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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Riku.「彼女にそれを問うために」

※リク視点の三人称です。

 シフォンは相も変わらず無表情だった。おそらく、彼女の顔は『無』のまま固定されてしまっているのだろう。多くの場合、顔は人にとってのコミュニケーションの通路であり、ときに言葉以上の雄弁さで様々に語るものだが、彼女のそれは徹底して閉じている。彼女の場合、顔は通路ではなく壁だった。


 膨大(ぼうだい)な血と肉片の海に立つ少女は、しかし最前と一点だけ異なるフォルムをしていた。その右手に、長い針と呼ぶべき形状の武器を(たずさ)えていたのである。これまでずっと(さや)に納めていた得物が、薄闇に鈍い銀色を(たた)えている。


 武器の露出。それは戦闘が次のフェーズに移ったことの象徴だと、リクは感じた。つい先ほどの無数の斬撃は、抜刀と納刀の繰り返しでは実現できない攻撃である。(あら)わになった武器により、彼女は異常な速度の攻撃を実現して見せたに違いない。


 リクは必死に、混乱を押さえつけようと努力した。しかし震える心は(おび)えを訴えてやまない。


 ――先ほど以上に速くなったなら、どうにもならないじゃないか。


 額に浮く汗が、ひどく冷たく感じる。足元の地面が不確かに揺れている気がする。刀を握る手が痺れて、感触が()せていく。


 ――おれは、こんなにも臆病だったのか?


 シャンティのためならば命を投げ出す覚悟がある。それは彼自身にとって否定したくない想いだった。ただ、全身が委縮(いしゅく)してしまっている現実がある。今、彼の目に映る少女の姿は、確実な破滅を象徴する死神だった。美しき魂を木端微塵に無化(むか)する存在だった。


 このとき、リクの集中力は言うまでもなく低下していた。眼球は否応(いやおう)なく震え、思考がまとまらない。しかし構えだけは維持していた。これまでずっと剣術を磨いてきた日々により、戦闘態勢だけは崩壊を(まぬか)れたのだろう。


 相手の精神が安定するまで待ってくれる敵など、基本的には存在しない。言うまでもなくシフォンは、リクの状態には無頓着(むとんちゃく)だった。


 一歩。


 二歩。


 抜刀した死神が歩む。


 怯える血族を肉片に変えるために。


「シャンティ様は」


 話す余裕などないはずなのに、リクの口から言葉が勝手に(あふ)れ出していた。


「おれの姉なんだ。たったひとりの家族なんだ。おれのことは殺してくれてかまわない。だが、シャンティ様――おれの姉は、殺さないでくれ」


 なにを言っているんだと、脳が混乱する。だが自分自身の言葉を、その情けない声を聴いているうちに、少しばかり気付きもあった。


 ――家族。そうだ。シャンティ様は家族なんだ。


「あなたたちの頼みも聞かなくていい。ニコルがそう言った。だから聞かない」


 シフォンの律儀(りちぎ)な返事を、リクはただ聞き流していた。無意識の言葉がもたらした気付きに打たれていたのだ。


 家族。


 血の繋がりにどれほどの意味があるだろう。血脈はなにかを保証するものではない。かつてリクがハイデアに対して憎悪を(いだ)き続けたように、家族であることが絆や愛の証明にはならないのだ。


 だとしても、興味はあった。


 ――シャンティ様は、この、あまりに細い血の糸をどう思っているのだろう。


 ――これまで一度も、おれを弟だと思ったことはなかったのだろうか。


 ――シャンティ様にとっても唯一の血の繋がりのはずだ。今となっては。


 ――答えを聞きたい。そのためには、生きねばならない。


 シフォンはすぐ目の前まで迫っていた。わずか一メートル強。そこまで接近していることを、彼はようやく認識した。


 眼球の震えは止まっていた。




 それは嵐と形容するほかなかった。銀の刃が縦横無尽に駆け巡り、リクとシフォンの間を埋め尽くしている。すっかり陽の落ちた谷底に散る無数の火花が、闇の底の狭い領域を(まばゆ)く照らし出していた。


 無数に繰り出される刃が残像なのか実体なのか、もはやリクの視覚では(とら)えきれなかった。筋肉の微動を凝視して動きを先読みするにも、彼女の腕そのものが視認困難な速度なのである。


