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不屈の葵  作者: ヌマサン
第3章 流転輪廻の章
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第73話 境目在城ってデスゲームみたいですね

 まだまだ暑さの残る永禄二年葉月。それも下旬と呼べる二十一日に、元康はじりじりと日光に肌を焼かれながら駿府館――ではなく、今川治部太輔義元の隠居屋敷へと召喚されていた。


「蔵人佐、よくぞ参った」


「ははっ!此度は、太守様が先日おっしゃられていた鳴海と大高の両領へ詰める者の人選を行うとのことでしたゆえ、こうして罷り越した次第に」


「うむ。それよりも、そのような日の当たるところにおっては暑かろう。もっと中へ入るがよい」


「で、ではお言葉に甘えさせていただきまする」


 義元に扇子で招かれるまま、広間の内へと入室する元康。まもなく、呼び出した者たちが到着するというので、それまでの間、今川家のご隠居の話し相手を務めることとなった。


「して、蔵人佐。十八の年で嫡男をもうけるとは、まことめでたいのぅ」


「はっ、これも痛みを伴いながら産んでくれた御前のおかげにございまする」


「うむ、ゆえに子は母に感謝するであろうし、せねばならぬ。これは人として弁えておくべき道理じゃ」


「仰せ、ごもっともにございます」


 子にとっての母。義元にとっては他でもない寿桂尼であり、元康にとっては三ツの頃に生き別れた於大の方であった。


「予が嫡男の五郎が産まれた折は、二十歳。そなたよりも父親となったのは二年遅い」


 晴れ渡る空を眺めながら、眼を細める義元。その姿は元康にはどこか寂しげに映った。


「蔵人佐。ここでそなたに一つ問いかけをしてみようと思うのじゃが」


「と、問いにございますか」


「いかにも、予が今悩んでおることを当ててみよ」


 悩んでいることを当てる。なんと漠然とした問いであり、答えるのが至難な問いであろうか。


 元康も諦めかけてはいたが、そう簡単に思考を放棄するわけにもいかず、じっくりと考えてみる。しかし、一向に答えが舞い降りてくる気配はなかった。


「さすがに答えづらいか。答えは、家族の少なさよ」


「家族の少なさ……」


 その言葉に、先ほどの寂しげな表情が重なる元康。それほどに、義元の言葉は合点のいく内容であった。


「予には老いて出家した母。予に代わり国を治めるべく奮闘する嫡男がおる。次男は仏門に入り、三人の姫は甲斐の武田家をはじめ、それぞれ嫁がせておる」


「はい」


「じゃが、松平蔵人佐よ。翻って、そなたはどうじゃ」


「某には駿府に妻の瀬名と嫡男の竹千代、それから外祖母の源応尼。岡崎には母親違いの妹が二人に継母の田原御前。岡崎で重臣等と政務を預かってくれている大伯母の随念院。他にも叔母が二人おりまする」


 異母弟・内藤三左衛門信成もいるが、そのことはたとえ口が裂けても義元に言うことはできなかった。


 元康が口ごもってしまった一瞬を、海道一の弓取りは見逃さなかった。


「まだおるであろう」


「お、おりますでしょうや」


「うむ。生き別れた母と、その母が嫁ぎ先で産んだ異母弟妹らが」


 そ、そっちの話か。そう思い安堵した元康は、うつむきかけた顔を上げて義元の瞳をじっと見つめる。


「予はあと十年そこらで倒れる老木じゃ。しかし、五郎には頼れる親族がおらぬ。政は我が母が出張っておるが、予よりも遥かに高齢。弟も仏門に入り、妹らもみな嫁いでしまっておる。ゆえに、誰よりも心細く思っておろう」


