魔剣士⑥熱を宿せ
お待たせしました。今回で魔剣士編は終了です。
「……ふぅ」
肩を大きく上下させながら、息を吐き出しゆっくりと剣を下す。そして、耳に届くリィィンという高音。それと同時に明るかった世界が薄暗くなってしまった。
「きょうも、だめでした?」
「…のようです」
苦笑しつつ、心配げに見つめる少年――ペンデュラに大丈夫だとアピールする。
依頼を受けてから今日で3日目。
今日もまた時間内に魔剣を完成させることはできなかった。
上から落ちてきた小さな水晶の塊をキャッチする。先程まで淡い光を放っていたそれはほのかに温かく、光が消えてしまったことで儚さを感じさせる。
(……どうしたものか)
オレは一向に進む気配を見せない作業に苛立ちを覚え始めていた。
ペンデュラが見ている間しか作業ができないから基本的に食事などを除けば魔剣精製ができるのは多くても4時間ほど。
ペンデュラがまだ幼いこともあり、これ以上の時間を割くことは不可能に近い。基本的に朝は10時から11時まで昼は15時から18時の間。もう少し時間を取ってくれれば…そう思うが、依頼人の意向に沿うようにするのは当然。
当然だが…。
(あまりにも時間が足りない)
1度だけ当主の魔剣精製を見せてもらったが、それを参考にしてもできるとは思えない。
「……?どうしました?」
「…いや、なんでもないよ。さあ、食事に行こう!」
きょとんと首を傾げるペンデュラを促し食事へ。
「……どうだね?」
食事の席で開口一番進行具合を尋ねてくる当主。
オレは言葉を濁そうと思ったが、意味がないと思い正直に語る。
「……なかなか難しいですね。今のところは全然できそうなイメージがありません」
「期限を設けてはいるが、できなくても報酬は支払うつもりだ。前にも言ったが、気楽にやってくれ」
それが逆にプレッシャーなんだが…。
「それと、これは毎回言っているが魔剣精製を行うのは中にはだけ。それとする時はこの『誘灯』を浮かべるのを忘れないように」
誘灯とは、先程使っていたアイテム。幻術系の結界を張るタイプの明かりで、それを上に放つと半円状の幕に覆われたように結界と明かりが展開される仕組みだ。
見た目が鬼灯に似ているからいまいち頼りない感じなんだが…。
「だけど、えぼるさんはがんばってるとおもいますっ!」
「ふふっ、すっかり懐いたようだな」
「…ええ。坊ちゃんにここまで懐かれるとは思いませんでしたよ」
食材の刺さったフォークを持った手を興奮して振り回すペンデュラに微笑ましい想いを感じながら、明日からの予定を考える。
この3日間、オレが試したのは風・水・炎の魔剣精製だった。光は元々適性が低いために上手く扱うことが出来そうになかったのでまだ使っていないが、一番適性のある炎でも上手くいかなかったの異常は炎を中心にするのがいいだろう。
まあ、まだ1週間もあるんだしなんとかなるか!
◇◆◇◆◇◆◇
「だめでしたねー」
「……はぁはぁ、だな」
作業開始から6日目。期限を半分過ぎた日もほとんど進展せず、大の字で地面に横たわっていた。
「……時間は少し、早いが今日は終わりにするか」
「はいっ!じゃあ、えぼるさんあそんでください!」
「いやいやっ…!」
断ろうとしたが、あまりに純粋な視線を向けられたことでそれ以上強く言い出せなかった。
だが、オレも疲労困憊。しょうがないから少し話でもして体力を回復させるか。
「それにしても、坊ちゃんも大変だな」
「……なにがです?」
「シルヴァアスっていう大貴族の跡取りとしての責務さ」
告げられた内容が理解できないのかますます困惑した表情を浮かべたペンデュラに微笑みかけながら、オレは言葉を選ぶ。もしも、オレの言葉でこいつが道を間違えるようなことがあれば一大事だからな。
「…オレには貴族のことはわからないけど、1人息子っていうのは大変じゃないか?」
重責や期待がすべてその身に降り注ぐっていうのは……。なかなかだろう。
「ひこりっこはたいへん、なんですか?」
「……あぁ」
返事をしてから、オレは1人っ子と言っていいのか首を傾げそうになってしまった。
オレは養子で、ジェノ父さんやマリア母さんには子供がいたそうだが…。
結局のところオレの義兄か義姉かわからない人は既に他界している。そう考えると兄弟がいた期間などないのだから1人っ子と言っても過言ではない……と思う。
「だけど、ぼくはねえさまがいます」
「…『ねえさま』?」
「はい!ねえさまです」
ねえさま……ねえ、様、……姉様!?
