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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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幕間「或る少女の足跡㉗ ~ニコル~」

 勇者ニコル。王の盾こと、近衛兵隊長のスヴェル。そこに天才魔術師のルイーザが加わっても、シフォンの歩みは一定だった。


 ニコルの指示のもとで行動し、可能な限り身綺麗にする。


 必ずうつ伏せで寝る。


 夜には魔物を倒し、夜明けに二時間だけ眠って、他のメンバーが起きたら先へと進む。


 そんな日々。


 ニコルはシフォンに限らず、皆と随分気さくに接していたし、スヴェルは頑健なプライドを保持し続けていたし、ルイーザは口を開けば文句ばかり。そんな毎日も、見る者が見れば、親密な賑やかさに映っただろう。そのなかでシフォンだけが異質だったのは言うまでもない。町に寄るたびに髪飾りだのイヤリングだのを贈ろうとするニコルを『必要ない』とはねつけ、ルイーザの(はなは)だ不器用な気遣いを解さず、スヴェルのこれまた不器用な労りも意に介さない。テレジアやゾラ、ジーザスが旅路をともにしても、彼女のそんな態度は変わらなかった。しかし孤独ではない。感情のない者に孤独は感じ得ないのだから。




 ニコルとの旅の道々で、何度も食事の話題になった。シフォンも水を向けられたのだが、例のごとく、好きなものも嫌いなものも、食べたいものない、である。ニコルはともかくとして、そんな彼女が他のメンバーから(けむ)たがられなかったのは、たったふたつの理由だけだろう。確かな実力。そして、全身の傷。特にルイーザは彼女の傷のことを知ってから露骨に態度が軟化したし、テレジアは一層の同情を寄せたものだ。


 ところで、シフォンはニコルに対して従順だったものの、それはゼールの言いつけによるものにほかならない。ニコルに従うこと。そう命じられたから従っているだけだった。なぜなら、ゼールはニコルよりも強かったから。


 勇者が明確にゼールを越えたとシフォンが理解したのは、テレジア加入から数週間後のことである。


『なんでアタシたちは留守番なわけ!?』


 道中、何度もこぼした不満をまたぞろルイーザが口にした。獣人の住まう樹海を目前にした尾根でのことである。


『まあまあ。久しぶりの休憩だと思えばいいさ』


 このニコルの返答も、何度も繰り返されたものである。


 本来ならテレジアの故郷であるキュラス――血族の地にもっとも近いがゆえ、フロントラインと呼ばれるその町から、中立地帯と呼ばれる荒れ地を越えてラガニアに入る予定だった。しかし、肝心の中立地帯が毒色(どくいろ)原野(げんや)と称される、年中毒霧の立ち込める場所だと知り、ルート変更を余儀なくされたのである。いちかばちかで()を進めるのは危険だった。キュラスを北西に進んでも、待っているのは海峡である。


 毒色(どくいろ)原野(げんや)と接する樹海ならば、毒霧を突破するヒントなり、抜け道があるかもしれない。随分と気軽な口調で、ニコルは皆にそう呼びかけたのだ。彼はいつだって、大事なことでも軽口のように言う。微笑みを絶やさずに。そして実際、難事も軽々と乗り越えてしまうのだから、人々に愛されるのも自然なことだ。


 単身で樹海に乗り込むと決めたのも、当然ニコルである。変装魔術(メイクアップ)を使って獣人になりすまし、情報を収集するには彼が適任だった。ルイーザもその魔術は使えるものの、魔力の隠蔽(いんぺい)には()けていない。ゆえに、警戒される可能性が高いことは彼女も理解していた。


 ニコルがひとりで出立する晩に、異変は起きた。夜空を覆い尽くす銀の巨躯。ひとつの町ほどの体長を持つその魔物を実際に目にしたのは、シフォンはもちろん、(ほか)のメンバーもはじめてだったろう。


 ドラゴン。滅多に出現せず、書物で語られる特性も個体ごとに大きく異なる魔物。いかに優秀なメンバーであっても、五人で相手にするにはあまりにも荷が重い相手だった。


『大型魔物用の陣形を!』とニコルが言う前に、それぞれが定位置についていた。ルイーザは後方で遠距離攻撃。テレジアも同様、後方で治癒と防御に注力。先頭のスヴェルが敵の攻撃を持ち前の魔具――引力と斥力の力で翻弄し、ニコルとシフォンはスヴェルの両翼に控えて、隙あらば攻撃を叩き込む。


