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第7話 誕生日プレゼント

 時間をさかのぼると同時に、メルは寒さに身を震わせた。ふわふわとした全身の毛が、針のように逆立つ。目の前の直人なおと春華はるかが消えたことのほか、その気温が時間を超えた証拠として感じられた。窓の外に目を向けると、白いものが映る。


 ——5日前。

 その日、寒波に見舞われた第3の島(サードアイランド)には、小雪が舞っていた。地面をわずかに白く染めたその雪も、5日後にはすっかり溶けてしまっていた。


 たった5日前のことだと言うのに、その雪も寒さもメルの記憶から完全に抜け落ちている。ほとんど外に出る機会がないメルは、天候や気温にあまり関心がない。


 窓の外から再び室内に意識を戻す。自分がしっかり目的の日時にやってきたことを確認しなければならない。

 あたりを見回すと、デジタル時計が目についた。幸い日付入りの時計だ。予定したとおりの日時だと確認できて安堵する。

 本来、メルがこのような心配をすることはない。魔法の使用でミスを犯すことなどありえないからだ。けれど、このときばかりは春華のことが頭をよぎり、さしものメルも少しだけ緊張していた。


 十時重彦とときしげひこ十時冬華とときとうかが、この家を訪れた正確な時間は分からなかった。その魔法の性質上、メルはその場から動くことができない。それほど待つことはないだろうが、メルは退屈を覚悟した。


 その場から見えるものは、ものの数秒で観察し終えてしまった。ひととおり観察を終えると今度は、さっきまでいた5日後の同じ場所との違いを思い返してみる。

 大きな違いは、天井から床にかけて開いた穴とその衝撃で散らばった瓦礫がないことと、重彦の無惨な死体がないことだ。それ以外の細かな違いを見つけるのは難しい。それほど5日後のこの場所は荒れ果てていた。


 メルは目の前の綺麗に整理された光景を見て、改めて隕石落下の衝撃の大きさを実感する。これからその隕石の直撃を受けるであろう重彦のことが気の毒に思えた。けれど、メルにはどうすることもできない。

 メルの魔法は、あくまでも過去のその光景を目撃することができるだけだ。過去に干渉することはできない。


 メルがやってきて1時間あまりが経過するころ、玄関ドアが開いた。退屈で大きなあくびをしていたメルのたれ耳が、その音を敏感にキャッチしてピクリと動く。ドアが開く音に続いて、足音と男女の話し声が聞こえた。


「ねぇねぇ、パパ。いよいよ、アレをハルに渡す時がきたんだね」


 少女の嬉しそうな声が、静かな家に反響してひときわ大きく響いた。状況から考えれば、少女が冬華でパパと呼びかけられた方が重彦だろう。


「そうだな。春華もこの冬でもう18歳だ。18歳といえばもう立派な成人だ。受け止めることもできるだろう。誕生日プレゼントにしては、色気がない気もするがな」


「ハル、どんな顔するかなぁ~。びっくりするのは当然として、嫌がったりしないよねぇ?」


「どうだろうな。春華は考えてることが読みにくい子だから。お前みたいに分かりやすければいいんだがな」


「なにそれぇ~。私だって、ちゃんと色々考えてるのに!」


「わはははは。すまん、すまん。母さんの魔法なんだ。春華も嫌がったりはしないと思うけどな。春華のことは、お前の方が良く分かってるんじゃないのか?」


「まぁね !! ずっと一緒にいるんだもん。当たり前でしょ?」


 足音とともに二人の声が、だんだんとメルのいる部屋に近づく。メルは、それまでの退屈のせいで緩みきった気持ちと体を引き締めた。


「でもさ、ママの魔法ってどんな魔法だったの?」


「詳しいことは、春華がいるときに話すよ。でも、母さんの魔法はレベル5だ」


「えっ!? それってすごいんじゃない!?」


 ガチャッというドアの音をかき消すように冬華は叫んだ。メルは室内に入ってきた冬華が春華にそっくりなことに驚いた。双子とは聞いていたが、ここまでとは。あまりに似すぎている。


「だからこうして隠しておいたんだ」


 重彦は冬華に背を向けると、はしごを上って棚の一番高いところから小さな箱を取り出した。それは春華の家で開けた金庫とよく似ていた。しかし、その金庫にはダイヤルがついていない。ただの黒い箱だ。


「ほら、ここにしまってある。しまってあると言っても大したものじゃないんだがな。中にあるのはただのメモだ。メモそのものよりもメモに書かれた意味が大事なんだよ。ちょっと待ってろ」


 重彦が手をかざして何やら祈るように目を閉じると、箱は微かに光だし、やがて上部が蓋が取れるようにして開いた。箱を逆さにして中身を手のひらの上に落とす。

 それは一枚の紙だった。そこには『十時唯華とときゆいか』と書かれていた。春華や重彦と同じ苗字。話の流れから春華の母親の名前だろうとメルは予想した。


「それなに? 十時唯華ってだれ?」


「母さんの本当の名前だ」


 メルは予想が的中して無邪気に喜んだ。2人にその声は聞こえないし、姿も見えない。


「ママの名前は有紗ありさだって、パパ言ってなかった?」


「言ったがあれは偽名だ。今、母さんの本当の名前を知っているのは俺と……お前だけだ」


「どうして偽名なんか……」


 冬華は頬に人差し指を当てて考えるポーズをとる。


「言っただろ? 母さんの魔法はレベル5だ。それを奪おうとするやつはごまんといる。偽名は、そんなやつに奪われないための防衛策だな」


「でもでも……。魔法は、一子相伝で、所有者が亡くなったときだけ親類縁者に受け継がれるものなんじゃないの? それにレベル4とレベル5を受け継がせるのは簡単じゃないって、パパが言ってたんじゃん」


「一応の建前はそうなってるな。けど、それは魔法庁が決めたルールで、法律だ。人を殺してはいけないって法律があるからといって、人を殺すことができないわけじゃないだろ?」


「屁理屈じゃん」


 頬を膨らます冬華を見て、メルは違和感を覚えた。春華にそっくりなその顔は双子だからの一言で片づけるには、やはり似すぎている。髪型こそ違うが、あまりにそっくりなため不気味ですらある。

 しかし、目の前の冬華は春華と違って表情が豊かだ。メルの知る春華なら決して見せない表情。それがかろうじて春華と冬華が別人である証明となっていた。


「ねぇ、パパ。ママの魔法と一緒に、私のこともハルに話すんだよね?」


「あぁ。それも春華には受け入れてもらう必要があるな」


「私のこと、嫌いにならないかなぁ?」


「何言ってるんだ。そんなわけないだろ」


 重彦は元通り紙を箱にしまうと、さっきと同じようにはしごを数段上った。そのとき一瞬だけ空が光る。重彦も冬華も動きを止めて、窓の外を見た。

 メルだけがこれから起こることを知っている。

 空が光ってから数秒後。轟音とともに赤く燃えた隕石がメルの目の前を一瞬で通り過ぎ、大きな穴を開けた。

 そこには棚とはしご、それから重彦がいた。いたはずだった。瞬きする間にそのどれもが粉々になる。残ったのは、重彦の無惨な亡骸だけだった。重彦がその手に持っていた箱も、跡形もなく消えてしまった。


 消えたのはそれだけではない。さっきまで重彦と話していたはずの冬華までもが消えてしまっていた。

 冬華は隕石の直撃をまぬがれたはずだ。だが、その姿はどこにも見当たらない。冬華がいたはずの場所には、白く濃密な煙が漂よっている。その煙は隕石が開けたばかりの穴から空に向かって立ち上っていた。

 そして、やがて消えた。

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