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318.神様、どうか今だけは ☆


     挿絵(By みてみん)




 また、夢を見ていた。


 あれはたぶん、ジェロディたちがまだソルレカランテで暮らしていた頃の夢だ。


 今よりもやや面差しの幼いジェロディの隣にはマリステアがいて、ケリーとオーウェンがいて、彼らは何かのお祭の最中と思しい黄昏の都を、星屑のような夜の灯りに包まれて歩いていた。あたりには出店という出店が並び、通りは人でごったがえしている。どうやら壮麗な屋敷の並ぶ貴族街ではなく下町の庶民の祭のようだ。


「マリー」


 ところがやがて先を歩くケリーとオーウェンが人波に揉まれ、ちょっと距離が離れた隙に、ジェロディがマリステアの外套(がいとう)(そで)を引いた。

 夢の中の彼女は珍しい私服姿で、一応貴人であることを隠すためか、はたまた彼自身の好みなのか、同じく庶民の衣服に身を包んだジェロディと並んでいると本当に仲のいい家族のようにも、似合いの恋人同士のようにも見える。


「あのさ、これあげる」

「え?」

「さっき見かけた屋台で買ったんだ。ペスカの花の匂い袋だって」

「まあ……! いい香り……見た目もとてもかわいらしいです。で、ですが、わたしがいただいてしまってよろしいのですか?」

「うん。ただしみんなには内緒だよ。他の屋台でお小遣いを使っちゃったから、マリーのしか買えなかったんだ。だけどこれ、匂いも見た目もマリーにぴったりだと思って……どう見ても女性用だから、僕が持っててもしょうがないし」

「あ……ありがとうございます、ティノさま……! わざわざマリステアのために選んで下さって……とても、とても嬉しいです。大切にします……!」


 と、愛らしいリボンで飾られた薄桃色の袋を宝物のように胸に抱き、マリステアは顔を赤らめた。するとジェロディも照れたように笑って頬を掻く。

 今はもう失われてしまった、温かで優しかった彼らの時間。

 それをぼうっと眺めていると、不意に人混みの向こうから呼び声がした。


「ティノ、マリステア」


 途端にはっとしたふたりが振り向いた先、群衆の中でひとりだけ頭ひとつ抜けた人影が手招きしている。庶民と同じ服装をしていてもまるで隠し切れていない鋼のような肉体に、穏やかな眼差しを(たた)えた彼は他でもない──ガルテリオだ。


「ふたりとも早く来なさい。急に姿が見えなくなるから、はぐれたかと思ったぞ」

「ごめん、父さん。でも僕ら、もう迷子になるほど子供じゃないよ」

「ほう。ちょっと目を離した隙に、一瞬で人波に呑まれるような身長でか?」

「だから、僕の背はこれから伸びるんだってば!」

「ははは、そうだといいがな。それよりそろそろ天燈の打ち上げ時刻だ。お前たちも広場に行って、願いごとを書かなくていいのか?」

「えっ、もうそんな時間? じゃあ急ごう、マリー。ほら、父さんも!」


 目を丸くして言うが早いか、ジェロディはマリステアの手を握り、朱いバンダナの結び目を(ひるがえ)して駆け出した。彼らが向かった先は目抜き通りの突き当たりにある、ソルレカランテの城前広場だ。そこは露店の並ぶ大通りよりもさらに人で溢れ返っていて、誰も彼もが(ひも)のぶら下がった紙製の灯具を手にしていた。


 細い木の枠の周りに薄紙が貼られ、底に小さな油皿が(くく)りつけられた変わった灯具だ。そういえばソルレカランテでは六聖日(ろくせいじつ)の最終日、天燈祭(てんとうさい)と呼ばれる催しものが開かれて、老いも若きも庶民も貴族も、願いごとを書いた〝天燈〟なる明かりを夜空へ打ち上げるのだと聞いたことがある。


 彼らが向かった広場はその天燈の打ち上げ準備会場になっていて、空へ飛ばしたい願いのある者たちが集い、自分だけの天燈を手作りしていた。ジェロディたちもそこへ喜々として加わり、いくつも用意された作業台のうちのひとつを囲む。