 残念なことに、そんな戦法が通じる相手ではなかった。スヴェルの重力操作は些細(ささい)な効力しか与えなかったし、ルイーザの苛烈な攻撃も敵の鱗一枚だって剥がせない。シフォンの刃は、どの箇所にも傷ひとつ付けられなかった。ニコルの剣術と魔術の合わせ技でも歯が立たず、テレジアの防御は紙切れのように砕かれる。傷ばかりが増え、治癒も追いついていなかった。


 全滅。


 誰もがそう思ったことだろう。シフォンでさえ、これには勝てないと直感していた。


 ゆえに、ニコルの魔力の急激な高まりと、その後の一連の展開は彼女の意識を釘付けにしたことだろう。


光の翼(ルス・アーラ)


 ニコルの背に光の翼が顕現(けんげん)し、ドラゴンの真上へと移動する。これまでもニコルはその魔術をなんとかモノにしようと、ルイーザと意見を交換したり実地訓練したりしたものだったが、実現したのはこの瞬間である。


光の極剣(ルス・ミナセル)


 さながら光の柱のごとき巨大な剣。ニコルの手にした剣の魔具を介したその魔術は、ドラゴンの背を一直線に貫通し、地面まで到達した。が、それでも敵の息は絶えていない。そしてニコルの攻撃もまた、終わっていなかった。


光の驟雨(ルス・セラフ)


 深々と刺したニコルの剣を中心に、光の矢が降り注ぐ。それらは次々とドラゴンの身を貫通していった。


光の制圧旗(ルス・クロイツ)


 最初に突き刺した剣を抜き放つと、ニコルはドラゴンの眼前で横薙ぎを放った。閃光とともに衝撃波が(ほとばし)り、光が収束する頃には、ドラゴンの身は消し飛び、残った部分も蒸発をはじめていた。


 光の翼(ルス・アーラ)自体は、習得の難しいものではあるものの、魔術の範疇にある。が、それ以外の攻撃はすべて、ニコルの持つ光の魔術が籠められた魔具と、彼自身の光の魔術を混合してはじめて成り立つものだった。


 皆が呆気(あっけ)に取られているなか、ニコルは『怪我はないかい?』なんて言って照れ笑いを浮かべている。


 この瞬間、シフォンにとって従うべき相手は純粋に、ニコルとなった。彼の実力はこの夜を()て、ゼールを越えたのである。




 ニコルは強くなってもニコルのままで、シフォンもまた、従う対象が変わっただけで、実際の行動はなにも変わらなかった。ゾラが仲間となり、夜会卿の町で騒動を起こしても。ただ、ジーザスが仲間になり、魔王の城――ラガニア城に到達するまでの過程で、ニコルはときおり憂鬱な表情を浮かべることがあった。他のメンバーもそうである。なにも変わらないのはシフォンだけだった。


 ラガニアのたどった歴史を追体験する、記憶の水盆。それを覗き、真実の歴史を体験し、自分の人生もたどりなおしてもまた、シフォンはなにひとつ変わらなかった。そんな態度を取ったのは彼女ひとりだけである。だからだろう。


『なんじゃ……お前。水盆を覗いても、なにも感じんのか』


 魔王――イブがたじろいだのも無理はない。


『なにも感じない』という返答を得て、イブが頭を(かか)えたのも当然のリアクションである。


 シフォンにとっては現在がすべてだった。追体験といっても、それは映像を見るような感覚とさして変わりない。無論、彼女にとっては。だから、幼い頃の自分がどれほど心豊かな表情を見せても、なにも思わなかった。


 イブのために生きると決めたニコルに反対することもなかった。彼の計画の駒になることにも抵抗は感じない。ラガニアの諸侯たちとのやり取りで気疲れすることもなかったし、一方で、ラガニア城へ帰還したシフォンへのニコルからの労いの言葉だとか豪勢な食事だとか、器用な優しさだとかも、一切なんとも思わなかった。


 イブから『シュトロム』なる貴品(ギフト)を受け取っても、なんとも。ただ、今後はその武器を使うように言われたので、これまで使用していたエストックは捨てた。どこへ捨てたのかも覚えていない。思い入れという概念が器だとするなら、シフォンにはその器自体が備わっていなかったのだろう。ただ、本当のところは誰にも分からない。彼女にすら分からないことを、他の誰が知り得るだろうか。