「そう……やもしれませぬ」


「五郎を支えてやってほしい。それが愚かな父の望みよ」


 自嘲気味に笑う義元を見て、父となった元康は黙っていられなかった。


「太守様、子が親を想う孝行を愚かと思われまするか」


「そのようなことはない。尊ぶべきものである」


「その通りにございます。ご無礼ながら、その逆もまた然り。親が子を想う心が愚かであろうはずがございませぬ!」


「ふむ、これは蔵人佐に一本取られてしまったわ。いかにも、己が子を想う気持ちを愚かだと決めつけ、己で笑うなど恥ずべきことであったわ」


 ふふっと笑みを浮かべる義元のその時の顔たるや、憑き物が落ちたようにサッパリとしていた。


「太守様、過ぎたることを申しました!無礼をお詫び申し上げます!」


「よい。そなたの申すことはあっぱれじゃ。亡き太原崇孚も黄泉にて喜んでおろう」


 四年前に亡くなった師父・太原崇孚。久々に聞くその名に、元康は涙が零れそうであった。


「……先ほどのそなたには、太原崇孚の面影を感じた。善得寺にて予に説法をしておった頃を思い出したわ」


 元康に聞こえないほどの声量でぽつりと呟く義元。それを小首をかしげて見ている元康に、何でもないと手を振り打ち消したところへ、件の来訪者たちが参ったと奉公衆が伝えに来たのであった。


「そうか、参ったか。すぐにこれへ連れて参れ」


 それまで広間の真ん中で義元と相対していた元康も空気を読んで、義元から見て左側の壁沿いへと移動していく。その場の空気を反射的に理解した元康に、義元が成長を感じていると、廊下に二人の大人の姿が。


「両名とも、入って参るがよい」


「失礼いたす」


「失礼いたしまする」


 一人は浅黒く日に焼けた豪傑。もう一人は武士と公家を足して二で除したような、気品漂う武士であった。


「岡部丹波守元信、ただいま参上いたしました」


「朝比奈輝勝、右に同じく」


 先に名乗った浅黒く日に焼けた豪傑――岡部丹波守元信。


 かれこれ十一年前にもなる今川軍が織田信秀を相手に勝利を収めた第二次小豆坂の戦いでは、太原崇孚の指揮下で筋馬鎧に猪の立物をつけて力戦した万夫不当の強者なので、諱の『元』の一字は元康と同じく、今川義元からの偏諱なのである。


 その岡部丹波守元信の隣に座する気品漂う武士、朝比奈輝勝は今川義元の兄で今川家先々代当主である今川氏輝から『輝』の一字を偏諱されたほどの人物であった。


 そんな今川家当主から偏諱の栄誉を受け、代々の今川家臣である両名のいる場に同席している。それだけでも、元康には相応の圧がかかっていた。


「岡部丹波守、そなたは三年前ほど前に所領を没収となり、甲斐の武田晴信殿の下へ身を寄せておった」


「お、仰る通りにございます」


「しかも、そこで武田晴信殿から武田家の通字でもある『信』の一字を拝領したほどの強者である」


 今川義元、武田晴信。東国でも名の知られた両雄から一字ずつ偏諱を受けた人物。目の前で義元に対して頭を下げている人物が、それほどの傑物であると知り、元康は無意識のうちに驚愕から目を見開いてしまっていた。


「そこで、そなたの腕を買い、命じることがある」


「今は帰参を許され、所領もござらず、失うものは何もございませぬ。何なりとお命じくだされ」


「よくぞ申した。お主には織田領国との境目に位置する要衝、鳴海城将(じょうしょう)の任を与える」


「ははっ!境目在城の任、身命を賭して全うしてご覧にいれまする!」


「頼むぞ、岡部丹波守元信。見事、役目を全うしたならばそなたの当家家中の内での立場も回復するであろうし、そなたが失った知行についてもそれ相応のものを与えることを約束しようぞ」


 岡部丹波守の口角は上がっていた。まさしく、身一つでの再起と言ってもよい。それが鳴海城将の任を全うすることでもあった。


 それに対し、岡部丹波守が命じられたことを隣で聞いていた朝比奈輝勝の表情は強張ったままであり、固唾を呑んで義元からかけられる言葉を待っているかのようであった。


「朝比奈輝勝。そなたは我が兄が当主であった頃よりの重臣じゃ」


「はっ、その通りにございまする」


「そちは当家の東三河統治において実務に携わる奉行人として活躍して参った。今より九年も昔にはなるが、天文十九年に予が三河国新神戸(しんかべ)郷神明社の社殿を造営した折に奉納した棟札名にも名を記したのが昨日の事のように思い出せる」


 東三河統治にも携わってきた、先々代の頃からの重臣。何より、朝比奈といえば今川家重臣として知らぬ者などいない名家である。


「太守様。某には一体どのような御役目が……?」


「うむ。そちには鳴海城の西、大高城の城将を命ずる。これは岡部丹波守同様、領地を失ったそなたを救うためでもある。何の手柄もなしに、所領を還付するわけには参らぬ」


「はっ、異存はございませぬ。もとより、すべて覚悟の上にございますれば」


「よう申した!大高城将を務めるにあたり、朝比奈輝勝には旧領である下長尾の地を与え、被官を与えることといたす。しかと任を全うせよ」


 朝比奈輝勝の決然たる答えに、義元は満足した様子であった。そして、その覚悟に、旧領と被官――すなわち、下長尾にいる彼の家臣たちを再び附属させることで報いたのである。


