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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Riku.「或る幻影と奇跡」

※リク視点の三人称です。

 ――美しき魂は生きねばならない。生きて、魂の(きら)めきをあまねく届けねばならない。


 前線基地を進むなかで、リクは幾度(いくど)となくその言葉を繰り返した。ずっと昔に亡くなった恩人、マルタの顔が薄闇の先にちらついて仕方なかった。朦朧(もうろう)とする意識の見せる幻影だと分かっていても、本当に彼女が自分を先導しているように感じてならない。


 元家政婦は暗がりのなかで、いつかリクを送り出したときとまったく同じ姿をしていた。ゆったりした麻の服はひどく汚れていて、身体のあちこちに(あざ)があるのは、轟魔卿(ごうまきょう)の配下によるものだ。しかし、打ちのめされた表情ではない。決意。安らぎ。真顔のなかに、それらが(ほの)見える。


 あの日彼女の(いだ)いた願いは、ブロンの継承だけではないのだと、リクは漠然(ばくぜん)と感じていた。もちろん、領主を戦地から逃がした理由の大部分は、土地の歴史・文化を絶やしてはならないという意志だろう。ただ、それが全部だったろうか。『美しき魂』の語には、もっと個人的な、狭い領域の祈りが()められていなかったか。


 リクは、自分自身が清らかで美しい存在だとは思っていなかった。むしろ逆だとばかり思っていた。彼が『美しさ』なるものをなんとか体現しようとしたのは、すべて、シャンティの幸福のためである。それを自覚している自分自身を清いだなどと思えるはずがない。


 ――美しき魂は生きねばならない。


 足が(きし)む。左腕の残存部が痛苦の絶叫を上げている。体力はほとんど底を尽きている。歩度(ほど)も悲惨で、覚醒した人間の兵士にじき追いつかれるに違いない。寝ぼけ眼だからこそ、彼らの歩みは亡者のごときゆるやかなものだったが、それも時間の経過とともに正常さを取り戻すだろう。追いすがる兵士の数人なら、なんとか再び意識を奪えるはずだ。しかし二人以上を同時に相手にしなければならない状況になったとき、リクは自分が勝利するイメージをどうしても思い(えが)けなかった。それどころか、自信は段々と(しぼ)み、背負ったシャンティの鼓動と温度によって、あるいはマルタの幻覚によって、かろうじて『生き残る』という意志を繋いでいる状況だった。


 蛇行(だこう)する谷底を進みながら、何度となく横穴に逃げ込むことを考えた。が、それを採用するのは大きな賭けである。穴が袋小路だったら終わりだ。仮に穴が迷路状に広がっており、運よく追撃者の目を逃れることが出来たとしても、いずれ補足される可能性は(ぬぐ)えない。なにしろこの場所は人間の基地であり、敵の腹のなかと言ってもいい。地の利があるのは常に敵側である。かといって谷底を進み続けるのも都合が悪い。無傷の兵士が向こう正面(じょうめん)に現れて、覚醒した兵士との挟み撃ちに()う可能性もあった。


 なにを選び取ろうと、運任せにしかならない。だからこそリクは決断を留保(りゅうほ)し、数秒先を生き残ることだけ意識していた。明晰(めいせき)な思考が可能な状態ではなかった点も、彼のそうした態度を後押しした要因だろう。


 やがて、谷間の道は三叉路(さんさろ)に行き当たった。深まっていく夜のせいで、ろくに物の輪郭が見えない。もしも昼間だったなら、そして余裕があったなら、足跡の痕跡(こんせき)を検分し、選ぶべき道を決めたに違いない。現在のリクには、選択に許された時間も、体力的な余裕も、頭脳を働かせるだけの精神的リソースもなかった。ほとんどなにも考えないまま右の道へと足を向けたのは、そちらにマルタの幻影が立っていたからである。あの日の決然とした表情で。


