表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~①二兎と時計塔~」
129/1573

114.「湿原の主は血を好む」

 まずは『吶喊(とっかん)湿原』を越える必要がある。


 周囲には草胞子(くさほうし)がまばらに生えていた。本物の草を見つけることから始めなければならない。


「みんな立てるかしら? 無理はしなくていいけれど、余力のある人は草を探して」


「草? それならそこら中に生えてるだろうが」


 怪訝な顔をする盗賊に、首を振って否定する。「あなたが見てるのは草じゃなくて草胞子よ。よく観察すればぶよぶよした感じでしょ?」


 盗賊のひとりはまじまじと草胞子を見つめる。そして得心したように頷いた。「確かに、これは植物とは違う感じがするな」


「そう。菌類よ。あんまり近付き過ぎないでね。胞子を吸い込んだらどんな影響があるか分からないから」


 盗賊たちは身体をぶるりと震わせて、それから辺りを探し始めた。わたしも同様に本物の下草を探す。


「あぁ! これ、本物の草っぽいですよぉ!」


 盗賊団の小男が大声を張り上げた。その呑気(のんき)な口調は生来(せいらい)のものなのだろうか。


「ありがとう。本物の草を辿っていけば洞窟までは一直線よ。でも、ひとつだけ準備がある」


 盗賊たちを見回す。彼らの中には出血している者もいた。かくいうわたしもあちこち擦り()いて血が滲んでいる。


 盗賊たちは息を呑んで次の言葉待っていた。


「出来る限り血を拭いて頂戴。で、拭いた布はここに捨てていって」


「なんでだ?」


「この先には少し特殊な魔物がいるのよ。血の匂いに引き寄せられてくる大型魔物」


 盗賊たちの表情はまちまちに変化した。恐怖を(あら)わにする者や、必死でそれを(こら)える者、はたまた決心したようにこちらを見据える者。


「もしそいつが現れたら、どうするんだ」と真剣な表情で盗賊は訊ねた。


 無用な心配である。なぜなら――。


「大丈夫。そいつはわたしが引き受けるから」


 疑問を口にした盗賊は目を見開いて、口を開きかけては閉じた。あんたひとりに押し付けるわけにはいかねえ――とでも言いたかったのだろう。その一言が出なかったのは、自分の非力を知っているからだ。


 彼の悔しさはよく分かる。新米騎士の頃、嫌というほど経験した感情である。


「……あなたの、いや、あなたたちの思ってることは分かるわ。けど、どんなに悔しくても一緒に戦うなんて言わないで頂戴。今は堪えて、本当に力を発揮出来るときまでその衝動を大事にしてあげて」


 盗賊たちは力強く頷いた。あとはこちらがどれだけ戦えるのかの問題だ。




 ひとり、道を大幅に外れて歩いた。下草のある方角さえ理解しておけば、いかに道を外れようとも大きな問題はない。


 盗賊たちには、わたしが出発してから二十分後に下草を辿るよう伝えた。それから『毒瑠璃(どくるり)の洞窟』の進み方と凶悪なスライムの存在、最後に『大虚穴(おおうろあな)』を慎重に登るように繰り返し言い聞かせた。


 おそらく、洞窟内の『休憩所』は二十人も入りきらない。今が昼過ぎであることを考えると、かなりスピーディに進行すれば『毒瑠璃の洞窟』を抜ける頃には夜を迎えるだろう。そうなると『大虚穴』で魔物の相手をしなければならなくなる。あの足場ではグールと戦うのも困難だ。しかし、『毒瑠璃の洞窟』内で戦闘をするとなれば例のスライムから逃げつつ、他の魔物と戦わねばならない。あるいは朝まで逃げ回るかだ。


『吶喊湿原』から『毒瑠璃の洞窟』に(いた)るまでの下り階段で待機するという選択肢もあったが、それでも魔物との戦闘は避けられないし、体感的に『大虚穴』がどれほどの長さだったかいまいち自信が持てない。最悪、『大虚穴』で二度目の夜を迎える可能性だってある。


 最終的に彼らと選び取ったのは『休憩所』で半数が待機し、もう半数が『大虚穴』への強行軍を仕掛けることだった。人数が多かろうと『大虚穴』での戦闘なら負担がかかるのは先頭と最後部のみだろう。先頭はわたしが務めるつもりなので問題ないが、最後部は盗賊の中で最も手練(てだ)れらしい男が名乗りを上げた。


『吶喊湿原』突破後、洞窟の入り口で彼らと落ち合うことになっていた。が、もし一時間経過しても戻らないようであれば盗賊たちのみで先行することを半ば強引に約束させた。


 彼らはいつまででも待つと言ったのだが、負う必要のないリスクは避けねばならない。本来なら一時間のロスも避けたいところだったが、『毒瑠璃の洞窟』での進み方が口だけで完璧に伝わるとも思えないし『大虚穴』での戦闘を考えても同様に不安が残る。わたしが彼らを過小評価しているわけではないのだが、一時間を待機に使ったとしてもそれは悪手ではないはずだ。


 かくしてヨハンが『魔の(みち)』と名付けたルートの進行計画は決された。あとは進むのみである。


 湿原を小走りに進みつつ、自分の傷を意識した。『白兎(しろうさぎ)』戦で負ったダメージは決して小さいものではない。それでも、王都時代には重傷を負いながらも大型魔物の討伐を果たしたことだってあった。たったひとりで任務をした経験だって腐るほどある。


