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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Riku.「たった一撃」

※リク視点の三人称です。

 崩れ落ち、微動だにしなくなったシフォンを見下ろしても、リクは現在の状況をはっきりとは呑み込めていなかった。


 勝ったのか。勝っていないのか。


 重要な二項が、彼の内側でひどく曖昧なものとして浮かんでいたのである。肩から肘の中途で切断され、跡形もなく細切れにされた左腕の痛みは、確かにリクのなかで猛烈な主張をしていた。皮肉なことに、その痛みが却って彼の意識を繋いでさえいた状況である。数限りない細かな傷を受け、ギリギリの攻防を演じたことによる疲労は消えていない。自分よりもずっと大柄なカリオンを背負って前線基地を駆けたことによる消耗もあった。死と隣り合わせにされたことによる精神的摩耗も計り知れない。しかし彼は今この瞬間、まだ両の足で地面を捉えている。


 朦朧(もうろう)とする意識のなかで、リクはゆっくりと膝を突こうとした。体力の限界はとうに迎えていたが、それが理由ではない。


 倒れたシフォンの顔は、その上部が銀の髪によって遮られていた。その身体は一定の間隔で呼吸している。息ひとつ乱すことのなかった彼女の現在の呼吸が、果たして寝息のそれなのかどうかは判然としなかった。


 確かに自分の刃は彼女に触れたのだろう。リクはそう思うほかなかった。でなければ、殺戮(さつりく)のための機械であったシフォンが止まるはずはない。


 膝を落とし、その顔を目に焼き付け、意識の喪失(そうしつ)を確信したい。リクの想いはその一点に集約しつつあったが、ものの一秒もしないうちに自らの行動に待ったをかけた。


 ――駄目だ。


 失った左腕がもたらす尋常(じんじょう)でない痛みのさなか、彼の手にした刃の先が小刻みに震えた。


 リクは立ち上がり、刀を納め、天を仰ぐ。


 シフォンの髪に触れ、その先にある瞳がしっかりと閉じているのを見ることに、なんの意味もない。彼はそう思い直した。


 ただただ、恐かったのである。一瞬でも指先が触れてしまえば、彼女は覚醒してしまうのではないか。そうならない保証は、リクの知る限りにおいてどこにもない。彼の持つ貴品(ギフト)は、相手の意識のみを断つ刃である。が、断たれた意識がどの程度で恢復(かいふく)するかは当人に依存する。貴品(ギフト)の持ち手にコントロール出来ることではない。


 薄暗がりのなか、立って動いている影はリクただひとりだった。大気には血の臭気が混ざり込み、そこここで深い寝息が流れている。


 彼は再び視線を少女へと戻し、息を呑んだ。


 まだ生きている。


 ゆえに、殺さねばならない。


 それも、たった一撃で。


 自分自身のすべきことが、無意識に彼の頭に展開された。まだ意識を奪っただけで、すべてが終わったわけではない。シフォンが目を覚ませば、最前の殺戮劇が再開されることだろう。そのターゲットの筆頭は、リクにとって唯一の家族であるシャンティだ。だからこそ必ずやシフォンを仕留めねばならないし、それは一瞬で()されなければならない。下手な刺激は彼女への覚醒を(うなが)しかねないのだ。


 このときほど、リクは自分の所持する武器が意識を奪う貴品(ギフト)ひとつきりであるのを恨んだことはなかった。たった一本の短剣でさえ、眠る少女を殺すには充分だったろう。心臓を裂くか、あるいは生存不可能な深さで喉を突けばよいだけだったのだから。


 人間の兵士たちが持っていたであろう剣が、あちこちに落ちてはいる。しかしこれも使える武器ではない。オブライエンの洗脳が籠められている。カリオンの語った通り、それが血族に対する憎悪の増幅器であるならば、刃がどこに向いてしまうか分かったものではない。それを操るのが血族である自分であっても、どこまで自制出来るか不明な代物に手を伸ばすわけにはいかなかった。


「岩……」


 思考が流れ落ちるようにして、声が漏れた。


 手頃な岩塊(がんかい)はないだろうか。片手で掴める最大限大きいサイズで、尖っていればなおよい。渾身の力で振り下ろせば、頭蓋を叩き割るくらいは出来るだろう。


 周囲へと素早く走らせた視線は、やがて擂鉢状(すりばちじょう)になったこの空間の一角――シフォンの現れた急坂の中途に(そそ)がれた。とげのような岩塊がひとつ、そこに転がっている。