 リクの口が、ほとんど無意識に開閉する。彼は声に出すことなく、言葉を(つむ)いでいた。


 ――マルタはおれの姿に、美しき魂を見た。


 ――美しく見える魂は、真に煌めいているだろうか。


 ――嘘の光だったとして、それがなにかを照らし出すことがあるだろうか。


 ――その光は、誰かの心にまで届くだろうか。


 ――光は、その誰かの美を引き立てるだろうか。


 数分も歩くと、リクは道の先に(そび)える岩肌を見た。人間の物であろう建材があちこちに置かれている。横穴らしき影はない。


 ――おれの美は、シャンティを生かすことが出来るだろうか。


 切り立つ岩壁のそばに放置された角材に足を取られ、リクは転倒した。背中のシャンティも壁際に投げ出される。後方で、人間の立てる足音と呪詛(じゅそ)が耳に入った。


 泣きたいような状況だったが、涙は流れない。リクはゆっくりと右手を突いて身体を起こし、棒切れのようになった足に体重を移した。


 涼しげな金属音が、彼の腰元で鳴り響く。


 振り返り、目を()らした。


 道の先から迫ってくる兵士は見る限り五人。だが、闇の先に(うごめ)く影はほかにもいくつかあった。それらが際限なく増えていくだろうことを、リクは察知している。手元の貴品(ギフト)が、絶えず意識覚醒の(しら)せを送ってきていた。そのどれが兵士で、どれがシフォンなのかまでは判別がつかないが、いずれにせよ追撃者が途絶えないのは確かである。覚醒した兵士たちは、ほかの兵士たちのあとを追ってこの袋小路までたどり着くことだろう。


 ――生きるだけだ。数秒先の未来を繋ぐだけだ。簡単だろう? それが死ぬまで続くだけのこと……。


 リクの口元に皮肉な(ひず)みが(しょう)じ、すぐに消えた。眼前には既に、ひとり目の兵士が迫っていたからだ。


「死ね!」


 叫びと同時に、兵士が剣を振り下ろす。なんとかその軌道を()け、リクは刀を振り上げた。


 鮮血は上がらない。兵士の意識だけが途絶え、その身が闇の地面に沈む。


「死ね!!」


 またひとり、沈む。


「死ね!!!」


 また、沈む。


 兵士の叫びに対し、リクは内心で『生きる』と返事をしていた。生きる。まだ生きる。その繰り返しで、命が数秒、長らえる。


 意志の力だけで解決出来る問題などたかが知れている。現実は常に、意志とは無関係に、自然現象的に当人を打ちのめすものだ。鋼の精神は、現実に対してさほど影響力を持っていない。リクの場合も例外ではなかった。


 兵士が二人まとめて斬りかかってきたとき、リクは渾身(こんしん)の力で肉体を駆動(くどう)させた。ふたつの剣の軌道を読み切り、回避したのち二人の胴をまとめて横()ぎにする――予定だった。しかし、現実は彼の想定通りには推移(すいい)してくれなかった。リクが避けることの出来た斬撃はひとつだけで、もう一本の刃は彼の右肩に深々と食い込んだ。


「が、あぁ!!」


 それでも刀を振るい、兵士のうちひとりの無力化に成功した。しかし、もうひとりは健在であり、次の斬撃のために剣を振り上げている。


 鮮烈な痛みさえ、急激に遠のいていく。そんな状態でリクは、頭上に迫る刃を凝視した。回避も防御も、もはや間に合わない。


 ――美しき魂は生きねばならない。


 マルタの声が聴こえた気がした。


 奇跡の訪れは得てして唐突である。そもそも奇跡とは、当人の視野の外側からやってくるものだ。それが生じる流れは明確に存在していながら、認知されていないがゆえに、()る事象は奇跡と呼ばれる。


 刃はリクの頭皮の数センチ先で静止した。兵士の腕を、別の野太い腕が掴んでいる。


 腕の(ぬし)は兵士を軽々と後方に放り投げた。そして、その全身をリクの眼前に、何物にも(さえぎ)られることなく(さら)したのである。


「カリオン……」


 自然と、その名がリクの口から漏れ出た。無力化しなければ、という思考を置き去りにして。


 カリオンは素早い動きで壁を手探りし、やがて窪みに両手をかけ、咆哮(ほうこう)とともに横に引いた。すると、重たい擦過音(さっかおん)が流れ、壁に濃密な闇が生まれた。(いな)、隠された横穴が姿を見せたのである。


「早く来い!!」


 カリオンが叫ぶ。人間の兵士たちは依然(いぜん)として行進を続けており、時間の余裕はなかった。


 リクは納刀し、シャンティを背負おうとしたが、肩の痛みによって上手くいかなかった。もはや右腕も大して動いてくれない事実が、リクをひどく打ちのめす。


「カリオン……! 助けてくれ! 頼む! シャンティ様を……おれの姉さんを、助けてくれ!!」


 言い終わらぬうちに、リクの身体はカリオンの太い腕に捕らえられた。そしてもう片腕に、シャンティの身体も持ち上げられるのが見えた。


 視界が目まぐるしく移動し、気付くとリクは暗闇のなかに放り込まれていた。


 カリオンが横穴の内側から、開けたときと同じようにして岩の窪みを引き、岩壁を閉じていく。外から漏れる薄い光が線になり、やがてまったくの闇が訪れた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて

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