123.「厄介な助っ人」
カエル頭の魔術師、ケロくん。反響する小部屋なる魔術でわたしを罪悪感の渦に陥れた油断ならない男である。
そして狂弾のアリス。弐丁魔銃の使い手。廃墟に巣食う大型魔物ルフとその雛を全滅させた戦闘狂。彼女の姿を目にするのは三度目だった。
レジスタンスたちが一斉にざわつく。
「おい、あれ……」「カエルだ……」「あいつ、アリスか……?」「なんだあのカエル……」「間違いない、アリスだ……」「カエル頭……新種の魔物か?」
ケロくんの頭部に驚愕する声に混じって、アリスの名が聴こえた。レジスタンスたちはアリスを知っているのだろうか。
バン! と勢い良くテーブルを叩く音がして振り向くと、ドレンテが張り詰めた表情でアリスを見つめていた。その瞳がぶるぶると震える。
刹那、彼の口から叫びが飛んだ。「アリス!!」
座ってはいたが、今にも飛びかかりそうな具合に前傾している。それまで冷静な態度を崩さなかったドレンテが意外にも感情を露わにしている。
「アリス! お前、なんでここに……手紙は」と言って、ドレンテはヨハンを見る。
ヨハンは軽く頷いて、親指でアリスを指した。アリスはというと、ズボンのポケットから手紙を取り出し、人さし指と中指で摘んでヒラヒラと揺らした。「手紙ってこれのことかしら? じっくり読ませてもらったけど?」
廃墟でヨハンが渡した手紙だった。確か彼は「血文字同然の内容」と言っていたはずだ。もしや、それを書いたのがドレンテなんだろうか。
「読んだならどうしてここに来た!!」
部屋全体が震えるような怒声だった。尋常ではない。
アリスの隣でケロくんはびくりと跳び上がったが、彼女はうんざりしたような表情でため息をついた。「……そんなことも理解出来ないわけ? 革命だのなんだの鼻息荒くしてるあんたらを嗤いに来たのよ」
「今すぐ出て行け! ハルキゲニアがどれだけ危険か――」
鋭い発砲音がして、座は静寂に包まれた。アリスの手にはいつの間にか魔銃が握られ、天井には綺麗な弾痕が作られていた。一瞬のうちに魔銃を抜いて発砲したのは間違いないが、ゾッとする速さだった。
彼女はテーブルに足をかけ、そのまま乗った。そしてブーツの音を鳴らして、上座にいるドレンテの前で歩みを止める。
アリスは銃口を真っ直ぐドレンテの額へ向けた。
突然の出来事に、皆が口を噤んで成り行きを見守っていた。かくいうわたしも同じだ。息を呑んでその光景を見つめている。
ドレンテは身じろぎひとつせず、アリスを見上げた。撃たれたら死を免れない状況にもかかわらず、彼は冷静だった。
「……なんの真似だ?」
「物分かりの悪い馬鹿な頭を吹っ飛ばそうと思ってね」
アリスの言葉を、ドレンテは鼻で笑った。「じゃじゃ馬め」
「相変わらずの澄ました態度……やっぱり気に入らないわ」
「なら消えろ。今すぐ回れ右して安全な場所に引きこもるといい」
「女王サマの尻に敷かれてた愚図がよく言うわ」
「……お前、自分がなにを言っているのか分かっているのか?」
不穏な気配が徐々に強くなる。もしかすると本当に発砲するかもしれない。
アリスは冷めきった目付きでドレンテを見下ろしている。「自分がなにを言ってるか、って? ハッ! 分かってなきゃ口にしないわよ。あんたこそ自分のしたことを理解してるの? この街を滅茶苦茶にした原因はあんたでしょ? 手紙じゃ支配魔術だのなんだの言い訳してたけど、元を糺せば森で女王を拾ったのが悪いのよ。簡単に魔術にかけられちゃってさ……死んだ母さんに申し訳ないと思わないの?」
母さん?
