第63話 虻蜂取らず
初陣となる寺部城の戦いを経た元康。岡崎へと帰還した彼は、二人の仕官者と面会していた。
一人は元康がまだ元信であった頃に墓参のため大樹寺へ入った折に面識のある青年。もう一人はその日初めて対面を果たした若き武士であった。
「殿、お久しゅうございまする!三宅惣右衛門にございます」
「おお、母が鳥居伊賀の娘であると申して居った、あの三宅か」
「はいっ!」
先般の寺部城攻めにおいて討ち死にした本多九蔵とともに面会した少年。それが、眼前にいる三宅惣右衛門なのである。鳥居伊賀守忠吉の外孫であり、元康に近侍する彦右衛門尉元忠から見て甥にもあたる者なのであった。
「あの折、わしがそちに偏諱すると申したら、九蔵が羨望と嫉妬の入り混じった目をしておった」
「はい。某もあの折の九蔵殿がこの世の人ではないかと思うと、胸が苦しゅうございまする」
元康と同じく、左胸の前に握りこぶしを作る三宅惣右衛門。その表情は知己を失ったことへの苦しみと、今の乱世における人命の儚さを噛みしめているかのようだった。
「それはわしとて同じこと。せめて、寺部城を落城させられたは亡くなった者らへの手向けともなろう。さて、わしは二年前にそなたに申した偏諱の約を果たそうと思う」
「はっ、ありがたき幸せ……!」
ここで大樹寺での約束が果たされようとは。三宅惣右衛門は偏諱される前から感極まっていた。
「そうじゃな、そなたの父の名は三宅政貞であったか」
「はい、その通りにございます!」
「では、わしの『康』の一字を併せ、今日より三宅惣右衛門康貞と名乗るがよい」
「三宅惣右衛門康貞……!はっ、この名に恥じぬ働きができるよう、一層精進いたしまする!」
予想以上の喜びように、かえって元康が戸惑ってしまうほどであったが、自分の名の一字を貰っただけでこれほど喜んでもらえるとは悪い気はしなかった。
そして、元康の視線は三宅惣右衛門康貞から隣へと移され、無骨な見た目をした若い武士へと語りかける。
「そなた、名は何と申す」
「はっ、渡辺源蔵と申しまする」
「齢はいくつになるか」
「十八にございまする」
三宅惣右衛門とは異なり、元康を前にはしゃぐ様子を見せない渡辺源蔵。彼の落ち着き払った様子には、強者としての風格が感じられる。
「では、そなたにも偏諱を」
「光栄なことと存じまするが、お断りいたしまする。何も手柄を立ててもおらぬ拙者に名の一字を与えるなど、殿も軽率がすぎるのではありますまいか」
無骨な武人ではある渡辺源蔵。寡黙であるものの、言いたいことはずばり指摘してしまう性分のようであった。
「よろしい、偏諱については取りやめとしよう。誰でも彼でも与えようとするはよろしからず、かように申したいのであろう」
元康の言葉に、渡辺源蔵は返事を言葉という形で表現することはなく、静かに首を縦に振るのみであった。
「そなたの武勇はわしも聞き及んでおるゆえ、二十貫文にて召し抱えることといたしたい。それでいかがか?」
「勿体なきお言葉。では、御目かけくださる殿の御為、犬馬の労もいとわず働かせていただきまするぞ」
「では、これからよろしく頼むぞ。渡辺源蔵!」
こうして元康に二十貫文にて召し抱えられた渡辺源蔵。かくして、松平宗家には若い戦力が新たに二名加わり、新進気鋭の様相を呈していた。
ともあれ、元康の駿府帰還の刻限は迫りつつあった。こうして家臣らと戯れる時間も、今しばらく確保できなくなるのだ。ならば、少しでも長く生を共有したいと思うのは当然のことであった。
しかし、元康が岡崎を離れて駿府へ戻ることが周辺勢力に伝わったことで、尾張方面では怪しげな動きがあった。
――ここは尾張国清洲城。
佐久間右衛門尉信盛による岩崎城調略が不首尾に終わり、寺部城と広瀬城を見殺しにすることとなった事態を受けて、織田上総介信長は激怒していた。
「おのれ、佐久間右衛門尉は何をしておるか!あやつが呑気にしておるうちに、寺部と広瀬は攻められ、鈴木重辰は敗死、三宅高貞は降伏。最も危惧しておった結末となってしまったではないか!」