 天燈は骨組みと薄紙がひと揃いで売られていて、願いを書いた紙に(のり)を塗り、木枠に回し貼るだけで誰でも手軽に作れるようになっていた。ジェロディたちもまた作業台に置かれた木炭で銘々の願いを書き込み、思い思いの天燈を作る。


 後ろからそっと覗いてみるとマリステアの天燈には『ヴィンツェンツィオ家がみんな仲良く平和に暮らせますように』と、ジェロディの天燈には『早く背が伸びて父さんに追いつけますように』と、そしてガルテリオの天燈には『陛下の御世(みよ)と子らの未来を、どうか太陽神(シェメッシュ)が明るく照らして下さいますよう』と書かれてあった。


「それではいよいよ打ち上げとなります! 皆様どうぞご唱和下さい! 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一──ゼロ!」


 かくて黄昏の都に境神(きょうしん)の刻(二十一時)の鐘が鳴り響く頃。

 城前広場に詰めかけた人々の手から一斉に天燈が放たれ、星の瞬く空へ昇った。

 ジェロディたちの願いを乗せた天燈もやわらかな光を(はら)みながら、身を寄せ合って天へと昇ってゆく。なんて幻想的で美しく──希望に満ちた景色だろう。


「父さん」

「ん?」


 夜空を埋め尽くさんばかりの光、光、光。それが街中から打ち上がり、人々の想いを乗せて瞬くさまを瞳に映しながら、そのときジェロディがぽつりと言った。


「この景色、母さんにも見えてるかな」

「ああ……見えているとも。何せアンジェは今、天の最も高いところから地上を見つめているのだからな」

「うん……そうだね。去年も一昨年も天燈祭は雨で中止だったから……今年こそは母さんのところまで届くといいなあ」


 いかにも少年らしい無垢なる彼の願いを聞いて、ガルテリオは微笑(わら)ったようだった。けれども父は何も言わず、ただ息子の頭へぽんと大きな手を乗せる。

 そんな父子(おやこ)を見守るケリーやオーウェンやマリステアの眼差しは優しかった。

 ああ、そうだ。彼らは決して憎み合ってなどいない。

 どこまでも温かで大切な、大切な家族だったのだ。


「──カミラ」


 なのに、どうして?


 頭の中に答えのない問いが虚しく響いて消えたとき、不意に名を呼ばれて目が覚めた。ふっと意識が浮き上がるような感覚につられて目を開けば、何やら視界がぼやけている。どうやら時刻は夜らしく、あたりはほとんど真っ暗だが、枕もとに置かれた灯明かりがちらちら揺れるのが見えたのだ。

 ゆえにカミラはゆっくりと瞬きし、視界が晴れるよう試みた。すると何か温かいものがするりと頬を伝っていく。どうやら自分は泣いていたようだ。


「カミラ、大丈夫かい?」

「……ティノくん……?」


 されどカミラがそれを拭うよりも早く、すぐ隣から声がした。ぼんやりしながら首を傾ければ、そこには椅子から身を乗り出したジェロディの姿がある。


 ……ここは一体どこだろう?


 相変わらず暗くてあたりの様子はよく見えないが、ジェロディの背後には見覚えのある衝立(ついたて)が立っている。あれは確かマティルダとの戦いが果てたあと、担ぎ込まれた病室で使われていたものだ。ということは、ここは病室?

 だとすると一体いつから眠っていたのだったか、起き抜けの頭では即座に記憶を辿(たど)ることができず、カミラは眉間を寄せて額を押さえた。


 確か自分は瀕死のマティルダを時戻しの術で救ったあと、倒れかけて……いや、違う。その後ガルテリオ率いる黄皇国(おうこうこく)中央第三軍が攻めてくるとの報せがあり、皆で応戦すると決めた、そしてマティルダを筆頭とする元第六軍の軽騎隊を先頭に野戦を挑み、けれどあっという間に味方が呑まれて──


