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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Riku.「妄信者回想録㉜ ~遍く全てを~」

※リク視点の三人称です。

 リクが故郷に戻ったのは、それから三日後のことである。その間の生活については、取り立てて重要な出来事はなかった。ただただ肩身の狭い思いをしただけである。


 決闘での意識の喪失から目覚めたときには、すでにシャンティはブロンへと向かっており、リクはスィーリーの城内で過ごすこととなった。厳密に言うと、城の奥に(はい)された窓のない小部屋に監禁されていた。監視役のマシモフは横柄(おうへい)な態度だったが、一日二度の食事は()かさず持ってきたし、名前を呼べば不満げながらも必ず姿を見せてくれた。おそらく、シャンティからそうするよう命じられていたのだろう。マシモフ自身の誠意ではないはずだ。お前の監視を務めるのは不本意であると、三日間のうちに十回以上聞かされたのを思い出す。


『お前には計算があったのだろうが、浅はかだ。故郷が壊滅しつつあったとして、それがどうした? 結局お前の土地はお前のものではなくなったんだよ、小僧。シャンティ様に滅ぼされるか、轟魔卿(ごうまきょう)に潰されるかの違いでしかない』


 小部屋で目覚めたリクに、マシモフは開口一番そう言った。


 確かに、究極的には彼の言う通りだろう。決闘での誓約(せいやく)(もと)づき、リクはすべてを失ったのだ。あらゆる権利がシャンティにある以上、彼女がブロンを蹂躙(じゅうりん)しようとも文句は言えない。


 が、彼女が無慈悲な破壊をもたらすことはなかった。


 覚醒から三日後、シャンティの配下の者が城に帰還し、リクを外へと連れ出した。のちに彼女の手によって箱型に変形させられ、苦痛に満ちた死を味わうこととなった側近の男である。彼はリクを馬に同乗させ、ほとんどなんの説明もないまま街道を走った。


 どこへ向かっているのかはすぐに分かった。なにせ、元々リクが辿(たど)ってきた道だったから。


 明朝に出発し、ブロンの周辺に入ったのは日暮れだった。


 街道の途中で男は馬を停め、リクに降りるよう命じた。ここから先は自分で歩け、と。


『明日の朝、この場所に戻ってこい。お前がブロンの土地を踏むのはこれが最後だ』


 マシモフならば、『残された時間を愚民(ぐみん)どもと抱き合って過ごすがいい』とか『奴隷生活の(はなむけ)でも貰ってこい』だとか嫌味を言ったことだろう。しかし男はあくまでも寡黙(かもく)な態度を崩さなかった。まさかリクを(こころよ)く思っているなんてことはないだろうが、あからさまな敵意を向けてこないあたり、マシモフよりはよほど人格者と言える。


 リクはブロンへと歩みかけて、ふと足を止め、振り返った。男はまだ街道に(たたず)んでいる。


『……シャンティは勝ったのか? 今も、ブロンにいるのか?』


 我ながら愚問だと思ったが、リクは撤回するつもりもなかった。


 おそらく返事はあるまい。それでもいい。――そう思ったのだが、男は淡々(たんたん)と、望む通りの答えを寄越してくれた。


『シャンティ様は勝利した。そして今、故郷におられる』


 男が立つ地点がちょうどマナスルへと続く脇道の入り口だということは、リクも気付いていた。


『シャンティはどうして、おれをブロンまで戻してくれたんだ?』


『知らん』


 男が本当に知らないのか、それともシャンティに口止めされているのかは分からなかった。表情の(とぼ)しい男なのだ。


 (つか)()であれ帰還を許すこと。そこに善意を見出(みいだ)すのは容易(たやす)い。しかし本意は、そうであってはならない。彼女が()すのは悪だけで、ゆえに幸福を享受(きょうじゅ)するのだ。善と不幸は、彼女以外の者が喜んで背負えばいい。たとえば自分が。


 リクは(かたく)なにそう考えながら、ブロンへの帰路を歩いた。


 後方から照り付ける夕陽が影を、薄く、長く、伸ばしていた。




 ブロンは変わり果てていた。リクが逃亡する以前は健在だった中心部までも、すっかり破壊されてしまっている。かつて街のシンボルであった議事堂は瓦礫(がれき)と化し、芝の整った広場は見る影もない。そしてなにより、(にお)いが違った。鼻を刺激する腐臭があちこちから(ただよ)ってくる。ときおり焦げたような臭いも入り混じった。


