第59話 戦火の序章
戦支度を進める松平蔵人佐元康。岡崎入りを果たした数日後、能見松平家からの使者・名倉惣助が大樹寺へと駆けこんできた。
「松平蔵人佐様、此度は突然の訪問、非礼をお詫び申し上げまする!」
「よい。面をあげよ。して、能見松平家にて何事かあったのか」
「ハッ、長らく病床に臥しておりました隠居、松平傳七郎重親が昨日十日に死去いたしたのでございます」
元康はこの名倉惣助の言葉を聞き、ハッとした。なぜなら、この一件で能見松平の派兵を控えさせていただくという趣旨の使者ではないかと悟ったのである。
「名倉惣助と申したな。よもや、能見松平家からは派兵がかなわぬ、ということであろうか」
「いえ、此度主より仰せつかりましたは此度の訃報と葬儀のため戦支度に遅れが生じるものの援軍派兵は行いたいという旨を伝えることにございますれば」
「左様であったか。じゃが、喪の明けぬうちから戦とは縁起が悪いと思うのじゃが」
「家中でもそう申す者はおりまする。されど、当主は蔵人佐さまの初陣という一生に一度しかないお役目を反故にするわけには参らぬと」
当主・二郎右衛門重吉は父を亡くしたばかりだというのに、元康の初陣に派兵することを実行に移そうとしている。
忠義を立てれば孝心が立たず、孝心を立てれば忠義が立たず。そのように二郎右衛門重吉は捉えているのかもしれない。そう感じた元康なのであった。
「よし、名倉惣助。そなたの主に伝えよ。気持ちのほどはよく分かった。出陣は能見松平家の支度が整うまで見送り、来月早々動く手筈で支度するように伝えてもらいたい」
「承知いたしました!蔵人佐様、今のお言葉、そのまま主に復命いたしまする!では、これにて失礼いたしまする」
元康は能見松平家からの使者・名倉惣助との面会が済んだ元康は岡崎に誰を残すかも考慮し、誰を初陣に伴っていくかに思慮を巡らせていく。
「ここまで伴って参った酒井雅楽助は経験豊かゆえにぜひとも伴って参る。阿部善九郎、鳥居彦右衛門尉、平岩七之助、渡辺半蔵は近侍ゆえに外すことはできぬ」
元康は駿府から同行させてきた面々は外せない。他に誰を伴っていくかを考慮した結果、涙もろい母方の従兄・石川彦五郎家成、偏屈者の本多作左衛門重次、本多作左衛門が弟・九蔵重玄。
そして、もう一人。酒井将監忠尚からの推挙で同伴させることを決めた武士が一人。
「殿、お初に御意を得ます。三河碧海郡上野の武士、足立弥一郎遠定にございまする」
「そなたが足立弥一郎か。酒井将監より忠義者であると聞き及んでおる。此度のわしの初陣にも弟の甚尉と加わると聞いた。酒井将監が褒めちぎるほどの武士、その活躍を今より楽しみにしておるぞ」
「ははっ!殿よりの期待に応えるべく、尽力いたす所存!」
三河一のおとな・酒井将監忠尚からの推挙。そんな武士がどれほど活躍するのか、元康は胸が高鳴る想いであった。
「殿」
「おう、善九郎か。いかがいたした?」
「はっ、表に内藤弥次右衛門清長、内藤三左衛門信成の父子が到着。殿への拝謁を求めております」
知る人ぞ知る元康の弟・内藤三左衛門。そんな彼を養育している祖父であり、養父でもある内藤弥次右衛門が来た。時節的に元康の初陣にまつわることであることは容易に察しがついた。
「これは殿、此度は初陣であると聞き、大樹寺へと駆け付けた次第」
「うむ。内藤弥次右衛門、内藤三左衛門。両名とも大儀である。そなたらも此度の初陣に加わるつもりか」
「某は殿のご裁断にお任せいたしまする。ただ、三左衛門は戦列の端にでもお加えいただければと……!」
名を元信より元康へと改める前に『信』の一字を与えた内藤三左衛門信成。そんな十四になる若武者も初陣がまだ済んでいない。
となれば、内藤弥次右衛門としては異母兄であり、主君でもある元康とともに初陣を飾らせたいと思うのは肉親としては当然の感情でもあった。
「良かろう。内藤三左衛門も此度の戦に加わるがよい。そして、後見として内藤弥次右衛門も加わるがよかろう」
内藤三左衛門の初陣を認め、その後見役として内藤弥次右衛門の参陣を認める。こうすれば、また一人、戦場の経験が豊かな武士を同行させることに成功したことを意味する。
「では、殿!この内藤三左衛門、必ずや殿の度肝を抜く戦功を挙げて見せまする!」
そう息巻く若武者も加えることとなり、元康の初陣も事前の準備が完了と言える状況となった。後は、家臣らの集合を待ち、二月早々に加茂郡へと出陣する。元康初陣の時は着々と近づきつつあった――