「あっ……そうだ、オーウェンさん!!」


 と刹那、数拍遅れでやってきた記憶の波に揺さぶられて覚醒し、カミラはがばりと飛び起きた。が、途端に慌てたジェロディが「しーっ!」と傍らで指を立てる。


「か、カミラ、落ち着いて……! オーウェンなら無事だし、今、真夜中だから」

「ほ、ほんとに? オーウェンさんは……オーウェンさんは助かったの?」

「ああ、君のおかげでね。あちこちひどい怪我はしてたけど、命に関わる傷じゃないってラファレイ先生が……むしろ君の方が危なかったよ。また罰焼(ばちや)けを起こす寸前まで無茶をして……おかげで先生が無言で何かよく分からない薬を君に注射しようとするのを止めるのが大変だった」

「も、もしかして私、知らないとこで生命の危機に直面してた……?」

「うん……たぶん……先生の目、今度こそ本気だったから……」

「あ、ありがとう、私の人生を死守してくれて……」

「それはいいけど、体の具合は? 目が覚めても頭痛や吐き気を訴えるようなら呼ぶようにって、先生に言いつけられたんだけど……」

「あー、うん、思ったよりは大丈夫……みたい? 気を失う直前は寒くて凍えそうだったけど、今はそんなことないし、頭痛や吐き気も……」


 と答えながら火刻(フレイム・エンブレム)を刻んだ右手の感覚を確かめようとして、カミラはふと気がついた。何にって、右手がやけに重くて自由が効かない。

 おまけに何やら妙に温かい、と思って目をやれば、カミラの右手は目下、ジェロディの両手に包まれていた。しかも、彼がいつも《命神刻(ハイム・エンブレム)》を隠すためにつけている手套(しゅとう)をはずした状態で、直に。


「えっ……あっ……あっ……!? ティ、ティノくん、もしかして……!?」

「え? あ、うん。少しでも足しになればと思って、君に神力を送ってた」

「ご、ごめんなさい、ティノくんだってたくさん神力を使ったあとなのに……!」

「いや、僕もひと晩休んでだいぶマシになったから大丈夫。何よりラファレイ先生から、僕まで無茶をして倒れるようなことがあれば、今度こそ君の頭を開いて人格を矯正するって脅されてて……だからちゃんと無理のない程度に留めてるよ」

「ねえ、あの医者ってなんで平気で人の生命を脅かそうとするの?」

「まあ、先生も僕らのことを心配して……ってことじゃないかな、たぶん……」

「だけど〝ひと晩休んで〟ってことは……ひょっとして私、丸一日寝てた? だとしたらあれから戦況は……イークたちは無事?」

「大丈夫、みんな無事だよ。今のところは、だけどね……」


 そう答えてからふっと目を伏せて、ジェロディはカミラが倒れてからのいきさつを説明してくれた。まず、第三軍との緒戦は惨敗。

 不幸中の幸いは隊長格から死者が出なかったことだが、しかしみな満身創痍で、中でも瀕死の重傷を負ったイーク、ウォルド、リチャードは一命こそ取り止めたものの、すぐに前線の指揮へ戻れる状態ではないらしい。

 おまけに開戦前には一万ほどいた救世軍の兵力は、初日の戦闘で七千まで激減。


 味方の士気と戦意は折られ、もはや第三軍と直接剣戈(けんか)を交えるのは不可能だとトリエステは判断したらしかった。よって戦況は現在籠城戦(ろうじょうせん)に突入している。

 第三軍は二日目も攻勢の手を緩めず、豊富な攻城兵器を駆使しての城攻めを開始したらしかった。救世軍もそれに対抗し、神術砲(ヴェルスト)歩兵希銃(ミーレス)を用いて何とか持ちこたえたが、第三軍はこちらの予想に反して希術(きじゅつ)兵器の砲火にも怯まない。

 かと言って無策で突っ込んでくるわけでもなく、攻城初日はまるでこちらの出方を(うかが)うための瀬踏みをしているようだった、とジェロディは語った。


「思えば、当然なんだけど……父さんも僕ほどではないにしろ、希術兵器の知識はある程度持ち合わせてるはずなんだ。僕の母親が古代ハノーク文明について研究してたって話は、前にしたことがあったよね?」