『リク様……生きておられたのですね』


 憔悴(しょうすい)した声が物陰から聴こえた。見ると、崩れかけた壁に背中を預け、地面にだらりと手足を()らした青年がいた。声と同じく、(うつ)ろな目をしている。


『マナスルの増援を呼んだのは、リク様ですね? ……本当に、お優しい(かた)だ。ブロンのことを忘れて暮らしたって、誰も恨みはしないのに』


 皮肉かと一瞬(いぶか)ったが、青年はどうやら本気でそう思っているらしい。リクの眼差しと交差する彼の瞳が、段々と感動の熱を()びていくようだった。


『リク様がお逃げになられてから、虐殺がはじまりました』


 青年(いわ)く、激昂(げっこう)したカーライルによって住民が順番に殺害されたらしい。それも、ひとりひとりじっくり時間をかけて。理不尽な死に(ざま)は、誰もが目に出来るよう、必ず外で行われたんだとか。


 まず犠牲になったのはマルタだった。それから議員たち。その次は、リクの(やしき)の近辺に住む者を同心円状に。


『あの悪魔どもは、リク様への恨み(ごと)を聞きたかったようです。だからでしょうね、お前の領主のせいでお前は死ぬんだとかなんとか、散々(あお)っていましたよ。でも、無駄だった。……もちろん、みんながみんな、リク様が逃げたことを最初から受け入れていたわけではありません。多少、不本意に思っている者も確実にいたでしょうね。でも、誰ひとりカーライルを満足させるような言葉を発しはしなかった。なぜだと思いますか?』


『……いや、分からない』


『一番最初の犠牲者――マルタさんが、死ぬまで叫んだからですよ。ブロンのすべてはリク様に宿(やど)っていて、だから不滅なんだ、って。生き続けるだけで、リク様の美しい魂はあまねくすべてを照らし出す。その光の(みなもと)にはブロンの歴史があり、自分たちもまたブロンの歴史を作り上げたひと粒の命なんだ、って』


 マルタの言葉に、街の人々は胸を打たれたらしい。嗚咽(おえつ)する者さえ少なくなかったと青年は語った。


 だから、ブロンの住民がリクを呪うことはなかった。マルタの信念に共鳴したからである。ある意味でそれは、死にゆく者にとって希望でさえあった。自分たちが死のうとも、歴史は継承されていく。ブロンの魂はどこかで生き続ける。逃亡者への呪詛(じゅそ)を吐くよりも、よほど心の安定剤になったはずだ。


『生き残ったのは、ほんのひと握りです。百人もいないんじゃないかな……。最後の虐殺がはじまる前に、シャンティさんが来てくれたんです』


 青年によると、彼女は単身で街に乗り込んだとのことである。馬を駆り、真っ直ぐに轟魔卿の前まで進行したのだ。


『あれがなんなのか、ぼくには分かりません。上手く表現出来ないんです。どろどろしたなにかが怪物に向かって飛んで行って――』


 それから間もなく、轟魔卿はばったりと地に()したという。


 呆気(あっけ)に取られたカーライルたちも、次々と謎の液体に襲われて動かなくなってしまったらしい。


 それを聞いて、リクは嘆息(たんそく)した。


 おそらくはダヌを殺害したのと同じ能力を、彼女は完璧に制御している。その力によって、カーライルたちを駆逐(くちく)したに違いない。


 悪を滅ぼすのは、より強い悪なのだろう。きっと。シャンティの悪は、轟魔卿やカーライルのそれを上回っていたというだけだ。


 しみじみと感じ()るリクを見上げ、青年は(まぶ)しげに目を細めた。


『リク様……どうか、ぼくたちを導いてください。リク様しかいないんです』


 風が腐臭を散らしていく。街じゅうに放置された遺体は、ブロンの住民のものもあれば、轟魔卿の手下もあった。今、この街では生きている者よりも死体のほうが多い。死者は鼻腔(びくう)を通じて、その存在を雄弁(ゆうべん)に語り続ける。


 生きねばならない。


 生きて、魂の光で照らす。


 あまねく。


『……すまない。本当に、すまない』


 ()しき存在にさえ、光は届くだろうか。その悪をいささかも減退させずに、照らし出すことは可能だろうか。


 もしマルタが生きていたなら、それを(たず)ねてみたかった。


『おれはシャンティの所有物となってしまったんだ。この土地も、彼女の土地だ』


 青年の瞳にほんの一瞬だけ非難めいた鋭さが生まれたが、すぐに虚無へと戻った。


 青年はもう、なにも言わなかった。

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