 ――あれなら、殺せる。


 一撃で命を奪えるかどうかはやってみなければ分からないが、試す価値は充分にあった。少なくとも、残った自分の右手で首を絞めたり、あるいは洗脳魔術に(まみ)れた剣でイチかバチかの賭けをするより、ずっと勝算が高い。


 坂へと歩きかけて、リクは(うめ)き声を上げると(きびす)を返した。そして地に倒れたシャンティを背負い、再び坂へと歩き出す。


 倒れていたシャンティ。シフォン。急坂の岩。そのみっつの位置関係に不吉なものを感じたのだ。シフォンを中心として、岩塊よりもシャンティのほうが距離は近い。リクが坂で凶器を手にしたとしても、その間にシフォンが目覚めてしまえば、彼女の刃がシャンティに向かいかねなかった。もしそうなったとしたら、リクは死んでも自分を許すことなど出来ないと思ったのだ。


 片腕を失った状態で長身のシャンティを背負うのは、言うまでもなく難事(なんじ)だった。しかも腕の傷はなんの治療も行っていない状態であり、それ以前に負った無数の切り傷もいまだに血を流している。意識にかかる負荷も甚大(じんだい)で、一歩踏み出すごとに身体がバラバラに砕けて思考が虚無に(おちい)りそうだった。


 それでも、背中の女性はひとつの慰めだった。その心音を聴き、薄い吐息を浴び、身体の温かさを感じる。シャンティが生きているという事実が、肉体越しに伝達される。これ以上ない励ましだった。


 急坂に差し掛かったところで転びそうになったが、なんとか持ちこたえた。痛みの波が激しくなり、呼吸に息苦しさが混じったが、彼は決して足を止めず、倒れた兵士たちを(また)ぎ越し、ときおり生温い血を口から吐きながら歩き続けた。一歩一歩が、比喩ではなく、削った命の堆積(たいせき)であった。


「よう……やく、だ……」


 坂の途中で手にした石は手のひらにギリギリ収まるくらいの大きさで、一片が鋭く尖っていた。充分凶器となり得るかたちをしている。シャンティの右腕を引き、ずり落ちてしまわないよう肘で固定して、彼は石を拾った。そして坂を(くだ)りはじめ――。


「あああぁ……うぁ……血族……」


 折り重なった人間たちの山で、ひとつの影が揺らめいた。


 リクは思わず舌打ちをしたが、痛覚からの呻きとほとんど同化していた。


 どうしてこんなタイミングで覚醒するんだと、自分の不運を呪う。人間たちの意識を奪ってから少なくない時間が経過しており、自然に覚醒したとしても、それはなんら不思議ではなかった。しかし、不運であることには変わりない。


「血族……! 劣等種!!」


 よろめきながらも、兵士は着実にリクへ向かって前進してくる。その過程でほかの兵士を踏みつけ、蹴り、しかしそんなことなどおかまいなしに進んできた。


「ふざけ……るな」


 石をシャツの胸元に突っ込み、リクは片手だけで抜刀した。が、刃の重さに腕が負けてしまっている。刃先が地面に触れ、なかなか持ち上がってはくれない。磁石のように引き寄せられている感覚だった。


 それでも、目の前までやってきた兵士に、なんとか逆袈裟(ぎゃくけさ)を浴びせる。普段とは比較にならないほど(あら)い斬撃だったが、意識を奪う能力に関してはなんら問題なかった。


 崩れ落ちた男の後方で、ふたつみっつと影が揺らめく。


「冗談……だろ」


 あと少し。あと少しで、殺戮者を消せるのに。それは、ここにいる人間どもにとっても(はる)かに有益なことなのに。


 憎悪に駆られた瞳が、闇のなかで爛々(らんらん)と輝いていた。それらはリクと、彼が背負ったシャンティ以外の何者をも(とら)えてはいない。


 次々と覚醒していく兵士たちを相手に出来るほどの状態ではないのは明白だった。どうあがいても、シフォンを討つ前に兵士たちによって蹂躙(じゅうりん)される。


 逡巡(しゅんじゅん)は一瞬だった。リクの背中越しに届く生命のリズムが、彼の行動を決定づけたのである。


 彼の足はシフォン――とは反対に、坂を登る方向へと向けられた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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