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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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984.「最後の命令」

 殺すことを良しとしない弱い自分がいたことを、わたしは知っている。以前のわたしのことだ。忘我の極地で何度か殺害を踏みとどまったことがある。直近ではゾラがそう。そして、踏みとどまるのに失敗したこともある。テレジアだ。わたしは彼女の命を奪うことまではしたくなかったはず。その制止は肉体の躍動にとっては、あまりに虚しい精神の抵抗だったが。


 今、シフォンを殺すことが出来ないわたしは、はっきりと悟ってしまった。わたしの心は死んだように見えて、奥底で、なにやら抵抗している。無駄だし邪魔なので切り捨てたいものなのだが、どうにもしようがない。サーベルでの殺害を諦めて首を締めようとしても、軽く触れているだけになってしまう。渾身(こんしん)の力を()めているはずなのに。


「クロエ!」


 呼びかけられて、ようやくそばにシンクレールがいることに気付いた。膝を突き、わたしの肩に手を添えている。やけに力を籠めて。


 ちょうどいい。


「シンクレール。サーベルを貸すから、わたしの代わりにシフォンを殺して」


 そう言って柄の部分を差し出してやると、しかし彼は首を横に振った。


「シフォンは殺さない」


 意味が分からない。


「……なんで?」


「彼女はニコルの命令に従ってるだけで、望んで他人の命を奪ってるわけじゃないんだ」


 彼にはもう、なにを話しても無駄だろう。押し問答の気配しかしない。折れるような目もしていない。だから、言葉を尽くすのは徒労(とろう)に思えた。


 ゆえに、呼びかける相手を変えた。


「シフォン」彼女はこんな状況でも相変わらず無表情を貫いている。それ以外の表情がないのだろう。「ニコルはあなたになにを命令したの?」


 負傷して脱力しているというのに、返事は即座に返った。「簒奪卿(さんだつきょう)および配下の血族の殲滅(せんめつ)。縫合伯爵および配下の殲滅。夜会卿の配下の殲滅。目に入った人間の殲滅」


 殲滅、殲滅、殲滅、そればかりだ。しかも人間を除けば、自軍への反旗(はんき)がほとんどである。なにか狙いはあるのだろうが、ニコルにしか知り得ないことを考えたところで仕方ない。そして夜会卿自体の殲滅が含まれていないことも、自然だった。ヨハンから伝え聞いた情報でしかないが、彼は正真正銘の不死であるらしい。


「ニコルがそれを命じた理由は?」


「知らない」


 彼女の言葉の真偽が分からない。聞き出すだけ無駄かと思ったが、シンクレールが言うには、部分的には真実らしい。(いわ)く、前線基地の簒奪卿の部隊と人間の多くはシフォンによって壊滅させられたのだと。


「――と言っても簒奪卿……シャンティはまだ生きてるけどね」


 なぜ殺さないのか。わたしが視線を向けた瞬間には、シンクレールが言い訳がましい言葉を並べ立てた。


「なんというか、シャンティはもう、戦意がないんだ。ほら、手下を全員失ったし、それに、捕虜になることに合意してくれてもいる。もっと言うと、彼女はシフォンとひとりで対峙(たいじ)して、僕を生かそうとまでしたんだ。……そんなひとは殺せない。」


 シンクレールの最後のひと言だけは、どうにも曲げようがないものに思えた。好きにすればいい。簒奪卿の生殺与奪はわたしにはあまり関係がないことだから。もっと別に、知るべきことがある。


「ニコルは戦場にいるの?」


「いる」


「具体的な場所は?」


「知らない」


 シフォンは知らないことばかりだ。とぼけている素振(そぶ)りもない。嘘かどうかも定かではない。つまりは、この問答自体が無意味なのでは、と思いかけたが、最後に聞いておくべきこともあった。


