Side Riku.「期待ゆえの失望」
※リク視点の三人称です。
戦場へと焦点を結んでいたリクの意識が、背後の大男へと分散していた。主人の戦闘模様を目に焼き付けているつもりでいても、背後で身じろぎさえ出来ずに息を呑む男の存在は無視出来ない。彼にとっては珍しいことだったが、ほんのわずかな苛立ちさえ感じていた。
――機が熟すのを待って行動を起こしたのだろう。
そう内心で呟くと、カリオンの顔かたちが自然と彼の脳裏に浮かんだ。
藪のような髭。蓬髪。噎せ返るほどの執念に燃えた眼球。恵まれた体躯に、鍛え上げられた肉。絵に描いたような豪傑である。シンクレールに浴びせかけた声も、腹の底に響き渡る威風堂々たるものだった。
ひゅう、と喉が鳴る音を、リクの耳は確かに拾った。
「貴様と戦うのも、よかろう」
低く、枯れた声。あまり消沈したように聞こえないのは、声質のせいだろう。どんな言葉を口にしても、その響きには威厳が備わってしまうに違いない。カリオンの容姿はなおさら、その効果を高めていることだろう。彼がこれまでどんな人生を歩んできたのかリクには知るべくもなかったが、さぞかし期待の多い道程だったろうと思った。
背後のカリオンの動きを、リクは敏感に捉えていた。振り返る必要はない。すべてが手に取るように分かる。風の流れ。音の反射。空気の震え。それだけでも充分な情報だった。そこに簡易鎧のたてる微かな金属音が加わって、疑いを差し挟む余地もない。今、カリオンは地べたに座り込んだのだ。どっしりと胡坐をかいて。言葉とは裏腹な姿勢だった。
「逃げるのか、戦うのか、どっちなんだ?」
リクがそうたずねると、じっくり三秒ほどの沈黙を置いて、息を吸う音がした。
「逃がしてくれるのか?」
「質問を質問で返すな」
「……逃がしてはくれまい。戦ったところで、意味もなかろう」
それを聞いて、リクは胸中に落胆が募るのを感じた。カリオンという男になにかを期待したつもりはないが、仮にも彼がシンクレールと同じ方角を向いて戦っているのなら、そんな返事は聞きたくなかった。
「無論、戦う意志はある。当然だ。貴様は血族で、俺は人間なのだからな。しかし、どこに意味があるというのだ。それに、俺は貴様に感謝すらしている」
リクは思わず振り返り、カリオンを睨んだ。が、その豪快な顔面に隠しきれない疲労が滲んでいるのを見て、リクの眼光は苛立ちとともに軟化することとなった。
リクの心情を知ってか知らずか、カリオンは続ける。
「俺を斬ったあと、武器を捨てたろう」
一瞬なんのことか分からなかったが、すぐにリクは思い出した。カリオンを切り伏せ、その意識を奪ったのち、彼の所持していた剣を岩場の隙間に落としたのだ。回収不可能な深さと狭さの間隙は、簡単に武器を呑み込んでくれたのである。
剣を蹴り落とす瞬間のことを、リクは振り返った。
――あれは、妙な感覚だった。
爪先が剣に触れたとき、不意に嫌悪感を覚えたのである。それは自己嫌悪よりも、もっと遠大なものだった。同胞のことが無性に薄気味悪く思われたのである。
その感覚も、武器が隙間を転げ落ちていくうちに消散した。それゆえ、深く考えずに今の今まで意識せずにいたのである。
「あれは意志を歪める武器だ。持ち主を、戦場において相応しい在り方に変えてしまうものだ」
カリオンの言葉は、しっくりとリクの胸に浸透していった。あの奇妙な感覚は、確かに意志を歪めるものであろう。戦場において相応しい在り方とは、おそらく、恐怖心を取り払い、憎悪一色にしてしまうことを指しているのだろう。
ほんの一瞬爪先に触れただけなのに、その武器は実に多くのことを物語っていたのだ。今さらながら、リクはそのことに気が付いた。
「お前は武器のおかげで、シンクレールに大仰な台詞を吐いたのか?」
口にしてから、なにを聞いているんだとリクは自分を恥じた。この男からなにかを引き出そうとするだなんて。そうまでして自分は――光を探したいのか?
「いや、違う。俺は本心で言った。信じるかどうかは貴様次第だが、俺は今でも血族を大いに憎んでいるし、連中の息の根を止めるためなら命は惜しくない」
「ならどうして戦わないのだ」
カリオンの視線が地面に落ちた。
「あの剣から解放してくれた恩義があるからだ」
「嘘をつくな。本心を語れ」
カリオンはゆっくりと顔を上げ、どろりとした粘性の目付きでリクを見やった。
「貴様が総隊長を――シンクレールを救おうとしたからだ」
救おうとした。
それに該当するリクの行動は、そう多くない。シャンティに決闘を申し込んだこと以上の救済行為があるだろうか。
「俺は、お前が大将に盾突いたときには意識を取り戻していた」
カリオンの告白は、リクにとってなんら意外ではなかった。
「知っている」
とうに気付いていた。カリオンが意識を取り戻していたことを。またぞろ猪突猛進を仕掛けてくると思って警戒していたのだが――そうはならなかった。
却ってリクは、カリオンが咆哮を上げ、目を血走らせ、素手で自分に向かってくるシナリオを望んでいた。そうあるべきだと思ったのだ。大男がシンクレールに対して放った言葉が真実ならば、そうしなければならないはずだった。
意識が恢復したにもかかわらず、地に伏せ続けるカリオンという存在。いつしかそれは、リクにとって正視に耐えない醜悪な代物となっていたのである。
「いつから気付いていたのだ?」
「はじめからだ。攻撃を捌いている最中に、お前の覚醒を悟った」
シャンティの側近たちの攻撃からシンクレールを守っていたときのことである。カリオンの覚醒を知ったのは、別段不思議なことではない。彼の意識を奪ったのは、そもそもがリクの持つ貴品の効能である。意識の恢復を所有者に教える機能も、その刀は併せ持っているだけのことだ。
が、カリオンにとっては意外だったらしい。しばし目を丸くしていた。
そんな彼の反応を眺めて、リクは余計にこの男への失望を感じて仕方なかった。鈍感なだけならば、そう悪いものではない。しかし、そこに臆病な神経を見るのは心苦しかった。
カリオンが目覚めたとき、彼の仲間であるはずのシンクレールが危機的状況に陥っていた。敵側であるリクが、青年魔術師を庇って戦っている状況に面食らう気持ちも分からないではないが、それでも、決断するには充分過ぎる時間があったはずである。側近たちの苛烈な攻撃からシンクレールを救い出すか、あるいは、リクとともに側近どもを蹴散らすか。どちらの選択肢もありえた。
結果的に、どちらの道も選ばれることはなく、この瞬間まで意識を失っている振りを続けたのがカリオンという男なのである。逃げ出す機会を窺っていたことは、このタイミングで起き上がったという事実から明らかだった。
――おれも、知らず知らずのうちにこの男に期待を寄せていただけなのかもしれない。
臆病さというものは、ありふれている。そう責めるものではない。にもかかわらず、こうも不快に感じてしまうのは、それだけカリオンという存在を高く見積もっていたからなのだろう。死を前にしても敵の喉元に食らいつく怪物。そう思っていた。だが、実際は違ったのだ。両者のギャップがあまりに激しく、それゆえ反発を感じてしまうのだとリクは結論付けた。
もう話すことなどなにもない。
「このことは、総隊長には黙っておいてくれ」
なにも、ない。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて
・『貴品』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて




