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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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幕間「或る少女の足跡③ ~スケジュール~」

 翌朝、目覚めたシフォンはビクターに導かれるままに朝食を()った。例の収納魔術のかけられた鞄から出てきた食事である。彼自身は料理をする気がないのか、昨日同様、出来合いのものばかりだった。


 早々に食事を終えると、シフォンは別室へと招かれた。彼女の与えられた部屋よりも広かったが、ベッドが中央にあり、壁際に机があるだけの閑散とした空間である。窓はあったが、木板で完全に封じられていた。


『さて、身体検査をしよう。君の身体がどうなっているのか、知る必要があるんでね。なに、心配しなくていい。怯えも不要だ』


 他にもいくつか、ビクターは彼女を安心させるためであろう言葉を(ろう)したが、馬耳東風だった。今の少女には不安も恐れもない。


 シフォンは裸にされ、ベッドに寝かされた。ビクターの五指(ごし)に光――すなわち魔力――が集い、指先があらゆる箇所を素早く触れる。目を(つむ)り、彼はぼそぼそと呟いた。


『細いね。腕も足も。ただ、筋肉がないわけじゃない。むしろ、常人より筋繊維の密度が高い。ただ、活動しているようには見えないな。休眠状態というより、凍結されている印象がある。君、右手を動かしてみて』


 シフォンは言われた通り、少し動かした。その(かん)も、ビクターの五指は彼女の腕にピッタリと貼り付いたように随伴(ずいはん)している。


『よし、ストップ。次は左手を動かして。……オーケー、ストップ。右足を動かして。……ストップ。左足を動かして……はい、もういいよ。止まっていい。……筋肉は動くには動いているが、シグナルを受け取ってるのは一部だけだな。他は活動しているわけではなく、共連れで動いているだけだ』


 右腕の検分のときから、ビクターのもう片方の五指はシフォンの頭に触れていた。そこにも応分の魔力が()もっている。


 頭に置いた手はそのままに、ビクターは不意に彼女の恥部に指を突っ込んだ。そして首を傾げる。次も予告なく、腹を殴られた。数秒おきに鋭く、唐突な暴力が繰り出されたが、ビクターはまったく納得のいっていない様子だった。首を横に振り、天を(あお)ぐ。そしてシフォンを見下ろした。


『痛かったかい?』


 痛みは感じる。だから彼女は頷いた。


 ビクターはシフォンの頭から指を離し、よろよろと机まで後退した。そして、そこにあったペンを左手に取り、右手の五指を自分自身の頭に触れさせる。先ほどシフォンの頭にくっつけたポイントと寸分違わずに。


『君、立ってくれ』


 ベッドから起き上がる。


『こっちに来て、ペンを手に取ってくれ。これだよ。これがペン』


 シフォンがペンを手に取ると、ビクターは机に左手を突いた。指先を放射状に広げて。


『僕の左手を、ペンで突き刺してくれ』


 シフォンに躊躇(ちゅうちょ)はなかった。命じられたから、そうしたまでのことである。ビクターはペンが刺さった瞬間、短い叫びを上げ、苦悶の表情を見せた。それでも、右手の五指は自分の頭から一ミリもズレていない。


『……ペンを抜いてくれ』


 引き抜くと、彼は今度は叫ばなかった。痛みの訪れたであろう瞬間だけ目を見開いたのみである。やがて、ビクターは頭部から指を離し、持ってきた鞄から包帯を取り出すと新鮮な傷に巻き付けた。


『もう服を着ていいよ。……それにしても、痛いね。でも、大丈夫。位置は間違えていなかった。痛みのシグナルは出ているし、それを受け取ってもいる。君の場合も、私の場合も。しかし君は、痛みによる反応が欠けている。驚きもそうだ。……ああ、さっきは(はずかし)めるような真似や、乱暴なことしてすまない。どうしても気になってしまってね……』


 ビクターは机に寄りかかり、少しばかり疲労の(にじ)んだ笑みを浮かべた。


『結論から言うと、君の肉体は外界の刺激をキャッチしても、それを表出させない。受信回路はあっても送信回路がないわけだ。しかも受信回路自体も非常に短い。だから痛みは瞬間的にしか感じないはずだよ。で、これは痛み以外にも言える。視覚や聴覚、触覚は正常に機能しても、それは脳の一部分で瞬間的に受け取るだけ。記憶域はあるようだが、休眠していると言える程度には機能していない。……長くなってしまったね。答え合わせをしておきたいんだけど、君は感情を持っていないし、なにかを考えたりすることもない。そうだろう?』


 ビクターの開陳(かいちん)した言葉の多くは理解出来なかったが、最後の問いには頷いた。


 彼は満足したように、机から離れて直立する。『そうだろうね。脳は嘘をつかない。正直だ。今の状態が継続すれば、君は生涯、感情も思考も持ち得ないだろう。脳が活性化するような変異が起きれば別だが……まあ、実現の薄い可能性の話に思考を費やしたところで(えき)はないね』


 さて、と言ってビクターは手を打った。傷を忘れていたのだろう、痛みが彼の顔を一瞬だけ(ゆが)める。


『次は、大事な大事な決め事をしよう。スケジュール管理だ。スケジュール。この単語、知っているかい?』


 シフォンは首を横に振った。


『簡単に説明すると、一日の時間をどう使うかのことさ。何時に食事をして、何時に眠るのか。それを厳密に――厳密って言葉も知らないか――なるべく細かく決めておく。で、その通りに行動する。スケジュールの意味は理解出来たかな?』