「ニコルがほかに命じたことはない?」


「私を倒した相手に、永久に服従するように言われた」


 なるほど。それなら話は早い。この、一見すると無駄な問答にも一定の意味があったということになる。


「確認だけど、あなたはわたしに敗北した。そうよね?」


 横たわったままだったが、シフォンは確かに首を縦に振った。


 その自覚があるのなら、充分だ。


「シフォン。今この場で自害しなさい」


 左手に持ち替えた剣が彼女自身の心臓に突き立てられる速度は、戦闘時のそれと同等に見えた。


 なのに――。


「クロエ……! 撤回してくれ!」


 どうしてシンクレールに止めることが出来たのだろう。氷の魔術でシフォンの左腕を瞬時に凍結させて、でも彼自身はもう魔力が枯渇(こかつ)寸前らしく、すぐに瓦解(がかい)しかかっては修復される。その繰り返しのなかで、切っ先は確実に心臓めがけて進行していた。一センチ、二センチと。


 どうやらシフォンは本気で服従しているらしい。それは、自害を命じてから実行するまでの速度で把握出来た。シンクレールがいなければ、とっくに事切(ことき)れていただろう。つまりは、これまでの彼女の発言も一定の正当性を()びる。


「撤回。自害しなくていいわ」


 わたしがそう口にするのと、シンクレールが限界を迎えたのは同時だった。シフォンを(いまし)めていた氷が崩壊し、シフォン自身の腕も脱力する。


「クロエ」ぜえぜえと息をしながら、シンクレールが疲れた様子で言った。けれど、なにやら力が()もっている。「もうシフォンを苦しませるのはやめてくれ……。君が彼女に勝てたのは、僕の魔術のおかげでもあるんだから」


 一利ある。彼の助力がなければわたしは死んでいた。しかし勝ったのは彼ではない。これも事実だ。


 生かしておくにはあまりに危険だが、絶対服従しているのなら使いどころはあるだろう。ヨハンなら上手いこと周囲に根回しをして、シフォンは王都にとって敵ではないと認知させ、戦場で有意義な手駒として扱うのも造作ないに違いない。


 そうしよう。


「シフォン。わたしから最後の命令よ」


 シフォンには戦地で命を散らしてもらう。それでいい。


「シンクレールに従うこと」


 ……あれ。わたしはなにを言っているんだろう。


 シフォンの確かな頷きが見えて、なんだかもう、どうでも良くなってしまった。これもきっと、昔の弱い自分が肉体の表層に無理やり出てきて、主導権を握った結果に違いない。さっさと切り捨てなければ。


 ふと思い出して、シンクレールから預かった『共益紙(きょうえきし)』を取り出し、ペンを走らせる。


「……なに書いてるんだい?」と聞かれたので、素直に見せた。


『前線基地壊滅。援軍不要。簒奪卿の部隊と相討ちした模様。王都側に勢力が向かっていないならば、前線基地方面の防備は通常体制に戻して問題なし。クロエより』


 意図は明白だ。前線基地の崩壊を知った血族たちがここを再び攻めてくれば、シフォンとシンクレールで迎え撃つことが出来る。


「なんでそんな嘘を書いて――」


 と言いかけて、シンクレールの声が消えた。おそらく、わたしのメッセージの上に記載された文章を目にしたのだろう。わたしがスピネルに(かか)えられて前線基地へと(おもむ)く道中で新たに書かれたばかりの内容だ。


『半馬人の隠れ家に血族の部隊が侵入。これをもって共益紙への真実の記載は一切行わないように。ハックより』

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。恋愛に関しては極度に潔癖な一面もある。勇者一行でありヨハンの兄でもあるジーザスと契約し、人間殲滅を目的とした戦争への参加を余儀なくされている。クロエに敗北し、ヨハンの提示した戦争での役割を受け入れることとなった。すべての種族が争いなく共生する世界、『ユグドラシル』を理想としている。しかしながら過去、人間との交流によって失意を味わい、結果、人間に対する愛憎の念を抱くようになった。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』『Side Grimm.「獅子のひとりごと」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夜会卿』→名はヴラド。『黒の血族』のひとり。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『中立地帯』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。水に浸すと文字が消える。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。現在は『灰銀の太陽』のリーダーの役目を終え、半馬人の集落で暮らしている。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて

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