 ニコルが彼女に下した命令――『自分を倒した者に永久に服従すること』――は、ある意味で彼の敗北を意味していたのかもしれない。ニコルは旅の(あいだ)も、旅が終わってからも、ずっとシフォンを気にかけていた。どうにか彼女の心を取り戻せないだろうかと。そして悟ったのだ。どれだけ膨大な時間があろうとも、本当の意味でシフォンになにかを与えることなど、自分には出来ないことに。


 ある意味で放り出したとも言えるし、自分ではない誰かに託したとも言えよう。


 ただ、シフォンが感情や思考を取り戻すことは、おそらくはないだろう。仮に彼女の心の奥底に、思い出らしきなにかが眠っていたとして、それを彼女自身が自発的に取り出そうとはしない以上、感情も思考も、思い出とともに、見えざる場所に消えてしまっている。


 残ったのは、いくつかの言葉だけだ。


 ――聞かれたことは素直に答えること。


 ――強いやつには絶対に従わなきゃならない。


 ――身体は常に清潔にすること。記憶したことを忘れないように。


 ――あなた自身の幸せを見つけなさい。


 ――もしなにかに迷ったときは、自分が正しいと思ったことをしろ。なにが正しいのか判断出来ないときには、正しいと思える人の言葉を信じて、進めばいい。


 ――騎士は決して死を厭わない。


 ――思い出は、君の背中を支えてくれる。


 それらがいつ、誰による言葉だったのか、シフォンの記憶にはない。彼らがどんな想いでそれを口にしたのかなんて、彼女には知るよしもないだろう。とはいえ、いくつかの言葉が彼女の習慣になったのは事実である。それ以上でも以下でもないが。


 彼女が思い出をたぐるようなことがあるのなら、それは奇跡と呼んでいい。意想外のところからやってきて、彼女の深い場所に波紋を起こす、そんな奇跡。


 小さな小さな波紋が呼び水となって、思い出のいくつかが(よみがえ)るとしたら。


 それを幸福と呼ぶかどうかは、他者の決めることではない。しかしながら、そう悪いものでもないだろう。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『スヴェル』→ニコルと共に旅をしたメンバー。王の側近であり、近衛兵の指揮官。『王の盾』の異名をとる戦士。魔王討伐に旅立った者のうち、唯一魔王に刃を向けた。その結果死亡し、その後、魂を『映し人形』に詰め込まれた。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』『582.「誰よりも真摯な守護者」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。『針姐』の墨の魔術により全身に縮小した魔紋を刻んでいたが、クロエの持ち込んだ『墨虫』により無力化された。現在は記憶と魔力を失い、平凡なひとりの少女としてローレンスの館に住んでいる。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』詳しくは『第二章 第六話「魔女の館」』参照


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。『夜会卿』に仕えている。『黒の血族』と人間のハーフ。


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『ドラゴン』→巨大な有鱗の魔物。滅多に出現しない。『292.「真昼の月」』にて名称のみ登場


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている。詳しくは『第二章 第三話「フロントライン」』にて


・『毒色(どくいろ)原野(げんや)』→人も血族も住まない荒廃した土地。グレキランスの人間は『中立地帯』と呼んでいる。夜会卿の統べる都市とキュラスとの中間に広がった荒野を指す。常に濃い靄に覆われており、毒霧が発生しているとの噂がある。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』にて


・『変装魔術(メイクアップ)』→姿かたちを一時的に変える魔術。詳しくは『47.「マルメロ・ショッピングストリート」』にて


・『光の翼(ルス・アーラ)』→翼を得ることによって飛翔する魔術。会得した者が少ないので、判明している情報にも限りがある。五体とは別の感覚を得るので操作は非常に困難と言われている。ニコルが使用。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『記憶の水盆(すいぼん)』→過去を追体験出来る魔道具。魔王の城の奥にある。初出は『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』


・『イブ』→魔王の名。ラガニア王の三女だった。ラガニア王直系の生き残りは彼女のみ。肉体は成熟した女性だが、精神は幼い状態のまま固定されてしまっている。魔物を統率する力を有する。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて

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