一方、元康が岡崎に入り、何やら戦支度をしているとの情報を得た寺部城主・鈴木重辰、広瀬城主・三宅高貞の両名は、かつて元康の祖父・清康が焼き払った猿投神社にて戦勝祈願を済ませていた。
夜の闇が城を包み込む中、部屋にほのかな灯る。寺部城主・鈴木重辰、広瀬城主・三宅高貞の両名は時折不穏な風に揺られる木々の音以外は静寂が支配している空間にて今川方の動向について協議を重ねていた。
「重辰殿、松平蔵人佐が岡崎に入ったことはご存じか!?」
「存じておる。松平蔵人佐、あの戦下手な広忠の倅であろう。しかも、蔵人佐は初陣だというではないか」
「そうじゃそうじゃ!十七の小僧如きに負ける気などせぬ!」
最初は不安げな表情を浮かべていた三宅高貞。しかし、強気な鈴木重辰の言葉に勇気を得たのか、一転して語気に力が込められる。
「ここから南に二里半も行けば酒井将監忠尚の上野城がある。松平勢はここを起点に攻めてくるであろう」
「そうでしょうな。某とて同じ動きを取りまするゆえ、最もあり得る進軍経路ではないかと」
岡崎城から上野城へ、そこで酒井将監麾下の軍勢と合流したうえで寺部城攻め、それから広瀬城攻めを行う。これが、両城主の見立てであった。
「そこで、じゃ。我が寺部城は矢作川に流れ込む複数の川に守られた天然の要害。攻め口も南の大手に限られておる」
「そして、某の広瀬城は寺部城から北へ二里先の丘陵の上に位置し、切通しが狭く、大軍での進軍は困難を極める。寺部城と同様、守りやすく攻めにくい堅城」
「ゆえに、松平勢は攻めあぐねることとなろう。そこでじゃ、敵の第一の目標はこの寺部城であろうゆえ、ここで松平勢を撃滅させようと考えておる」
「ほほう、重辰殿が秘策、ぜひ某にもご教授願いたい」
寺部城主・鈴木重辰の秘策。まずは城の周囲に、南に野見山砦、川を挟んで南西に拳母砦、同じく川を挟んで城の西北西に梅坪砦、北西に伊保砦を築城。
位置的に寺部城、広瀬城、伊保砦を結べば正三角形になる構図となっている。そして何より、砦を築いた目的は城を防衛することはもちろん、敵の接近に気づいた際に狼煙を挙げ、寺部城と広瀬城に知らせることにあった。
「なるほど、これならば城を囲まれる前に敵がどの方面から来るか、狼煙によって判別できまするな!」
「うむ、狼煙であれば貴殿の広瀬城よりも見えるであろうで、狼煙を確認次第、その狼煙の方面へと出陣していただきたい」
「う、打って出るのか!?」
「いかにも。敵は我らが籠城すると決め込んでおるであろうで、高貞殿が松平勢と交戦したならば、城内より我らも打って出て挟撃。これで松平蔵人佐など、尻尾巻いて逃げ去るであろう」
「なんと痛快な作戦じゃ!我らの大嫌いな今川の親類衆をこの手で蹴散らせるとはまたとない機会!実に良き策ではないか!」
最初に突撃する三宅勢の方に多くの損害が出ることになるのだが、そのことを口にはしない鈴木重辰。内心ではしてやったりとほくそ笑みながら、その後も三宅高貞の闘争心を煽っていくのであった。
「そして、この策は岩崎城の丹羽若狭守を調略中の佐久間右衛門尉殿にも伝達済みじゃ」
「なんと!では、織田勢が来援することになると!」
「まだ分からぬ。岩崎城の調略の進行具合にもよるであろう。じゃが、岩崎城が織田方となれば、我らは頼もしき援軍を得ることも叶う」
織田が援軍に来る可能性まで匂わせたところで、三宅高貞の戦意は最高潮に達していた。
「また、我らの寺部城に詰めておる兵は一千。高貞殿の広瀬城には確か八百ほどであったか」
「いかにも。向かってくる松平勢は三千には達しないまでも、二千は超えるとのことじゃ。白兵戦は分が悪かろうが、挟撃であれば対処も可能か」
「うむ。不意を衝けば、何千の敵であろうと撃破することは可能じゃ。何より、佐久間右衛門尉殿からは岩崎の調略が成れば手勢一千五百を率いて援軍に来てくださると、このように書状までいただいておる」
「おお、真じゃ!これは心強い!織田勢が加われば、こちらは三千を超える!圧勝じゃな!」
陽も落ちた寺部城にて熱く語り合った両者は亥の刻に別れた。攻め寄せる松平勢さえ撃破すれば、吉良家の内紛で今川は援軍を送るどころではなく、次の攻撃まで時間が稼げる。
そんな見立ての下、加茂郡の反乱者たちは各々の行動を開始するのであった――
そして、二月に入り、鈴木重辰と三宅高貞らが敵視する今川方の松平蔵人佐元康も行動を開始していた……!