「う、うん……ティノくんがハノーク大帝国時代の遺跡に詳しかったり、古代文字が読めたりするのもお母さんの影響だって……」

「ああ。母さんは本当に研究熱心な人で……ときどき屋敷にまで古代の遺物を持ち込んでは調査や実験を繰り返してた。だから父さんも、母さんの研究内容については知ってたはずで……希術兵器との戦い方も、僕らの想定より遥かに理解してると思った方がいい」

「で、でも、神術砲は確かに古代の兵器かもしれないけど、連合国軍が使ってる希銃はまた別物でしょ? だったら……」

「いや。そもそも希術はハノーク大帝国で使われていた古代技術を、連合国の〝口寄せの民〟と呼ばれる人たちが真似て復活させたものなんだ。前に角人(ケレン)族のテレルが希石(きせき)について話してたのを覚えてる? 口寄せの民が創る希石は贋作(がんさく)で、純正の希石の力には劣る、って」

「あ……た、確かに、フォルテッツァ大監獄へコラードさんを助けに行ったとき、そんな話をしてたような……」


 ──幻の亜人と呼ばれる角人族は、古代ハノーク文明の智恵と技術を現代(いま)に受け継ぐ一族である。


 かつて獣人居住区(ビースティア)で彼らを(かくま)い、古代兵器の獲得をもくろむルシーンの魔の手から守り抜いた蛙人(フロッグ)の長老グルはそう言っていた。

 そして確かに角人のテレルは、古代人の遺跡や文明についてやけに詳しかったことを覚えている。ジェロディの話によれば、希術とはそもそもハノーク人の発明だと教えてくれたのもそのテレルであるらしかった。


 ゆえに連合国軍の主戦力である希術兵器も、原理は古代兵器に同じ。あれらの兵器は核石(コア)と呼ばれる希石によって稼動し、誰が使ってもまったく同じ奇跡が起こせるようにしたもの。されど神術と違って使い手を選ばず、またほぼ半永久的に使えると思っていた希術兵器も、そこまで万能の道具ではないとジェロディは言った。


「そもそもデュランの話によれば、希石は〝霊石〟と呼ばれる石の中に〝希霊(オーラ)〟っていう希術を使うための神力みたいなものを充填して創られるらしいんだ。だから石の中に蓄えられている希霊が枯渇すれば、希石はただの石になってしまう。つまり今連合国軍が使っている希銃も、希石が尽きれば使いものにならなくなる……ってことだね」

「じ、じゃあ、ガルテリオ将軍もそれを分かってる……ってこと? だとすると、もし籠城が長引けば……」

「ああ。神術砲も希銃も尽きて、まともに防衛できなくなる。弓や投石器を使って応戦するって手もなくはないけど……正直、第三軍が相手じゃ勝算はない」

「な、なら……なら、他にどうすれば──?」


 聞けば連合国軍が使う希銃は、古代ハノーク人が神術銃(シグリアス)と呼んでいた兵器に酷似しているというし、だとすればガルテリオも、あれが核石によって稼動するものだととうに見抜いているかもしれなかった。となれば彼は最小限の犠牲で確実な勝利を掴むため、敢えて戦いを長引かせようとするに違いない。


 そうなれば救世軍の命運は尽きたも同然だ。ジェロディの言うとおり、今の救世軍が希術兵器の助けなしに第三軍の猛攻を止められるとは思えない。万策尽きるとはこのことかと、カミラは膝から下を覆う毛布を握り締めた。けれども刹那、カミラの右手を掴んだままのジェロディがふーっと静かに息を吐き、言う。


「……だけど、みんなはまだ諦めてない」

「……え?」

「間に合うかどうかは分からないけど、アーサーはアビエス連合国に鈴の騎士(リッタリー)を飛ばして援軍を要請するって……トリエもそれまで城が持ちこたえられるようあらゆる手を尽くすって言ってるし、そのために今、諜務隊(シズネたち)が命懸けで敵陣に潜ってる。父さんの傍には予想どおり、軍の上層部がつけた監視役の部隊がいるらしいから、そいつらをうまく利用して官軍を攪乱(かくらん)できないかって……」

「つ、つまり、監視役とガルテリオ将軍を揉めさせて足止めしようってこと?」

「うん。父さんも離間の計を警戒して手を打ってる可能性はあるけど……うまくいけば多少は時間を稼げるかもしれない。ただ、ライリーたちは僕らとは逆に、父さんが長期戦を諦めて撤退せざるを得ない状況を作ろうとしてるみたい」

「え? ライリーたちが?」

「ああ。実は君がオーウェンを助け出してくれたあと、ポンテ・ピアット城からギディオン殿が駆けつけてくれてね。何でも僕らがパウラ地方で戦っている間も、コルノ島には続々と志願兵が集まってきてたみたいで、彼らを加えた二千の兵力を連れて援軍に来てくれたんだ。そのとき、コルノ島に残った仲間から伝言を預かってきた、って……」


 まさか自分の寝ている間にギディオンが来ていたとは夢にも思わず、カミラは目を丸くした。が、次いでジェロディが告げたコルノ島からの伝言はさらなる驚きを運んでくる。というのも現在島では第三軍がトラクア城を攻囲したとの報せを受けて、なんと非戦闘員の女たちまでもが武器を取っているというのだ。

 彼女らに武芸の指南をしているのはカイルの母のアンドリアで、かつて女ばかりの山賊団『リンチェ一味』を率いていた頃の経験を活かし、彼女は島に〝娘子軍(じょうしぐん)〟なる女だけの自警団を立ち上げた。そして、


「野郎どもの留守は娘子軍(あたしら)が守るから行ってきな!」


 と、島の防衛のために留まっていたライリー一味を送り出したらしい。

 彼らが向かった先は言わずもがな、ガルテリオが治めるイーラ地方だ。

 現在かの地より遠征してきている第三軍は、戦闘を継続するために安全な兵站(へいたん)を確保する必要がある。ところが最も近い官軍(みかた)拠点を治める第四軍(ファーガス)元第五軍(ハーマン)と交戦中で、安定した支援を望めない。


 ゆえにイーラ地方から直接補給路を引き、目下救世軍領となっているオディオ地方を迂回するため水運によって──つまりライリー一味の古巣であるラフィ湖を経由して物資を運んでいるというのだ。

 だが水上で船を襲うことにかけて、湖賊の右に出る者はいない。ゆえにライリーは島の守りを娘子軍率いるアンドリアと、ライモンド海賊団のカルロッタに任せて出陣した。第三軍の生命線である補給路を脅かし、遠征を断念させるために。


「た、確かに真冬の今、食料や燃料が前線に届かないのは死活問題よね……だけど仮に補給路を断たれたら、第三軍はパウラ地方の町や村から必要なものを現地調達しようとするんじゃ?」

「いや。だとしても今のパウラ地方では、大した物資は集まらないはずだよ。何せ魔物の急増とソルン城主(ジャレッド)の暴政が原因で、このあたりは長らく物流が滞ってた。おまけに地方軍の物資は救世軍(ぼくら)の手に渡ることがないようにと、マティルダ将軍が事前にトラクア城へ集めていたし」

「あ……そ、そっか。じゃあ今、郷庁(きょうちょう)の倉はどこも空なんだ……! でもいくらアンドリアさんとカルロッタが島に残ったとはいえ、ライリーたちが出払ってることに気づいた第二軍の水軍が攻めてきたら……?」

「うん……そこは僕も心配だけど、ライリーは一味の半分も島に残していったみたいだから、防備が完全に手薄になったわけではないって……第二軍が簡単には攻めてこられないように、島を隠す霧の壁も再展開していったっていうし」

「そ……そういえばしばらく見てなかったから忘れてたけど、あの島、そんなのもあったわね……! じゃあ心配なのはむしろ、たった半分の戦力で遊撃に出たライリーたちの方かしら……」

「ああ、そっちはたぶん問題ないよ。何せライリー一味には蛙人がついてる」

「蛙人が、って……あ、そっか……! 第六軍が救世軍に降伏して、ビースティアが襲われる心配はなくなったから……!」

「うん。おかげでビースティアの仲間も自由に動けるようになったんだ。官軍の補給路を断つ作戦は、湖賊と同じくらい水戦に長けた蛙人たちが全力で支援してくれる──だからどうか諦めるなと、長老(グル)殿からも伝言があったよ」


 蛙人のグル。地鼠人(マーモット)のポレ。牛人(タウロス)のクワンやケムディー。猿人(ショウジョウ)のウー……。

 かつてビースティアで共に戦った獣人(なかま)たちの姿が次々と目に浮かび、カミラの視界はたちまち熱を帯びた。そうか。皆もまた戦ってくれているのか。

 それぞれがそれぞれの場所で、カミラたちを助けるために。


(今日まで救世軍が築いてきたものが、全部つながって……私たちの戦いは、何ひとつ無駄じゃなかった──)


 ──だからこそ。


 だからこそ今、皆の心がひとつになっている。ひとりひとり居場所は違っても、全員が救世軍を守るため、自分にできることを全力でやり遂げようとしている。

 彼らの想いを無駄にしたくない。救世軍がつないできた希望を、ここで終わりになんてしたくない。諦めたくない。生きたい。


 生きて、生きて、生き残って、もう一度皆と会いたい。


 ならば為すべきことはひとつだけだ。何としても、勝つ。


 『常勝の獅子』と(うた)われる当代最強の将軍に──ジェロディの父親に。


「ティノくん」


 だがそのためには、ジェロディに許しを乞わねばならない。ゆえにカミラは彼に握られたままの右手にそっと自身の左手を重ね、持ち上げた。そうして自らの手の甲に額を押し当てる。彼が既にガルテリオを〝将軍〟と呼んでいないことに気づいていながら、どうしても告げずにはいられないわがままを懺悔(ざんげ)して。


「ごめんなさい。だけど、私……やっぱり救世軍が好き」

「……うん」

「だから、守りたい。救世軍を、こんなところで終わりにしたくない」

「うん」

「ティノくんが今どんな想いでいるのか、痛いほど分かるのに……やっぱりあなたはお父さんのところへ帰るべきだわ、って、言ってあげられない。ごめんね……」


 本当は分かっていた。ジェロディの心が今もまだガルテリオと共にあることは。

 それでも自分は、ここにいてくれと彼を引き留めなければならない。

 大切な父親と殺し合ってくれと哀願しなければならない。

 最愛の家族に(つるぎ)を向けるということがどれほどの痛みを伴う行為か知りながら。


 ──ごめんなさい、マリーさん。やっぱり私じゃ彼を救ってあげられない。


 ティノくんがずっと笑っていられる未来を探そうって約束したのに。

 マリーさんの分まで、私がティノくんを守ろうって思ったのに……。

 なのに方法が見つからないの。どうすれば彼を救ってあげられる?

 ティノくんはずっと苦しんでるのに、私にできることは、もう何も──


「カミラ」


 刹那、耳もとで彼の声がして、ふたりの手はほどかれた。

 かと思えば涙で濡れたカミラの頬が、彼の肩に優しく押し当てられる。

 次いで背中に、強く抱き締める力を感じた。ジェロディもまた、カミラの肩に顔をうずめているようだった。途端にまたカミラの涙腺が緩む。

 ああ、そうだ、泣いてもいいのだ。今だけは自分も、ジェロディも。


「ありがとう。僕も君と同じ気持ちだ」

「ティノくん」

「いや……少し違うかな。僕は君にそう言ってほしかった。他の誰でもない君に。そうすれば、何かに許されるような気がして……」

「ティノくん、」

「だからこうしてみじめったらしく、君が目を覚ましてくれるのを待ってたんだ。君ならきっと、僕の欲しい言葉を一番にくれると思って……」

「……うん」

「……カミラ。オーウェンを助けてくれて、ありがとう」


 そう言って震える彼の言葉を聞いていたら、涙が溢れてたまらなかった。

 ゆえにカミラもジェロディを抱き返し、思いきり泣いてやる。

 同じくらい、彼も泣いてくれればいいと願った。


 そうすれば自分たちはまた、朝日と共に戦えるから。


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