 なにより、ひとりになったことで存分に怒りを体現出来る。


『白兎』の――もしかしたら騎士団全体の――やり口には虫唾(むしず)が走る。彼女ほどの実力があるのならわたしたちを全滅させることだって可能だったかもしれない。少なくとも、盗賊のうち何人かは亡き者に出来ただろう。にもかかわらず彼女がそれを選択しなかった理由はひとつだ。


『吶喊湿原』の主――キマイラ。初めからそいつの餌にする気だったのだろう。


 わたしたちをひとりずつ出血させ、湿原を進まざるを得なくなるような状況を作り上げた。あとは自分が手を汚すことなく魔物に殺させる。キマイラの習性を知った上での確信犯的な追い詰め方に反吐(へど)が出る。


 ドレンテは『黒兎(くろうさぎ)』の残酷さについて『鬼ごっこ』のエピソードを添えて語ってくれたが、とんでもない。『白兎』の卑劣さだって引けを取らないだろう。それとも『白兎』以上に厄介な奴なのだろうか、あの魔具使いは。


 最後に見た彼の顔を思い出して寒気がした。


 邪悪な笑みと、舌なめずり。まるで獲物を見つけた獣の、歓喜の仕草に思えた。


 ドレンテやレオネル、そしてヨハンは本当にあんな連中に勝つ見込みがあるのだろうか。ヨハンのことだから勝算のない賭けはしないだろうが……。


 そういえば、と盗賊たちのことを思い出す。


 ウォルターがどうなったのか聞き忘れていた。彼が生きているかそうでないかは重要だった。『ジャック派』筆頭である彼がボスになるために、マルメロでの助力を申し出たのである。もしウォルターが消えてしまい、『グレゴリー派』が台頭(たいとう)してきたなら……。あまり考えたくはない想像だった。


 そんなことを考えつつ湿原を駆けていたら、空気に違和感を覚えた。以前ヨハンと来たときと同じである。形容しがたい違和感。確か、以前はこの感覚のあとにキマイラの気配を(とら)えたのだった。


 サーベルを抜き去る。


 一秒でも反応が遅れれば、一秒分死に近付く。対キマイラ戦では時間の管理と集中力の持続が鍵になる。強靭な爪と猛毒の蛇。どちらの攻撃もまともに受けたらそれだけで絶命するか、よくて致命傷だ。


 加えて、体力自慢の魔物でもある。皮膚に斬撃が通りにくいというわけではないのだが、どれだけ斬ろうとも目に見えて衰えることはない。首を落としたとしても暫く動き回れるくらいの生命力である。


 ――不意にそれは訪れた。遠方からの、魔物の気配。しかも、こちらへと真っ直ぐに向かってくる。


 それは霧を裂くように姿を現し、そのままの速度でわたしに飛びかかってきた。


 前足から胴へ抜けるように転がり()け、そのついでに腹を斬った。


 大丈夫。この手の魔物の攻略法は身についている。出来ることなら()けたい戦闘ではあったが、やむを得ないならそれなりの戦い方をするまでだ。


 距離を取ろうとしたところ、キマイラの尾――毒蛇が先読みするように、わたしが後退しようとした方向から牙を剥く。


 ()けざまにサーベルを振るったが、刃は通らなかった。やはり、尻尾を斬るのは難しい。キマイラの尾は岩のように硬いことで有名だった。


 尾を避けつつ腹に連続で斬撃を入れると、キマイラのほうが距離を開けた。


 猛獣はこちらに背を向けて、霧の先を睨んで姿勢を低くする。


 瞬時に状況が理解出来た。盗賊たちがキマイラの縄張りに入ったのだ。すると、奴は血との距離よりも量に強く引き寄せられるということになる。


 ここで奴を逃がしたら盗賊たちは全滅する。『白兎』の攻撃を受けなかった小男以外。


 なら、覚悟を決めるほかない。


 痛みなら慣れっこだ。


「ほら、キマイラ。あんたの大好物よ」


 凶悪な獅子頭がこちらに向く。荒い息と、低い唸り声。


 それでいい。わたしを狙え。お前の獲物はわたしで、同時に、わたしの獲物はお前なのだから。


 キマイラの瞳には、深く切りつけたわたしの左腕と、(ほとばし)る血液が映っていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『草胞子(くさほうし)』→雑草に化けた菌類。良く見ればキノコ的な肉厚さを持つ。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』にて


・『吶喊(とっかん)湿原』→ハルキゲニアの西に広がる湿原。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』にて。


・『毒瑠璃(どくるり)の洞窟』→毒性の鉱物である毒瑠璃が多く存在する洞窟。詳しくは『102.「毒瑠璃の洞窟」』にて。


・『休憩所』→『毒瑠璃の洞窟』内の安全地帯。詳しくは『102.「毒瑠璃の洞窟」』にて。


・『大虚穴(おおうろあな)』→巨大な縦穴。レジスタンスのアジトへと続く階段がある。詳しくは『106.「大虚穴」』にて。


・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照。


・『ジャック派』→タソガレ盗賊団の穏健派グループ。詳しくは『45.「ふたつの派閥」』にて。


・『グレゴリー派』→タソガレ盗賊団の過激派グループ。詳しくは『45.「ふたつの派閥」』にて。


・『マルメロ』→商業の盛んな街。タソガレ盗賊団のアジトから近い。詳しくは『47.「マルメロ・ショッピングストリート」』にて。


・『キマイラ』→顔は獅子、胴は山羊、尻尾は蛇に似た大型魔物。獰猛で俊敏。『吶喊(とっかん)湿原』のキマイラのみ、血の匂いに引き寄せられる。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