「殿、石川彦五郎にございまする」
「おお、彦五郎か。飯尾豊前守殿より何ぞ報せがあったか」
「はい。吉良家の内紛へ対応すべく、岡部丹波守元信殿が牟呂城入り、田原城代・朝比奈肥後守元智殿の隊は舟で幡豆郡に上陸。上之郷城の鵜殿藤太郎長照殿も三ツ木まで進軍。飯尾豊前守殿も岡崎城にて吉良家への対応を担うとのこと」
「左様か」
「また、飯尾豊前守殿より、『加茂郡のこと、松平蔵人佐殿だけが頼りじゃ』と申してもおりました」
思いがけず飯尾豊前守乗連から激励の言葉をかけられた元康は驚き入ったものの、純粋に喜びの感情が湧きだしていた。
「そうじゃ、殿。上野城の酒井将監殿より使いの者が参り、この書状を殿に渡してほしいとのこと」
「どれ、見せてみよ」
石川彦五郎より酒井将監の書状を受け取った元康は、受け取るなり書状を開き、文字に目を通していく。
「ほう、寺部城の周囲には野見山砦、拳母砦、梅坪砦、伊保砦が築かれているが、守備兵はそれぞれ百ほどしかおらぬそうじゃ。さらに、広瀬城の南西に波岩砦を築いたとのこと」
「敵方は城の周囲に砦を築き、籠城するつもりのようですな」
「であろうな。おそらく、砦の役割には敵の接近を城へ知らせる意味合いもあろう」
「であれば、築かれる前に砦を攻めることが叶えば、奇襲攻撃も可能となりそうですな」
「ははは、そうなれば敵も慌てふためこうぞ。そして、わしはそれを狙っておる」
石川彦五郎が口にした意図せず城への奇襲攻撃。それこそ元康の狙いであった。不意打ちすれば、守りの堅い堅城とて容易く落ちるであろう。そう思っていたのである。しかし、酒井将監からの書状には続きがあった。
「……殿?いかがなされましたか」
「ああ、酒井将監よりの書状の末尾に気になる文言が記されていたゆえな」
「気になる文言、にございまするか?」
酒井将監よりの書状の末尾に記された気になる文言。それは漢字四文字でこう記されていた『釜底抽薪』と。
「釜底抽薪とは、兵法三十六計の第十九計にございまするな」
「さすがは彦五郎、存じておったか」
「はい。その意はいたずらに正面より攻撃せず、まずは敵の弱点を探してそこを討て、ではなかったかと」
「うむ、彦五郎の申す通りじゃ。確かに寺部城も広瀬城も天然の要害。正面から攻めては被害も甚大となろう」
正面からの城攻めは控えるべきである。それこそ、酒井将監からの進言であった。であれば、どのような策を講じるべきか、元康は決断を迫られていた。
「彦五郎、鈴木重辰と三宅高貞の両名は我が祖父が焼いてしまった猿投神社にて戦勝祈願を行ったそうではないか」
「はい。なんでも、両城主は猿投神社の神主とも昵懇の仲であるとも聞きまする」
「であれば、猿投神社へ祖父の行いを詫びるという名目で献金すれば、神主から矛を収めるよう働きかけることも可能となるのではなかろうか」
「なるほど。それは良い策やもしれませぬ。それも一つの釜底抽薪にございましょう」
松平への敵意を削ぐ。そんな釜底抽薪を行う元康の策。あとは、献金する金子による効果がどれほど表れるか。しかし、そのようなことは献金してみなければ分からないことであった。
他に打てる手立てはないか。そちらへと思考を集中させていく元康。はたして、彼に妙案が浮かぶのか、乞うご期待!