「殿。お怒りを鎮めなされ。佐久間右衛門尉に調略を任せたのは何者であるのか、よくよくお考えくださいませ」
「お濃よ。それはおれのことではないか」
「はい。佐久間右衛門尉ならば調略の任を全うできると考え、お任せあったは殿にございます。ゆえに、此度の落ち度は殿にございます。それを棚に上げて家臣を攻めるとは、主君としていかがなものでしょうか」
正論を隣から淡々と突きつけてくる奥方。最初は「何をっ!」と言いたげな形相であった信長であったが、次第に怒りの炎は鎮火され、自然と濃姫からの諫言を冷静に受け止めることができていた。
「して、その佐久間右衛門尉より書状が届いておったが……」
怒りのあまり、書状を廊下方向へ投げてしまっていた信長。その一部始終を見ていた濃姫はクスリと微笑を浮かべながら、書状が落ちている方向を指さす。
濃姫の人差し指が指し示す方向に落ちている書状を見つけると、早足で拾いに行く信長。
そんな彼が拾った佐久間右衛門尉よりの書状には、岩崎城の調略が難航している旨が記されていた。そのほかには、ある城への攻撃を企てていることが報じられていた。
「ほう、品野城攻めを企てておるらしい」
「たしか、敵方の桜井松平監物が守備している城ではございませぬか」
「詳しいな。いかにも、桜井松平の山桜紋が櫓や城壁にこれ見よがしに掲げられておると、書状にも記されておる」
「では、お許しになられますか」
「うむ。じゃが、今はまだ早い。此度加茂郡を平らげた松平元康なる者がおるうちは迂闊には動かせられぬ」
松平元康なる者と他人行儀な言い方をしているが、信長とて、松平次郎三郎元信が名を改め、そう名乗っていることは既知の事実。さりとて、親し気な表情を浮かべることもできず、ただ敵方の将として認識している風を装っていた。
「殿、今しばらく敵方の情勢を眺めてから判断をなされるおつもりでしょうか」
「いかにも。上野城の酒井将監忠尚らが麾下に加わっておったとはいえ、加茂郡の大半を一月も経たず平定したとは並みの大将ではない。佐久間右衛門尉ではちと荷が重かろう」
信長がそう申した刹那、二十二歳となった家臣・水野藤二郎忠分が進み出る。落ち着き払った様子の水野藤二郎を見て、信長も冷静さを取り戻すことに成功する。
「藤二郎、いかがした!」
「はっ!我が兄、水野下野守が末弟の藤十郎忠重を伴い、お目通りを願っております」
「ほう、水野下野が参ったとな。よい、これへ通せ」
きちんと主君・信長より許可を得たうえで、水野藤二郎は来訪した兄と弟を呼びに離席。次に藤二郎が戻ってきた頃には、その傍には兄・下野守と弟・藤十郎の姿があった。
信長よりも十二も年長の水野下野守信元も、すでに三十七となり、体力的には二十代よりも落ちてきていることを実感しつつある年頃であった。
対して、彼らの末弟・忠重は十八歳と体力的にも筋力的にも絶頂期といっても差し支えない年頃。兄たちから見れば、羨ましい限りである。しかし、若いだけの忠重よりも、信元は経験を数多積んでいる。俗にいう、年の功である。
「水野下野、わざわざ緒川から清洲まで参るとは三河で何事かあったか」
「はっ、御推察の通りにございます。岡崎にいる某の甥、松平蔵人佐が駿府へ戻るとの情報を当家の斥候が掴みましてございます」
「ほう、ならば三河はまたもや手薄になると申すか」
「はっ。されど、かえって戦支度を進めておる由。おそらく、駿府帰還を知った我らが攻めてくると思い、その前に先制攻撃を仕掛けようとの心積もりであるかと」
さすがに老練な水野下野は松平側の狙いを読み切っていた。そして、そのうえで織田と協調するべく清洲城まで足を運んできた、というのが真相であった。
「なるほど。して、合戦場はいずこになると考えておるか」
「おそらく、石ヶ瀬あたりではなかろうかと」
「左様か。ならば、織田からの援軍として、そなたの弟でもある藤二郎を遣わそう。存分に松平勢を打ち砕いて参るがよい」
「ははっ、お気遣い痛みいりまする」
異母弟・藤二郎忠分を織田からの援軍として派遣してもらえることまで決まり、水野下野は心の底では安堵していた。今川と戦う意思は変わらないことを、確認できる返答でもあったからだ。