 かくして、岡部丹波守元信には鳴海城将、朝比奈輝勝には大高城将の任が与えられた。


 両名が野心や悲壮な決意を胸に退出した後、元康は彼らの背景事情を把握しきれていないことを義元に見抜かれていた。


「松平蔵人佐、何故朝比奈輝勝が所領を喪失することとなったか、分かるか?」


「はっ……、わ、分かりませぬ」


「素直でよろしい。そなたも松平宗家の主として領国を治める身じゃ。このことはよくよく理解しておくがよい」


 義元が語ったのは今川家臣たちの実情であった。それは義元の父・氏親の頃から起こっていることであった。


「我が父が当主であった頃、度重なる軍役ぐんやくや所領経営による過重の債務を抱えて困窮した家臣の中には所領を売却するなどして手放し、遁世とんせいや欠落、すなわち逃げ出してしまう状況が散見されたのじゃ。ここまでは分かるかの」


「はい、分かりまする!」


「それでよい。それゆえに、我が父は三十三年前、大永六年四月に定めた分国法『かな目録』において、とある事を定めておった」


「思い出しましてございます。所領の売却を許可なく行ってはならないと定められておりまする」


 元康の返答に義元は静かに頷いた。しっかりと『かな目録』の内容を原本を見返すことなく思い出すことができたのだ、義元は心の中で賛辞を送っていた。


「じゃが、武士たるもの命がけで守ってきた所領を率先して放棄したいと思う者はおらぬ」


「はい。先祖代々一所懸命に守り抜いてきた地にございますれば。至極当然の想いであるかと」


「ゆえに、父に救済を嘆願する者も現れた。父も初めのうちの何回かは対応しておった。じゃが、『かな目録』には何と記してあるか、覚えておるか」


 そこでじゃ、した今川氏に救済を求める嘆願は今後一切受け付けず、嘆願する家臣の所領は没収すると記されていたかと」


 元康が暗記していた通り、『かな目録』において嘆願は聞き入れないことが明確に記されている。


「じゃが、蔵人佐よ。『かな目録』に左様に明記したとて、問題は何も解決せぬ。ゆえに、父から兄へ、兄から予へと代が代わっても救済措置を嘆願することは止まなかった。加えて、家臣らが返済の先延ばしを気ままに行うようにもなり、常なるものとなっておる」


 義元の父・氏親の頃には問題であったものが、義元の頃には常態化する有り様。その点において、悪化していると言っても良かった。


「進退に困窮した家臣()の救済措置を求める嘆願を受け付けず、罰することは予が六年前の二月二十六日に定めた『かな目録追加』においても記しておること、そなたも存じておろう」


「はい」


 今川領国における最高規範といえる分国法『かな目録』、『かな目録追加』では一貫したことが記されている。


 ――それでは家臣たちではあまりにも不憫ではないか。


 そう元康は憤りの感情を覚えた。だが、義元が朝比奈輝勝や岡部丹波守元信に取った対応を思い返してみれば、不自然極まりない。救済しないと分国法に定めておきながら、隠居である義元は再起をかけての境目在城を命じているではないか。


「太守様、鳴海城や大高城へ在城することは『かな目録』に反する救済措置ではございませぬか!」


「そこまで理解できたか。ようした、松平蔵人佐元康。ここまでたどり着けたのならば、当家が抱える境目在城の実情が理解できれば、すべての点と点が一つの線となるであろうぞ」


 ――境目在城。それはすなわち、此度岡部丹波守元信、朝比奈輝勝が受けた鳴海城将、大高城将の任のことを指す。


「では、蔵人佐よ。借問す、戦場とは家臣らにとってどのような場であるか」


「どのような場、にございまするか。さすれば、武功を挙げる場と心得まする」


「ならば、何故家臣らは武功を挙げんとするか」


「それは、手柄を立てて褒賞を得るため、見返りに嘆願を主君に聞き入れてもらう場として存在しまする!」


 そこまで言って、元康は見えたような心地がした。そう、義元が見せようとしている会話の着地点が――

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