「姉がいるのか!?」
これには驚かされた。てっきり1人っ子だとばかり思っていたが…。
というか、何で姉に跡を継がせようとしないんだ?
男子だけにしか継承権がない、とか?それとも病弱、あるいはオレみたいに死亡している可能性もあるのか?
うん。最後が可能性としては1番高いな。
継承権の有無はともかく、魔剣精製を経験させるという点ではいた方がいいのは間違いないだろうしペンデュラと一緒に見学させない理由は1つもないように思えるしな。
「はい。ねえさまたちはとおくにいるそうですけど…」
しゅんと項垂れ、悲しそうな表情を浮かべるペンデュラにオレはどうすればいいか戸惑ってしまった。
(そうだよな。家族が死ぬのは悲しいよな…)
ふと、家にあった使われていないベビーベッドなどが思い浮かぶ。
オレはベッドを使うことがなかったが、あれはきっともう1人の家族のために用意された物。だから、2人にとってはとても大切で捨てられないんだろうな。
「でもっ、ねえさまたちはげんきだっておとうさまはいってました!!」
「……んっ?」
今、おかしなことを言わなかったか?
「たまにうわさ?をきいて、しょうがないなとか、なんとかしなきゃっていってますもん!」
あれっ?もしかして……。
「だから、ぼくもねえさまたちにあってもはずかしくないようにがんばるのです!」
あぁ、これ間違いないわ。
(生きとんのかい!?)
えぇ~、待って。どういうことだ?何で生きてんだったら…。いや、もう既に家を出ているのか。それにしても意味が…。
「ねえさまたちはおじいさまといっしょにいるんじゃないかってぼくはおもってるんです」
「おじい様?」
また新しい人が。
「はい。しるヴぁあすのせんだいだっていってました」
「…そうか」
先代まで健在とは…。
うん。細かいことを考えるのはもうやめよう!
「よっし!遊ぶか!」
「はいっ!」
◇◆◇◆◇◆◇
「だぁ~、早えな!」
「こっちですよ~」
ペンデュラとの遊びはいつもこうだ。
ペンデュラが遊び方を決めてオレがそれに従う。
中庭に生えている木々を飛び移るペンデュラをオレが地面を走って追いかけるという変則的な鬼ごっこをしていた。
ルールとしては木に傷をつけてはいけない。ペンデュラが跳び移っている木の下に来れば捕まえに登れるが、それ以外は木に触ってはいけない。
この縛りがあるためにオレはなかなか追いつくことが出来ない。
「くっそ!木に触らないようにって難しいぞ!!」
かれこれ30分は走り続けている。木々を飛び交うので時折見失ったりする分探す手間が増えて…。ハッキリ言ってこの遊びは想像以上に疲れるぞ!
「捕まえたっ!」
「うわっ!?」
走り回る事しばし。今日はなんとか夕食までに捕まえることができた。
「ふぅ~。6日目にしてようやく捕まえられたか…」
冒険者稼業でもないのに異様に疲れた。
「大体、お前の考える遊びは基本的にルールが捻じ曲がってる」
もう少し簡単なルールにしようぜ。そう言うと、ペンデュラは不満気に頬を膨らませていた。
「それじゃあ、だめですよ!」
「だって、じぶんのでないとほんものじゃないんですから!」
「どういう意味だ?」
『自分のでないと本物じゃない』?何か意味深な言葉だな。
「いみはよくわかりません。ですが、おとうさまがよくくちにすることばですのでただしいんです!」
「当主が?」
だとしたら、シルヴァアス家に伝わる言葉なのかもしれねえな。
いや、待てよ…。
シルヴァアス家に伝わる言葉。それはまさか…。
思い至った可能性に意識を集中する。
もしも、その言葉が魔剣精製のための言葉だとしたら……!
「……もしかしてそういうことなのか?」
辿り着いた可能性。それが示すのは僅かな変化だが、やってみる価値は十二分にある!
