだった。
それらは弾かれた勢いを得て、大きく孤を描いて再びこちらに接近する。
「アハハ! ちょっと焦り過ぎたんじゃないの? 強敵を相手にするときはもっとじっくり観察しなきゃ駄目だよ」
『黒兎』の見下すような声が響く。わたしは接近するナイフを直撃ぎりぎりで回避する。が、それらは孤を描いてそのままのスピードで襲い来る。
「追尾させてるんだ。へえ」とアリスの声が聞こえた。
「見れば誰でも分かることをわざわざ口にするなんて、魔銃のオネーサンは頭も悪いけどセンスも絶望的だね。ほら、そっちにもプレゼントするよ!」
『黒兎』の手から新たに三発のナイフが放たれるのが見えた。こちらと同じく追尾型の攻撃だろう。
ナイフをかわしつつ、奴の魔具について思考を巡らす。ここまでで把握できたのは二点。ひとつは主要な能力である、ナイフの『複製』。もうひとつはナイフに追尾能力を『付加』すること。……厄介極まりない。魔具の能力自体も優秀だが、これだけの数を同時に放てるのは彼自身の力によるものだろう。魔具はそれ自体では意味をなさない。あくまでも使用者の扱い方や相性に依存する。
もしかすると、追尾能力以外にもナイフに『付加』することが出来るのかもしれない。あくまで想像の範疇ではあったが、これで手の内を全て見せたと考えるのはあまりに性急だ。
こちらはなんとかかわすことは出来ているがアリスはどうだろうか。
接近するナイフに対し、アリスはただ直立していた。そして、直撃を免れない距離まで接近を許す――。
「アリス!」
――と、ナイフ三本分の魔力は彼女の片手に集中し、静止した。
「何度も言わせるなよ……お嬢ちゃん。あんまりあたしを舐めるなら、あんたから先に始末するからね……」
冷めきった声と共に、アリスはそれぞれ指に挟んだナイフをこちらに見せた。彼女が手を離すと同時に、それは床へと落ちる。
「ナイフが速度を失わずに追いかけてくるなら、速度を奪ってやりゃいいだけさ。……全く、がっかりだね……騎士様」
彼女が口にした騎士は、二重の意味を持っているだろう。ひとつはグレキランスの騎士であるわたしに対して。もうひとつは、ハルキゲニアの騎士団員である『黒兎』に対して。
「随分とチープな攻撃じゃないか」とアリスは重ねて言う。
わたしもアリス同様、ナイフを掴み取って勢いを殺した。確かに追尾能力は失われている。しかし、あまりに危険な対応策ではないだろうか。
暗闇の先で哄笑が響いた。
「アハハハ! 魔銃のオネーサンはどうしようもないね! 敵の武器を素手で触るなんて、まるっきり馬鹿だ! まあ、オネーサンが読んだ通り追尾が消えるだけなんだけどね。……それにしても滅茶苦茶な戦い方だよ。もし僕のナイフに別の能力があったら掴んだ瞬間に終わってたかもよ?」
甚だ好ましくないことだが、わたしも『黒兎』と同意見だった。アリスのやり方はリスクが高過ぎる。
「ほんと、クソガキだね。結果が全てさ。あんたのナイフは無力化された。それでおしまい。負け惜しみにしか聞こえないねえ」
闇の中、『黒兎』のナイフが八の字に軌道を描いた。
――なにか来る。
「負け惜しみに聞こえちゃうってことは、自分が優位に立ってると思ってるんだね? そうだよね? アハハ! オネーサンたちは僕に魔弾一発しか撃ててないじゃないか! どっちが上か思い知らせてあげるよ!!」
魔力写刀の魔力が凝縮される。次に来るのは、おそらく――。
刹那、八の字の軌道から大量の魔力が、間断なく放たれた。それらひとつひとつがナイフであることは間違いない。
わたしとアリスの両方を、その大量の攻撃が襲う。
深呼吸し、意識を集中させる。こちらに現在向かっているのは七、八、九、駄目だ、どんどん増えてくる。数えようがない。秒間三本。およそその程度。アリスも同様の状況だろう。
両手に意識を集中させる。
まず一本を回避し、次の一本を掴み、その次は回避した。目の端に、回避したナイフが追尾して来るのが見える。……まずい。全弾が追尾型なら掴みきれない。
踊るように身を翻し、『黒兎』から距離を取った。ナイフをかわしつつサーベルを納刀し、両手でナイフを掴んでは落としていく。
――数が多過ぎる。アリスがどんな対処をしているのかを見る暇すらない。
掴み切れなかったナイフを避ける際に、本来アリスが立っていた場所に視線がいった。が、そこに彼女の姿はない。
一体どこに消えたのか……と考えた瞬間、あることに気付いた。先ほどまで追加され続けていたナイフがやんでいる。
不意に、慌ただしい靴音が薄闇に響いた。
直後、それまで追尾していたナイフが、その能力を失って直線的に飛び去っていく。
先ほどまで『黒兎』のいた場所にはアリスが立っていた。その一方で『黒兎』はステンドグラス付近まで後退している。
「せっかく蹴り飛ばせると思ったのにねえ」
ねっとりと尾を引く、アリス特有の愉悦の声が闇に溶けた。
『黒兎』の返事はなかったが、彼の荒い呼吸ははっきりと聴こえてくる。
アリスのところまで行きかけて、途中で足が止まった。そして思わず口から零れる。「……アリス、あなた……」
彼女は唾を吐き落とし、上機嫌に答えた。
「あたしはこういう戦い方が好きなんだよ」
彼女の身体には何本ものナイフが刺さっていた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場
・『ドレンテ』→ハルキゲニアの元領主。レジスタンスのリーダーであり、アリスの父。詳しくは『107.「トラスという男」』にて
・『危険人物四人』→ハルキゲニアの厄介な騎士を指した言葉。『帽子屋』、『グレイベル』、『白兎』、『黒兎』の四人。初出は『111.「要注意人物」』
・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて




