表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
1391/1573

幕間「或る少女の足跡⑯ ~ゴーリー~」

 シフォンの魔具訓練校での初日が順調と真逆だったことは、語るべくもない。


『こちらは新しい編入生だ。簡単な自己紹介をしろ』


『シフォン』


 質素な机と椅子が並んだ教室で、シフォンはそのように、あまりにも簡単な自己紹介をしたのである。名前だけ。


 講師がしばし沈黙して次の言葉を待ったのは言うまでもない。そして、痺れを切らして出身や年齢や趣味を(たず)ねてやっても『分からない』の一点張り。これ以上ないほど淡白な自己紹介に終わったわけだが、しかしながら生徒たちはこの一場をおおむね好意的に捉えた。というのも、シフォンの割り振られたクラスの講師は、生徒たちにとって不愉快極まりない男だったからである。


 名はゴーリー。ひどく痩せた長身の男で、口調は常に淡々としており、目はぎょろりと周囲を睥睨(へいげい)し、笑顔など一度も見せたことはない。柳のような体躯と、肩を越える黒の長髪、そして右足を引きずって歩く様子は、いささか幽霊じみていた。座学では不出来な生徒を『君はこの程度のことも知らないのか?』と見下し、武器の訓練や体力作りといった実技では、息を切らして座り込む生徒に『誰が休んでいいと言った?』と静かに叱咤(しった)する。そんな彼が影で冷血のゴーリーと囁かれ、忌み嫌われていたのは至極当然のことだった。ゆえに、この自己紹介でゴーリーが多少なりとも当惑混じりの苛立ちを見せたことを、生徒たちは大なり小なり愉快に感じたのである。


 ただ、シフォンの得た好意は束の()でしかなかった。彼女がなにを()かれても大体『分からない』『知らない』の返事か、返答の必要性のないものは無反応を貫いたため、印象は一気に下落したのだ。特に、彼女が自分の年齢を知らないという点は大きなマイナス要素として働いた。魔術訓練校も魔具訓練校も、厳密な年齢制限はない。子供であれば、よほど幼くない限りは入学が許可され、誰しも四年間を学びに費やす。そのため、同じ一年次であっても、生徒の(あいだ)の年齢差は当然存在する。生まれてから数年の違いは、子供にとっては非常に大きいものだ。ましてや、ろくに優劣のつかない一年次では、年齢こそがヒエラルキーを形成していたと言っても過言ではない。したがって年齢不詳のシフォンは異物だった。異分子に寛容であれる子供はそう多くないだろう。シフォンのクラスメイトのほとんどは例外ではなかった。


 ただでさえ中途入学というハンデを背負いながら、シフォンは早々に孤立したのである。


 帰宅するとゼールに色々と感想などを訊かれたものの、なんと答えていいやら分からず、首を傾げるばかりだった。『友達は出来たか?』という問いには明確に首を横に振ったが。


『あまり気にしなくていい。まだ初日だ。座学も実技も、一生懸命、全力で取り組むんだ。そうすれば自然と友達も出来る』なんてゼールは結んだ。そもそもシフォンには友達の語義は理解出来ても、それを自分事として認識するのは困難である。ともあれ、全力でやれ、という言葉は命令として受け取った。


 翌日からの日々も孤立は続いた。そこにからかい(・・・・)や、ちょっとした暴力――小石をぶつけるとか――が加わっても、シフォンはなにも感じない。彼女の身体は暴力にも罵倒にも慣れきっている。


 ゴーリーの露骨な標的になったのは、数日経ってからだった。魔物の生態学の講義でのことである。


『さて、今魔術で映写しているのは、一般的な魔物の数々だ。それぞれ習性も異なれば、弱点や対処法も様々。……生徒の諸君には既に教えた通りだが、編入生の君。この三体の魔物の名前と特徴、弱点を述べよ』


 ゴーリーが示したのは、グール、子鬼、ハルピュイアである。


 シフォンは映写された三体の魔物をそれぞれ指さしながら、淡々と答えた。


『グール。もっとも一般的な魔物。動きは鈍重で、爪と牙で攻撃する。子鬼。片腕が武器の形状をした魔物。群れで行動し、片腕の武器と牙を用いて攻撃する。ハルピュイア。半人半鳥の魔物。群れで行動する。狡猾な魔物であり、学習能力を(ゆう)する。武器は脚部の爪と牙』


 答えとしては申し分なかった。なにせ、彼女は既に教科書の内容をすべて暗記していたのだから。それくらいはゴーリーも先読みしていたのだろう。


『それで、弱点は?』


 これは教科書には記載されていない内容である。一年次では、魔物の倒し方までは習わないからだ。


『弱点は人間と同じ。グールも子鬼もハルピュイアも肉体構造は人間と大きな差異はなく、心臓を持ち、脳を持つ。したがって心臓あるいは頭部の致命的な損壊、ないしは首の切断によって討伐可能。ハルピュイアに限れば、知能を有するため、思考の(かなめ)である脳、すなわち頭部や首への攻撃がもっとも有効と言える』