「ありがとよ!坊ちゃん!これでなんとかなりそうだ!」
きょとんとするペンデュラの頭を乱暴に撫で、夕食の際にもオレは魔剣のことだけを考えていた。
今までだったら作業の進行具合を聞いてくる当主がその日は何も聞いてこなかったが、オレは全く気にしなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「出来た!!」
作業開始から9日目。オレはとうとう、魔剣を完成させた。
「うわぁ~、すごいです!」
出来はそれほどよくないが、オレが魔剣を作り出したことに素直に感動するペンデュラ。
「ありがとうな。お前の言葉がなければ完成は無理だったよ」
自分のどの言葉が参考になったのか理解していないペンデュラは首を傾げるが、今はそれでいい。こいつはきっと将来、素晴らしい魔剣職人になる。
その純粋さがあればきっと。
ペンデュラが言っていた『自分のでないと本物じゃない』という言葉だが、あれはおそらく魔剣は自分だけの創り方という物を見つけないと作れないという意味だったんだと思う。
当主の作り方はベースとなる魔剣に自分の魔法を染み込ませていくようなやり方だった。
だからオレもそれを真似て魔法を染み込ませようとした。
だが、そもそも魔法をそういう風に扱ったことのなかったオレにとって、その作業はかなり難しかった。普段は魔法を周りに纏わせ、それを武器として利用しているのだから当然と言えば当然なのだが。当主のやり方を見てからだとオレは普段のやり方をするという考えが思いつかなかったのだ。
だが、ペンデュラの言葉で目が覚めた。
そうだよ。何も他人のことを真似する必要はない。オレはオレだ。
そもそも、オレという存在が結構特殊なんだから真似したところで上手くいくとは思えない。だったら、めちゃくちゃにやってのければよかったんだ!
「よーし、この調子でどんどん作っていくぞ!!」
◇◆◇◆◇◆◇
「ご苦労。これで依頼は終了だ」
最終日。この日はペンデュラだけでなく当主もやって来ていた。
あれから試行錯誤を加えたものの、出来上がった魔剣は合計3振り。思ったよりも魔剣にするのは至難の技だった。
「さて、依頼の報酬だが…、どうだろう?君の魔剣のうちの1本を報酬に持って行くつもりはないかね?」
「……へっ?」
「本来だったら、報酬を払うだけなのだが、この手の依頼で3本も作れたのは君が初めてだ」
大体は期限内に作ることが出来ず、また作れても1本がいいところなのだという。
「それを祝してというわけではないが、君も自分が作った物だし手元に置いておきたくないかね?」
「それはっ…!」
確かに置いてはおきたいが…。
「……よろしいのですか?」
「もちろん構わないとも。君は期間中ペンデュラの面倒もよく見てくれていたようだし、そのお礼だと思っていてくれればいいよ。……ただ、どうしても貰うのが申し訳ないというのなら私の頼みを1つ聞いてほしい。依頼とは関係ないので、これは気に留めるぐらいでいいがね」
「伺いましょう」
ここまでされるのだったら。それに気に留めるぐらいだったら問題なんてないだろう。
「そうか。聞いてくれるか。……では、ペンデュラしばらく離れていなさい」
「は~い」
当主に言われ、執事と共に離れていくペンデュラ。
何だ?ペンデュラには聞かれては拙い話なのか?
「…実は、ある魔剣を探してほしいというのが私の願いなんだ」
「ある魔剣?」
「ああ。それは存在していることが害となる魔剣であり、我が家の恥だ」
当主には普段の穏やかな雰囲気や大貴族としての威厳がなくなり、追い詰められた年相応の人に見えた。
「その名は『欲血の剣』。黒い刀身の剣で、斬った相手を仮死状態にするという状態異常を起こす魔剣だ」
「そんなものが存在するんですか」
「……あぁ。それを作ったのは私の娘の1人でね。今はどこで何をしているのやら……」
空を見上げた瞳に映るのは哀愁と追憶。
どれほどの時間、娘と会っていないのか。それを窺わせる仕草だった。
「あの剣は最悪の力を秘めている可能性が高い。親バカかもしれないが、娘には才能があった。だからこそそんな魔剣をこの世に生み出してしまった」
魔剣を生み出した当時、当主は娘に何故そんな凶悪な魔剣を生み出したのか問い詰めたそうだ。
返ってきた答えは――『作れると思ったから』。
その言葉を聞き、秘めたる狂気を垣間見た当主は魔剣と娘を別々に監禁した。
だが、その翌日には厳重な監視下に置いてあった魔剣と娘が共に姿を消していたという。
「あの娘の思想は危険だ。何が目的か、それは大体見当が付くが、それをさせるわけにもいかん」
真剣な表情だ。
ともすれば、娘の居場所がわかれば自らの手で殺しかねないほどに…。
「娘の手にそんな危険な魔剣があることは問題となる。何が何でもあの魔剣だけは回収せねば…!」
「…わかりました。もしもその魔剣を見つけたら」
「ああ、頼んだよ」
◇◆◇◆◇◆◇
「……行ったようだな」
門のところで手を振る息子の後姿を見ながら、私は依頼で訪れていた冒険者――エボルについて考えていた。
彼は信用できるのか?