 にもかかわらず、なぜ自分が彼女の斬撃を防御出来ているのか、彼自身不思議でならなかった。ただ、直観の導くままに最低限の動きで刀を移動させ、ただひたすらに致命傷を()けているだけである。手足にも顔にも無数の痛みが駆けている。傷の具合を(かえり)みる(すき)など一切なかったが、全身血まみれになりつつあることは容易に理解出来た。それでも生存していることが、彼をひどく冷静にさせている。


 ――死の嵐も、いつか止む。おれは耐え続ければいいのだ。


 無限の体力などというものはあり得ない。常軌(じょうき)(いっ)した存在にどこまで常識が通用するものかは怪しいが、シフォンの斬撃も肉体という制約に縛られている以上、有限な時間しか持続しないのではないかという仮定を、リクは素朴(そぼく)に信じていた。反撃の隙はコンマ一秒すらないが、そもそもこちらから攻撃を仕掛ける必要は今のところない。(しの)いで、凌いで、凌ぎ続けて、訪れるであろう刹那(せつな)(なぎ)を見落とさずにいればそれでいい。


 飛び散っては切り刻まれる自分の血。()ぜる光と、耳を犯す金属の雨。


 何十年と剣術修行に明け暮れた日々の記憶が、リクの脳裏(のうり)で揺れていた。自分の、とリクは思う。自分の何十年間は、この少女の数年に遠く(およ)ばないのだろう。この娘はせいぜい十代半ばだ。まともに剣を振れるようになって、ほんの五年かそこらなのではないか。


 年月はそう安いものではないはずだが――どうにもこの少女の前では軽いようだ。


 銀の軌跡(きせき)の合間にときおり見え隠れする彼女の顔は、やはり無だった。そして最前同様直立している。


 彼女の右腕が化け物の腕であれば、どれほど(なぐさ)めになったろうかとリクは思った。しかし彼女が狂気的に振り回しているその腕は、細く、白く、あまり肉はついていないのにどこかふっくらした少女の腕でしかなかった。




 嵐はやまない。やむ気配がない。切り刻まれつつある肉体が、徐々に深刻な悲鳴を上げはじめていた。痛覚は全身を(おお)っている。生ぬるい液体の感触も同様である。


 失血死。


 それも名誉なことかもしれない。少なくとも一瞬で真っ二つにされるよりは、よほど粘ったと言えるだろう。


 ただ、リクはそんな諦めに自分を埋没(まいぼつ)させたくはなかった。


「シャンティ、様、に……聞かな、ければ」


 食いしばった歯の隙間から、言葉が(ひね)り出される。熱い吐息に濡れた声が、祈りをかたちづくる。


「おれ、は……家族、でした、か……?」


 ――もしそうなら、どんな弟でしたか?


 ――やっぱり、迷惑ばかりかけてしまいましたか?


 ――たくさんたくさん機嫌を損ねてしまったことと思いますが、それでも、弟として認めてくれますか?


 時間の許す限り、シャンティに問いを重ねてみたかった。


 そのための時間を作るのが自分自身以外にいないということは、重々承知している。


 待っているだけで訪れる幸福な時間など、どこにも約束されていない。掴み取らなければ、一秒先の命だってないのだ。リクはそれをよく理解していた。


 だから――叫ぶ。


「ニコルがいるぞ!!」


 そう叫んだ直後、心持ち肩を引き、彼女は首だけで振り返った。刃の嵐は止まらない。まったく衰えることなく、リクの身体を刻んでいる。


 この攻撃が止まってくれれば、と祈った(すえ)の叫びだったが、どうやら望む結果にはならなかった。


 この嵐は、死ぬまでやむことはないのだろう。


 だとしても、出来ることはすべてやらねばならない。


 後ろを向いた彼女の首。そこ目掛けて、リクは突きを放った。


 それよりも速く、彼女の刃がリクの()いた左腕を切り刻む。肉も、骨も、血も。


「ニコルはどこにもいな――」


 顔を戻した彼女は、確かに接近する刃を見ただろう。それゆえ、回避したのだ。必要最低限の動きで。刃が(くう)を突くように。


 皮一枚。


 シフォンがリクの刃を許したのは、たったそれだけだった。致命傷どころか、傷にも残らないレベルである。


 だが、リクにはそれで充分だった。


 銀の嵐が止まると同時にシフォンの(まぶた)が落ち、彼女はその場に倒れた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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