 これはシフォンのアドリブでも、経験則でもない。数年前に叩き込まれた魔物関連の書籍の数々から暗記した内容を(そら)んじただけである。


 ゴーリーがしばし沈黙したのを、生徒たちはまたぞろ愉快に思ったに違いない。が、当のゴーリーはというと、標的にした生徒にやり返されたものだから屈辱を感じて黙った――わけではない。


 しばしの()を置いて、『タキシムの特徴と弱点を答えよ』と要求した。


 タキシムは一年次において詳しく学ぶような魔物ではない。教科書にも名前と姿が載っている程度だ。ただ、そんなことはシフォンにとって問題ではなかった。


『人の影に似た魔物。単体で出現。指先から高速の呪力球を放つ。知能を(ゆう)しており、警戒心が強い。一例として、グールなど他の魔物と戦っている人間を観察し、隙を狙って――』


『もう結構』


 ゴーリーはシフォンの独演会を止めると、何事もなかったかのように通常の授業を再開した。彼が元騎士であり、タキシムに足を射られて引退を余儀(よぎ)なくされた過去を知る者など、生徒のなかには誰ひとりいない。


 実技面でも、シフォンは非凡さを見せた。といっても、彼女の本領の百分の一にも満たない程度だが。なぜなら武器の扱いに関して、ゴーリーはまず手本として自分で一連の動作を行ってみせ、生徒にそれを模倣させるというやり方を取ったのだから。(ほか)の生徒が『なってない』だとか『構えが違う』だとか指導されるなか、彼女がなにも言われなかったのは当然のことで、ゴーリーの動きを真似るだけなら造作もなかった。彼女の持つ稀有(けう)な特徴である、一度目は必ず失敗するという事態も起こらなかった。


 一方で体力面では、遺憾(いかん)なく実力を発揮したといえよう。ゼールに命じられた通り全力でやった結果、あらゆる種目で他の生徒を置き去りにした。長距離走では、クラスメイトが次々と脱落するなか、彼女だけは、魔具訓練校の屋外運動場を延々と走り続けたのである。普段は脱落した生徒ひとりひとりに詰め寄って『まだ終わりの時間じゃないぞ』や『二秒休んだらもう一度走れ』などと命じるゴーリーも、この日はなにも言わなかった。ただひたすら、シフォンを観察し続けていたのである。予定の時間を少々オーバーしてしまったことに気付いて、ようやく『そこまで!』と声を張った。そして校舎へと歩むシフォンを眺めやり、彼女が息切れひとつしていないことまで、ゴーリーは把握したのである。


 その日の下校時刻にシフォンを呼び止めたゴーリーが『君は将来、なにになりたいんだ』と問い詰めたのは自然な成り行きだろう。魔術師でありながら騎士を標榜(ひょうぼう)したゴーリーは、最前線で王都を守護する意志を持っていた。彼の風貌(ふうぼう)や態度からは程遠いが、死を覚悟して民を守る使命感があったのである。負傷による引退という結末は、彼にとって屈辱以外の何物でもなかった。たとえ足が不自由になったとしても、後衛として夜間防衛に立つことは通常であれば可能だったろう。しかしながら、ゴーリーはその道を選べなかったのである。傷が癒え、歩けるようになって最初の夜間防衛。その日、一度も魔術を結実させることが出来なかったのだ。それが傷の記憶のせいなのか、魔物への無自覚な恐怖心のせいなのか、はたまた負傷の事実への強い悔悟(かいご)のせいなのか、守れなかった仲間の死のせいなのか、彼自身にも分からない。今でも。


 自分にはやり遂げられなかった仕事を誰かに託そうとするのは、決して不自然なことではない。その誰かが優秀であるなら、特に。


『分からない』という返事を耳にして、彼は沈黙した。そして一分か二分ほど黙って少女を見つめ、やがて『もう行っていい』と告げたのである。


 ゴーリーは、王都の街路へと去っていく小さな背中を、教室の窓越しに眺め続けた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。双剣の魔具使い。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『魔具訓練校』→魔術的な才能のない子供を鍛えるための学校。卒業生のほとんどは騎士団や内地の兵士になる。


・『魔術訓練校』→王都グレキランスで、魔術的な才能のある子供を養成する学校。魔具訓練校とは違い、卒業後の進路は様々


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『子鬼』→集団で行動する小型魔物。狂暴。詳しくは『29.「夜をゆく鬼」』にて


・『タキシム』→人型の魔物。全身が黒い靄に覆われている。指先から高速の呪力球を放つ。警戒心の強い魔物で、なかなか隙を見せない。詳しくは『341.「忘れる覚悟」』にて


・『ハルピュイア』→半人半鳥の魔物。狡猾。詳しくは『43.「無感情の面影」』にて


・『呪力球(じゅりょくきゅう)』→呪力の塊を放つ攻撃手段。魔物が使用する。


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