その答えはわからない。だが、託してみたくなる不思議な雰囲気を持っている青年だった。
「さて、そろそろ出てきたらどうだ?」
「……いやぁ~、お手数おかけしたナリよ」
私の言葉に反応して柱の陰から姿を見せたのは、白い肌をした小柄な男だった。
「…で?どうして隠れる必要があったのか説明してもらえるかな?ナリナリ君」
「もちろんナリよ」
彼――ナリナリは私の代でちょくちょく訪れるようになった商人だ。彼の売っている幻術系アイテムは非情に性能がよく、秘密性を重んじる当家の作業にはピッタリなので懇意にしている。
その素性は大地の民だろう。
白い肌やモンスターかと見紛う姿は彼らの特徴を表している。
まあ、本来の姿はめったに人前には出さないようだが…。
「それで?理由は何故なんだい?普段の君だったら魔剣精製に関わるような人間はどのような人物かを見極めるために積極的に関わっているというのに…」
魔剣精製の依頼は何も今回が初めてというわけではない。
たまには別の刺激を求めることでより一層上質な魔剣を作り上げられることから数年ごとに行っていることだ。そして、普段だったらナリナリ君は依頼で訪れた冒険者たちにしつこく絡んでいくことが多い。
それが今回に限っては違うというのは…。エボルという冒険者に何かあると疑いたくなってしまう。
「そんな大したことじゃないナリよ。ただ、ここに来る前に出した依頼で会っただけナリ」
「…依頼で?どんな依頼だったんだ?」
「誘灯に使うネムルワーの花粉袋を集めてもらったナリ」
そう言えば、ここに来る前に立ち寄った場所で思いのほか売れて到着が遅れると言っていたか。
「だが、それだけだったら隠れる必要はあるまい?」
むしろ、知り合いなのだから堂々としていればよいのだ。
ナリナリはゆっくりと首を振り、否定の意を示す。
「だからこそ、隠れる必要があったナリよ」
「……どういうことだ?」
「ナリナリはその依頼であるアイテムを報酬に渡したナリ」
あるアイテム?
話の流れからするとそれが問題を引き起こしたということか?
「それは幻術系のアイテムだったナリが……彼は依頼中ずっとそのアイテムを発動させていたナリ」
「…なんと!?」
それは……驚きだ。
「どういう風に幻術を発動させていたのかは不明ナリ。ただし、それを作ったナリナリにはそれがわかってしまったナリ」
「…つまり、ナリナリ君はエボル君がどのような幻術を発動させているのかわからないから隠れていたと?」
「大雑把にいうとそういうことナリ。ただ、以前会った時との違いはなかったナリ。……つまりは外見からはわからない幻術をかけていたということナリ」
「どういう幻術をかけていたか、なぜかけていたかわからないからこそ警戒していたということか…」
そうなってくると少々心配だ。
「…常に幻術を使っている人物か。信用してよいものかどうか……」
そんな人物に大切な人探しを頼んでしまったが…。よかったものか。
「まあ、ご当主の不安もごもっともナリ。そこで、ナリナリはしばらくの間彼について行ってみようと思うナリ」
「……ふむ。君がそう言うのならば頼んでみよう。私も『欲血の剣』について彼に依頼した以上、その結果を知っておきたい。君が彼について行く間の費用は当家が保証しよう」
「おおっ!それはありがたいナリ」
さて、魔剣を手にした彼は一体どのような存在なのか。
娘のように間違った道に進まないことを祈る事しか私にはできないが……。
「エボル君。真っ直ぐ、自分の道を突き進んでいきなさい」
◇◆◇◆◇◆◇
「エボル様ぁ~~~!!」
「ぎゃああああっ!!離せぇええええ!!」
余談だが、10日ぶりに再会し感極まったミルフィーに抱き着かれ、赤ん坊になった時以上の窮地に追い込まれることとなったオレはそれ以降ミルフィーと長い期間離れることをやめることにした。
同時に、ミルフィーが赤ん坊になった時に圧死しそうになるのは仕方ないと諦めることになる。
こいつ絶対に何度も繰り返すから!
魔剣士編が終わったところでなんですが、この後は閑話と番外を投稿するようになります。そして、その後は一気に話が飛びますのでご容赦ください。詳しいことは活動報告に記載します。