 いつなにをするか。それを決めるだけ。簡単なことだったので、シフォンにも分かった。だから頷きを返す。


『スケジュールも大事だが、特に、身体は常に清潔にすること』


 それからビクターの決めたのは、一時間単位のざっくりしたスケジュールである。起床は四時。一時間以内に顔を洗い、歯を磨き、着替えを済まし、五時からは室内でトレーニングをする。七時に朝食を摂り、八時からビクターによる診断。九時から十三時まで座学。その後昼食を摂り、十四時から再びトレーニング。十八時に夕食。十九時に水浴びと歯磨きを済まし、以降は座学に費やす。二十四時に就寝。


 トレーニングの内容は手足を重点的に鍛えるもので、邸宅の周囲を延々と走ることも含まれていた。もちろん外に出るのは午後に限る。早朝五時は、時季によっては魔物が消滅していないため、もっぱら室内での懸垂や腕立て伏せなどに()てられた。


 座学は、単語や文法を習得することからはじめられた。ほとんどの(あいだ)、勉強はビクターが付きっきりで教えることとなった。(いわ)く、適切な解説者がいなければ、どんなに(やさ)しい辞書でも紙切れ同然なのだと。


 言語に関しては、数日で目覚ましい進歩があったと言えよう。一般的な語彙(ごい)と文法を習得すれば、あとは語彙の幅を広げていくだけだった。そうやって言語を習熟さえすれば、学問は別領域に展開出来る。数学。科学。歴史。生物学。医学。魔術理論。魔物の概説。などなど。いずれも初等の内容は一週間でマスター出来た。ビクター曰く、脳の記憶域が充分に()いていたため、知識の吸収は容易だったらしい。同時に、文字の習得もした。綺麗な字を書くことは出来るようになったものの、ビクターが期待していた筆談でのコミュニケーションはあまり()されなかった。感情も思考もない人間が、何事かを話す必要などないのだ。これまで通りのジェスチャーによる意思疎通から、大した進展はなかったと言えよう。ただ、ようやく少女の名前を知ることが出来たのは収穫だった。


 一方で、ビクターを落胆させたのは運動能力である。シフォンは決してサボることなく、彼の決めた通りのメニューをこなしていたのだが、毎朝八時の診断で筋肉の変化は見られなかった。剣を与え、それを振る練習をさせもしたのだが、これは講師側の問題もあったと言えよう。ビクターは剣術など知らない。だから、彼女の技能に進歩があるのか定かではなかった。


 二週間後だろうか。八時の診断では、それまで通りのビクターの指先による検分に加え、注射が行われた。


『この薬液は単なる栄養剤なのだけれど、そこに私の魔術をブレンドしてある。簡単に言うと、眠っている君の筋肉全部に、目を覚ますよう命令を送っているようなものだよ』


 しかし、注射も功を奏さなかった。シフォンは依然(いぜん)としてほっそりとした手足のままで、筋肉も休眠しているとの話である。


 ところで、夜間の魔物対策はどうだったかというと、まったく問題ではなかった。ビクターは邸の周囲百メートルに堅牢な防御魔術を(ほどこ)したのである。それは術者が眠っても解除されず、朝になれば魔物とともに自然と解除されるような代物だった。元来(がんらい)、魔術は術者の意識により成り立っている。ビクターの場合も例外ではない。彼は彼自身に洗脳魔術を施し、脳領域の一部を、睡眠後も活性化させ続けただけのことである。ゆえに彼は、シフォンとほぼ同じ時間に目覚め、勉学を教え、眠ることが出来た。トレーニングは逐一(ちくいち)観察する必要がなかったため、その(かん)は自分の研究や家事に時間を充てた。本来彼は、魔物と魔術に関する実地調査のために王都を離れたわけである。シフォンという存在は好奇心を掻き立てたし、彼女を成長させることへの意義は大きかったものの、当初の目的は忘れていない。


 一ヶ月後だろうか。シフォンはビクターに連れ出された。夜の二十二時。魔物の時間である。


『もう既に知っているかもしれないが、シフォン、君に魔術は使えない。ゆえに、自分の力で魔物を倒すすべを身につける必要がある。これは、この世界で生き延びていくための今のところの(・・・・・・)原則だと思ってくれたまえ』


 かくしてシフォンは剣を手に、グールとの戦闘を命じられた。


 魔物の殺害は、人を殺すのと大きな違いはないことを知った。特にグールはそうだった。


 心臓を突く。首を落とす。これだけで大体終わる。


 人の殺し方を誰に教わったのか、シフォンは覚えていない。覚えていないことを疑問視することもなかった。


 ビクターの魔力に引き寄せられた魔物は、ひと晩でグール三十体。


 それだけの数を、少女はたったひとり、必要最低限の方法で全滅させたのである。


 朝を(むか)えると、ビクターは少女を抱きしめた。


『シフォン! 君は素晴らしい子供だ! 私の一番の助手になってくれるに違いない! 嗚呼(ああ)、愛してるぞ、シフォン!!』


 ビクターの詠嘆(えいたん)は、シフォンになんの感慨も呼び起こさなかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。故人。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』『Side Johann.「跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)朝月夜(あさづくよ)」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて

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