「では、そなたらへの援護として、岩崎城の調略にあたっておる佐久間右衛門尉信盛に命じて品野城攻めをいたすとしようぞ」
「ははっ、援軍派遣に留まらず、積極的な軍事支援かたじけのうございます」
「うむ。当家と水野家は昵懇の仲である。今後ともよろしく頼むぞ」
信長にそこまで言われ、水野下野も嬉しくないはずはなく。背後の憂いなくば、全力で松平にぶつかることができる。そう考え、来る松平との戦に備えるのであった。
一方で、佐久間右衛門尉は信長から品野城攻めの許可を得ると、即座に行動に移した。
「滝山伝三郎!殿のご下命じゃ!ただちに兵を集めよ!桜井松平が守備しておる品野城を攻めるぞ!」
「ははっ!」
桜井松平監物が守る品野城に向けて、佐久間右衛門尉率いる織田軍が岩崎城北北東方面へ進軍。到着するなり攻撃を仕掛けたのである。
「監物殿!援軍に参りましたぞ!」
「おお、そなたは確か……」
「はっ、殿の命令にて参上しました、高木長次郎広正にございまする!」
事前に元康から品野城の守りに加わるよう指示を受けていた高木長次郎が援軍として参戦。それと時を同じくして、佐久間右衛門尉らが攻め寄せたという流れであった。
「松平監物殿、援軍要請はなされましたか?」
「先ほど藤井松平家をはじめ、早馬を飛ばしたところよ。ともかく、ここは死守せねばならぬ」
「そうですな。この高木長次郎、微力ながら加勢させていただきまするぞ」
「それは心強い。百人力じゃ!では、某は城兵らを鼓舞し、城の防備をこの目で確認して参りまするぞ」
具足姿の桜井松平家の当主・松平監物は勇ましい足取りで広間を退出。ぽつんと取り残された高木長次郎も、左横に寝かせていた太刀を手に取り起立、城へ攻め寄せる敵兵の様子を確認するべく櫓へと向かった。
「ほう、敵の数は千五百といったところか。こちらは桜井松平勢と某が手勢と合わせて一千そこら。これほどの兵力差ならば、守りを固めるだけでよかろう」
二十三歳という若年とは思えない速度で戦場の様子を分析する高木長次郎。若いといえども、戦というものが何たるかを知っているようである。
対する佐久間右衛門尉信盛率いる織田軍の品野城攻めは実に単調な力攻めであった。
「攻め佐久間が恐ろしさ、松平の奴らに教えてやるのだ!者ども、あの程度の小城、臆することはない!進めぇ!」
馬上より采配が振り下ろされ、織田兵は鬨の声を上げながら品野城の城壁に取りついていく。
それを櫓の上から落ち着いた様子で見ていた高木長次郎と松平監物より命令が下される。
「よいか!二年前、柴田権六率いる織田軍を酒井左衛門尉忠次らは見事に撃退してのけた!ここで城を攻め落とされては、桜井松平は酒井にも及ばぬ腰抜けと笑われることともなろう!そうならぬためにも、死力を尽くして城を守り抜くぞ!」
「おおっ!」
「弓隊は敵が五十歩の距離まで近づいたら放て!城壁に取りつきし者らには上から石や大木を落としてやれ!」
松平監物もさすがの采配。酒井将監忠尚とともに広畔畷にて松平広忠に敗れた頃とは見違えるほどに成長していた。
頑強な桜井松平勢の抵抗に遭い、織田勢による城攻めは難航。そのまま日が暮れたため、その日の城攻めは中断となり、織田兵は一度西へと陣を下げた。
しかし、 その夜、南から丸に酢漿草の旗指物をつけた一軍が肉薄。城攻めの疲れを癒やしている最中の織田軍に突撃を敢行したのである。
「監物殿!我ら藤井松平勢が合力いたす!それっ、尾張の弱兵など恐れることはない!一挙に蹴散らしてしまえっ!」
織田軍に突撃を敢行したのは松平清康の従弟・松平勘四郎信一率いる藤井松平勢であった。その勇猛果敢な攻めを受けては、日中の疲労が残る織田軍はひとたまりもなく、裏崩れを起こし始める。
今年で二十歳となる若き藤井松平家の当主直々の援軍到来。それを聞き、品野城兵の士気は最高潮に達した。
「監物殿。我ら高木勢が先払い仕る!」
「うむ、我らも後より打って出るゆえ、背後の事は安心なされよ」
かくして、城内より高木長次郎らが打って出たことにより、品野城攻めは最終局面を迎えるのであった――