疑問が渦を巻く。
唐突にヨハンが立ち上がり、何度か手を叩いた。「はいはいはい、その辺にしましょう。今は親子喧嘩なんてしてる場合じゃないんですよ」
「親子喧嘩?」
疑問が口から滑り出た。
ヨハンはわざとらしく首を傾げる。「言ってませんでしたっけ? ドレンテさんとアリスさんは親子ですよ」
「ええ!?」思わず立ち上がり、口元を手で覆った。「嘘でしょ!? 全然似てないじゃない!?」
ドレンテとアリスがこちらを睨んでいる。しまった。失言。
「クロエお嬢ちゃんも言うじゃないか……」とアリスは歯を剥いて怒りを露わにしている。
「あ、つい、ごめん」
手を合わせて微笑んでみる。多分、ぎこちない笑い方になっているだろう。
アリスは舌打ちをしてテーブルに胡坐をかいた。そして腰のホルスターに魔銃を仕舞う。「全く、どいつもこいつも……。ヨハンに呼ばれて来てみれば厄介者扱いだなんて、泣けてくるよ」
アリスは肘を突いてそっぽを向いた。
呼ばれたとは、どういうことだ。
一触即発の雰囲気が収まったのを察したのか、ケロくんがとことことヨハンの傍まで駆け寄った。そして質素なジャケットの内ポケットを探り、黒い小箱を取り出す。
「返すケロ」
「確かに受け取りました」
廃墟でケロくんに渡した小箱に間違いない。それと同じ物を、昨晩までヨハンは握っていた。おそらく、交信系の魔道具であろう。
「あなたたち、それで連絡を取っていたのね」
わたしの疑問に、ヨハンは首肯した。「ええ、そうです。握るだけで意思疎通が出来る便利な代物ですよ。ただし、交信している間は外界の情報は一切入りませんが」
「じゃあ、あなたが起きたときに小箱を握った理由は……」
ヨハンはニヤリと笑う。「お察しの通りです。カエルくんとアリスさんに救援を求めたんですよ。なかなか時間がかかりましたけどね」
「……その間にノックスのことを教えてくれても良かったんじゃないの?」
一刻を争う問題なのに、この男は……。
わたしの怒りに頓着せず、ヨハンは「物事には順序があります」とだけ答えた。
直後、こちらの会話を裂くようにドレンテの静かな声が響く。
「ヨハン……。時計塔を襲うメンバーというのはまさか――」
「そうですよ。アリスさんとカエルくんです」
ドレンテは大きく首を振って否定の意志を示した。「馬鹿げている。私の娘を巻き込むな」
ヨハンは小さく唸り、天井を仰いだ。「……アリスさんはこの日を待っていたんですよ? あなたの力に――」
彼の言葉を、アリスが勢い良く遮る。「ヨハン! ヨハァン! いいかい? あんたがそれ以上口にするならカエルを連れて帰るよ!?」
耳を真っ赤にして叫ぶアリスを見ていると、思わず口元が緩んだ。それに、カエルを連れ帰るときた。
思わず顔を背けて口元を押さえた。
「帰れ」とドレンテはぴしゃりと言う。
ヨハンの露骨なため息が聴こえた。「ドレンテさん……彼女の力は今回の作戦に必要です。こう言っては悪いが、レジスタンス内で戦力になるのはレオネルさんくらいですよ。そこに私が助力し、クロエお嬢さんも力添えを約束している。……足りないんですよ、これでは。たとえアリスさんとカエルくんがいても女王の私兵には勝てっこない」
レオネルはいくらか落ち着いた口調で返した。「なら今は動くべきではないとなるでしょう。無駄死にです」
「いいえ、それは違います。まず私たちは四人で時計塔を攻略して見せますよ。……いいですか? いくら要所とはいえ、常駐の警備兵が数人程度ですよ、あの場所は。そこを落としてしまえば、女王はまず身を固めます。『アカデミー』と城に戦力を集中させて被害を抑えるのが妥当でしょう。なぜなら、相手は時計塔を落としてしまえるほどの戦力を備えている。次なる被害を出さないためにまずは防御を確実におこなうべき……。保身的な考えの人間ならまず間違いなくこの動きを取ります」
一旦言葉を切って、ヨハンは何度か深呼吸した。「……それで、次の一手を遺漏なく打ち込むというわけです。……あまり言いたくはありませんが、ここで一歩踏み出さなければ永久に革命など出来ないでしょうね。女王だってのんびり構えてくれるわけではありません。貧民街区にまで警備が及んでいる以上、物事は好転しませんよ。女王がやりかけたことを途中で取りやめたことがありましたか? あったなら是非教えて頂きたい」
誰ひとり、言葉を返す者はいなかった。アリスの実力は魔弾の速射で判明されている。ドレンテだけが意固地になって反対しているだけだ。
不貞腐れたように顔を逸らすアリスと、憮然とした表情を浮かべるドレンテを見比べる。
誰だって身内を危険な目に遭わせたくはない。いかに実力を披露しようとも、だ。
多分、親っていうのはそんなものなのだろう。……わたしは知らないけど。
やがてドレンテは不承不承頷いた。「……分かりました。確かな勝算があるのなら、それで構いません」
「素晴らしい決断です」と言ってヨハンは笑みを浮かべた。邪悪な戦略を練るときの、あの不気味な笑いである。
「さて」とヨハンは全員に呼びかけた。「明日の黄昏時、我々四人は時計塔に侵入します。女王を讃えるくだらない放送がされるのは早朝ですから、それまでに全てを完了させましょう。我々四人が問題なく出発出来るかどうかは、実は皆さんにかかっているんですよ」
じっくりと、夜は更けていく。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
・『ドレンテ』→ハルキゲニアの元領主。レジスタンスのリーダー。詳しくは『107.「トラスという男」』にて
・『レオネル』→かつてハルキゲニアを魔物から守っていた魔術師。レジスタンスのメンバー。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて
・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』参照
・『反響する小部屋』→ケロくんの使う洗脳魔術。詳しくは『65.「反響する小部屋」』にて
・『狂弾のアリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場
・『ルフ』→鳥型の大型魔物。詳しくは『37.「暁の怪鳥」』にて
・『手紙』→ヨハンがアリスに渡した物。その模様は『69.「漆黒の小箱と手紙」』にて
・『黒い小箱』→ヨハンの所有物。交信用の魔道具。初出『69.「漆黒の小箱と手紙」』
・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて
・『アカデミー』→魔術師養成機関とされる場所。詳しくは『54.「晩餐~夢にまで見た料理~」』にて




